第二章・ゴールデンウィークの風(その7)
美鈴とキャサリンが田舎道を歩いて屋敷に戻る途中で、一人の人影が近づいてきた。それは美鈴やキャサリンと同い年くらいの少女だったが、キャサリンの目を引きつけずにいられなかったのはその装いだった。その少女は黒っぽい生地にフリルやレース、リボンをふんだんに使った、いわゆる「ゴシックロリータ」と呼ばれる装いをしていた。
しかし美鈴はそのゴスロリ姿の少女の姿を見るなり、嬉しそうな顔をして親し気に声をかけた。
「茉美やん。久しぶりやな」
ゴスロリの少女も、美鈴に目を向けると驚いたように声を上げた。
「美鈴こそ家に帰ってたの?」
美鈴とゴスロリの少女が互いを見つめ合って再会を喜んでいる様子を見て、キャサリンはきょとんとしたままその場に立ちすくんでいた。そこで美鈴がキャサリンに声をかけた。
「紹介するね。この子は西森茉美っていうんや。ずっとここに住んどって家も近所で、小学校も一緒に通っとったんやけど、私が小学三年生のときに神戸に引越してからも帰省するたびに会っとるんや」
茉美と呼ばれたゴスロリの少女の方も、キャサリンの姿から目が離せないようだった。
「この外人の子も、美鈴の知り合いなの?」
「まあ立ち話もなんやから、話やったら家に帰ってからしよか」
そこで美鈴は、キャサリンと茉美を実家に通した。美鈴の伯父夫婦も茉美とは顔見知りで、茉美はよく美鈴の実家に出入りしているようだった。
「茉美ちゃんじゃない。さっそく美鈴やキャサリンと会ったのね」
しかしそこで、美鈴の伯母は茉美のゴスロリの服を見るなり、言いにくそうに口をすぼめながら声をかけた。
「ねえ茉美ちゃん…その服はちょっと派手すぎるんじゃないの? もっとおとなしい服にした方がいいんじゃない? 近所でも噂になってるよ」
しかしそれに対しても、茉美は態度を曲げようとしなかった。
「あたしは好きでこの服着てるだけですけど。不良みたいなかっこしてるわけじゃないからいいでしょ」
そこで美鈴の伯母も口をつぐんでしまった。
美鈴は屋敷の中の広間に腰を落ち着けると、さっそく茉美にキャサリンを紹介した。茉美はキャサリンがイギリスから日本に留学したことに興味津々のようだった。
「イギリスから日本に来るなんてすごいね。イギリスのことや神戸の学校のこととか、もっと教えてくれない?」
茉美の積極的な態度にキャサリンがたじたじとしていたので、美鈴が茉美をたしなめた。
「茉美もちょっと落ち着いてよ。キャサリンが困っとるやん。ともかくあたしが通っとった小学校は一学年に数人しか生徒がおらへんかったから、学校全体みんな友達みたいなもんやったからな。あたしが神戸に引越すまで、茉美とは毎日一緒にこの辺で遊んどったよ。そして茉美は今地元の高校に通っとるんや」
「高校といったって、一学年一クラスで四十人ほどのちっちゃな学校だけどね」
その茉美の話を聞いて、キャサリンはどんな学校なのだろうと興味を持ったが、茉美は美鈴やキャサリンの高校の方に憧れているようだった。
「美鈴こそすごいよね…神戸ではお嬢様学校って呼ばれてる松風女子学園に通ってて、こんな外人の友達までできたんだから。美鈴に写真見せてもらったけど、美鈴の高校の制服っておしゃれでかわいいじゃん」
しかしキャサリンの眼差しは、茉美のゴスロリの服に集中していた。美鈴もキャサリンがもの珍しそうな顔をしているのを見て、茉美に声をかけた。
「でも茉美…どうして今日もそないなかっこしとるん? 茉美がそんなかっこするようになったの高校入ってからやけど」
美鈴にとっても、茉美の装いには戸惑いを隠せないようだった。
「だってこんな田舎じゃ、かわいい服着るくらいしか楽しみないんだもの。中学のときなんか、ジャージばっかり着ててさ。ここでこんなかっこしてたらみんなから浮くんじゃないかって言われるけど、それでも構わないよ。みんなと同じかっこしなきゃいけないなんて、そっちの方がおかしいじゃない」
その茉美の話を聞いて、キャサリンは先ほど美鈴が田舎暮らしもいいことばかりではないと言ったことの意味が、少しわかったような気がした。
ちょうどそのとき隆平がキャサリンのところに来た。
「キャサリンお姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ」
隆平もすっかりキャサリンになじんでしまったようだった。
そこでキャサリンが隆平に教えた遊びは、折り紙だった。キャサリンが器用な手つきで折り紙を折っててきぱきと折り鶴などを作っていくのを、隆平はもの珍しそうに眺めていた。
「キャサリンお姉ちゃんって、どうしてそんなに折り紙上手なん?」
「私は小さな頃から、母親から折り紙の折り方を教わっていました。これは日本の伝統的な遊びだって言って…。ロンドンの学校に通っていたときにも、私が折り紙を折ると周りの子たちは珍しがったのですよ」
キャサリンがそう話している間にも、折り紙でできたカラフルな動物や飾りがキャサリンの前にいくつも並べられていった。茉美もそれを神妙な面持ちで眺めていた。
そうしているうちに西の空が赤く染まって外には宵闇が漂いつつあり、台所では夕食の準備が進んでいた。そこで美鈴の伯母が茉美に声をかけた。
「せっかくだから茉美ちゃんもここでご飯食べてかない? 美鈴やキャサリンだって来てるんだから」
そこで美鈴も茉美に言った。
「茉美、今日は家に泊まっていきなよ。キャサリンとももっとおしゃべりしない?」
その美鈴の提案には、茉美も笑顔でうなづいた。
「それはいいけど、いっぺん家に帰って寝間着と着替え持ってくるわ」
茉美は家から寝間着と着替えと共にお菓子やゲームまで持って来て、さっそく美鈴やキャサリンと夜通しで遊ぶ気が満々のようだった。
その後すぐに夕食の時間になった。夕食は土地の山菜などを使った料理が振舞われ、キャサリンもそれに舌鼓を打っていると、美鈴の父親がキャサリンに話しかけた。
「この辺はぼたん鍋といって、イノシシの肉を使った鍋が名物なんだよ。帰りにぼたん鍋の店に寄って行こうか」
その言葉にキャサリンは思わず顔をほころばせた。
しばらく食事が進んだ後で、キャサリンは尋ねてみた。
「美鈴はちっちゃな頃はここに住んでいたのですか?」
それに答えたのは美鈴の母親だった。
「ええ。その頃は美鈴もいつも茉美ちゃんと一緒に野山で元気に遊んで、花や木の実を取ったりしてたんだけどね。美鈴が小学三年生になるときに私たちは親子で神戸に引越したんだけど、休みのたびにここに帰省して茉美ちゃんとも会っているの」
そこで茉美も口をはさんだ。
「あのやんちゃでおてんばだった美鈴が、今は神戸のお嬢様学校に通っとるんやから、世の中わからないものよね」
「茉美まで余計なこと言わへんでよ」
美鈴がむっとした表情で答える傍らで、美鈴の伯父は席を立って家の奥から古びたアルバムを持ってきた。そのアルバムに収められたどの写真の中でも、幼い美鈴は屈託のない元気な笑顔を浮べていた。それに見入っていたキャサリンは、思わず声をあげていた。
「かわいい」
キャサリンにまでそのような態度を取られて、美鈴はますます赤面せずにはいられなかった。アルバムの中には美鈴と茉美が一緒に子ども用の神輿をかついでいる写真もあって、それには茉美も思わず笑みを浮べていた。
「うちの近所の神社では、毎年秋にお祭りをやるのよ。これには地域の子どももみんな参加するんだ」
キャサリンはその写真を眺めているだけで、にぎやかな祭囃子が耳の奥に届いてくるような感じがした。
しかしその間も、隆平はずっとキャサリンのことが気になっているようで、キャサリンの方ばかりを見ながらもじもじしていた。美鈴もそれに気がついて、隆平に尋ねてみた。
「どないしたん? さっきから隆平はキャサリンのことが気になるわけ?」
「いや、美鈴姉ちゃんがこんなきれいな外人の子と友達になるなんて思ってなかったから…。美鈴姉ちゃんや茉美姉ちゃんだって高校入ってから何かしらおしゃれになったし」
「隆平もそういう年頃になったんやね」
美鈴がふと息をつくと、キャサリンは美鈴の方をあらためて見返しながら言った。
「ここで元気に遊んだ経験があるからこそ、美鈴は今でも学校で活発にみんなを盛り上げているのですね」
キャサリンが納得したような表情で話すと、美鈴は照れくさそうな顔で口をつぐんでいた。そこでキャサリンは神妙な表情になって美鈴に話しかけた。
「でも美鈴はほんとにこの村を出て、神戸に来て良かったって思ってるのですか?」
その質問には、美鈴も少し返答に窮したようだった。茉美もそのまま口をつぐんでしまった。
「…それはわからへんね。神戸の生活かて楽しいし、神戸で今の学校に通ってへんかったら、キャサリンや学校のみんなとも会えへんかったし、そこで視野を広げることかてできへんかったからね。ずっとここにおったら、退屈でつまらへんって思っとったかもしれへんな」
美鈴がようやく重い口を開くと、茉美もそれをどこか気づまりそうな様子で聞いていた。そこで美鈴の祖母が諭すように言った。
「美鈴は若いうちはこの村に閉じこもっていないで、もっと広い世界を見てきなさい。そこで本当に自分のやりたいことを見つけたら、その道に進めばいいのよ」
その祖母の言葉には、美鈴よりも茉美の方がどこか納得したようだった。
夕食が済むと、美鈴はさっそくキャサリンを家の外へと連れ出した。美鈴に誘われるままに宵闇の中へと足を踏み入れると、キャサリンは辺りの暗さと物音ひとつ聞こえない静寂、山から来るひんやりとした冷気に思わず息をつかされた。一緒に外に出た茉美の黒っぽいゴスロリの服も、闇の中に溶け込んでいるように見えた。
「ここ、夜はこんなに真っ暗になるんですね。神戸の街は夜でもあちこちに電気がついているので、こんな真っ暗なのは日本に来て初めてです」
「夏休みに来ると、いつもこの庭で茉美と一緒に花火をやるんやけどな。秋になると虫の鳴く声がそこら中から聞こえるし。それよりキャサリン、空を見上げてみな」
キャサリンが美鈴に言われるままに夜空を見上げると、一面に降り注いできそうな満天にきらめく星たちに思わず目を奪われていた。その美しさのあまり、キャサリンは思わず目に涙をためていた。
「すごい…神戸ではこんなにいっぱい星は見られませんね」
「ここは空気かて澄んどるし、地上にも照明になるものがあらへんからね。満月の夜も、その月がめっちゃきれいに見えるよ」
しかし美鈴が闇夜の中で茉美の顔に目を向けると、茉美は星空を見上げながらどこか考え込むような表情をしていた。さらに美鈴がキャサリンの方を向き直すと、キャサリンがじっと黙ったままどこか寂し気な表情をしていることにはっと息をつかされた。そこで美鈴はキャサリンが夜空の星々を眺めているうちに、イギリスにいる家族のことを思い出しているのだろうかとふと考えて、キャサリンにそっと声をかけた。
「キャサリン…そろそろ家に戻ろか。五月と言うても肌寒いから、あまり長い間外におると体が冷えてまうやろ」
「はい…素晴らしい景色をどうもありがとうございます」
そのとき美鈴の母親が、風呂が沸いているから入るようにと勧めた。三人で話し合った結果美鈴が最初に入浴することになったので、茉美はキャサリンと二人で部屋に残されるとさっそくキャサリンに声をかけた。
「ねえキャサリン…あたしはさっき家からほかにもゴスロリの服持って来たから、キャサリンも着てみない? キャサリンってきれいなブロンドの髪してるんだから、きっと似合うと思うよ」
そこで茉美が示したのは、茉美が着ている黒を基調にした服とは対照的な、白とピンクを基調にした服だった。それを見てキャサリンは恥ずかしそうに手を振ったが、美鈴の母親は茉美とキャサリンがすっかり打ち解けて仲良くなった様子を見てニコニコしていた。




