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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
一章 村長と村民は異世界に
20/114

18 「村長と赤髪の少年」

レナの部屋を出て、階段に向かっていると何やら楽しそうに話をしている天狐たちの声が聞こえてきた。


どんな様子なのかなーと思い、なるべく音を出さないように静かに階段を降りて、様子を伺うと楽しそうな様子の天狐とレナの姿があった。


おーすごいな天狐は、あっとう言う間にレナと打ち解けている。


そう思いながら見ていると、天狐と目が合った。

レナの着替えを頼みたかったのでこっちにこいと無言で手招きする。


天狐はレナに一言言ってすぐに来てくれた。


「もう終わったの? 」


「ああ、そっちは無事に打ち解けたみたいだな。それでちょっと天狐に頼みたいんだけど……」


ここからだとこっちを見ているレナから丸見えなので一旦二階に上がって天狐にレナの着替えを渡した。


「天狐からレナに服の着替えを渡してもらえるか? 」


「ええ、もちろん大丈夫よ。でも、カケルが直接渡せばいいのに」


天狐は着替えを素直に受け取りながら、そんなことを言う。いやいや、無理だから


「冗談言うなよ。流石にデリカシーに欠けるだろ」


「え、そうかしら? カケルが作ってくれたものなんだから直接渡してくれた方がレナも嬉しいと思うのだけれど」


天狐は不思議そうにしているが、それはまずないと思う。天狐とは随分と打ち解けたみたいだけど、さっきレナは階段にいる俺に気付いた時、ビクッと体を強張らせているのが目に入った。


ただ驚いただけなのかもしれないけど、まだ俺は警戒されてるのかもしれない。

そんな俺から着替えだと言って服を渡されて素直に感謝するだろうか?

それもその着替えが俺の手製だと聞いて。


……うん、どう考えても嫌われそうです。


「天狐の方が適任だから頼む。あ、そうだ。風呂は無理だけどあの子が希望するなら体を拭くぐらいは手伝ってあげてくれ。タオルは天狐の分も渡すから」


「わかったわ。中庭の井戸を使っていいわよね? 」


「もちろん、水浴びする時はそこ使ってくれ」


そう言って俺は大小2種類のタオルを4枚追加で天狐に押し付けて、階段に追いやった。


何となく気まずかったので、しばらく2階から下の様子を伺っていると、天狐は上手くレナに話しかけて、一緒に中庭へと出て行った。

天狐の分も渡したし、天狐もついでに水浴びをしてくるかもしれないな。

水が冷たければ、天狐もいるしお湯も用意できるだろう


さて、その間俺はどうしてようか。中庭には出れないし、2人を放ってどこか行くのはどうかと思うからこの家の中で出来ることか……


そう考えて最初に思いついたのは、まだ目を覚まさない子供たちのことだった。


「……そうだな。ちょっと様子を見てみようか」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



子供達は、相変わらず穏やかに眠っていた。

ただ、普通と違う点は、子供達はその様子のまま二日近く眠ったままというところだろうか。

それはまるで植物人間のような状態だ。眠る子供たちは、寝返りを打った様子もなく寝汗を掻いた形跡もないのが、見ていてどこか普通ではない違和感を感じさせる。


まぁ、それでもいつかはレナのように目を覚ますのだ。


そして、子供達にとってはつらい現実に立つことになる。



子供の時に親を亡くす、身近な人を一度に全員失うことは、一体どういうことなんだろうか。

それは経験したことのある人達にしかわからないことだと思う。

だけど、それは決していいことではないことぐらいは経験したことのない俺でも分かるくらい当然のことだ。


たった5人の、それも子供達だけでこの先どうしていくんだろうか。


俺がレナ達を見捨てるのは簡単だ。レナ達は血の繋がってない赤の他人で、たまたま最初に訪れた村で見つけた子供達だけでしかない。俺には、俺を慕ってついて来てくれる仲間達がいるし、自分達の拠点を失い未知の世界に迷い込んでしまった今それどころじゃないと切って捨ててしまうのはとても簡単だ。


だけど、そんなこと出来るわけがない。少なくともこのまま中途半端に命だけ救ってはい、さよならなんて出来るわけがない。



一番いいのは、今後一緒に行動を共にするということだが、レナ達がそれを望むとは限らない。レナが悲鳴をあげて怖がったゴブ筋もいるし、モンスターがこの世界のレナ達にどう認識されているのかわからないのだから、拒まれる場合もあるかもしれない。もしそうなった場合、俺は彼女達に何ができるかな。




俺は、そんな考え事をしながら子供たちの寝室を一つずつ回っていた。

だからだと思う。


最後の部屋である男の子が2人寝ている部屋のドアを開けた時、赤髪の少年が振り下ろした木椅子に反応するのが一瞬遅れた。


「うあぁぁぁぁぁっ! 」


ゴガン!

咄嗟に顔を庇って上げた左腕に衝撃が走り、大きな音が響いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆


起きているとは思ってなかった。

まさかドアを開けた直後に椅子で殴られるとは考えてなかった。

油断していた。


全く予想もしていなかった事態に、俺は軽いパニックになった。

咄嗟に顔を庇うように上げた左腕に木椅子が当たった時、音と衝撃から折れたかと思った。

目の前の椅子で殴りかかってきた少年が何故こんなことをしてくるのかも分からなくて戸惑った。


「ぁぁああああああ! 」


俺が戸惑い、何の行動も出来ないままでいると少年は、防がれた木椅子をもう一度振り被って今度は肩を狙って斜めに振り下ろしてきた。


「ちょ、ちょっ――!! 」


俺は後ろに後退しようとして、廊下の壁にぶつかって体勢を崩して尻餅をついてしまった。そのおかげで、少年の攻撃は、廊下の壁に薄らとひっかき傷をつくるだけに終わったが、このままではまずかった。


「死ねえええええええええ!! 」


少年の鬼気迫る叫び声と共に木椅子が俺の脳天目掛けて振り下ろされる。

咄嗟に両腕を頭の上でクロスさせながら、俺は、その少年を見上げるように見ていた。


まだ少年と言えるぐらいの幼さの残る顔つきと身長ながら、俺が作った白い服から覗く腕は筋肉で引き締まっていた。

その目は俺に対する敵意に溢れていて、射殺さんばかりだった。顔は真っ赤に染まり、凄い形相だった。



怖い。俺は少年のその様子に恐怖を覚えた。



「――カケル!! 」


その時、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。それと同時に俺の頭上でバギッと大きな音を立てて何かが折れた音が聞こえた。木椅子が砕けた音だった。


「なっ……」


少年が唖然とした表情で握りしめた木片を見つめる。


声のした方に目を向けると、そこに天狐がいた。


助かったと思ったが、視界の端にこちらに折れた椅子の先を向けて振り被る少年が見えた。


「カケル、危ない! 」


頭で考えるよりも先に体が動いた。

その場からゴロゴロと転がって避けた。合気道の受け身の要領で回ったので、転がる力を利用してそのまま立ち上がる。そして、少年から距離を取った。


怖い。少年を見ていて本気でそう思う。


「落ち着け! お前に危害を加える気はない! 」


何とか少年を落ち着かせようと叫んだが、少年には無視された。

手に持っていた木片を俺に投げつけ、避けている間にまた距離を詰めてきた。


「うわああぁぁぁ!! 」


「うおっ!? 」


雄叫びを上げながら顔面狙って殴りかかってくる少年の拳を体を捻ってなんとか躱した。

殴られては堪らないので、空振りして体勢を崩した少年を両腕を使って拘束した。


「このっ放せ! 放しやがれっ! 」


「いてっ! こらっ暴れんなって。落ち着け、落ち着け! ――天狐! ちょっとレナを今すぐ呼んできてくれ!! 」


「わかったわ! 」


拘束を振り解こうと暴れる少年を宥めながら俺は、天狐にすぐにレナを呼んでくるように頼んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「アッシュ!? 」


「レナ姉ちゃん!! 」


暴れる少年に何度かポカポカ殴られながらも拘束しているとやっと天狐がレナを連れて来てくれた。

レナは、水浴びの途中で抜け出してきたみたいでびしょ濡れだったが、それを気にした様子もなく体から水を滴らせながらこちらに駆け寄ってきた。


レナが来たことで大人しくなった少年の拘束を解くと、少年は俺の両腕を跳ね除けるようにしてレナに駆け寄ってレナと少年はお互い抱きしめあった。


はぁ……まったくとんだ目にあった。


感動の再会の瞬間なんだけど、それを目にした時、俺が思ったことはそんなことだった。

少年が鈍器として使ってきた木椅子の残骸に目を向ける。

天狐の手によって見事に粉々に砕けてしまっている。燃えた形跡がないし、【狐火】ではなくて【神通力】で握り潰したのかな。あれは本当に助かった。


視線を椅子の残骸から天狐に向けると、やや少年に険しい視線を向けながらちょうど俺の元に来ているところだった。


「天狐さっきはありがとな。助かった」


「カケルが無事で良かったわ。何があったの? 」


「えっと……正直俺も何であの子が攻撃してきたのかよく分かってないんだけど、天狐たちが水浴びしている間に子供達の様子を見ようと思って部屋を回ってたら、ドアを開けたタイミングであの子に椅子で殴られかけたって感じかな? あー……もしかしたら俺のことを盗賊の1人だと勘違いしたのかもしれないな」


「それは……」


天狐に事のあらましを話すと、天狐は複雑な表情になった。

まぁ、盗賊と勘違いされたとしたらちょっと複雑な気持ちになるよな。


それにしてもミカエルが、目覚めた直後は取り乱すかもしれないと言っていたがこういうことか……


あ、そうだ。


「レナ、その子にこれを飲ませてやってくれないか」


「え? あ、はい」


レナと少年が落ち着きを取り戻した辺りで俺は、レナに特製の鎮静薬を渡した。


「……姉ちゃん、それなんだ」


「お薬よ。ほら、飲んだら気持ちが落ち着くよ」


「そんなんいらねえ!! 」


そう言ってレナが瓶の蓋を外して少年に飲ませようとすると少年はレナの手を乱暴に振り払った。


瓶がレナの手を離れて宙を舞った。


ちょっ!?


「あっ、薬が」


あの薬は人数分しか用意できてないってのに!?


「間に合えっ! 」


気付いたら俺は瓶が飛んで行った方に身を投げ出していた。

届くか怪しいと思ったが、伸ばした左手がギリギリ間に合った。


蓋が空いてたせいで、少なくない量が周囲に飛び散ってしまったが、天狐が機転を利かせて【神通力】で飛び散った液体をキャッチしてくれていた。


ふぅー良かった。


天狐の神通力で飛び散った液体が吸い込まれるように瓶に戻っていくのを見ながら俺は胸を撫で下ろした。


「あの……ごめんなさい」


「いや、いいよ。気にしないで」


申し訳なさそうに謝るレナに俺は手をひらひらさせながら気にしないでと返事を返しながら、レナの腕の中で俺を睨みつけるクソ餓鬼(●●●●)の頭に、拳骨を入れた。


「いってぇ!? 」


「俺たちのことを警戒するのは仕方ないが、こっちにだって限度があるんだ。これ以上暴れられるのは困るから大人しく飲め」


そう言って俺は、乱暴に少年の頭を固定して、片手で少年の口をこじ開けて無理やり薬を流し込んだ。

少々、というかかなり乱暴なやり方に、レナは俺を止めようかと迷う様子を見せていたけど、それくらい俺も頭に来ているのだ見逃してほしい。





カケルだって聖人君子ではないので、あんなことを立て続けにされたら事情があるとはいえ、頭にきます。



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