43 「村長たちの戦準備」
カケルがエルフの里の救援を決断した時、闘技場を破壊した龍源たちは見せしめのようにアラクネによって簀巻きにされて闘技場の外壁に逆さ吊りにされていた。簀巻きにされた龍源たちが大人しく反省しているかと言えばそうではなかった。
「いやーひっさびさに体を動かした気がするぜ。被害を気にせず伸び伸びと体を動かせるってのは実にいいな! 」
「確かに。頑冶たちも実にいい仕事をしたもんだ」
そう言って龍源たちは、体を動かせたことと出来たばかりの闘技場の出来に満足そうにしていた。
逃げようと思えばすぐに逃げれる罰を今でも大人しく受けているというのがその証拠でもあった。
そして話が進んでいくとやはり話は次の喧嘩の話へと移っていく。
「ねっ、ねっ。次また闘技場が使えるようになったら今度は純粋な殴り合いをしない? 」
「おお! そりゃいい! 儂としてはその方が面白い! 」
「俺も乗った! ジャック、お前もどうだ!? 」
白夜からの提案に、龍源とサタンが即座に乗ってくる。
それに対して他の者の反応は芳しくなかった。
「いやーアニキたちを相手に殴り合いなんて全く歯が立たないんで俺っちは遠慮するっす」
「僕も殴り合いは趣味じゃないし、パスかな」
「あー、私達も殴られたら死んじゃいますのでやめときます」
「ちぇー何だよ。みんな乗り悪いなー。もういいよ。僕とサタンと龍源の三人だけでやるから」
「三人か。それはそれで横やりが少なくて楽しいじゃねぇか。本来の姿に戻ってやり合うのもありかもな。あっ、龍源お前はダメだぞ」
「そりゃないじゃろ……儂だって偶には羽を伸ばして戦って見たいと言うのに」
「いや、お前が龍に戻られたら闘技場じゃちょっと手狭だろ。戦い難いっての」
「ならお互い人型に留めて戦うべきじゃろ」
「っち、仕方ねぇな。それでいいよ」
龍源の意見にサタンは渋々了承した。
「はぁ……相変わらずお前さんらは懲りてないな」
闘技場の修復が一段落ついて様子を見に来た頑冶は、全く反省した様子もなく次の喧嘩の算段をしている問題児たちにもはや怒る気すら失せてただ呆れた目で見ていた。
「反省してまーす」
「気をつけまーす」
「またやりまーす」
「よし、お前らずっとそこに吊るされとれ」
反省の欠片もない問題児たちの発言に頑冶から罰の無期限延長の沙汰が降る。
「いや、俺っちはマジで反省してるっす! 」
その判決に慌てて幾名かが弁明をするが頑冶は聞く耳を持たなかった。
その有り余る元気をもっと生産的なことに費やせばいいのにと頑冶は思うが、そんなことを言ったところでやるような者たちでないのは頑冶は重々知っていた。
なので、これ以上仕事を増やしてほしくなかったこともあって数日くらい吊るすようカケルに打診してみようかと頑冶は視線を龍源たちから外して半ば本気で考えていた。
そんな頑冶の頬を風が撫でた。
「む? 」
自分の頬を撫でた風から濃密な風精霊の力を感じ取った頑冶が風が流れていった方へと顔を上げると、やはりというか龍源たちの前に姿を現したシルフィーの姿があった。
しかし、その大きさは掌サイズと些か小さかった。
「ふむ、分身体か? 」
ピィィィ―――――――――-!!
頑冶がそのようなことを考えていると、シルフィーが大きく息を吸って指笛を鳴らした。
その甲高い音はあちこちに散らばったシルフィーの分身体が一斉に指笛を鳴らしたことで共鳴して村の周囲一帯に響き渡った。
その音は一分近く鳴り響き、シルフィーの分身体が霞のように空中に溶けて消えて行ったことで鳴り止んだ。
その音を聞いた龍源たちの顔つきが変わった。
ブチブチブチィ!
龍源は、音が鳴り終わるや否や力任せにアラクネの糸を引き千切って自由になると落下しながら背中から龍翼を生やして村へと飛び立っていた。それを皮切りに簀巻きにされていた者たちは、次々に自分の拘束を破って自由になると、ある者は龍源のように翼を生やして飛び去り、ある者は獣へと姿を変えて地を走っていき、ある者はその場から忽然と姿を消した。
問題児たちが次々と逃走を果たしていくのを頑冶は咎めなかった。
「親方! 私に乗ってください! 」
「おう、助かる」
闘技場の中から作業を放り出した生産班の面々が姿を現す。そのうちの一人、ケンタウロスの娘の背に頑冶はそのずんぐりむっくりとした体からは想像もつかない軽やかさで飛び乗った。
「全力で行きます! 」
「頼む」
頑冶の言葉を合図にケンタウロスのエレナは、地を蹴った。
頑冶たちもまた村へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
頑冶を乗せたエキナが村についた時、村はシルフィーの指笛を聞いて駆けつけてきた仲間たちで溢れ返っていた。
「あ、頑冶。来てくれたか」
「戦となりゃ、儂らの出番だからな。それで、何をしたらいいんだ? 」
シルフィーのあの指笛は、カケルたちの間では戦いに出ることを意味するものだった。
「取り敢えず、これから皆に今回の戦いの話をする。頑冶たち生産班には参加する仲間の武器や防具を可能な限り用意してくれ。足りない分は、作業場の倉庫に必要な素材は置いてきたからそれを使って作ってくれ」
「わかった」
頑冶がそう答えるとカケルは「頼んだ」と言って頑冶の肩を叩いて、久しぶりの本当の戦いにヤル気満々の龍源たちに説明しに向かった。
「…………頼んだ、か」
肩を叩かれた頑冶は叩かれた箇所に手を置いて感慨深そうに先程の言葉を反芻する。
「おっし! やる気出てきた! エレナ、作業場までもうひとっ走り頼む! 馬鹿どもの装備作るぞ! 」
「はい! 」
それから頑冶たち、生産班は作業場と己のスキルをフル稼働して急拵えのものだが立派なものを量産していった。既に作っていたものもあったが戦いに出る百名近くの仲間の装備を二時間とかからず用意して見せたのだった。
カケルが決断してから三時間後、驚くべき早さで準備を進めたカケルたちはエルフの里の救援に向かうべく村を出発した。
「エルフの里を助けに行くぞ! 」
「「「おお!! 」」」
果たして間に合うことができるのだろうか……
一抹の不安をカケルは最後まで捨て去ることができなかった。




