第二章・ゴールデンウィークの風(その8)
美鈴に続いてキャサリンと茉美が入浴を済ませて寝間着に着替えると、三人は二階にある布団の敷き詰められた座敷へと上がった。そこでさっそく三人は敷かれた布団の上に寝そべり、お菓子をつまみながらとめどもないおしゃべりを始めた。特に茉美にとってはキャサリンと美鈴の神戸での学校生活が気になるようで、いろいろなことを尋ねていた。
「美鈴の学校って女子校でしょ? 女の子ばっかりの学校ってどんな感じなの」
「女子校かてけっこう楽しいよ。女同士やから本音で話したりつきおうたりすることかてできるし。周りはお嬢さんっぽい子もけっこうおるから、ちょっと気後れすることかてあるけど。茉美の方こそ、高校にかっこええ男子とかおらんの?」
「そんなことどうだっていいでしょ」
茉美はいやそうな顔をしたが、キャサリンも茉美の通っている高校に興味があるようだった。
「茉美さんの高校ってどんなとこなんですか?」
「そうねえ…。人数が少ない分、先生も生徒も仲良しでそのへんは楽しいかな。でもうちの学校の周りにはみんなで遊びに行けるようなとこなんかあまりないけど」
「茉美が神戸の学校に憧れる気持ちかてわかるけど、うちの学校もそんなええことばっかりでもないよ。勉強かて大変やから、明日家に帰ったら残りの連休はみっちり勉強せなあかんし。それに来月うちの学校は体育祭があるから、あたしが体育委員としてその準備をせなあかんのや。言うとくけどうちは女子校やけど、いやむしろそうやからかもしれんけど、体育祭はけっこう盛り上がるよ。学ランや袴着て応援合戦やったりして」
「美鈴の学校の体育祭、ちょっと見てみたいな」
茉美は体育祭の話を興味深そうに聞いた後で、キャサリンの方に目を向けた。
「でもキャサリンは、イギリスから日本に留学に来るなんてすごいよ…。あたしだったらそんなこと絶対できないもん」
「やっぱり茉美って高校卒業したら、ここを出て都会に行きたいとか思っとるん?」
美鈴に尋ねられると、茉美は深くうなづいた。
「さっき美鈴のおばあちゃんだって言ってたじゃん。『若いうちはもっと広い世界を見てこい』って。あたしだってもっと広い世界を見て、いろんな体験をしてみたいんだ」
「…やっぱり茉美って、この田舎は窮屈やとか思っとるんやな。だからあんな服着たりしとるわけか」
「うん。ネット見てるうちにあたしだってこんなかわいいかっこしてみたいと思うようになって、思い切ってお年玉はたいて買ったんだ。うちの親や美鈴の伯母さんなんかははじめは呆れてたけど、こんな服着てたから成績下がったとか言われないように勉強だって頑張ってるし」
「茉美ってそういうとこなんかけっこう強情やな」
美鈴はため息をついたが、そこでキャサリンは怪訝そうな顔をした。
「ここだってこんなにきれいなとこなのに」
しかしそこで、美鈴は少し顔を曇らせた。
「キャサリンがここを気に入ってくれたのは嬉しいけど、はっきり言ってこの田舎はこの先いつまでもつかわからへん。人は街に出て行って小学校も廃校になって、残ったのはうちのおじいちゃんおばあちゃんみたいな年寄りばっかりやし」
美鈴はそう言って真っ暗な窓の外を見つめたが、その美鈴の言葉には茉美も同感のようだった。
「私が高校行くときに乗るバスだって不便になる一方だし、買い物だって車がなきゃ行けないし、病気になったら病院行くのも大変だしね。神社のお祭りだって、高齢化で後継者がいなくなって続けられないかもしれないとか言われてるんだ」
茉美の口調が重くなるのを聞いて、キャサリンは神妙な面持ちになった。そのキャサリンの顔を見て、美鈴はなだめるように言った。
「あたし自身ここから出て行ったから偉そうなことは言えへんけど。あたしは大学行ったら、田舎でも住みやすいところにするためにはどうしたらええか、村が寂れていくのをなんとかするためにはどないすればええか、そういうことを勉強したいと思っとるねん。そして大学卒業したら、この町の公務員になるか、それともこの地域を売り物にした、新しい仕事始めるかしたいな」
「美鈴は偉いよ…私はこんな田舎出て行きたいくらいにしか思ってなかったのに、ちゃんと目標持ってるんだから」
茉美は美鈴に対して気後れを感じているようだった。
「大事なんは都会に出ることやなくて、そこで何をするかやろ。都会かて家賃は高いし朝の電車は混んどるし、そんなにええことばかりやないよ。ええ仕事が見つかるとも限らへんし」
「仕事」という言葉を聞いて、茉美は考え込むようなそぶりをした後でキャサリンに尋ねた。
「キャサリンはイギリスから日本に来て、どんなことがしたいって思ってるわけ」
そこで美鈴もキャサリンに尋ねた。
「キャサリンは、高校卒業したらやっぱりイギリスに帰るんやろ? そこで日本とイギリスの架け橋になるような仕事がしたいと言うとったけど」
「はい…そうなると思います。でも今日ここに来ただけでも、神戸みたいな都会にいたらわからなかった日本の一面がわかりました。茉美さんと知り合いになれただけでも来て良かったと思います」
キャサリンの言葉を聞いて、茉美も表情をほころばせた。
「私だって今日キャサリンと知り合いになれて良かったよ。私もいっぺんイギリス行ってみたいけど、そのときはキャサリンが案内してくれないかな」
「ロンドンくらいだったら案内できますよ」
「キャサリンも茉美とすっかり仲ようなってしもたみたいやね。でもキャサリンのお母さんって偉いよね…。イギリスに行ってそこでイギリス人と結婚して、キャサリンをちゃんと育てたんやから。おかげでキャサリンは英語と日本語の両方ペラペラやし、折り紙かて上手やし。キャサリンはそんなに立派なお母さんに育ててもらったことに対して、もっと自信持った方がええよ」
「美鈴の言う通りよ。キャサリンはいつでもここに来てくれない?」
そう言って茉美はキャサリンと互いに握手を交わしたが、美鈴はそれを見ながら、茉美にとってはキャサリンという新しい友達ができたことが何よりも嬉しいのだろうと感じていた。そこで美鈴は窓を開いてキャサリンや茉美と一緒に、あらためて星空を見上げた。キャサリンはまぶたに、その闇夜一面に広がる星空を焼きつけようとしているかのようだった。
翌朝キャサリンが目を覚ますと、山の冷気を含んた清新な朝の空気と、澄みわたった朝の光にふと息をつかされた。すでに朝食の準備をしていた美鈴の伯母に、キャサリンは声をかけた。
「ここの朝は気持ちいですね」
「そうでしょ。それなのに美鈴も茉美ちゃんも、朝寝坊でどうしようもないわね」
「三人で遅くまでおしゃべりしてたから、そっとしといて下さい」
やがて美鈴と茉美も起きて、朝食が済んでしばらくすると、みんなで近くの観光農園にいちご狩りにいくことになった。茉美も昨日のゴスロリと打って変って、パーカーにジーンズという装いで家を出た。
「さすがにいちご狩りに行くのにゴスロリはないでしょ」
農園に着いて温室に入ると、キャサリンは真っ赤で甘そうないちごが鈴なりに実っているのに目を輝かせた。しばらくみんなでいちご狩りを楽しんだ後で昼前に家に帰ると、昼食のついでにキャサリンや美鈴もつみたてのいちごの味覚を楽しんだ。
昼食が一段落すると、茉美がさっそく笑顔でキャサリンに声をかけた。
「美鈴やキャサリンが帰るのは夕方だから、まだちょっと時間あるでしょ。だったら昨日の晩も言ったけど、キャサリンはちょっとこれ着てみない?」
そう言って茉美はキャサリンに、きちんと折り畳まれたゴスロリの服を差し出した。キャサリンは当惑しながらも、茉美が満面に笑みを浮べているのを見ると逆らうことはできなかった。
キャサリンが茉美と一緒に屋敷の奥の部屋で着替えを済ませて出てくると、黒を基調としたゴスロリ服を着た茉美と、白とピンクを基調にした服を着たキャサリンは好対照に見えた。そしてそれが、古びた古民家の中にも溶け込んでいるように見えた。キャサリンは赤面しながら唇をかみしめていたが、それを見た美鈴は思わず声をあげていた。
「キャサリンもめっちゃ可愛いやん。まるでお人形さんみたいやな。けっこう似合っとるで」
そう言って美鈴は、スマホで茉美とキャサリンの写真を何枚も撮った。
最初こそ気恥ずかしそうにしていたキャサリンも、部屋の片隅にあった姿見で自分の姿を見て、思わず息を飲んでいた。そのうちにキャサリンの中で、今までになかったような感情が目覚めているようだった。そしてキャサリンも、いつしか落ち着いた表情になっていた。
「こんな服イギリスでは着たことなかったけど、なんか不思議な感じがします」
「サイズも合っているようで何よりだわ」
「胸の辺りがちょっと窮屈な感じがしますけど」
茉美はキャサリンのこの言葉に少しむっとした顔をしたが、キャサリンがあまりいやそうな表情をしていないのを見ると、そのままキャサリンの手を引いて表へと連れ出した。茉美は履物まで、キャサリンのゴスロリ服に合うようなものを用意していたのだった。美鈴もそれについて行ったが、ひなびた農村風景や古い神社とゴスロリの少女二人組というコンビネーションはそれなりにさまになっていた。はじめは恥ずかしそうにしていたキャサリンも、道端に咲く花やタンポポの綿毛が空に飛び立っていく様子を眺めているうちに、いつしか笑顔になっていた。
それでも今は地域のコミュニティセンターになっている、廃校に足を踏み入れたときには、美鈴と茉美はこの学校に一緒に通った幼い日のことを思い出したのか、少し寂しそうな顔をしていた。その廃校は教室も廊下も生徒が通っていた当時の面影を残していたものの、改装されてがらんとしていた。
「なんか誰もいない、がらんとした学校って不思議な感じがするよね。ましてこの学校には二度と生徒が来ることはないけど、そこにこんな服着て来ているのだから」
キャサリンも無言のまま、フリルをあしらったスカートを両手で押さえていた。どうやらキャサリンも、茉美と同感のようだった。
美鈴の実家に戻ると、茉美はすっかり満足そうな顔をしていた。
「ああ楽しかった。こうやって一緒におしゃれできる子がいて何よりだわ」
最初はゴスロリの服に抵抗を示していたキャサリンも、いつしか楽しげな表情に変っていた。
「私もこんな服着るのは初めてだったけど、なかなかかわいいですね。着替えると見える景色まで変ったような気がします」
茉美とキャサリンがゴスロリ姿で意気投合しているのを見て、美鈴だけでなくその家族や親戚までもが呆れた顔をしていた。
夕方近くになって、キャサリンが着替えを済ませて美鈴の家族と一緒に美鈴の実家を後にするときも、茉美と隆平はキャサリンと別れるのを名残惜しそうにしていた。
「キャサリンもいつでもここに来てよ。あたしも歓迎するから」
車が走り出して、キャサリンが車窓に山に抱かれた暮れなずむ村の風景が流れていくのをじっと眺めていると、隣の座席に腰かけている美鈴が声をかけた。
「キャサリンは茉美のゴスロリ服着てたとき、けっこう楽しそうにしとったやん」
「美鈴も着てみたらどうですか? せっかくかわいいんだから」
キャサリンの無邪気な反応に、美鈴は赤面していた。
「いや…あたしは遠慮しとくよ。あんな服あたしに似合うわけないやん。でも茉美がキャサリンとあんなに仲ようなったということは、それだけ茉美は新しい友達ができて嬉しいってことやね。あそこはそもそも、茉美と同い年くらいの子自体が少ないからな」
その美鈴の言葉を聞くと、キャサリンも茉美はどのような気持ちでこの山あいの村で暮しているのだろうと思って、ふと息をついてしまった。
ちょうどそのとき、美鈴の父親がみんなに声をかけた。
「神戸に帰る前に、ちょっとぼたん鍋の店に寄って行こうか」
美鈴の家族もキャサリンも、笑顔でその提案に従った。五月の青空も黄昏を迎えようとしていて、行楽地から帰ろうとする車の列のランプばかりが夕闇に明るく輝いていた。
ここ数話は、潮音と関係ない外伝的なエピソードになりましたが、これはこれで書くのが楽しかったです。しかしあまり道草を食っていないで、そろそろ本編に戻ろうと思います。




