第一章・ニュー・ジェネレーション(その3)
その翌日の放課後になって、紫が遥子のフットサル同好会を作りたいという希望を聞く時間が来た。生徒会副会長でスポーツに対しても造詣のある吹屋光瑠、体育委員の天野美鈴も紫と一緒に話を聞くことになったが、潮音も紫について生徒会室に行くことにした。
潮音と紫が生徒会室の前まで来ると、すでに遥子と小春、すぴかの三人が扉のすぐそばで待っていた。紫はその三人を生徒会室に招き入れて席につかせると、紫が上座について光瑠と美鈴、潮音が一年生の三人と向き合う形で席に腰を下ろした。
遥子たちが落ち着かなさそうに生徒会室の中を見回していると、紫は遥子たちに学校生活で困っていることはないかや勉強は大丈夫かを尋ね、しばらくとりとめもない世間話をしてその場をリラックスさせた。そこで遥子たちが場の雰囲気になじんでくると、さっそく紫が雑談を一段落させて口を開いた。
「今日は樋沢さんたちが学校にフットサル同好会を作りたいと言うからこうして集まってもらったけど、まずはどうして樋沢さんたちはフットサル同好会を作りたいのか、同好会でどのようなことがしたいのか、そこから私たちにきちんと説明してもらえないかしら」
そのように話すときの紫の口調は、あくまでも落ち着いて堂々としていた。潮音は自分の前では気さくでフレンドリーな表情も見せて、時には下らないおしゃべりに花を咲かせたりすることもある紫も、バレエの練習や舞台の上、さらに今のような場では鋭い眼差しをして威厳のある表情や態度を見せるので、やはり自分は紫にはかなわないと気後れを感じずにはいられなかった。
潮音は遥子がそのような紫を前にしてひるんだりしないかと気をもんでいたが、遥子も席を立つと紫を向き直して、はっきりと通るような声で答えた。
「はい。私は小学校の頃から地域のサッカークラブに入っていて、男子に混じってサッカーをやっていました。その頃はなでしこジャパンにも憧れていたけれども、中学ではサッカー部は男子しか入れなかったので、サッカーを諦めて陸上部に入りました」
潮音は紫を前にしても何ら臆することなく、紫の顔からはっきりと目をそらさずに、自分自身のことをよどみのないしっかりとした口調で主張する遥子の姿を見て、やはり彼女も只者ではないと感じていた。その遥子の話を聞いて、美鈴もその場の緊張を解きほぐそうとするかのようににこりとしながら答えた。
「樋沢さんかて昔からスポーツ得意やったんやね。私も陸上部に入っとるから、いっぺん練習見に来るとええよ。その隣の吹屋さんは、バスケが得意やけどね」
美鈴の隣に坐っていた光瑠は、余計なことを言うなとでも言わんばかりの目つきで、困ったように美鈴に視線を向けた。潮音は今ここで自分が小学校のときサッカーをやっていたことを遥子に明かしてもウソをついたことにはならないものの、果たして本当にそれでいいのだろうかと考えていた。
そこで紫もにこりと笑みを浮べながら遥子に言った。
「樋沢さんってちっちゃな頃からずいぶん元気だったのね。そのような性格が今の明るくて活発なところにも出ているのかしら」
その紫の言葉には遥子も一瞬気恥ずかしそうな顔をしたが、そこでさらに遥子は話を続けた。
「私は中学の間も、サッカーを諦めたわけではありませんでした。高校に入ったら今度こそ諦めずに自分のやりたいことがしたいと思ったけれども、サッカーはチームメンバーを十一人そろえるのも、グラウンドを確保するのも難しいのはわかっています。だから人数が少なくて体育館でもできるフットサルをやりたいと思っているのです」
遥子の話を黙ったままじっと聞いていた紫は、納得したような表情をすると落ち着いた口調で答えた。
「樋沢さんには自分のやりたいことがしっかりあることはわかったわ。それに向かって自分から積極的に行動しているところも頼もしいわね。樋沢さんのそういうところはこれからも大切にしてほしいし、その心意気でこれからも行けば、周りの人たちだってみんなわかってくれるはずよ。でも同好会を作るためには、顧問の先生だって必要よね。先生にはもう誰か相談してるの?」
「はい。オリエンテーション合宿のときに桜組の担任の栃原先生にこのことを打ち明けてみたら、先生だってすっかり乗り気になって同好会ができたときには顧問になってあげると言っていました」
その「栃原先生」というのは、大学を卒業して松風女子学園の数学教師になってからまだ数年しか経っていない若い先生で、快活な性格で生徒からの信任も厚かった。潮音は栃原先生なら、遥子のような性格の子を気に入っても無理はないと思っていた。紫は遥子の話ににこやかな顔で答えた。
「そりゃ栃原先生だったら、あなたの話にも乗ってくれそうね。ともかくうちの学校は女の子だからと言って遠慮したりせず自分のやりたいことをやる子を応援しているから、ガンガンやればいいのよ」
その紫の言葉を聞いて、遥子は一気に表情を明るくさせると、その場に通るような声で元気よくお礼を言った。
「はい、私が松風女子学園に入学したのは、入学案内で女の子も元気に活動できる学校だって話を聞いたからです。学校に入ってから先生も先輩も私の話をちゃんと聞いてくれる人ばかりで、それは間違ってなかったと思いました。どうもありがとうございます」
そこで美鈴が、遥子の両隣にいた小春とすぴかの顔を改めて見直した。
「樋沢さんはわかったけど、そっちの二人もフットサル同好会ができたら入りたいって思っとるん」
美鈴の言葉に積極的に答えたのはすぴかだった。
「はい。私も樋沢さんと同じ高入生だし、スポーツも中学まではバレーボールをやっていたけれども、オリエンテーション合宿で樋沢さんとおしゃべりして、フットサルも面白そうだなと思いました。高校に入ったら今までやってこなかったことをやってみたかったという思いもありますし」
すぴかも遥子と同じような明るい口調で答えたが、それに対して小春の口調はやや落ち着いていておとなしげだった。
「私は中等部からずっと華道部にいたけれども、合宿で樋沢さんがフットサルについて熱心に話しているのを聞いて、自分は入らないまでも樋沢さんにできる限りの協力はしたいと思いました」
そこで遥子が、少し心配そうな顔で小春に言った。
「小春は華道部があるなら、無理して入ってくれなくてもいいよ」
「ほんとも三人とも仲がいいのね」
紫はすぴかと小春の話を聞きながらニコニコしていたが、そこで光瑠は一年生三人の顔をしっかりと見据えてはっきりと言った。
「あなたたちのフットサルをやりたいという気持ちはよくわかったけど、フットサルは二人か三人だけではできないよ。そのためにももっと部員を集めなきゃいけないんじゃないかな」
その光瑠の言葉を聞いて、遥子たちは一気に現実に引き戻されたような表情をしながら互いの顔を見合わせた。まごついている遥子たちを見て、紫が声をかけた。
「私もちょっと調べたところ、フットサルは一チーム五人で競技するみたいね。それなら交代の選手や練習要員も含めて、メンバーは最低十人くらいは必要じゃないかしら。だったら五月の末までに入会希望者を十人集めたら、同好会の新設を認めるということでどうかな」
紫から条件を示されて、遥子はぐっと息を飲みこんだような顔をした。遥子といえども、それだけの部員数を期限までに集められるかは不安なようだった。そのような遥子の様子を見て、紫はなだめるように言った。
「焦る必要はないのよ。中等部の方にも声をかけてみればいいんじゃないかしら。それに五月末までに人が集まらなかったとしても、それでチャンスがなくなるわけじゃないよ」
その紫の言葉を聞いて、遥子たちは少しほっとしたようだった。遥子をはじめとする一年生三人は席を立つと、きちんと一礼しながら丁寧に感謝の言葉を述べて、生徒会室を後にした。
遥子たちが立ち去ってしばらくしてから、光瑠がにこやかな顔をしながら口を開いた。
「あの子たちはなかなかいい子ばかりじゃない。身ぶりだってちゃんとしてるし、何より元気で積極的で、これから学校のみんなを引っ張っていきそうで楽しみだわ」
そこで潮音も軽やかな口調で答えた。
「そりゃ今から五月までの間に部員集めるのは簡単じゃないかもしれないけど、あの子たちがあんなにストレートで一生懸命なのを見ていると、やっぱり応援したくなるよね」
しかし潮音のこの言葉を聞いて、紫は潮音をたしなめるように言った。
「そりゃ困っている人や一生懸命な人を見ていると放っておけないのが潮音のいいところだけれど、あなたはあの子たちの活動に対してちゃんと責任取れるの? あなたがフットサルの同好会に入るわけじゃないんでしょ」
紫にぴしゃりと言われると、潮音も返答に困ってしまった。美鈴もため息混じりに口を開いた。
「うちかて陸上部があるからな。助っ人としては出てもええんやけど。光瑠かてバスケ部があるし」
みんなの話を一通り聞いた後で、紫は話を締めくくって席を立った。
「ともかく、フットサルの同好会が本当にうまくいくかどうかはあの子たちの頑張り次第よね。そりゃ私だってうまくいってほしいという思いはあるけど、安易に手を出したりするとかえってあの子たちのためにならないわ。私たちはそれを温かく見守ってやるしかないわね」
「紫ってそういうとこ、けっこうシビアだよね」
紫はその潮音の言葉にきっぱりと答えた。
「私はバレエをやりながらも、ケガやそのほかの理由でやめていった人を何人も見てきたからね。何だってやる以上は生半可な気持ちでやってほしくないの」
潮音は紫は相変らずだなと息をつくと、紫たちと一緒に帰宅の途につくことにした。入学式のときは満開の花が咲き誇っていた校内の桜並木も、若緑色の葉桜に変りつつあった。
潮音は帰宅の途中も、心の中に先ほど遥子の言った言葉の一節が印象に残っていた。
――高校に入ったら今度こそ諦めずに自分のやりたいことがしたい。
潮音はここで、自分は高校に入ってからその「やりたいこと」をつかむためにいろんなことを頑張ってきたことを今さらのように思い出していた。それだけでも潮音は、遥子たちがなんとかして「やりたいこと」を成し遂げてほしいと願わずにはいられなかった。




