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裸足の人魚  作者: やわら碧水
第五部
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第一章・ニュー・ジェネレーション(その4)

 それから一週間近く経って、潮音が暁子と一緒に登校すると、校舎の玄関の前で遥子と小春、すぴかの三人がフットサル同好会のビラを登校してきた生徒たちに配っていた。そのビラはいかにも急ごしらえで作ったという感じで見た目も乱雑で、お世辞にも見映えがいいとは言えなかった。実際に、ビラを手渡された生徒の中には、何だこれはとでも言わんばかりの表情でそれを眺めている者も少なくなかった。


 潮音はそのような遥子たちの姿を目の当りにすると、その場を黙って通り過ぎることはできなかった。潮音は思い切って、ビラを配っている途中の遥子に声をかけてみた。


「樋沢さん、さっそくフットサル同好会を作るための活動を始めたんだ」


「はい、このビラも私とすぴかで一緒に作ったんですよ」


「そりゃ急いでビラを作ったのはわかるけど、もうちょっと見やすくなるように工夫した方がいいと思うけど…」


 潮音がビラを見ながら苦言を呈すると、遥子や小春、すぴかもちょっぴり気まずそうな顔をした。


「でもこうやってビラを配るために、わざわざ朝早くから学校来てるんだ。なかなか頑張ってるじゃん」


 潮音に言われると、遥子たちは笑顔を浮べた。そこで暁子が潮音に声をかけた。


「潮音は後輩ともすっかり仲良くなったね」


 そこで遥子が暁子の方を見ながら、潮音に尋ねた。


「藤坂先輩は友達と一緒ですか?」


「紹介するよ。この子は石川暁子といって、家も隣同士でちっちゃな頃から知り合いなんだ」


「そうやって昔からの友達同士で一緒に学校に行けるなんていいですね。私なんか学校に知ってる人いないし、中等部からいる子たちは仲間同士で仲良くなってるからちょっと心配だけど…。でもこれからもよろしくお願いします」


 遥子は暁子に対して元気のいい声で挨拶をしたが、しかしそこで暁子はきょとんとしながら遥子たちに言った。


「先輩だからと言って、そんなにかしこまらなくたっていいよ。でもフットサルってどんなスポーツなの?」


 その暁子の言葉を聞いて潮音はぎくりとした。潮音は学校の生徒たちの中にはフットサルがどんなスポーツかすら知らない人も少なくないかもしれないと思って、遥子の活動は前途多難だと不安を感じずにはいられなかった。しかしそこでも、遥子は気を悪くすることはなかった。


「フットサルのことを知らないんだったら、動画サイトを見たらけっこう動画がアップされていますよ。フットサルは体育館の中でもできるスポーツで、世界中にやっている人がいるんです。ほんとはサッカーをやりたかったけど、それよりも手軽にできるフットサルの同好会を作ることにしたのです」


 潮音は同好会のメンバーが集まったら、実際に練習しているところを生徒たちに見てもらって、理解を深めることもできるかもしれないけれども、そこまでたどり着くのが大変だと思っていた。しかしそこで暁子が、遥子たちに声をかけた。


「新しいクラブを作ろうと頑張るのはいいけど、そろそろホームルーム始まるよ。早く教室に行った方がいいんじゃない?」


 暁子に言われて遥子と小春、すぴかも我に返ったように、そそくさとビラを片付けると軽く挨拶をして一年生の教室へと向かった。潮音と暁子は、なんだかなあと思いながら廊下を急ぐその二人の後姿を見送った。


「なんか元気でアクティブそうな子たちよね。ちゃんとしっかり話もできるし。ああいう子がいると学校も明るくなりそうじゃない」


「そうだよね。あの子たちが頑張ってるの見てると自分だって応援したくなるよ」


「そうやって人のために素直に行動するのはあんたのいいとこだけど…でも潮音、私たちもそろそろ教室に行かないとホームルーム始まるよ」


「そうだった。私たちも急がなきゃ」


 そこで潮音と暁子は、慌てて二年梅組の教室へと向かっていった。



 この日の昼休みになって、潮音は一年桜組の教室に行って遥子に声をかけた。


「樋沢さん、ちょっとうちの教室に来てみない?」


 そこで遥子は、戸惑いながら潮音について二年梅組の教室に向かった。潮音が二年梅組の教室に着くと、そこで自席についてぼんやりと窓の外に目を向けていた国岡真桜に声をかけた。


「国岡さん、ちょっと話があるんだ」


 潮音はいきなり話しかけられてきょとんとしている真桜に、遥子を紹介しながら言った。


「この子は今度高等部に入学した樋沢遥子さんって言うんだけど、今学校にフットサル同好会を作ろうと活動してるんだ。だから私から国岡さんにお願いがあるんだけど、樋沢さんのためにフットサル同好会勧誘のポスターを描いてくれないかな。国岡さんだって都合はあるし、いやだったら無理にとは言わないけど」


 真桜は潮音の依頼に、戸惑った表情をしていた。真桜はこれまで、他人から絵を描いてほしいという依頼を受けたことはなかったようだった。


「どうして私にそんなことを頼むのですか?」


「いや、国岡さんって絵が上手だからさ…。本当に国岡さんが無理だとかいやだとか言うんだったらやらなくてもいいよ。私はただ、樋沢さんたちがフットサル同好会を作ろうと頑張ってるのを見て、なんとか力になれないかと思っただけだから。あ、樋沢さんにも紹介するね。この子は国岡真桜っていって、美術部に入っていて絵がとても上手なんだ」


 真桜はそのまま、潮音と遥子の顔を交互に見比べていた。遥子の方も、不安げな表情をしながら真桜の顔をじっと見つめていた。しばらくの沈黙の末に、真桜は遥子の顔を向き直して口を開いた。


「わかりました。今度の連休の間になんとかやってみます。でも私もできるかどうかわかりませんよ」


 その真桜の言葉に、潮音と遥子は一気に表情をほころばせた。遥子は真桜が潮音の申し出を承諾したことがいまだに信じられないようで、戸惑い気味に真桜に声をかけた。


「ほんとに…いいんですか?」


「あまり気にしないで下さい。私だって人からこんな風に絵を描いてほしいなんて頼まれたのは初めてで、そうなると俄然自分でもやってみようという気になったのです。何度も言いますが、ほんとに藤坂さんたちが気に入るような絵が描けるかはわかりませんよ」


「それでもいいよ。国岡さんがこの話を引き受けてくれただけでも嬉しいな」


 潮音が満足そうな顔をする傍らで、遥子は顔中に喜びの色を浮べながら何度も頭を下げていた。


「どうもありがとうございます」


 しかしそこで真桜は、あくまで落ち着いた態度を崩さなかった。


「仕事を依頼する以上は、ポスターにどんなことを書いてほしいかをちゃんと説明しなきゃいけませんね。私は今日の放課後美術部の部室にいるから、そこであらためて話を聞かせてくれませんか」


「わかりました。放課後あらためてうかがいます」


 そこで遥子は、丁寧にぺこりと頭を下げて二年梅組の教室を後にした。潮音も真桜のもとを離れて午後の授業の準備にとりかかろうとすると、そこで暁子が潮音のもとに来て声をかけた。


「さっきから見てたよ。潮音も後輩の面倒をここまで熱心に見るなんて、いいとこあるじゃない。それだけじゃなく国岡さんとも積極的に接しようとするんだから偉いよ」


 暁子も真桜がクラス内で孤立気味なのをかねてから気にしていたようだったが、暁子に褒められて潮音は気恥ずかしい思いがした。しかしそこで、暁子は潮音にそっと耳打ちした。


「でもほんとに国岡さんにただで仕事を頼んでいいの? 国岡さんに一回ご飯くらいはおごった方がいいんじゃない?」


「バカ」


 暁子が茶化したような言い方をしたので、潮音はむっとした顔をした。



 その日の放課後、潮音は遥子たちは真桜とちゃんとポスターのことについて交渉しているだろうかと思いながら、水泳部の練習のためにプールで泳いでいた。潮音は水泳部に籍を置きながらも紫とのバレエ教室の方に重点を置いていて、練習も真面目に出ているとは言い難かったが、それでも中学では水泳部に所属していた潮音にとって、プールで泳ぐことは恰好のストレス解消になっていた。


 休憩時間になると、同じ水泳部に在籍している優菜が声をかけた。


「新年度になって、うちらの部にも新入生がもう少し入ってきたらええんやけどな。せっかくうちの学校はこんなにええ温水プールの設備持っとるのに、宝の持ち腐れやで」


「だったら優菜も、新入部員が入ってくるの待ってないで、部員を一人でも多く入れるために自分から行動しなきゃ」


「それ言うたら、あんたかて一応は水泳部員の一人やろ。そりゃ生徒会やバレエで忙しいのはわかるけど」


 潮音は痛いところを突かれたと思ったが、そこで優菜は話を続けた。


「ともかくあんたは今、一年生のために活動しとるんやろ。しっかりがんばりや。そして運動したくなったときやムシャクシャしたときは、いつでもこのプールに泳ぎに来るとええよ」


 優菜に笑顔で声をかけられて、潮音は照れくさそうな顔をした。


 潮音と優菜が水泳部の練習を切り上げて帰り支度を済まると、プールを出たところで遥子たち三人組と出会った。潮音の姿を見るなり、遥子はいきなり声をかけた。


「藤坂先輩って、水泳部に入ってたんですね」


「え…まあ。ところでみんなは国岡さんとポスターについての話し合いはできたの?」


 潮音の問いかけに積極的に答えたのは遥子だった。


「はい。国岡先輩と、ポスターをどんな感じのものにするか話し合いました。国岡先輩って、パソコンで絵を描くこともできるんですね」


 潮音は内心で、真桜は油絵だけでなくパソコンで絵やイラストを描くこともできたのかと思ったが、そこでさらに遥子は話を続けた。


「国岡先輩との交渉は主に小春がやってくれました。どんなデザインのポスターにするかとか、書き込むべき情報は何かとか…」


 遥子はフットサル同好会の活動が軌道に乗り始めたことに手ごたえを感じていたようだったが、そこで小春は少し困ったような顔をしていた。


「すまへんな…。私は樋沢さんが頑張っとるのを見てフットサル同好会を作るのに協力はしたけど、私は華道部かてあるしもともと運動得意やないから、同好会には入らへんやろうけどそれでもええの?」


 そこで遥子は一瞬困ったような表情をしたものの、あまりショックは受けていないようだった。


「…いいよ。クラブはつきあいとかそんなんじゃなくて、本当に入りたい人が入るものだから。それに小春が華道部で活動してるなんてことは最初からわかってたし、小春がフットサル同好会の作るのを手伝ってくれただけで十分嬉しいよ」


 潮音は遥子があまりダメージを受けていないことにほっとするとともに、こういうさっぱりとした性格も遥子のいいところではないかと思っていた。


 そこで遥子は、すぴかの方を向き直した。


「すぴかはフットサル同好会に入ってくれるよね」


「う…うん。いいよ。私も高校に入ったら今までやってこなかったことをやってみたかったし」


 しかしそのように話すときのすぴかはどこか考え事をしているようで、いつものすぴかのような明朗さはなかった。潮音はすぴかは本心で話していないのではないかと内心で少し思っていたが、それ以上は黙っておくことにした。

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