61 「村長たちの立ち位置」
宴の途中で会場を抜け出して小鴉から聞かされた報告は、西の険しい山から百名以上の武装集団が現れたというものだった。現在は、以前に夜鷹の爪の残党に襲撃されて壊滅したラマーム村付近で野営しているそうだ。
また夜鷹の爪の残党か! と最初は思ったのだけど、報告を聞く内にどうもそのような輩ではないという見解が強くなった。
小鴉だけでなくその武装集団を見たという鴉天狗にも顔を出してもらって直接質問を投げかけたりもしたけど、統一された武具を身に着けて隊列を組んで整然と移動しているようで、野盗らしくない。どちらかというと、軍隊とか騎士団とかに近いように思える。
あ、そう言えばここは王国のなんとか辺境伯の領地だったか。
あれ? もしかして国か領主が派遣した軍人のような人たちなんじゃないだろうか……
いや、でもわざわざこっちに軍隊とかを派遣する目的って何なんだろう。この地は、魔物が跋扈する魔境なんて言われてるような危険地帯で、村だってオストルさんの話ではこの広い土地の中で僅か四つの村しか残ってない。特にこれといって軍隊とかを派遣するような問題がないように思える。
まぁ、四つの村は事実上、夜鷹の爪の残党の襲撃を受けて壊滅したわけだけど……。
「あ、そっか。夜鷹の爪か」
バッカスさんやアサルディさんの話では、夜鷹の爪はそれはもう悪名高い盗賊集団だったそうだし、街や村を壊滅されたことから当然、国や貴族からその存在を危険視されていてもおかしくない。実際、ここでも残党だけで四つの村をあっさりと壊滅に追いやった。
あの西の険しい山々を越えた先のバッカスさん達がいた街では、元々隣領で暴れていた夜鷹の爪がつい最近、そこの騎士団が動いた大捕り物があったという話は有名で、仕留めきれずに残党が逃げ出したという真偽が定かでない話も噂として耳にしていたそうだ。
その噂は真実だったわけだけど……もし、それが確かな情報としてこの地に逃げ込んだと分かれば軍隊が動いたとしてもおかしくないのではないだろうか。
「天狐は、どう思う? 」
俺は自分の推測を天狐に語った後、天狐に尋ねた。
「そうね……。決めつけてしまうにはまだ情報が足りないけれど、その可能性は高いと思うわ」
なるほど。
「小鴉はどう思う? 」
「はっ。その集団が軍隊の類であることには、同意見で御座います。しかし、その目的に関しましては某には判りかねます」
そうか。目的に関しては、俺も思いつく中での消去法だから確信はない。
しかし、この世界の事情に疎い俺たちだけで考えても情報が足りなすぎるか。バッカスさん達に意見を求めた方がいい気がするな。
「天狐。すまないが、会場にいるバッカスさんとアサルディさん、それとオストルさんを探してここに連れてきてくれないか。この件でちょっと意見を聞いてみたい」
「わかったわ。すぐ連れてくるわ」
天狐はそう言って、部屋を出て会場にいるバッカスさん達を呼びに行ってくれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なるほどな。そりゃあ、ライストール辺境伯様んとこの虎の子の『雷光騎士団』だな」
天狐に連れられてきたバッカスさんが、正体不明の武装集団の話を聞くなり即答した。
「ライストール辺境伯と言えば、この地を治めている領主という認識であってますか? 」
「ああ、そうだ。ライストール辺境伯の騎士団つってもいくつかあるんだけど、黒いユニコーンがいたってことは雷光騎士団でまず間違いないな」
「どうしてですか? 」
バッカスさんが、それだけで断言したことが気になり聞き返すと、バッカスさんの代わりに隣のアサルディさんが答えてくれた。
「雷光騎士団の騎士団長であるルデリック様が、黒いユニコーンを愛馬としているからですよ。カケル殿はご存知ないかもしれませんがユニコーンの亜種というのはそうそういるような種ではありません。ましてやそれを手懐ける御仁は、少なくともこの近辺にはルデリック様しかいません。だから、雷光騎士団なのです」
「そういうことだ。目的は旦那が考えていた通り、夜鷹の爪の残党狩りであってるんじゃねぇかな。
騎士団の奴らは精鋭中の精鋭だが、だからこそ団の半数近くも動員するなんてことはない。それに、兵士がほとんどいないっていうのもあまりないことだ。
旦那も知ってる通り、夜鷹の爪は頭こそイカれてるがどいつもこいつも信じらねぇくらい腕が立つ。それが危険視される理由でもあるんだが、そんな奴らには兵士なんて欠片も相手にならねぇだろうよ。だから虎の子の騎士団を半数も動員させて確実に安全に仕留めにきたんだろうよ」
この派遣を指示した奴は、夜鷹の爪を危険視した上で慎重な奴だな。とバッカスさんは言っていた。
正直、比較対象がエルフの里の人たちと夜鷹の爪の残党たちくらいしかいないため、バッカスさんのいう腕が立つというのはバッカスさん達と比べればそうなのだろうとしか分からない。エルフの里の人たちなら1対1なら問題なく勝てるだろうし、オルベイさんならあの洞窟にいた残党たちなら1人で倒してしまえそうだ。
だが、夜鷹の爪が非常に危険な存在だというのはよくわかる。食糧とかの調達であれば一つの村で事足りるところを、ただ殺しという快楽のために三つの村を襲っているのだ。
野放しにしていいわけがない。
「しかし、夜鷹の爪の残党は、カケルの旦那たちがもうぶっ潰しちまったんだよな」
「そうですね。けれど、まだ他にいるかもしれません」
実際、捕らえた盗賊を問い質した時に別口で逃げた仲間がいるとは言っていた。レナ達の村を襲った残党が正にそうだし、他にいないとは限らない。
「それはそうなんだが、この地では襲う村はもうここと新しくできた村しかない。人目を忍んで人里から離れればすぐに獰猛な魔物と遭遇して腹ん中だ。そんな魔物からも隠れるとなれば、しばらく姿を出さないだろうよ。それに、もしのこのことこの村を襲うとすれば、旦那たちにあっという間に返り討ちだろ」
「それは……まぁ、そうですね」
バッカスさんの言い分には一理ある。レナ達の村を襲った盗賊達が全滅したのも、グルッフの群れに襲われたせいだった。それにこの村や新しく村を襲おうとすればすぐに小鴉たち偵察班やポチたち探索班の警戒網に引っかかって未然に防げれると思う。
「だろ? だから、夜鷹の爪はひとまず問題じゃねえ」
バッカスさんはそう言い切った後、ぐいっとコップの中身を呷ってテーブルにドンと叩きつけた。
「今一番考えなければならねぇのは、旦那、あんたたちのことだ」
「俺たち、ですか? 」
「ああ、そうだ」
俺が聞き返すとバッカスさんは、重々しく頷いた。
「さっきから話してたように夜鷹の爪ってのは、例え残党でも騎士団がすぐ動く程に危険で手強い存在だ。生半可な実力じゃ絶対に勝てない」
バッカスさんは、そう話しながら捕らわれた時に切り落とされていた右腕を擦る。
「それを倒したっていうのは、旦那が思っている以上にすごい功績だ。そして、旦那たちにとっては同時にまずいことでもある」
「まずいこと? 」
どうしてまずいのだろうか? 治安を守る側である騎士団にとって夜鷹の爪のような盗賊がいなくなることはいいことだろうに。
「……分からないようだな。いや、旦那の人となりを考えれば無理もねぇか。要するに、旦那たちが強すぎるんだ。普通の村長や村人だと言うには」
バッカスさんの一言に、聞いていたオストルさんは苦笑し、アサルディさんは何度も頷いた。
「儂らだってこの地で畑を耕して生きてきただけあって、駆け出しの冒険者や傭兵よりも強いとは思ってるが、カケル殿達にはどうしたって敵わんわな」
「然り。然り。カケル殿達のような村人ばかりでしたら、騎士団や軍はきっと不要でしょう」
「更に言えば、今でこそこの村で暮らしているが、旦那たちは流れ者だ。
傭兵やってる俺が言えたことじゃあねぇが、お上からすれば身元不確かな怪しい存在。危険視されれば、兵を差し向けられる可能性だって十分にあり得るんだ。
これでわかったか? 夜鷹の爪の残党を討伐したっていう功績は、お上にそう考えさせるきっかけには十分なんだよ」
「…………」
そんな風に考えたことは一度もなかったと言えば嘘になる。
最初は、レナ達だってサタンやゴブ筋を見ると悲鳴を上げたり、泣き出したりと人によって程度に差はあっても警戒や恐怖を抱いていた。だから、やっぱり一緒にいるべきじゃないんだろうかと考えたりした。レナ達を新しくできたオルベイさん達の村で住むようにさせて、自分たちは人気のないところで暮らすのもありかな。なんてことを思ったりもした。
でも、時が経つにつれてレナ達も慣れてきて、今では一緒にご飯を食べて笑い合えるような関係になっていた。
だから、大丈夫だと何の根拠もなしに思っていた。
それは、甘い考えだったのだろうか……
ダメな方へと囚われてグルグルと思考が堕ちていくのを自覚して、俺は両手で鼻を包み込んで大きく息を吐き出した。
「バッカスさん……俺たち逃げた方がいいですかね? 」
そんな言葉が口から零れた。
直後、バシーンという音と共に背中に強い衝撃が走った。
驚いて顔を上げると、バッカスさんがいつの間にか椅子から立ち上がっていて横に立っていた。
「旦那、ふっかけたのは俺だけど、今からそんなことを考えるのはちと早すぎる」
やや呆れを伴った顔でそう言われた。
「まさか旦那がそこまで思いつめちまうとは思わなかった。旦那が自分の危うい立場っていうのをわかってないようだったからつい脅すような言い方になっちまった。すまん」
「いえ、理解していなかった俺にも落ち度があります。バッカスさんが謝ることじゃありませんよ」
「旦那からそう言ってもらえると助かる。天狐の姐さんが俺に向ける視線がやばいからな」
そう言ってと笑うバッカスさんの表情は強張っていて冷や汗が流れていた。心なしか笑い声も乾いている。
言われて天狐へと目を向けると、天狐はニコニコと笑いながらもその目が全く笑っていなかった。
「天狐。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
だから、ね。その笑顔は引っ込めようか。
そんなニュアンスで天狐を宥めると、天狐はふぅと小さく息をついて、普段の表情に戻ってくれた。仕方ない人ねとばかりにやや呆れたような困った表情で微笑んでくれた。
「カケルがそう言うのならそうなのでしょうね。……でも、あまりカケルの不安を悪戯に煽るようなことは控えてくださいね? 」
天狐が「ね? 」と微笑を浮かべながらお願いすると、バッカスさんはコクコクと頷いた。
「お、おう。もちろんだ。気を付けるよ」
バッカスさんと天狐のお陰か、気持ちは幾分落ち着きを取り戻した。
テーブルのオーラリ茶を飲んで、少し頭の中を整理する。
バッカスさんが、さっき話したように俺と仲間の力を危険視されて兵を仕向けられることは確かに可能性としては大いに考えられる。自分たちよりも強くて怖い存在を排除しようとする気持ちは、きっとこの世界の人々の心にも存在する。
でも、同時に危険視されない可能性もある。現に、この村やバッカスさんでは今では受け入れてもらえている。ただ、この場合は俺たちが命の恩人だということが受け入れてくれた大きな要因だろう。
しかし、経緯はどうであれ受け入れてもらえたという実績がある。
これがあるのとないのとでは、その騎士団がとる対応も大きく変わることだと思う。それに、夜鷹の爪を倒したことだけに目を向ければ危険視される可能性は高いかもしれないけど、捕らえられていた人達を助けたという点も考慮してくれれば、そう悪いようにはならないと思う。
だからさっきバッカスさんが言ったように今から村を棄てることを考えるのは時期尚早ということになるな。
……あ、そういうことか。
バッカスさんが俺に本当に言いたかったのは、その雷光騎士団にどう対応するかっていうことか。
そのことに気付いた俺は、考えるのをいったん止めて意識を周囲へと向けた。
「……皆さん、ライストール辺境伯と雷光騎士団についてもっとお話を聞かせてもらってもいいでしょうか? 」
その頼みをバッカスさん達は快く応じてくれた。
そうして話し合いは、夜遅くまで続けられた。
宴は夜が明けて俺が終了を宣言するまで続いていた。
忘れた人用に
オストル
オコル村の生き残りで、顔役。自分が助けられただけでなく死んだ妻を蘇生してくれたことで深い恩を感じてる。
次話は、順調に書ければ今週中に上げれるかもしれません。今から書き始めるので不確かです。




