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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
二章 村長たちの村おこし
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42 「村長の決断」

「はぁ……はぁ……はぁ……」



レスティアは、森の中をひたすら走っていた。

その顔に浮かぶのは、焦燥、恐怖、苦痛が綯い交ぜになった絶望の表情。矢は尽き、弓は弦が切れ、剣は半ばから折れていた。そして、右肩から背中にかけて防具が切り裂かれ、露わになった肌に深い裂傷が走り周りを血で赤く染めていた。


それでもレスティアは、走っていた。

体が訴える痛みや魔法の過剰使用からくる頭痛を無視して生きるために走っていた。


足を止めれば、待っているのは死だった。


木々が生い茂る森の中を飛ぶ魔鳥から逃げるためにレスティアは必死だった。


死にたくない。


その一心で、レスティアは迫る死神の鎌から逃れようとしていた。



しかし、二時間の間ずっと魔鳥から逃げていたレスティアの体はもう限界を迎えていた。



「あっ」


レスティアのつま先が露出した木の根にひっかかった。小柄なレスティアの体が宙を舞い、そのまま目の前の茂みへと突っ込んだ。バキバキと低木の細い枝を折りながらレスティアは茂みの反対方向へと突き抜ける。そして、受け身もとれずに露出した木の根などでゴツゴツとした地面へ投げ出される。


「あぐっ! 」


背中を強かに打ったレスティアは、それだけでは勢いが抑えれず、ゴロゴロと転がり木の幹にぶつかりやっと止まった。



「あぅぅ……」


折れた枝先がレスティアの右頬を掠り切り傷をつけて、転がった際に反対の左頬を地面で擦り、擦過傷ができていた。背中を強かに打ったことで呼吸もままならないレスティアは、自分の身に何が起きたのか理解できていなかった。


「に、にげ……、~~~ッ!! 」


だんだんと大きくなる魔鳥の羽ばたく音にレスティアはハッとなって逃げようとしたが、力を込めようとした左足から走った激痛で、地面に再び崩れ落ちた。


左足に目をやったレスティアは、自分の太ももに枝が深々と突き刺さっているのを目にした。



この足では、立てない。


ましてや走ることなんて到底できない。



それを理解したレスティアの前に魔鳥が降り立った。


「ぁ………」


眼前にまで迫った死神の鎌()を前にしてレスティアは最早声をあげることすらできなかった。


魔鳥は、頭をしきりに傾げながら地面を踏み締めて木の根元で蹲るレスティアの元へと歩み寄ってくる。

その足取りは酷くゆっくりだった。


それがレスティアの生死を分けた。


「ガアアッ! 」


レスティアが背にした木の後ろから白い毛並みの巨狼が飛び出し、レスティアに近づいて来ていた魔鳥の首に喰らいついた。


「クケェ!? 」


虚をつかれた魔鳥は驚き、翼をばたつかせたが巨狼は、魔鳥の首に喰らいついた頭を捻ることで強引に魔鳥の体勢を崩れさせ地面に叩きつけた。


横倒しにされた魔鳥の首からブチリと音がして、パッと鮮血が散った。足が数度意味もなく地面をひっかき、パタリと動きを止めた。


魔鳥の動きが止まると巨狼は、口の中の肉を粗食し嚥下すると顔をレスティアへと向けた。その口元には魔鳥の血がべっとりとつき、返り血が顔を斑に染め上げていた。


巨狼の青い瞳と目が合った。


「ぁ、う……」


巨狼は、ゆったりとした足取りでレスティアへと近づいてきた。


レスティアの視線が、地面に倒れ伏した魔鳥へと向けられ、そして近づいてくる巨狼へと戻される。


この状況で、レスティアが死神が変わっただけで、自分の首には依然と鎌が突きつけられていると考えるのは当然だった。


「スンスン、スンスン」


そして、眼前まで近づいてきた巨狼は、レスティアの顔の前で頻りに鼻をひくつかせ


「わふっ」


ベロンとレスティアの顔を大きな舌でひと舐めした。



「………きゅぅ」


顔を舐められたレスティアは、ふっと意識が遠のき気を失ったのだった。



「わう? 」


気絶したレスティアを前に、巨狼はあれ?とばかりに首を傾げたのだった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





着工から2日という驚きの突貫工事で円形闘技場が完成した。


円形闘技場全体で直径250メートルほどの大きさで、舞台の広さは直径100mほどであり、客席と舞台との間に25メートル分の緩衝距離を置いてある。高さは、50メートルほど。イメージとしては、ローマのコロッセオに似ているかもしれない。


完成と同時にちゃんと耐えられるか試合だ!と言って問題児たちが乱闘を始める騒動があり、完成した日に石造りの舞台が溶岩の海になるという被害が出たが、清明の施した多重結界と無数の強化で観客席や闘技場自体の被害はゼロだった。


闘技場はその役目をしっかりと果たして見せたのだ。


あ、舞台を溶岩の海に変えた問題児たちは全員、戦闘が佳境に入ったところで介入した天狐たちによって物理的に鎮圧された。しばらく、頑冶たち生産班に自分の鱗や爪などを提供することが決定した。

アラクネの糸で簀巻きにされて闘技場に吊るされる問題児たちは、溜った鬱憤を発散できたからかとても晴れやかな表情をしていた。


頑冶が、蟀谷に青筋を浮かべてとても殴りたそうにしていたのが印象に残っている。


これを機にもっと落ちついてくれたらなと思う。ほとんど諦めてるけど。




あと、ついでに人工湖も出来た。


いや、突然言われたら分からないかもしれないけど、出来たんだ。

円形闘技場の建設にあたって大量に必要になった石材はモグの【大地創造】の土を石などに錬成できる固有スキルによって用意された。土を石にした分、石を闘技場に使うと土があった場所には穴が出来る。それも変換率は1:1ではなく土の方が多くの量が必要で、闘技場に使われた石材の量は膨大だった。結果、出来上がるのは大きな大きな大穴だ。



そこにセレナ達が水を注いで湖としたのだ。


広さとしては闘技場4つ分くらいあるんじゃないだろうか。


この辺りには川はあっても伸び伸びと泳げるような深さや幅がなかったから、大浴場に入り浸っていたメイ達水棲系のモンスター達には、闘技場の副産物として出来た人工湖は、闘技場の完成以上に喜んでいた。


具体的に言うと、大穴にセレナたちが水を注ぎ始めた頃には村から水棲系モンスターたちが姿を消して人工湖に棲み始めた。


丸一日かけて、水で満たされた人工湖で伸び伸びと泳ぐ皆はとても楽しそうで嬉しそうだった。


湖の中ではしゃいでいる様子は、微笑ましかった。


けど、クラーケンのオクトとリヴァイアサンが本来の姿を現してじゃれ合い始めた時は、迫力が凄いというか怪獣映画を見てるような見応えがあったけど、大波が生じて周囲に被害が出るので本来の姿で遊ぶのは自重してもらった。


俺もオクト達にせがまれて久しぶりに泳いだり、遊んだりした。



そして、改めてこの体はすごいなと思った。



酸素ボンベとかなしで水深50近くある底まで平気で潜れて、水中でゴーグルなしで目を開けても陸と変わらないくらいの視界が晴れてる。いや、もう地球の時とかと違って水中で魚のようにすいすいと自由自在に泳げるから楽しくて皆と一緒にはしゃぎまくってしまった。


調子に乗ってスキルの補助なしでも水面走れるんじゃないかと思い試しに走ってみたら、出来てしまった時は驚いた。


足が沈む前に次の足を出せば沈まないみたいなとんでもが自分でやっといて出来るとは思わなかった。


まぁ、直進しか出来ないけど、水面を走っているというのは【歩法】スキルの【水蜘蛛(みずぐも)】という水上歩行ができるようになるアーツを使った時とはまた違う確かに踏み込めるんだけど、底が抜けてて空気を掴むような不確かな不思議な感覚だった。



闘技場の乱闘騒動の後に、そんな感じでメイやオクトたちと人工湖で遊んでいると、空から小鴉が降りてきた。


「村長、お楽しみのところ申し訳ありませんが、急ぎのお話が御座います。今すぐ某に乗って来ていただけませんか」


水面近くの空中で止まった小鴉が、俺にそう告げてきた。


小鴉の急ぎの話と聞いて、俺の脳裏に浮かんだのは、まだ俺の記憶には新しい【夜鷹の爪】の盗賊団だった。


また別の場所で残党が見つかったのかもしれない。


そんな可能性が頭に浮かんだ俺は、すぐに小鴉の頼みに従った。



「わかった。すぐ行こう。みんな、また今度一緒に遊ぼうな」


「はい、村長まったねー! 」


「おー! そんちょー、いってらっしゃーい」


「ああ、いってくる」


俺がそう言うとメイやオクト達から元気の良い返事が返ってきた。自然と顔が緩んで笑みが浮かんだ。



オクトが気を利かせて腕を部分変化させた触腕で俺を持ち上げて黒い大きな巨鳥へと変化した小鴉の背中へと乗せてくれた。


「ありがとなオクト。小鴉よろしく頼む」


「クァア! 」


小鴉は顔をこちらに向けて俺が乗ったのを自分でも確認すると甲高い鳴き声を上げて二対の黒翼を水面が波立つほどに大きく羽ばたかせて飛び立った。


みるみる小さくなっていく人工湖から本来の姿に戻ったリヴァイアサンが頭にメイ達を乗せて湖面から顔を出して見送ってくれていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




小鴉が俺を呼びだした理由は、ポチが森の散策の最中に拾ってきたものにあった。


人だ。正確に言えば、エルフの娘だった。


ポチから詳細を聞いたところ、森を散策していた時にエルフの血の匂いを嗅ぎ取って、匂いの元に向かったらエルフの少女が鳥型のモンスターに襲われそうになっていたので、助けたそうだ。

あと、助けてすぐに少女は気を失って、怪我もしていたようなので村へと連れて帰ってきたそうだ。


少女が気を失ったと聞いて過去のゴブ筋を見て悲鳴を上げたレナの記憶が浮かび上がってきたけど、ポチが原因だとは思いたくない。



もう起きてるらしいので、少女のいる部屋に顔を出したら出会い頭に少女から「ここはどこ!? お姉ちゃんは!? ダンジョンから魔物が! 里のみんなが!? 」と酷く取り乱した様子で掴みかかられたので、レナたちにも一度は飲ませた鎮静薬を強引に飲ませて落ち着かせた。


話の途中で時折「すぐにお姉ちゃんたちを助けにいかないと! 」と焦り出すレスティアと名乗った少女を宥めながら事情を聞かせてもらったところによると、レスティア達はあの森の奥地にあるエルフの里に住んでいて、近くにダンジョンがあるそうだ。そのダンジョンの中にある封魔の大岩が崩れてそこからモンスターが溢れてダンジョンの外にまで出て里を襲ってきているそうだ。


封魔の大岩が何かと思って尋ねたところ、レスティアの話を聞く限りだとダンジョンの下の階層へと繋がる穴を塞いで封印していた大岩らしい。何でそんなことをするのかと聞いたところ、森の魔物よりも強くて頻繁にダンジョンから溢れ出てきて里を襲ってくるから里の長が大岩を置いて結界で封じ込めたそうだ。


その話を聞いた時、俺はそんなことができるのかと驚いた。


『モントモ!!』ではゲームの仕様上、ダンジョンの入り口を塞いでしまうなんてことはできなかったからその発想は俺にとって驚きだった。

『モントモ!!』ではダンジョンは、プレイヤーが近くにいるとモンスターが自動で出現するようになっていて、ダンジョン内に一定数までモンスターが増えると階層を昇って、ダンジョンの外へと出てくることがある。そのことを『氾濫』って呼んだりするのだけど、それを防ぐには定期的に討伐するか、自動で増える範囲外まで離れるか、ダンジョンを攻略してコアの設定を弄ったり、破壊する必要があった。


もし、今回のような入口を封じてしまったことを考えると、封魔の大岩よりも下のダンジョンの中にはモンスターが目一杯溜っていたことになる。『氾濫』の規模もその数だけ大きくなることは容易に考えられた。



「あぁ……お姉ちゃん……みんなぁ……」


俺に話をすることでレスティアも事態の深刻さがわかったのか、ついには泣きだしてしまった。




俺は考えるよりも先に、以前天狐にしてもらったようにレスティアを抱きしめていた。



「助けに行こう、レスティア。お姉ちゃんを、里のみんなを助けに行こう」




レナの時には、もう全てが終わっていた。


盗賊討伐の時も、盗賊たちは村を襲った後だった。



だけど、今回は違う。




里が襲われてるのは今この時だ。



今なら、まだ間に合う



いや、間に合わせてみせる!!




「天狐!! 今すぐ皆を呼んでくれ! 森のエルフ達を助けにいくぞ!! 」



次こそ、全員を生きて無事に助ける!



レスティアを片手で抱き寄せながら部屋を出た俺は、天狐たちに指示を出しながらそう固く誓った。


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