第三章・またも体育祭(その5)
応援合戦が一段落して、体育祭も午後に入ると、棒倒しや綱引き、騎馬戦といった生徒たちもエキサイトする種目が連続して、場の盛り上りも最高潮に達してくる。この四月に高校に入学したばかりの遥子やすぴかも、その雰囲気を感じて表情にも高揚感があふれているのがありありと見てとれた。綱引きでは遥子たちも、みんなと一体になって一所懸命綱を引いていた。
騎馬戦では美鈴が梅組の大将になったが、準決勝で愛里紗が大将をつとめる楓組と対戦することになった。そこで潮音は騎馬の上に乗って愛里紗の騎馬に突撃する切り込み隊長の役になったが、愛里紗の騎馬もなかなか持ちこたえたものの、なんとかして愛里紗の騎馬を崩すことができた。愛里紗が地面に落ちると、潮音は手を差し出して愛里紗が起き上がるのを手伝ってやった。
そして騎馬戦の決勝は、桜組と梅組が激突することになった。潮音は紫が大将をつとめる桜組と対戦するのは一筋縄ではいかないだろうと思っていたが、案の定潮音の騎馬は光瑠が上に乗った騎馬と対戦することになり、そこで潮音の騎馬は光瑠の勢いにおされて潰されてしまった。潮音はやはり、バスケ部で練習を重ねてきた光瑠にはかなわないと白旗をあげずにはいられなかった。
ふと潮音が美鈴の方に目をやると、そこでは紫と美鈴という大将同士の一騎打ちが行われていた。そこでも美鈴は健闘したもののいつしか防戦に回るようになり、結局紫の騎馬に潰されてしまった。その瞬間に観客席から歓声が上がり、騎馬戦の優勝は桜組に決まった。
そして初夏の陽も西に傾きかけた頃になって、体育祭のハイライトともいうべきクラス対抗リレーの番になった。この時点で梅組は桜組にリードを許してはいたもののその差はわずかであり、梅組の逆転優勝のためにはこのクラス対抗リレーがポイントになっていた。
しかしここでも、潮音は去年と同じように、暁子と組んで二人三脚をすることになってしまった。二年連続で暁子と二人三脚をやるなんてと潮音は思ったが、それは暁子も同感のようだった。潮音は一年前の体育祭で暁子と二人三脚をやったときのことを思い出したが、その一年間の間に自分と暁子との関係はどのように変ったのだろうか、少なくとも自分と暁子の関係は中学の頃のように単純にはいかないのではないかという思いがふと頭をよぎった。しかし潮音は今は勝負に集中することが大事だから余計なことを考えている場合ではないと思い直すと、暁子に声をかけた。
「暁子と二年連続で二人三脚をやることになるとはね。でも今はそんなこと考えてないで、しまっていこうじゃないか」
その潮音の呼びかけには暁子もうなづきはしたものの、暁子も心の中にどこか複雑な思いを抱えているようだった。
なんとかして潮音と暁子がトラックを走りきってバトンを次の走者に渡し、潮音と暁子の足を結んでいた紐をほどいてからも、暁子は言葉少なにしていた。それはあたかも、自分はいつまでこのようにして潮音と一緒に体育祭の種目に出たりできるのだろうかと気にしているかのようだった。潮音はそのような寂しげな暁子の表情を前にすると、言葉をかけることもできなかった。
そうしている間に、バトンは各クラスの先生を担いだ騎馬が走るアンカーの手に渡っていた。美鈴が先頭に立って美咲を担いだ梅組の騎馬は、紫が先頭をつとめる桜組とデッドヒートを演じたものの、なんとかして梅組が最初にゴールラインを突破して優勝をおさめることができた。その瞬間は潮音や暁子も美咲のもとに駆け寄って、クラスのみんなともみくちゃになりながら歓声をあげた。
そして体育祭の全プログラムが完了すると、結果発表が行われ梅組は僅差ながら桜組に競り勝って優勝を手にすることができた。梅組の優勝が発表されたときには、潮音も思わず美鈴と肩を抱き合いながらめいっぱいに喜びをあらわにした。
閉会式が終るとすぐ、二年梅組の生徒たちはみんなで歓声を上げながら、クラス担任の美咲に続いて体育委員をつとめた美鈴を胴上げした。紫や光瑠、愛里紗といった他のクラスの生徒たちも、温かい目でそれを見守っていた。
体育祭の閉会式が終って後片付けも一段落し、先ほどまでは興奮のるつぼの中にあったグラウンドに潮が引いたような静けさが漂い始めた頃になって、遥子と小春、すぴかの一年生三人組が潮音のところに来た。
「藤坂先輩、優勝おめでとうございます」
「一年生たちもみんながんばったじゃん。今日は楽しかったかい」
潮音に尋ねられると、中等部から松風にいる小春はともかく、遥子とすぴかは満面の笑みを浮べながら元気よく返事をした。
「はい。私たち桜組が優勝できなかったのは残念だけど、体育祭はいろんな種目があってすごく楽しかったです」
その一年生たちの態度に、潮音は頼もしさを感じていた。
「この調子で来年こそ、今の一年生が中心になって体育祭をしっかり盛り上げてくれよ」
そこで潮音は、遥子たちと固い握手を交わした。するとちょうどそこに、紫と光瑠もやって来た。
「後輩たちもすっかり潮音になついちゃったみたいね」
紫にニコニコしながら言われて、潮音は気恥ずかしさを感じずにはいられなかった。
「そんな…私たち梅組はとうてい紫や光瑠のいる桜組に勝てるなんて思わなかったよ」
そこで紫の隣にいた光瑠も、潮音の言葉を打消すように口を開いた。
「あなたたち梅組こそ団結してしっかりやったじゃない。これも美鈴や潮音が中心になって積極的に場を盛り上げたからじゃないかな。これからもこの調子で、生徒会活動もその他いろんなことも頼んだわよ」
その光瑠の口調は優勝を逃したことを悔しがる様子もなく、むしろどこかすっきりしたような様子すら感じられた。しかしこの場に、楓組の愛里紗と琴絵も姿を現すと、紫はやや皮肉っぽく愛里紗に尋ねた。
「愛里紗のメイド姿、去年もそうだったけどなかなかかわいくて良かったよ。でも…あれってやっぱり愛里紗の提案なの?」
「そんなことどうだっていいでしょ」
愛里紗がむっとした顔で答えたので、潮音はあわててこの場をなだめようとした。
「二人とも落ち着いてよ。それに琴絵だって広報活動頑張ってたじゃん。この体育祭がうまくいったのは、みんながクラス毎に分かれて争うばかりじゃなくて、みんなで協力し合ったからじゃないかな」
その潮音の言葉を聞いて、その場にいたみんなは気を取り直すとしっかりと握手を交わして、互いの健闘をたたえ合った。
その翌日は午前中に本格的な後片付けが一段落すると、クラス毎に分かれての打ち上げの番になった。潮音の所属する二年梅組は優勝したとあって、みんな満面の笑みを浮べながら盛大にジュースで乾杯した。
とりわけ嬉しそうにしていたのは生徒会で体育委員として体育祭全体の段取りを仕切ってきた美鈴だったが、応援合戦に出場した柚木芽実も満面の笑みを浮べて美鈴とジュースで乾杯していた。さらには校内ではいつもぼんやりしていて友達も少なそうに見えた真桜までもが、ジュースの入ったコップを手にしながらご機嫌そうにしていたので、潮音が真桜が描いた体育祭のポスターをほめると、真桜もまんざらでもなさそうな顔をしていた。
その二年梅組の教室の中心では、担任教師の美咲までもが生徒たちに混じっておしゃべりに花を咲かせていた。潮音は生徒とも分け隔てなく積極的に接する陽気な性格の美咲が、自分たちのクラスの担任で良かったと感じて、いつしか表情もゆるんでいた。
大盛況のうちに打ち上げが終り、あらかたの生徒たちが引き上げて場も静かになった頃になって、美鈴が潮音のところに来てねぎらいの言葉をかけた。
「潮音はこの体育祭で、応援合戦に出ただけやなくて大道具を作るのを手伝ったりして、よく頑張ってくれたやん。ほんまにありがとうと言わしてもらってもええかな」
美鈴にほめられて、潮音は照れくさい表情をした。
「そんな…今年は私らの学年が中心になって体育祭をやったけど、美鈴こそ体育委員として場を盛り上げてくれたじゃん。これも美鈴のキャラクターがあったからだよ」
そこに暁子と優菜が姿を現した。
「潮音も美鈴も、体育祭の活動お疲れ様。ま、今年も潮音と二人三脚で一緒になるなんて思わなかったけどね」
「それはこっちのセリフだよ」
暁子の言葉に潮音が悪態をつくと、優菜はやれやれとでも言いたげな顔をした。
「アッコかて今年も応援団に出たらよかったのに」
美鈴に言われると、暁子は手を横に振って答えた。
「いや、今年はいろいろあってね。…でもなんか去年の体育祭では、あたしたち高入生は中等部からこの学校にいる子たちとの間にどこか感情のしこりがあったけど、今年になったらそんなこと関係なしにみんな一緒に盛り上がれるようになったじゃない」
暁子に言われると、同じ高入生の美鈴も同意だと言わんばかりの顔をした。
「ほんまやな。でもせっかくこうやってみんなで仲良うなれたのに、来年は受験生なんてちょっと寂しいな」
「せっかく体育祭で盛り上がってるのに、受験の話なんかしないでよ」
暁子がいやそうな顔をすると、そばにいた優菜がなだめるように言った。
「今はそんなこと気にせえへんと、めいっぱい楽しめばええやん。もうすぐ修学旅行かてあるし」
「ほんまやな。北海道に行くなんて今から楽しみやわ」
美鈴も間もなく行われる修学旅行が楽しみなようだった。
そして美鈴は、潮音たちと別れる間際に言った。
「一つ教えたろか。美咲先生、修学旅行から帰ってきたらこの夏に結婚するみたいやで。噂でちょっと聞いただけやけどな」
その情報には、潮音だけでなく暁子と優菜も驚きの色を浮べていた。潮音は美咲たちがそのような情報をどこから聞きつけるのかと思ったが、それでも美咲の明るく元気な様子は変らないだろうなと思っていた。
体育祭が終ってからしばらくの間、生徒たちの話題は美咲の結婚の話で持ちきりだった。潮音は生徒たちのゴシップ好きに呆れていたが、自分が高校に入学して以来様々な面で世話してもらった美咲が結婚することに対して多少は心の中でざわめきが起きたものの、それが美咲の幸せにつながるならばと考えることで、心の中の不安を打消そうとしていた。




