第二章・ゴールデンウィークの風(その1)
いよいよ明日にゴールデンウィークが迫った日の朝、潮音が登校すると校門でばったりすぴかに出会った。しかしすぴかは、以前までのスカートを短くしてギャル風の装いをしていたのを改めて、スカートの長さも学校の規定通りにしていたし、制服もブレザーをきちんと着て他の生徒と変らないいでたちをしていた。
潮音がすぴかにどのように声をかけるべきか戸惑っていると、すぴかの方から潮音に元気よく声をかけてきた。
「藤坂先輩、おはようございます」
潮音がすぴかの元気のいい態度に驚いていると、すぴかは潮音に笑顔で話しかけた。
「あたし、ファッション同好会を作るためにはやっぱり自分自身のイメージが良くならなきゃいけないって思いました。人と違う恰好するばっかりが個性じゃないって思ったんです。個性だったらこれからファッション同好会の活動の中でいくらでも示していけばいいって気がついたから…」
そう言ってすぴかは、そばにいた遥子と小春に声をかけると、そのまま足取りも軽く一年桜組の教室へと足を向けた。潮音はすぴかの後姿を見送りながら、すぴかもなかなかいいことを言うではないかと思って自らも二年梅組の教室に向かうことにした。潮音はその間も、すぴかが行っているファッション同好会を作るための活動がうまくいけばいいのにと思っていた。
その日はいよいよゴールデンウィークも目前ということで、学校全体の雰囲気もどこか浮わついていた。生徒たちも連休への期待でそわそわしていて、授業にもあまり身が入らないようだった。榎並愛里紗のように、連休中も塾に行って勉強するので浮かれるそぶりなど見せない生徒もいたが。
そして授業が終って放課後になって、生徒たちが連休への期待を胸に学校を後にする中で、潮音は優菜と一緒に水泳部で一泳ぎしていた。しかしその日の優菜は、どこか心配そうな表情をしていた。潮音は水泳部の練習のときから優菜のこのような表情が気になっていたので、休憩時間に思い切って優菜に尋ねてみた。
「どうしたんだよ、優菜。せっかくのゴールデンウィークだっていうのに、そんな浮かない顔して」
「あのな…。この前駅のところで尾上さんに会ったんやけど、尾上さんはなんか沈んだ顔しとったんや。そこで尾上さんに聞いたけど、最近椎名君と尾上さんの仲がうまくいっとらへんみたいなんや」
その優菜の言葉に、潮音は驚いて尋ね返した。
「あの二人、あんなに仲良かったのにどうしたんだよ」
「椎名君は水泳部の強化選手として練習に打ち込んどるけど、なかなか成果が出えへんでこのままでは次の大会にも出られへんかもしれへんと悩んどるみたいなんや。そのせいか椎名君は尾上さんのことを避けとって、あの二人の関係もギクシャクしとるという話を聞いたんやけど」
その話を聞いて潮音は、浩三の心中を思って気が重くなった。
「あいつが水泳部員として感じているプレッシャーは、とても私なんかにはわかんないかもしれない。…でもだからといって、尾上さんのことを避けることなんかないのに」
「そんなこと言うたらしゃあないよ。椎名君かてあれだけ水泳練習して筋トレかてやって、食べるものにまで気を使いおるのに、全国大会の壁は越えられへんのやから。…椎名君は高校のスポーツ強化選手の寮に入っとってなかなか会えへんけど、なんとかして慰めることできへんのかな」
潮音は浩三や玲花の名前を聞くたびに、自分が中学校で水泳の練習に明け暮れた日々のことを思い出して、胸がざわつくのを覚えずにはいられなかった。それと同時に、潮音は浩三が自分よりもはるか遠くに行ってしまったように感じていた。
水泳部の練習が終って帰り支度を済ませると、優菜はさっそくスマホを操作してSNSで玲花と連絡を取った。すると玲花から、自分もこれから帰宅するから、神戸の街中にある喫茶店で会って話がしたいという返信があった。次いで優菜は暁子と連絡を取ると、暁子はちょうど手芸部の活動が終ったところなので自分もこれから来ると返信した。
潮音と優菜が校舎の玄関の前で暁子と一緒になったときも、暁子は優菜から玲花と浩三の仲がうまくいっていないという話を聞かされて、少し心配そうな顔をした。暁子も玲花に会うことに異存はないようだった。
三人で校門を後にしてからも、潮音は玲花がどのような話をするか気が気でなかった。そのとき優菜が潮音にぼそりと言った。
「潮音って今の学校入ってからもあたしやアッコの前ではずっと自分のこと『オレ』と言うとったのに、最近になって『私』と言うようになったな」
潮音はこの優菜の言葉を聞いて、気恥ずかしそうな顔をした。暁子も同感だとでも言わんばかりに、ニコニコしながら潮音の顔を眺めていた。
「そんなことどうだっていいだろ。日ごろから先生には『言葉遣いには気をつけなさい』とか言われているからな」
潮音が暁子や優菜と一緒に神戸の街中で電車を降りると、黄昏の迫る街を歩く人たちもゴールデンウィークを控えて、心なしか足取りも軽いように見えた。三人が待ち合わせ場所の喫茶店に着くと、玲花がすでに店の前で待っていた。
休日に街に出かけるときは派手なギャル風の装いになる玲花も、今日はパーカーにデニムスカート、両足にはスニーカーというラフな装いをして背中にリュックを背負っていた。そこで優菜は玲花に尋ねてみた。
「南稜って制服ないけど、いつもそういうかっこで学校行っとるん?」
「うん。みんな私は高校入ってギャルっぽくなったとか高校デビューやとか言うとるけど、いつもはこんなもんよ。うちの学校にも『なんちゃって制服』っていう制服みたいな恰好で来る子かておるし、私かてなんちゃって制服着て学校行くこともあるけどね」
しかし玲花は表向きこそ気丈に振舞おうとはしているものの、いつもに比べて元気がなさそうなのは潮音の目にも明らかだった。潮音は玲花に対して気やすく声をかけることもできないまま、優菜や玲花と一緒に喫茶店に入ることにした。
四人でテーブルについて注文を済ませると、優菜はさっそく玲花に声をかけた。優菜も玲花がいつになく元気がないことを不安に思っているようだった。
「玲花はやっぱりいつもに比べて元気なさそうやな。そんな玲花なんて玲花らしゅうないよ。椎名君と一体何があったんか、ちゃんとあたしたちに話してくれへん?」
優菜の問いかけに対しても、玲花は重苦しい表情で唇をかみしめたままだった。そのような玲花の様子をそばで見ているだけで、潮音も自分が中学生のときに性別が変ってしまって悩んでいたときに、玲花が自分に対して積極的に相談に乗ってくれたことを思い出して気が重くなった。
やがて玲花は、徐々に重い口を開き出した。
「この前のバレンタインデーのとき、私は椎名君に思い切って告白しようと思って、椎名君にチョコを渡そうとしたんや。でもそのとき椎名君は『自分は選手とマネージャーという関係で、そうやってベタベタしとるわけにはいけへん』と言うて、私からチョコを受け取るのを断ったんや。それ以来椎名君は前にもまして水泳の練習に打ち込むようになったけど、私に対してほんまにつれない態度とるようになって…」
そう話すときの玲花は、今にも泣き出しそうな悲し気な顔をしていた。その話を聞いて潮音は腹を立てずにはいられなかった。
「あのバカ…ほんとにデリカシーってものがないんだから。今この場にあいつがいたら蹴っ飛ばしてやる」
潮音が怒気を含んだ声をあげたのを聞いて、暁子は潮音を落ち着かせようとした。
「潮音もちょっと落ち着いてよ。椎名君だって椎名君なりの考えがあるんだから」
その暁子の言葉を聞いて、潮音も少し語調を和らげた。
「そんなことはわかってる。でも椎名が水泳でトップを目指すのはつらくて苦しい道だからこそ、尾上さんは椎名をしっかり支えてほしい、椎名も遠慮せずに尾上さんのことを頼ってほしいって思ってたのに…」
そこで優菜は、潮音を向き直して困ったような顔をした。
「こういうときこそ潮音に椎名君のことを励ましてほしいんやけど、椎名君は寮生活であまり外の人と会うこともできへんしな」
優菜がため息混じりに言うのを聞いて、潮音は戸惑わずにいられなかった。
「そんな…自分だって今の椎名を励ませる自信なんかないよ」
しかしそこで玲花は言った。
「それはちゃうよ。潮音はあれだけのことがありながらも、そこから立ち直って今こうして頑張っとる。それだけで椎名君にとって励ましになるんとちゃうかな」
暁子もそれに乗っかるように言った。
「その通りだよ。潮音はもっと自分に自信持たなきゃダメだよ。…潮音を見ていたら、椎名君だって自分には水泳しかないなんて思いつめることなんかないって思うけど」
暁子にまでそのように言われると、潮音も後に退くことはできなかった。
「…わかったよ。私だって玲花を泣かした以上、椎名には一回ガツンと言ってやらなきゃな。でも寮生活してる椎名に会うことなんかできるのかよ」
そこで玲花は口を開いた。玲花も潮音たちと話しているうちに、多少は気持ちを落ち着けて元気を取り戻したようだった。
「それなんやけど、連休の後半に水泳部の練習が休みの日があるから、その日になんとかならんかな」
潮音はすでに話が進みかけていることに戸惑いながらも、玲花のためにもここは自分がひと肌脱ぐしかないなと思っていた。玲花はそのような潮音の気持ちをよそに、暁子や優菜と一緒に世間話のおしゃべりに興じていた。




