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裸足の人魚  作者: やわら碧水
第五部
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第四章・北の国へ(その3)

 潮音がホテルの自分たちのグループが泊まる客室に戻ると、部屋の中の雰囲気はどこか雑然としていた。それもそのはずで、暁子たちは枕投げに興じていたのだった。潮音は内心で、どいつもこいつもしょうがないなと呆れずにはいられなかった。


 そこで潮音を待ちくたびれたような顔で出迎えたのは暁子だった。


「潮音、どこ行ってたのよ。みんなで枕投げやってたのに」


 そう話す暁子も、すっかり楽しそうな表情をしていた。


「ほんまやで。潮音もせっかくの修学旅行なんやから、あまり辛気臭い顔しとらんともっとみんなと遊べばええのに」


 美鈴にまで声をかけられると、潮音は枕投げをやろうと言い出した首謀者はどうせ美鈴だろうと思いながらも、美鈴に答えて言った。


「いや、ちょっと紫と話してただけだよ」


 潮音は紫たちが麻雀に興じていたことは、ここでは言わない方がいいだろうと思った。


「それやったらええけど。でも相変らず潮音はあの生徒会長と仲ええんやな」


 潮音はお祭り騒ぎが好きな美鈴はいいとして、自分が同じグループに誘った真桜がこの乗りについて行けるか気がかりだった。実際に真桜はただまごまごしていたので、潮音は提案をした。


「暁子や美鈴はこれでいいかもしれないけど、国岡さんがちょっと困ってない? ここは国岡さんとかも楽しめるように、トランプなどのゲームをした方がいいんじゃないかな」


 潮音は口ではこのように言いながらも、本当に真桜がそれに乗ってくれるかどうか気がかりでならなかった。しかし真桜は、潮音が思ったよりもすんなりと潮音の提案を受け入れた。


「まあ、トランプやゲームとかだったら…」


 潮音は真桜が仲間の中で浮いていないことにひとまずは安堵したものの、一面では他人のやることにあまり逆らわずに、おとなしく従うのが真桜の処世術なのかもしれないとも思っていた。


 そこで美鈴も神妙な面持ちになって真桜に謝った。


「あたしも自分が楽しむことばっか考えて、国岡さんのことあまり考えてなかったかもしれへんな。ほんまにすまへんかったわ」


 それに対して真桜も首を振って答えた。


「いや、私も天野さんたちが楽しむのを邪魔する気はありませんから…」


 そこで暁子は、少し重くなりかけたこの場の空気を振り払おうかとするかのように明るく声をあげた。


「そうと決ったら、さっそくみんなでトランプしようよ。あとそれ以外にもゲームは持ってきてあるから」


 そう言って暁子が、携帯用のゲーム機をキャリーバッグから取り出したのには、潮音もやれやれと思った。


 それから潮音はみんなと一緒にトランプやウノなどに興じたが、さすがに真桜もかすかにとはいえ楽しそうな表情をしていたので、潮音はようやく気分を落ち着かせてゲームを楽しむことができるようになれた。


 やがてゲームも一段落すると、今度はおしゃべりの時間が始まった。潮音はよくもまあ話のネタが尽きないものだと呆れていたが、そうしているうちに夜が更けて消灯の時間も迫ってきたので、みんなで床につくことにした。


「この布団フカフカやん。さすがええホテルはちゃうな」


 美鈴は布団にもぐり込んで寝心地を楽しんでいたが、しばらくして部屋の電気が消されると、みんなは旅の疲れもあってすぐに眠りに落ちていった。しかしその中で潮音一人は、床についてもなかなか眠ることができなかった。


 潮音は布団の中で、自分がもし男から女になっていなかったら、自分は修学旅行でどのようにしていただろうと考えていた。


――もしそうだったら自分はどんな学校に行って、どんな友達ができていたのか、そもそもどこに修学旅行に行っていたのかさえわからないけれども、少なくとも自分はもっと自然に周囲に溶け込んで友達と男子同士でバカ騒ぎしていたかもしれないな…。


 しかしそこで、潮音は自分が女になってからすでに一年半以上が経って、その間になんとかして周りの人たちと接しようと努力してきたはずなのに、今ここで自分が感じている、周囲から自分一人だけ浮き上がったような孤独感や空疎さは何なのだろうと自問せずにはいられなかった。


 そのように考えていると潮音はますます眠れないような気がしたので、布団から起き出して客室の窓辺に置かれたソファーに腰を下ろし、そこから窓の外に目を向けてみた。知床の夜は明かりもほとんどなくて漆黒の闇が続いており、外に出ても物音一つ聞こえない静寂と、六月というのに肌寒い夜の空気が支配しているに違いない。潮音はただ、ガラス窓の向こうの闇をじっと見つめていた。


 すると潮音の背後でかすかに声がした。


「潮音…眠れないの?」


 暁子の声だった。暁子も潮音が布団から起き出したのを感じて目を覚ましていた。暁子は潮音の表情や身ぶりから、なぜ潮音が眠れずにいるのか、だいたいの事情を察したようだった。暁子は周囲の生徒たちを起さないように、ひそひそ声で潮音に話しかけた。


「潮音…やっぱり自分が男の子だった頃のことを思い出して眠れないわけ?」


 潮音が黙っていると、暁子はあらためて暗く沈んだ部屋の中で潮音の顔を見つめ直した。


「あたしはあんたと何年つき合ってると思ってるの? あんたの考えることくらいみんなわかってるよ」


 そのまま暁子は窓の外の闇を見つめながら話を続けた。


「なんか不思議だよね。旅行に出かけたら、そうやっていつもの生活では気にも留めなかったようなことまで気になるんだから」


 そこで潮音はようやく口を開いた。


「自分はこの一年余りの間、学校でみんなとなじむように努力してきたつもりなのに…どうして今になってみんなとの間に越えられない一線のようなものを感じているんだろう」


 沈んだ表情をしている潮音に、暁子はそっと話しかけた。


「あんたはみんなと同じになる必要なんかないよ。あんたはあんたなんだから。そりゃあんたには、この学校にいる他の女の子たちと同じ過去なんかないかもしれないよ。だけどその代わり、あんたにはあんたにしかないものがあるはずでしょ。もっと自分に自信持ちなよ」


 潮音が相変らず黙っていると、暁子はじれったそうに潮音に言った。


「ともかく眠れないとしても、ゆっくり布団の中で休んだ方がいいよ。今朝起きるのだって早かったし、これからも修学旅行は長く続くんだから」


 そう言って暁子が布団の中に戻ると、潮音も暁子に言われた通りに布団で疲れを取ることにした。そうしているうちに、潮音も旅の疲れもあってかいつしか眠りに落ちていった。

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