109 「村長、現場につく。不穏な落雷」
数年前にあった内乱の影響で都市の治安が悪いことは聞いていた。でも、兵士さんや仲間が一緒なら大丈夫だと高を括っていた。今思うと、その判断は甘かった。
女神様が言っていた忠告は、このことを指していたのかもしれない。
組織的な誘拐なのか、それとも衝動的な犯行なのかを知る術は今はないけど、どちらにせよ備えが不十分だった。せめて、レオンに持たせていたお守りがきちんと効果を発揮したのを祈るばかりである。
揺れる馬車の中で手を組んで報告を待っていると、自分の影に変化が起きた。
夜の湖面のように影の輪郭が揺れ、そこからフードを被った頭だけを出してきたのは影郎だった。フードの奥の銀の瞳がこちらに向けられる。
「レオンは無事。エヴァが起きた。今は操紫が保護してる」
「エヴァが起きた? そっか、よかったぁ」
その報告に、俺はほっとした。
肺に溜まっていた空気を吐き出して、強張っていた自分の体が弛緩したのを感じた。それは俺だけじゃなかったようで、同乗していた天狐やルデリックさんも深々と息を吐いていた。
「クルルゥ」
頭に乗っていた幼竜は、場の緊張が緩んだのを察したようで、甘えた鳴き声をあげ、餌の催促をしてきた。だから、頭から下ろして腕に抱え直して幼竜に魔力を与えてあげる。
ルデリックさんも、護衛に部下の兵を出した上での誘拐事件だったので相当気を揉んでいたようで、背もたれにもたれて額に滲んだ汗を拭っていた。
「ひとまず、坊主が無事に保護されてよかった。それで、誘拐犯の方はどうなってるんだ? 」
ルデリックさんが影郎に質問をするも、影郎はその言葉が聞こえなかったかのように無視をした。
「操紫と子供は、市場の屯所にいる。オリー、黒士、アルフが共にいる。他の者は別行動している」
坦々と、ルデリックさんの質問を無視して報告を続ける影郎に俺は苦笑いが浮かんだ。
影郎は、小鴉に似て主である自分に臣下のような忠義を尽くしてくれている。だから、自分の報告中にルデリックさんが口を挟んでも無視をしたのだろう。
しかし、ルデリックさんの質問を無視するのも失礼なので、誘拐犯のことを俺の口から聞き直した。
「影郎、誘拐犯はどうなった? 」
「エヴァが片付けて、兵士が捕縛した」
誘拐犯は無事に捕まったのか。
「そっか。それで、別行動しているみんなは何をしているかは知ってる? 」
「頑冶、エレナは武器屋にいる。セレナは用水路でこの土地の水精霊といる。タマは別行動を取っている者の捜索に出てる。ポチ、ムイ、赤兎馬、月影は行方不明。地上にはいなかった。月影は恐らく姿を変えている」
「行方不明……向こうで何か騒動は起きてなかった? 」
その質問に影郎は、静かに首を左右に振った。
「分からない。建物の倒壊や人が吹き飛ぶようなことは、起きてなかった」
「そうか……」
レオンの件もあるので、仲間の行方がわからないのは心配だけど、少なくとも周囲に被害がでるほどの力を出すような事態にはなってないようだ。彼らが暴れたら目立つので影郎の目にも止まる筈だ。
しかし、いつ騒動に巻き込まれるのかわからないので、別行動を取っているみんなにも合流してもらっていた方が良いだろう。それに、放っておいたら自分から他人の騒動に顔を突っ込むなんてことが起きないとも限らない。
「影郎。度々で申し訳ないけど、別行動を取っているみんなに操紫たちのいる屯所、でいいのかな? そこで集合待っているように連絡してもらえるかな。迷子の4人も探して伝えて欲しい。お願いできるかな? 」
影郎は俺の頼みに無言で首肯すると、影の中に沈んで消えた。影の違和感も間を置かずに消える。
どうやら、すぐに行ってくれたみたいだ。
「市場の屯所と言えば、あそこしかないな……。カケル、俺たちもそこに向えばいいんだな? 」
「はい。そうしてもらえると助かります」
馬車の行き先を少し変える必要が出たので、恐縮して頭を下げる。ルデリックさんたちにも迷惑をかけて申し訳ない。
それに対して、隣のルミネアさんは眉を顰め、ルデリックさんは苦笑いを浮かべた。
「……何故、お主が謝るのだ」
「カケル、お前さんが俺に頭を下げる必要はねぇよ。
部下を護衛に付けときながら坊主を危険に晒しちまったんだ。頭を下げなきゃならんのは俺たちの方だ。すまなかった」
そう言って、居住まいを正して深々と頭を下げたルデリックさんに俺は慌てた。
「いや、そんなことはないというか、ルデリックさんがそこまで謝ることではないです。子供たちと一緒に行動しなかった俺の責任です」
俺がそう言うと、ルミネアさんが呆れたようなため息を深くついた。
「お主にその気がなくとも兵が護衛していた人を誘拐された時点でこっちの責任だ。ましてやそれが、別館に宿泊してる領主の客人となれば、普通は物理的に何人かの首が飛ぶ。お主たちが思うておるような軽い話ではない。ライストール家の面子に関わる問題だ」
「ひぅ……」
物理的に首が飛ぶ。という不穏な言葉とルミネアさんの剣呑な気に当てられたラビリンスが短い悲鳴と共に俺の裾を掴んできた。しかし、言われて見ればルデリックさんの立場からすれば、この事件は非常にまずいことなのかもしれない。
「穏便に済ませる方法はないんですか? 」
「だから、こ奴が頭を下げておるのだ。こ奴の肩書きは、これでも男爵で騎士団長なのだ。トールの客人と言っても平民の村長に頭を下げたとなれば、対外的には十分に責任を取ったことになるだろうよ」
なるほど。
身分の上の立場の人が身分の低い人に非を認めて謝るというのは、軽い話ではないのか。
「でもそれなら、頭を下げ続ける必要はないわよね。それに、この場で頭を下げて、その対外的な効果があるの? 」
疑問に思った天狐がそう尋ねると、ルミネアさんは、「まぁ、そうだの」とあっさりと認めた。
「大半はこ奴の自己満足だ。お主たちに謝意を見せたいというな」
「否定はできない。この行動は確かに俺の自己満足だ。堅苦しい場の型にはまった謝罪じゃ、気持ちは伝えれねぇと思ったからな」
ルミネアさんの言葉にルデリックさんは顔を上げて答え、俺に「すまなかった」ともう一度言って頭を下げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくすると、俺たちは商店街の兵士の屯所についた。屯所は石造りの平屋で、周囲の建物と比べて白い屋根以外の主張が少ないが、頑丈そうな作りだった。ルデリックさんに連れられて中に入ると、レナを始めとした子供たちと操紫たちが待機室のような一室で待っていた。
部屋に入るなり、操紫、オリー、アルフ、黒士4人の視線が俺に向けられた。その顔は全員申し訳なさそうであり、本来の姿に戻っている黒士のヘルメットの奥から光る瞳の輝きも心なし弱かった。特にオリーの瞳は潤んでいて、今にも決壊しそうだった。
「レオンは? 」
「そちらです。さっき目を覚ましたのですが、レナさん達に気づかれるとまたすぐに眠りにつかれました」
「そうか」
操紫の指した方を見ると、奥の長椅子の上にレオンが寝かされていた。傍には、レナ達がいた。
「村長、私たちがいながらレオンを危険に晒してしまい申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」「すまなかった」「ごめん、なさい」
操紫がそう言って頭を下げると他の3人も続いて頭を下げて謝った。ここにいる4人は、レオンが攫われた時も一緒に行動を共にしていたと聞いているので、責任を感じているのだろう。
確かに、4人が観光に浮かれず、きちんと目を配っていれば、レオンが逸れることはなかっただろう。今回の一件は、自分も含めて自分たちの認識が甘かったことで起きたことだと思っている。
「みんな、頭を上げてくれ。今回のことは町での危険に対する俺の認識の甘さにも原因があった。ごめん。二度とこんなことが起きないようにする」
仲間たちだけじゃなくて、こちらを見ているレナ達にも俺は頭を下げる。
「それでもし、今回のことで責任を感じているなら、今回のことを教訓に、今後こんなことが起きないように動いて欲しい。みんな、お疲れ様。無事に会えてよかった」
頭を上げてから責任を感じているみんなに向けて言うと、場の空気が少し軽くなった。自分の言葉で、立ち直ってくれたのならよかった。
「そんちょぉー! 」
「ぐふっ!? 」
そう思っていたら、緑色の何かが懐に飛び込んできた。
不意をついた臓腑を抉るようなお腹の衝撃で体がくの字に折れた。それでもなんとか押し倒されずに耐えると、それがオリーだったことに気づく。
「ごめんなさいそんちょぉ、ごめんなさいぃわぁぁあん」
オリーは目から涙を溢れさせて、俺にしがみついて泣きじゃくった。よっぽど負い目を感じていたみたいで、緊張の緩みがきっかけで堪えてた感情が決壊したようだった。
服にしがみついて泣きじゃくるオリーは、見た目相応の幼さを感じさせた。
「ふ、ふぇぇえん」
「うぅ、ぐすっぐすっ。泣いてないんだからねっ」
「ふっ、ふぎゃぁああ! 」
そして、オリーに感化されてリンダやローナ、ケティまでもが泣き出してしまった。よく見ると、泣いた彼女たちをあやしているレナとアッシュの目尻にも光るものがあった。
不安で心配だったんだろう。
石造りの屯所に子供たちの泣き声はよく響いた。
「ます゛た゛ぁ゛ぁ゛ー」
「どうしてお前まで泣いてるんだラビリンス……」
「もらい泣きですぅぅ」
何故かラビリンスまでもが泣き出してしまうことになったが、レナやミカエルたちで泣く子供たちをあやしていると次第に落ち着いてきて泣き止んでくれた。こんな状況で溜まってた不安を吐き出すかのように彼女たちは、よく泣いた。
「村長、何があったんじゃ。外にまでローナたちの泣き声が聞こえておったぞ」
「大丈夫ですか? 」
子供たちの泣き声は外にまでよく響いていたのようで、頑冶とエレナが心配そうな顔で屯所に入ってきた。2人とも影郎から連絡があって、観光を切り上げてやってきてくれた。
レオンの誘拐のことは知らなかったようで、事情を聞くとエレナは眉尻を下げて沈痛な表情を取り、頑冶はいつも険しい顔をより一層険しくさせて憤慨した。
「ふん! 子供から盗みを働くなんぞ気に食わんな。ましてや誘拐までするとはな。その根性叩き直してやりたいわ! 」
――ドッ、ガガァァアアアアン!
頑冶が感情のままに机に拳を振り下ろした直後、屯所の外で一際大きな雷鳴が轟いた。
「「ぴゃぁ!? 」」
音にビックリしたラビリンスと幼竜が揃って奇声をあげた。幼竜が頭からずり落ちてきたので慌てて両手で受け止める。
驚きを隠せないのか、しきりにチロチロと舌を出して幼竜は忙しなく辺りを確認する素振りを見せた。落ち着かせるように手で顔周りを包んでやると、すぐに落ち着きを取り戻した。
幼竜が落ち着いたのを確認してから、屯所の中から外の様子を伺った。空は晴れており、雷雲のような雲は見当たらなかった。外の人も先程の雷鳴は聞こえていたようで、揃って一方向に視線を向けていた。
さっきの音からして、そう遠くないとこに落ちたと思う。
何で晴れた日に雷なんかが……と、考えたところで、ハッとなってルミネアさんを見た。
他のみんなも同じ結論に至ったのか、ルミネアさんの方を見ていた。
「わ、妾は何もやっておらぬぞ!? 」
それまで腕を組んで屯所の壁に寄りかかっていたルミネアさんは、屯所の中の全員から一斉に目を向けられて、狼狽えていた。
今回の一件は、護衛を手配したルデリックさんの担当であり、ルミネアさんは居合わせたとはいえ勝手に手を出せないと、不満そうにしつつも自制していたのもあって、疑われて動揺を隠せないようだった。
ルミネアさんじゃない。
となると……嫌な予感がしてきた。
それは仲間たちも同じだったのか、天狐と小鴉とゴブ筋たちと目があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
雷が落ちた現場に行くと、一軒の屋敷の屋根に大穴が空いていた。
屋根伝いに走ってきた俺が屋敷の門の前で降りると、ゴブ筋が数拍遅れてズシンと地面を揺らして隣に降りてきた。もう片方にふわりと天狐が降り立つ。それから屋敷の周りをぐるりと巡ってきたルミネアさんと小鴉が空から降りてきた。
「随分と大きい屋敷ですね」
その屋敷は、貴族街でもないのに自分たちの泊っている別館並みの屋敷を構えていた。門や塀も立派で、魔術的な細工もしてあるようだった。この辺は、平民の上流階級が暮らす場所らしいけど、その中でも頭一つ抜けた屋敷だった。
「かつてはこの領都で1、2を争った豪商の屋敷だ。愚兄について後継者争いで負けてからは、随分と力を落としたようだが、今でも五指には入るだろう」
そんな話をしながら、ルミネアさんが門へと近づいた。
屋敷は、雷が直撃したせいなのか塀越しに、慌ただしく走り回る人の喧噪が聞こえてくる。門の前には武装した門番2人が立っていた。槍を握って直立している門番は、こんな状況だからか肌がピリピリとする剣呑な雰囲気を発しているようだった。
「雷姫っ!? 」
そして、門番はルミネアさんに気づくと、緊張した顔で槍の切っ先をルミネアさんへと向けた。
ルミネアさんは、眼前に突き付けられた切っ先を、不愉快そうに見つめた。
「ほぅ、シャーナー家の者は、わたしと知っていて刃を向けるか」
「……危急の時のため、ご無礼をお許しくださいルミネア=ライストール様。先程、屋敷が雷魔法による襲撃を受け、今は厳戒態勢を敷いております。ご容赦ください」
門番はルミネアさんに言われ、切っ先こそすぐに下ろしたが、ルミネアさんを警戒するように身構えてたまま説明をしていた。
ルミネアさんの仕業だと疑っているのかもしれない。
雷魔法は使い手が少ないと聞いていたし、前に敵対していた相手とあって警戒してしまうのだろう。
とはいえ、ルミネアさんはこの地を治める貴族の親戚であり、雷獣騎士団の団長だった。
「この領都で白昼堂々と賊の襲撃を受けたというなら私の領分だな。ザップにも話が聞きたい。通らせてもらおう」
「困ります。当主様の許可なくお屋敷にお入れするわけにはいきません」
「聞いてなかったのか? 領都の治安維持は私達、騎士団の領分。賊が襲撃したとなれば、なおさら引き下がるわけにはいかん。通らせてもらう」
そう言って、ルミネアさんは門番たちを押し退けて中に入ってしまった。門番たちもその歩みを止めることはできなかった。しかし、俺たちは騎士団に所属しているわけではないので、中に入ることを断られた。
「カケル達は、そこで待っておれ。すぐに戻る」
ルミネアさんは、俺たちにそう言って屋敷の中へと一人で入っていってしまった。
大丈夫かなぁ。
その心配は、屋敷に二度目の青白い落雷があって的中した。
屯所は、衛兵の詰所で交番のようなものだと思ってください。牢屋はないです。
屋敷の門番。その家の私兵です。
魔物が存在する世界なので、武装が許されてるので私兵の存在は容認されてます。
雷獣騎士団の領分。
雷光騎士団は魔物の討伐や賊討伐がメイン。雷獣騎士団は領都を中心とした領地の犯罪行為に関わる治安維持がメインです。と言っても日頃の治安維持は、兵士たちが受け持ってます。
大きな事件や大物が関わる事件などで出っ張ってくる感じです。
平時であれば、他人の敷地に許可なく入ることはできないんですが、事件が起きたなら許可なく入っても許されますし、それを妨げる人は場合によっては罪になります。
なんで雷なんて落ちたんだろー。わからないなー




