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途上のシャムロック  作者: 納戸
黒血に響く凱歌
71/96

   3

 日没にはまだいささかの猶予がある時間帯。支度を終えたヨクリは落日都市と蔑称されるサンエイクへと降り立っていた。

 やはり、通りは各都市のスラム街とまではいかないが、かなり荒れていた。行き交う人も少なく、陰鬱とした空気が漂っている。最近のシャニール人にまつわる問題ではなく、もっと前からこの状態だったことが、建物からもうかがえる。他の都市と同じ作りの図術列車が停まる駅などの設備は清掃が全く行き届いておらず、外から入る砂に塗れていた。また、サンエイク都市内を走る列車のほとんどの線が長期的な運休を余儀なくされていた。理由は二つ。財政状況が厳しく、高騰傾向にあるエーテルが枯渇しかけていること、細かな砂塵によって図術装置の故障が頻発したことである。特に後者は深刻で、当初計算されていたよりもはるかに大きな悪影響があり、そのため列車だけではなく波動情報を発信する管理塔もその害を被っていた。ゆえに人口が減っていき、検知できなかった魔獣が街に度々出没し、合わせて業者も減っていった。


 この地方で産出される青縞岩と呼ばれる青みがかった石山をそのままくり抜いて作られた住居。元々縞模様を形作っているわけではなく、地表に露出した青縞岩が砂塵を孕む風によって長年削られ続けるとこのような模様が出来上がると言う。風除けや、日陰を作るために縄で張られた、朱を基調とした伝統的な模様で織られた布が軒下や窓辺ではためいて、その陰には水を貯める陶器の蓋つき壺が並んでいる。地盤的に地下へエーテルの導線を通せないため図術灯は存在せず、家々には篝火が備えられていた。暑い地域でも水分を失わないような独特の形をした植物や樹木が群生したり、あるいは人為的に植えられたりしている。遠くの方に見える管理塔は砂塵で霞みがかっており、南部の伝統的な町並みと先端技術の象徴である管理塔との対比が、不思議な雰囲気を作り出していた。


 それでも大通りはさすがにまだ賑わいを見せている。商店には喧騒があり、ゆらゆらと燃える篝火の炎が並ぶ光景はなんとも言えない風情があった。日持ちするように香辛料や香草で調味された吊るし焼きの良い香りが、往来には満ちている。国の農耕を担う金路都市リンドの商店街も素晴らしい香りが立ち込めていたが、サンエイクは使う肉や香辛料が別なのか、また違った食欲をそそられる。多肉葉の酒も格別であり、南部の食文化は首都フェリアルミスでも根強い人気を誇っていた。


 500年以上昔はスローシュ大陸南部と中央の人種は宗教観の違いから半目し合っていた。が、陸路での貿易は開かれ、特に人種による課税や不売買などはなく商人たちが往き交いしていたことから、弾圧をしていたのは民や国家よりも当時力を持っていたリリス教会であった。大陸を統一したランウェイル一世は、結果として教会と南部の部族を仲介する役目を担うこととなる。教会との対立を避けるため、南部をくまなく旅して各部族の長と話合い、教典を読んで議論を交わし、南部独自の土着宗教を神秘主義的解釈へと変えたことがその大きな功績の一つといえよう。その功績は今でこそ南部の民とひとくくりにされてはいるが、多数存在した南方の部族は一つにまとまり、統一の大きな助けとなったと言う。一世は遊牧狩猟を旨とした北方騎馬民族を始めとする数々の戦闘部族を打ち破り統一を成した偉大な軍略家という印象だが、当時から民族学者、神学者としても高名だった。

 そうしたことから、他宗教側からは全くその片鱗を見せずに家の長男にのみ教典の伝道は行われていった。数少ない表立ってわかる特徴が、成人男性の着用している羽根飾りである。漏れ伝わることがほとんどないため、類推でしかないが。それこそ今では宗教の名すら諸説あるほどの徹底された掟である。イヴェールのリリス教とはある種対極的な関わり方だと言えよう。


 街を歩いてヨクリが感じたのは、中流層以下はさほど他の都市と変わらないということである。つまり、必然的に上流層の被害が深刻なのだろう。実際先ほど見たように、上流層の人間が運営する図術機能は安定しておらず、都市内列車はほとんどが運休している。


 ——と、大通りの脇道にある路地裏を覗くまでは思っていた。


 街路に照らされない暗がりの奥では、襤褸を纏った貧民が何人も平気で座り込んでいた。目は落ちくぼみ、痩せ細っている。


 久しぶりに、本気で餓えた人間の目を見た。


 その中に、子供がいた。手足は骨と皮ばかりのがりがりなのに、腹だけは不気味にせり出している。横たわっていたならば、死体と間違われてもおかしくはないほどに。

 ただ眼孔の奥にある両目だけは、なにを犠牲にしても自身の生をどこまでも渇望するように、異様にぎらついている。


(火のないところに煙は立たない、とは少し違うけれど)


 支配者が飢えればその下はさらに飢える。当たり前の事実をヨクリは失念していた。

 ヨクリはなるべく不自然にならないように目を切った。貧民にわずかな一つでも施そうとすれば、たちまちヨクリの周りに人だかりができるのは火を見るよりも明らかだった。


 ——あの緋色の貴族なら、どうしただろう。直前によぎった思考など歯牙にもかけず、彼らの一日を助けるために、施しを与えただろうか。ヨクリは咄嗟に、そんな詮無いことを巡らせていた。

 思考に引きずられてただ歩いていると、後ろから足早に砂を踏む裸足の音が聞こえてくる。それはヨクリに追いついて、至近距離で止まった。


「あの」


 振り返ると、年端もいかない少女がそこにいた。他の貧民と同様に服とも言えない布を纏った姿。浅黒い肌に整った顔立ち。

 ヨクリが反射的に思い出してしまった青髪の少女と、同じくらいの年頃だろう。


「私を買いませんか」


 言葉を咀嚼して、一瞬思考が止まる。


 “そういう声”をかけられる隙を見せたのは他でもないヨクリだった。ヨクリは周りを注意深く見渡して人々の顔を確認したあと、


「きみ一人か」

「……はい」 


 言葉は事実なようで、こちらを注視する視線は感じられない。ヨクリは自分の服に手を突っ込んでいくらか確認せずに硬貨を取り出し、少女へ押し付けた。


「行け」

「え、いえ、でも」

「いいから行け!」


 語尾が荒ぶるのを抑えきれなかった。少女はおろおろと戸惑ったあと、ヨクリに深々頭を下げてから足早にこの場を去った。


 波立つ感情を堪えるために、ヨクリは少女の残した砂の足跡をしばしのあいだ眺めていた。

 こういうことがあると、嫌でも痛感させられてしまうのだ。

 自分が恵まれていること。この国には基礎校へ通うことすらできないほど貧しい人々が大勢いることを。


(何様なんだ、俺は……!)


 ただただ吐き気がした。


 その出来事はしばらくの間尾を引いて、どういう道のりで、どういう外観の宿をとったのかを朧げにさせた。

 食事をして宿をとり明日に向けて体と心を休めようにも、真夜中まで続いた暑さと払っても払いきれない砂埃に気が散る。宿の床についても満足な休息を取ったとは言えず、寝つきをよくするために一旦街へ出て酒を買い、適量飲んでようやく眠りが訪れるまで嫌な気分は晴れなかった。


 ——本当に、嫌な気分だった。





 下月 芽の二十三日未明。


 夜の残滓が漂う砂の街は、日中とは打って変わって肌寒い。夜更けに急激に冷え込む気温との差で発生する薄靄の向こう、昇り始めた陽光は光を乱反射して空の青と混じり合い、複雑な色彩に天を染め上げていた。砂漠の朝は、人々がこの街をどう蔑もうともその美しさを揺るがせない。


 行く道すがら、他の都市では見慣れない生き物がちらほらと目に入る。荷の積まれた広い背。手綱を引かれ、大人しく従う背の高い四つ足。主人の行動に従うように、形容しがたい高い声で小さく鳴いている。サンエイクでは貴重な移動手段として特に重宝されていた。


 “駱蹄”と呼ばれている、スローシュ大陸全般で広く使役されている魔獣の一種。図術的研究の規制が緩かったころに人為的に開発、調教された獣である。“覇王”によって世界中に魔獣が解き放たれたのとほぼ同時期にこの種は完成形をみた。大陸中央ではほとんど見かけないが、北部の寒冷地、西部の高原地、そしてここ南部の砂漠地帯で、人々の生活と密接に関係して広く親しまれている。過酷な環境に耐えうる適応力と温厚でよく人に懐く気質、多くの荷を運搬できる丈夫で大柄な体。砂漠を越え、セルゲイ巨大森まで到達するための荷運びとして選ばれたのがこの駱蹄である。どんな悪天候でも仲間の声や足音を拾える耳と、多くの人やものを運べる広い背中を有した、四足歩行の魔獣。悪路をものともしない頑強な蹄を持ち、体高も高く、特に大柄な個体はヨクリの背のおよそ二倍まである。本来は全身に長い体毛を有しているが、南部では胴回りの毛は短く刈られていた。


 列車は北大門で止まり、そこからは徒歩かあるいは別の移動手段を余儀無くされていた。慣れない砂地と普段の倍以上詰め込んだ荷袋が少し鬱陶しい。北大門に停留していた“駱蹄”の引く駝車に声をかけ、金を払って乗り込んだ。


 近場まで運ばれ降り立って少し歩くと、人通りの僅かな明け方に際立つ異様さがあった。サンエイク東大門に集った者たちの空気は、ちょっと他では見ないほどの規模の大隊商のような様相を呈していた。あの場に集められた具者の他、本格的な陣を築くために必要な職人や、ここからセルゲイ巨大森への道を確保したあと、足りない資材や追加の物資を補充するための往復に必要な水や食料などの物品、それを運ぶための駱蹄たち。それぞれが徹底した秩序のもと統率されており、壮観な空気である。


 予定よりも四半刻ほど前に到着したヨクリだったが、およそ半分の具者はすでに集合していた。粛々としつつもこの大人数では、物音や声を一つもあげないのは不可能である。自然、周囲の音は小さくはなく、その質も種々に富んでいた。


 ヨクリが移動するあいだに、日も昇りきらない時間にもかかわらずすでに南部特有の熱気が立ち籠め始めていた。風はまだ緩やかだが、気温が高まるにつれて強く吹くようになるのがサンエイク地方の特徴の一つだ。集団の奥、都市外の彼方は、砂丘と青縞岩の山々が舞い上がる砂塵によって霞んでいる。ヨクリが暖められた砂を踏んで近寄ると、隊の外周を警戒する幾人かの具者の視線が集まった。そのうちの一人、不惑手前、無精髭の男がヨクリへ近づいた。


「きたな、異国の小僧」

「ガダさん」


 声をかけてきたのは血鎖の頭領ガダ・ガエンである。青髪の少女にかかわる依頼の間、立ち寄った酒場で業者間の連絡を取るために使われる個人番号を交換しあった仲の男だった。ガダが片手に担ぐ手斧型の引具は、直角的な重構造の意匠が施された斧腹が独特で真っ先に目を引いた。刃先もよく手入れされているのがわかる。豪放磊落な外見とは異なり、時間や、自身の使う道具に繊細な神経を使う男のようだった。

 一見すると粗暴に見えそうだが、隙のない装備や足運びですぐに手練れとわかる。その様子にヨクリは敬意を持って、


「ご無沙汰してます」


 先日のあの場でできなかった挨拶をすると、愉快そうに鼻を鳴らした。


「おめぇの噂は結構聞いてるぜ。レミンでもかなりやったらしいじゃねえか」


 男の口から意外な言葉が飛び出し、ヨクリは言葉を詰まらせながら訊ねていた。


「……どこでそれを」

「尻尾巻いて逃げやがった連中がペラペラ喋ってやがったのよ」


 ガダは今度は不愉快そうにヨクリへ言う。


「てめぇの命惜しさ先に根性見せねえやつらが得意そうにな。くだらねぇ」


 吐き捨てるようにいったあと、ヨクリの佇まいを足元から顔まで眺めてからガダはまた口に弧を描いた。


「わかるぜ、小僧。あのときの俺の読みも捨てたもんじゃねえ。俺は、お前さんを買ってるのよ」


 なぜか、この男に小僧呼ばわりされても不思議と不快な気にならない。ガダの声の調子や雰囲気がそうさせているのだろう。


「……やっさんがこんなやつ褒めるなんてめずらしいっすね」


 そのとき、渋面を作っていた隣の男が割り込んでくる。身の丈ほどもある長剣を携えた背の高い男だった。顔つきからかなり若いことも読み取れる。


「わからねえか。だからお前はまだ甘いんだよ、トールキン」

「つったって、ガキみてえなやつだぜ。しかも姓無しときてる」


 歯に衣着せぬ物言いだった。しかしこの手の罵声はヨクリは飽きるほど聞いているので、不快感などは面に全くださなかった。


「おれの相手じゃないでしょう」


 加えて、かなりの自信家のようだった。

 上から背中へ手を回し、軽々剣を抜いてぶんと振るう。切っ先がヨクリのほうへぴたりと据えられた。


 しかし言うだけのことはあって、強化図術のかかっていない通常時にこうもやすやすと重そうな長剣を扱えるのだから、かなりの才覚の持ち主だとヨクリは内心で感心していた。体格的に見ても、同じことをやれと言われたらヨクリにはできないだろう。


「てめえ、簡単に剣抜いてんじゃねえぞ」


 一段下がったどすの利いた声音は、ヨクリもちょっとすくむくらいの迫力があった。トールキンと呼ばれた男はさすがに頭領の叱責に鼻白む。そして、不服そうにしながらも剣を背中へ納めた。


「悪いな、俺んとこのもんがわきまえねえで」

「いや、図術は使っていないんだし」

「……そっすよ」


 ぼそりと呟かれたトールキンの言葉に、ガダは眉を吊り上げた。


「……トールキン、てめえは時間まで外周警戒してろ。終わるまで消えとけ」

「……へいへい」


 口を尖らせ、言われた通りにするトールキン。姿が見えなくなったころ、ヨクリは苦笑いをガダへ向けた。


「……手を焼いているみたいですね」


 ガダはとても大きなため息をついて、


「わかってくれるか。ケツに殻のついた産まれたてのくせに口だけは一丁前にしやがる。……まあ、筋はいいのは確かだがな」


 トールキンの腕を認めている発言に、確かにあの技術をあの若さで習得しているのなら、少々鼻を高くしても無理からぬことだった。


「小僧はどう思うよ」

「大したものだと思います。だが……」


 言い淀んだヨクリにガダはその言葉の先を読む。


「上には上がいる、だろぅ」


 ヨクリは無言で頷いた。今しがたのトールキンの引具よりも、さらに重量のある大刀を使いこなす具者とヨクリはつい最近刃を交えていた。先ほど少し見た若者の身のこなしは大したものだが、あの“凶狼”と比べてしまうと数段見劣りするのも確かだった。


「ガダさんが今回の依頼を受けたのは、彼のことを考えてですか」


 ヨクリが少しだけ踏み込んで質問すると、


「それだけじゃあねえがな」


 特段気にしたふうもなくガダは答えた。ヨクリは少し考えてから、


「わかりました。俺のほうでも、それとなく見ておきます」


 あれほどの技量の具者になにか指導するというほどヨクリは自惚れてはいないが、血鎖の頭領の見込み通り、所作の端々に経験不足のきらいがみてとれる。そこから生まれる弊害を少し気にかけておくことくらいはできそうだと提案した。


「わりぃな。代わりと言っちゃあなんだが、俺も小僧がやりやすいようには気をつけとくさ」


 シャニール人ゆえの軋轢にかかわる問題に気配りしてくれる、ということだろう。

 互いに恩を売りたいというわけではない。同じ依頼を受ける業者同士の、持ちつ持たれつという風潮を前提としたこなれたやりとりだった。ヨクリは頷いたあと礼の代わりに、


「今日は酒は持ってきてませんよ」


 その冗談にガダは豪快に笑ったあと、


「ひっかけりゃ仕事に調子も出るが、お天道さんもまだ起き抜けに、それも貴族様の前ではさすがにできめえよ」


 それもそうだと、ヨクリもつられて笑みを浮かべた。ただ一方で、その心遣いをおそらくはヨクリ自身が無駄にしてしまうだろうということを悲しく思った。

 そして、貴族と言う言葉に、無意識に中央の駝車を見る。するとそこにはヨクリの想定していない人影があった。


「ベルフーレ様とプリメラ様も同行なさるのか……」

「みてえだな」


 さすがに当主が出向いたりはしないと思ってはいたが、それにしても直系をこの危険な依頼に参加させるとは。

 さらにその周りには六名の具者が控えていた。佇まいを一目見ただけでわかる。全員がクラウスらによって集められた具者と同等か、それ以上の使い手だ。この暑さの中でもツェリッシュ家の家紋入りの分厚い外套を、着崩すことなくきっちりと身に纏っているさまから忠誠心の高さが伺える。


「ツェリッシュ家お抱えの具者たちか」


 ヨクリの言葉に、ガダがとぼけたように切り出した。


「まさか俺らを手伝ってくれるわけは……」

「……なさそうですね」


 苦笑まじりに答えるヨクリ。


 言うに及ばず、ベルフーレら六大貴族の眷族の護衛だろう。この依頼に積極的に関与してくるとは思えない。道中の頭数には入れないほうがよさそうだ。だが、逆に考えればこちらが駝車の安全に気を使う必要もないのは相応にありがたい。


 しばらくガダと話をしていると、おおよそ全ての人間が集合したようで佇立していた状況が動いた。

 中央——ベルフーレらとクラウスが乗る幌付きの駝車から羊皮紙が関係者らに回される。依頼の受注に関する最終確認の書類だった。これに記入すれば、本当にもう降りることはできなくなる。だが、ヨクリは迷わず署名して、帳簿係へと手渡した。

 確認が終わるまで手持ち無沙汰なので、あたりを見渡して業者の顔を確認すると、あの場には居なかった具者が何人か混じっていることに気づいた。


 そしてそのうちの一人に目が止まる。


(隠者の客舎! ……初めて見た)


 そいつは外套を目深にかぶって髪の色を隠したうえに、仮面で顔の上半分を覆っていた。


 隠者の客舎。営利を目的としない具者の集団である。“派閥”ではなく、構成員の名簿は存在しない。この組織はランウェイルという国の仕組みの欠点が産む、有能な具者が貴族に集中しがちという事実に伴う問題を解消する名目で作られた団体だった。この異装を纏っている限り、どこの家や派閥にも属さず、国全体の利益のためにのみその剣を振るうことが義務付けられている。また、隠者の客舎として動くときは、いかなる功績も過失も、もともとその者が属する家には帰属しない。

 その性質上身分を隠す必要がある者が所属するため、ほとんどが貴族である。また、管理所で貼り出されている普通の依頼では隠者の客舎の構成員に出会うことはほぼない。


 物珍しさから思わずヨクリは観察してしまう。腰の左右にほとんど同型の直剣を差している。茶髪の男のようなわけのわからない構造の引具以外では、引具を複数所持するのは貴族の証とほぼ同義と見ていい。片一方が施紋されてない可能性は低いだろう。それを持ち運ぶ利点がほとんどない。

 つまり、二剣の使い手ということになる。ギレル式にもあるにはあるが、貴族の子息たちが送られる貴族院ならともかく基本的に基礎校では教えない。理由は先ほどの通り、貴族以外に伝えても財力的に維持するのが難しいからである。


 ヨクリの記憶のうちでは、あの緋色の貴族キリヤが時折修練で見せていた。最も、あの隠者の客舎とは違って利き手ではない右手に鍔付きの短剣を持つ、教書に倣ったそれではあったが。


 外見から判断しにくいが、ヨクリよりも身長が高いようだ。男か女かわかりにくかったが、少ない露出部から見える骨ばった肉付きの感じから、おそらくは男性だろう。

 推理していると、仮面の男と目があったような気がした。ヨクリはそれとなく目線を切ってごまかしたが、しばらくのあいだ、男の視線はヨクリに注がれていたのを感じていた。


 そうしているうちに全ての確認が取れ、注目を集めるための一際大きな声が響き渡る。声の主は業者たちが集められた先日、壇上に居たジャハ・フィストロイだった。


「ではこれより、依頼を開始する!」


 一同はそれに呼応するように了承の声をあげた。中央に駝車隊、その外周に細かな物資を背負わせた“駱蹄”の群、そのさらに外側を具者たちで護衛するように取り囲んで、集団はサンエイクを発った。

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