2
首都でのことを全て片付けて陣へ再び舞い戻ると、都市と都市を結ぶ拠点と見紛うほどに設備が整い、“翼の狼”討伐に必要な作業は進行していた。ここから更に森の中へ人と文明の手を伸ばしていく。
一度の敗北から、陣地の空気は変わった。
より一層人夫と具者たちとの距離は縮まり、ある者はクラウスの許可をとって予備の引具を人夫に与えて使い方を教え、逆に土木技術や農耕技術を学んだ。それらの行動は貴族出身などの互いの身分差を忘れて行われ、例えようのない一体感を生んでいた。確かに存在するぴんと張り詰めた緊張と気安い会話が入り混じり、見覚えのない景色が広がっている。
割り振られていた陣地での作業を終えてからヨクリはある人物を探していた。その者に言わなければいけないことがあったからだ。
治癒者の女は介助天幕で消耗した包帯などを補充したり、留守中に発生した軽症者の診断をしたりしていた。忙しなくもてきぱきとしたそのさまはこれまで見てきたメディリカの様子に相違ない。
ヨクリは声をかけることはせず、人が掃け、女の仕事が一段落するのを天幕の外でただ待っていた。傾きかけた日がはっきり夕方に変わる頃、機を見計らい、入口の布を払う。
天幕内は病褥に伏すほどの怪我人はおらず、すっきりとしていた。メディリカはヨクリに気づいて、柔らかく笑いかけた。
「あら、ヨクリさん」
「少しいいですか」
「ええ。ちょっとお待ちください」
新品の包帯を棚に仕舞い、数を数えて不備のないことを確認したあと、ヨクリへ向き直った。
「いかがされました?」
メディリカの問いにヨクリは小さく息を吸った。
「話の続きをしにきました」
「続き?」
「あの夜の」
傷ついたセフィーネの治療のあと、焚き火を囲んで行われた会話。
ヨクリの表情や、少し張り詰めた言葉に感化されたのか、このあとの話の内容を推察したのかどうかはわからなかったが、メディリカは笑みをおさめていた。
「どうして皆と距離を取っているのかと、あのとき貴女は俺に訊ねた。俺にも一つ質問があります」
それについての返答を聞くよりも前にヨクリは続ける。
「貴女ほどの具者がどうして野に下っているのか。もっと言えば、どうして全ての依頼を受け続けてきたのか。それを俺は知りたい」
施療院の認可紋を身につけることが許されるほどの具者が、どうして業者などで身を立てているのか。
あの夜、心深くに切り込んできたこの治癒者は、きっとまっすぐに受け止めてくれるはずだ。ヨクリはこの女の誠実さを信頼していた。そうでなければヨクリを気遣うわけがないと。
メディリカの沈黙の意味をヨクリはおよそ正確に把握していた。あのときのヨクリも、薄紅髪の女に肺腑を突かれ言葉に詰まったからだ。
代わりにヨクリは問いを重ねる。
「自分を許せないからですか」
ヨクリには同情ではない別の考えが生まれていた。
この女は罪滅ぼしに死地を求めているのだろうかと、ヨクリはずっとそんなことを思っていた。
「……戦場で誰かの役に立って、死にたいんですか」
それは声に出て、メディリカを射抜いた。
「貴女が知らないところで、自分の家が犯した咎を背負わなければならないんですか。——なら、俺はどうなる」
自ずと知れず、心のうちが熱くなる。
「実際にどうあったのかは知らない。けれど、シャニール人はたくさんのランウェイル人を殺して、戦争に負けた。その咎があるからこそ、この国でシャニール人は蔑視されて当然だ」
ゆるゆると首を横に振るメディリカをヨクリは無視して、両者に灯った小さな火へ薪を焚べるように言葉をひた重ねる。
「貴女の言うことは、これを肯定している」
言い切ってから、ヨクリは静かに目を閉じ、先ほどの自身の言葉を否定する。
「俺には貴女がそういう心無い思想の持ち主だとはとても思えない。貴女は矛盾を抱えている」
ヨクリの指摘に、メディリカは言葉を失っていた。
「私は……」
女ははっきりと動揺していた。自身の揺さぶられる感情とヨクリの意図の不明瞭さゆえだろう。ヨクリは次に、気配を緩めて小さく息を吐いた。
「貴女を非難したいわけじゃないんだ。……余計なことをしているのもわかっている」
そうでもあっても、ヨクリはメディリカの行く末が少しでも明るいものにできる情報を知っていた。
だからその一助になりたかった。
「——でも貴女は、決着をつけるべきだ。自分の運命に」
返答を待たず、ヨクリはメディリカの右手首をしっかりと掴んで、軽く引いて誘導の意を伝える。
「ヨクリさん——」
名を呼ぶ声には構わずに、手を引いて天幕の外へと連れ出した。
さりさりと、砂を踏む二つの音。夕暮れの中、無言でひた歩いて陣の外れまで治癒者を導くと、そこには木陰に紛れた一人の姿があった。
「人を呼びつけたわりには遅いじゃないか」
樹木に体を預け待っていたのは、盗賊の頭カルネロだった。ヨクリは一言すまないと詫びると、右手を解放してメディリカを向き直らせる。
カルネロは治癒者の女をしばし眺めてから瞑目した。
「なるほど、そうか。お前がアイシュース家の生き残りか」
声には色がなかった。それが意図的なのかそうではないのか傍目からはわからないくらいに感情というものが見られない。
引き合わせたヨクリは、それを静かに見届ける。事前の情報からカルネロが暴挙に出る可能性はほとんどないといってよかったが、用心のためいつでも抜刀できる心構えはしておく。
「……ええ。私が、アイシュース家最後の、メディリカ・アイシュースです」
意を決してメディリカが改めて名乗る。そのさまを当のカルネロはただ凪いだ水面のように、微動だにせず聞いていた。
しばし無音の時間が流れ、
「恨み言を、おっしゃらないのですか」
一方のメディリカは複雑な感情を押し殺した、微妙な声だった。
「いいや。少なくとも俺個人は、アイシュース家を恨んでいるわけではない」
目線を合わせなくてもわかるほど、メディリカの動揺が伝わった。ヨクリはそれを察して確信する。
今度こそは、と覚悟していたのだろう。大樹の森での夜でヨクリに糾弾されず、そしてここでも同じようにメディリカの罪を叫ぶものはいない。
——メディリカはやはり、罪を誰かに咎めて欲しかったのだ。
「けれど、貴方達は父の命を奪い、家を滅ぼすほどに憎んでいたのでしょう?」
「それは違う。確かに残党の中でも特に手のつけられない者がアイシュース家の本邸を襲ったのは確かだったが、そこに当主は居なかった——いや、正確には、すでに当主は死んだあとだった」
メディリカは目を見開いた。カルネロは静かに続ける。
「そもそもの発端となった、盗賊団が襲った————襲わされたのは、表立って追求できない罪を犯した貴族だった。その状況を事前に察していたアイシュースの当主は討伐隊が組織されたことを知って、話が違うと、情報を提供していた国軍の上層部に抗議しに向かう道中で殺されたのだ」
一連の言葉を耳にしたメディリカは絶句していた。自身の知るそれとは違う事実がもたらした衝撃に耐えているのだろう。
「あの方は首領や盗賊団を自分の家の利益のために利用していたわけではない」
その言葉は、直接対面して人物を見、話をしたことがなければ到底できない色を伝えてくる。メディリカもそれを察したようで、
「父に、会ったことがあるんですか」
「俺の父とアイシュースの当主は理想を捨ててなんていなかった。理想と現実の乖離に何度も話し合いをしていた。俺はそれを横で聞いていた」
遠くを思い出すような眼差しだった。その表情のあと、言葉に重い色が立ち込める。
「六大貴族がアイシュース家と盗賊団を利用していたにすぎない。結局あの事件で一番の利を得たのはやつらだからな」
握られた拳は感情の発露だった。
「だが、愚かな俺でもツェリッシュの末娘ベルフーレの振る舞いを見ていればわかる。ツェリッシュ家はこの件に関与していない。……そうでなければ俺を生かし、あまつさえ手元に置いておくことなどできんだろうよ」
昏い熱を逃がすようにカルネロはゆるく首を振って、指を開いた。
「だからあんたへの恨み言なんて持ち合わせちゃいない。……あんたにとっては残念だろうけどな」
あるいはそうであったなら、治癒者の女だけではなく、この男ももっとわかりやすい感情で行動できたのかもしれないとヨクリはその表情を見てふと思っていた。
そして、かすかに震えたのは可憐な唇のみで、ただ衝撃を受けたように動けないメディリカ。
長く溜め込まれた黒い塊が削られていく感覚。それが真実であるかどうかという疑念。女が抱いている虚ろな思考の中でそういうものが渦巻いているのはわかっていた。だから最後の一押しをするために、ヨクリは外套の中に手を入れ、懐から一冊の手記を取り出し、女へと手渡した。
装丁を見た瞬間にメディリカは目を大きく見開いた。
「どこで、これを」
「貴女の家で」
落とした視線をヨクリへ向け、しかし再び手記に視線は移った。ヨクリが挟んだ栞の頁を見つめ、開こうとして、それを中断する。
手記を胸元にかき抱くようにして、
「……すみません」
小さな謝罪を置き去りに、メディリカは二人から背を向け足早に陣へ戻って行った。ヨクリもカルネロも、それを引き止めようとはしなかった。
心を整理する時間は多分必要だろう。
女がこの場から去り、ヨクリと盗賊の首領の二人が残される。今回の礼を述べようとヨクリが口を開こうとした時、
「しかし、あんたも相当なお人好しだな。あのアイシュースの生き残りは別にあんたの女というわけでもないんだろう。なんの得があるんだか」
この手の揶揄は嫌いだったが、今の言葉は侮辱ではなく、真実そう思っているような言い回しだったのでヨクリも感情を表には出さなかった。
「得ならある。あなたが本当にビルリッドの息子なのかどうかもわかるし、メディリカさんの心が晴れれば、今回の依頼の成功率もきっとあがるさ」
しれっとヨクリがそう答えると、カルネロは眉を顰めてまた返す。
「言ってろ。俺を疑っているのなら、俺の言葉なんて信用できないだろ」
「残念だが、裏はとったあとだよ。あなたの言うことは嘘偽りなく正確だった。あなたはビルリッドの息子だ」
トラウト家の当主に直接訊ね、アイシュース家当主の手記にも記されていたことと相違ない。得た情報と、先ほどのメディリカとカルネロのやりとりには矛盾がなかった。本当の真実を語る両方の言い分が誤差なく符合したということは、つまり両方ともが真実である可能性が極めて高いと言うことだ。手記もでたらめで、なおかつ両者が結託してヨクリを騙したという仮説はぎりぎり立つが、前者よりも後者の理由を肯定するほうが無理がある。
ふん、と鼻を鳴らしたあと、カルネロは力を抜いた。ヨクリは盗賊の頭の雰囲気が微妙に変わったのを敏感に察して、時を待った。しばしの間があって、カルネロは再び口火を切る。
「……ヨクリとかいったな」
「ああ」
ヨクリが小さく返すと、
「俺はどうしたらいい。ツェリッシュ家に従うべきなのか」
知るか、とヨクリは反射的に思ってしまったが、その表情があまりにも追い詰められているようで、考えを改めた。確かにカルネロの言った通りヨクリに直接の利はないが、それでも交渉に応じてくれた恩は感じている。
そして男の胸中に渦巻いているであろう感情はおそらくヨクリにも経験がある。どうしたらいいのかわからない。そんな顔だった。だからヨクリは真剣に答えることにした。
「ツェリッシュのことはどうかわからないけれど、俺の知っている六大貴族はたとえそこがどこだろうと、自分の言ったことを反故にはしない。自尊心がそれをさせない。それにあれだけの具者たちも見ていたんだ。その名誉にかけて、都市に戻ったとしてもあなた達に罰を与えたりはしないだろう」
粗野でも粗暴でもない。剣に訴えたその思想には嫌悪を示すものの、カルネロ個人はヨクリにとっては嫌いではない男だった。
「……ベルフーレ様とプリメラ様は、信頼してもいいんじゃないかとは思う。横から見た無責任な言葉で申し訳ないけれどね」
ここで男の答えを聞く必要も、そんなつもりもなかった。だからヨクリは間をおかずに、
「ただ、今は俺たちと一緒にこの依頼に協力してほしい。貴方達の力は必要だ」
人員は大幅に増えたが、世辞や嘘ではなく、ヨクリはそう思っていた。
きっと今度は総力戦になるだろうから。
「……ツェリッシュもあんたたちも、やっぱどうかしてるぜ」
カルネロは苦笑まじりに悪態をついた。しかし声音には険はなく、どこかさわやかな響きを持っていた。
「で、あんたはいつまでそこにいるつもりなんだ。追いかけなくていいのか」
「そうするよ」
これで終わりではない。ヨクリの行ったことが、本当にメディリカのためになったのか確認する必要がある。望まれたことだったのかどうか聞かずにはその責任を果たしたとは言えない。
しかし最後に、ヨクリは一言盗賊の首領に訊ねていた。
「カルネロさん」
「なんだよ」
「貴方は気がついていたんじゃないか。メディリカさんがアイシュース家の人間だってこと」
「くだらない。何を根拠に」
「髪の色だよ」
前時代の図術が人体に用いられていた名残。メディリカの髪色は貴族でなければありえず、ステイレル家など色彩の近い家系はあるが、その色を見たときに男がかの家を連想せずにいられるだろうか。
「気づいていたとして、それがどうした」
半目で睨むカルネロに、ヨクリは追求しようとして、しかしそうできなかった。ふと一つの仮説に行き当たったからである。
この男はメディリカを巻き込みたくなかったのではないだろうか。父や組織が世話になった恩人の最後の娘を、自身の問題やその身の振り方に。
「もういいだろ。行けよ」
「……ああ」
それを暴いたとしても詮無いことだった。つっけんどんに促したカルネロの言葉に頷いて、ヨクリは踵を返してメディリカのあとを追った。
■
陣に居る目についた人間に女の場所を尋ねても、どこへいったのか皆目見当がつかなかった。おそらく手記を読んでいるだろうし、どうしても急がなければならない事情はない。
ここに居なければ別の日にするしかないと、半ば諦めつつ陣から新たに造られ始めた道を辿って水源の沢まで足を伸ばすと、背を向けた女が水面を見ていた。
手記を携えたままただ静かに、メディリカはせせらぎにきらきらと映る紫紺と黄金色のはざまにある空を眺めていた。ヨクリはゆっくりと歩み寄って、その小さな背を見た。
「……余計な世話だというのは、わかっていました」
行動の責任は取る必要があった。その覚悟を持って介入することを決めていたのだ。
「——いいえ」
メディリカは振り返った。いつも通り、唇はゆるく弧を描いていた。遠くの篝火が、浅くその顔を照らしている。
「とても清々しい気分です」
その美しい顔を正面から受け止めてしまい、ヨクリはわずかにメディリカに見惚れたことを自覚したが、なんとか挙動には現れなかった。
「貴方と出会えて、よかった」
深くなった笑みに、ヨクリは視線を斜め左下に逸らす。
「私は怖かった。だからきっと、ヨクリさんが話す場を設けてくれなかったなら——父の手記を探してくれていなかったなら、きっと私はずっと本当のことを知らないで生き続けることになっていたでしょう」
懐かしむように目を細めて、
「アイシュース家や父、そしてビルリッドの本当のことを」
感慨深げにメディリカは言った。少しの余韻のあと、ヨクリはゆるく首を横に振って、メディリカの直前の言葉に反論する。
「貴女の家に勝手に入って盗人まがいのことをしたんです。褒められたことじゃない」
「打ち捨てられたあの家はもう誰のものでもありませんし、家名を捨てた私に一体何が言えるのでしょうか。……どうか、お気になさらず」
変わらず湛えられた笑みにヨクリは息を詰めて、なんとか別の言葉を返す。
「……俺が余計なことをしなくても、メディリカさんはいずれそのことに気がついていたはずですよ。……貴女の周りには、あんなに人がいるんだから」
ヨクリには確信があった。この治癒者を慕い、メディリカのために動く人は必ずいると。昔の依頼を思い返してもこの治癒者の周りに人がいなかったことはなかったのだ。
「いいえ。そうはならないはずなんです」
しかし、そんなヨクリの言葉を、メディリカは否定する。
「私は」
言葉を切って、
「——他人に憎まれるのが怖かった。他人に迷惑をかけるのが、怖かった」
その言葉は誰にでも当てはまる、ごく一般的な感情だった。しかしそれを後ろめたいものだと思っているようで、メディリカの口調は重かった。もしかしたら、心の弱い部分を誰かに打ち明けるのが初めてだったのかもしれない。
「だから、家や盗賊団の話の兆候が少しでもあったら、遠ざけていたはずです」
そこでメディリカはすぅっと深呼吸して、
「貴方の仰った通りです。私は罰されたかった。少しでも自分を罰するために、全ての依頼を受けてきました。そうすることで、少しでも他人の役に立ちたかった……私と私の家が民の役に立っていると、貴族の責務から最後まで逃げ続けたわけではないことを、証明したかった」
恥じるようにメディリカは言った。しかし、ヨクリは全く逆のことを思っていた。
持ちかけられた全ての依頼を受けるということ。
口に出すだけなら簡単だ。しかしそのためにどれほど魂が傷つき、血を流したのか、到底ヨクリの想像の及ぶところではなかった。人や出来事にはそれぞれ、個人によって好悪があり、その全てを許容して共生することは少なくともヨクリにはできない。
この女の辿ってきた足跡を思うと、道のりの艱難さに恐ろしさすらわいてくる。
そして、決してメディリカ自身が行ったことではないのに、そのことへの責を重く受け止め、これまでずっと義務を果たそうと努力し続けてきた気高さにも、ヨクリは深い敬意を抱いていた。
「本当に、ありがとうございました」
「……いいえ」
ヨクリはなんとか感情を抑えて言葉を返すことができた。メディリカは深々と礼を述べたあと、雰囲気を変えて、
「でも、なぜ? 貴方がそんなことをする必要はなかったのに」
本当に不思議そうに、メディリカは首をかしげた。
「俺にとっても人ごとじゃなかったから、ですかね」
女の疑問は最もだった。ヨクリは前置きしてから深く頷いて、
「砂漠で彼らに襲われたとき、自分が初めて人を斬ったときのことを思い出しました。メディリカさんも言っていましたけれど、俺にとっても、確かになんの因果か今更直面した。貴女と二人で話をして、ようやく俺自身も、始まりの決着を見届けたかったのかもしれない」
おそらく大樹の森で話をしたときの言葉通り、仮にヨクリが盗賊団に襲われなかったとしても、さらにヨクリの過去にまつわること、そしてヨクリ自身に流れる血の色から、行き着く結果はさほど変わりはしなかっただろう。しかしあの突発的な出来事にも理由があり、それを知ることのできる立場だったから。ただ、そのことを最後まで見届けたかった。自身の内面を改めて掘り下げると、見出せるものはこんなところだった。
そして、もう一つの理由について触れる。
「あとは……貴女と二人で話をしたとき、貴女が俺に心を砕いてくれたことがわかったから。だから、その恩には報いたかった」
ヨクリが洗いざらい正直に答えると、メディリカはその大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、
「私の家の事情で、私が勝手にそうしていただけなのに?」
メディリカが自身の家の都合だというのなら、ヨクリだって自分がただすっきりしたかっただけだ。さして変わりはしないだろう。
ヨクリは手短に答えた。
「耳に入ってしまえば同じことです」
どちらがより大きい動機だったのかヨクリにもその内心はあやふやだった。だから納得させられる理由全てを話したつもりだった。
しばしの間があり、面目は立っただろうかとヨクリが様子をうかがうと、メディリカは俯いていた。気に障ったかとヨクリが心配する直前、漏れ出た声があった。ふふ、と、笑声を抑える吐息にも似た音。肩を震わせている。
そしてやおら顔をあげて、
「——律儀な人ですね」
メディリカはそう言って破顔した。それはヨクリが見たことのない、透き通った笑顔だった。




