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途上のシャムロック  作者: 納戸
黒血に響く凱歌
68/96

   3

 首都フェリアルミスの一角で起こった攻勢。荒れ果てたシャニール人自治区の様相を目の当たりにし、衝撃冷めやらぬまま視察を終えたキリヤは、黒馬車を追って大聖堂地下墓地へと向かっていた。そこは更にこの世界の影の部分を端的に表すように、血と泥と死臭に塗れていた。


 キリヤが双子の騎士を引き連れ、大きな扉を開けた先はただ恐ろしいほど広く薄暗い内部だった。陽の光は届かず、壁掛けのほか、暗闇を潰すように配置された石の燭台と、携えられる松明が光源だった。


 入り口から続く石材の通路は三人が並んで歩ける幅を有したまま中央へ伸び、二手に別れて広大な面積の彫り細工を囲い、最奥に鎮座し炎に照らされる美麗に彫り飾られた巨大な石の教会章へたどり着いている。囲われた壁面と天井、それを支えるいくつもの柱以外はむき出しの土があり、そこへ身元のわからぬ遺体が規則的に並べられ、検分する治安維持隊員たちがその傍をするすると通り抜けていた。無数にある無縁の墓の奥では、派遣従事するものが土を掘り、さらに新しい墓を作っているところである。その傍らには、未だ夥しい数の遺体が積み上げられ、山ができていた。また、地上から直接地下墓地へ続くほうの搬入口からはしきりに人が出入りし、抱えた布袋————新しい死体が運び込まれてくる。


 外から聞こえてくる菅風琴と聖歌隊の壮大な鎮魂歌が、薄暗い墓地に反響していた。キリヤらに気づいた地下墓地の人間が一様に平伏すると、キリヤはそれを手で制し、業務へ戻るように促した。

 横たわるものの多くは黒髪のシャニール人だったが、ちらほらと血でどす黒く固まった金髪や茶髪も見受けられた。

 息も絶え絶えのうめき声が一つ聞こえ、そこでキリヤは、安置されているのが死体だけではないことに気づいた。

 検分がそれに気づくと、見下ろして義務的に聞いた。


「家族知人がいるか」

「助け、てくれ……」

「金はあるか」


 問いに瀕死の怪我人は答えなかった。すぐに施療院へ運んで療管に入れなければ、四半刻も保たないだろう。検分はひといき待ったあと、腰の剣を抜いた。そして、キリヤがそれに反応するよりも前に胸元深くその刃を潜り込ませていた。


「————」


 形容しがたい断末魔を残して、その場に死体が一つ増えた。ずるりと剣が引き抜かれ、赤い血の橋が切っ先と胸元を繋げたかと思うと、ぷつりと途切れる。検分は壁に向かって血振るいして、再び納刀した。その一連の所作には淀みや迷いがなかった。

 大聖堂の教区簿冊に記載されない人間たちだということはわかっていた。信仰をしない者、寄付を行わない者の魂を教会の神は慈しまない。


「キリヤ様」


 名を呼んでキリヤを制したのは、キリヤの騎士の一人、双子の女のほうのレイラだった。その声で、一歩踏み出そうとしていたことに遅まきに気づく。

 キリヤはかすれるように小さいため息をついたあと、努めて冷静に答えた。


「維持隊や軍はなにをしている。教会に一任せず身元を割り出すことくらいはできるはずだ」

「お言葉ですが」


 その問いは予測していたように、レイラは即座に長広舌で答えた。


「誰のものともしれない遺体を保管できる場所はここ以外にはございません。これまでも叛乱は頻発していました。いくら小規模とはいえど連日続き、そして先日の攻勢が終わればこうもなりましょう」

「調べたのか」

「はい」

「————」


 そんなことはわかっていた。しかしたとえ命失われたとしても、それが名を奪われる理由にはならない。その者が生きた証を軽んじられる状況はキリヤにとって看過しがたいものだった。そう考えて、キリヤは一度頭を振ったあと、口にしたのは反対の言葉だった。


「そうだな」


 再び繰り返して自身へ確認するように、


「そうだ。だから私がいるのだったな」


 今繰り広げられている行いをキリヤが止めたとしても、またどこかで同じことが起こる。必ず。だからキリヤが作らなければならない。そして、この行いを仕組みから改革しやめさせたとしても、それで国が大きく変わるはずもない。そこまで正しく理解していて、それでも。


「行くぞ」

「御心のままに」


 キリヤは決意し、踵を返して地下墓地を後にした。


 この一つ一つで戦いが終わるわけではない。だがそれでも、眼に映る行わなければならないこと全てを正しく片付けて行く。それができる人間が少ないこともキリヤは知っていた。

 その先にある、キリヤの思う正しい国の姿を実現するためにも。





 外で待機させていた部下たちと合流し、キリヤが大聖堂を離れて翠百通りを抜け、帰路に向かって一つの路地を曲がるとそこには待ち構えていたように十数名の集団があった。従者たちが一気に身構えたが、キリヤは片手で制して相手の動向をうかがった。辻向こうからこの人数の足音はしなかった。つまりキリヤたちがここを通ることを知っていたのである。

 その中心から、小さな輪郭の一人が一歩前へ出てキリヤへと語りかける。


「ご機嫌よう」


 従者を複数引き連れてキリヤの目の前に現れた女。白を基調とした礼服の裾が、ふわりと風を孕んでたなびいた。


「——」


 キリヤは息を詰め、その姿を半ば睨むように見据える。なんの変哲もないというには少し違うが、通りですれ違うことなどあり得ない人間がそこにいた。

 腰まである美しい白髪。北方の民特有の白い肌と、冷たい輝きをたたえた青い瞳。見るものの心を揺さぶり、底冷えさせるような凍てついた覇気を携えていた。キリヤと同じ位に座す、人々を従える運命にある人間。


「あら、挨拶もなしなの? 連れないわね」

「……何の用だ、ネージェ」


 ネージェ・ユラジェリー。キリヤの一つ下の、六大貴族の長女である。武勇誉れ高い長兄とは違い、蝶よ花よと愛でてこられた、白氷姫などと呼ばれるほどの深窓の令嬢。

 だが、淑やかな貴族の娘という世間の評価とは真逆の性質を持っていることをキリヤは知っていた。この女は爪を隠し通し、周りを騙して生きている。


 ランウェイル最強の軍隊を有するユラジェリー家の当主直系。


 大陸北の国スールズの民とほとんど同一の血を引いている北方民族は引具が発掘されるよりも遥か昔から南下しつつ狩猟を行う遊牧民であり、生粋の狩人の素質を備えている。


「冷たいのね」

「当たり前だ。私とお前が会話するだけで意味が生じる」


 キリヤの言葉にネージェは上品に口元に手をやって、くすくすと笑った。


「貴女らしくない台詞ね。昔はあんなに——」

「……もう一度だけ訊く。何の用だ」


 物心つく前から式典や家々の催し物で幾度となく顔を合わせてきており、キリヤにとっては最も古い付き合いの同世代の人間だった。そしてネージェはただ親睦を深めるためにわざわざ自分から出向いたりはしない人間だと言うこともキリヤは知悉していたが、一方でキリヤの想像をたやすく越えてくる底知れない不気味さがあることもまた真だった。だからキリヤは身構えざるを得ない。


「偶然よ。でもそうね、ちょうどよく貴女に会えると思ったから」


 偶然などではあろうはずがないとキリヤは反射的に思っていた。白氷姫は北の流氷のような青い瞳を興味深そうに煌めかせてから、


「貴女はこの大河をどう眺めているのかしら」


 目を細めて、


「姓無しだけが原因ではないことくらい、お見通しでしょう?」

「————それを辿ってどうするというんだ、お前は」


 キリヤが切り返すと、


「私はただ貴女がどう考えているのか知りたかっただけよ」

「……お前が————いや、お前の父のほうがよほど詳しいのではないのか」

「それも含めて、貴女から見た首都の状況を訊きたい、といったら?」


 キリヤは一瞬瞑目したあと、心持ちを改めた。


「…………状況如何で六大貴族の地位や関係が、多かれ少なかれ変わることになるだろう。下手をすればいくつかの家の首がすげ変わるかもしれん」


 キリヤは偽りなく答えて、


「首都を混乱させることが目的なのではない。——ユラジェリーは戦がしたいのだ」


 ゲルミスも。と、内心で付け加え、ネージェの顔をまっすぐ見る。


「そうね。お父様にも困ったものだわ」


 当家で行われている暗躍に、まるで他人事のようにネージェは返した。


「よくも軽々と言えるな」

「あなたもそうではなくて? カレゼア様の行動をどこか俯瞰で見ているでしょう」


 本当にこの女は嫌なところを突いてくると、キリヤは内心で舌打ちした。


「自分の思惑が反映されていないことを、どうして自分のことのように思えるのかしら」


 耳に届いた言葉は心情的な意味での正論だった。そしてその正論のなかに、ネージェの真意をキリヤはすぐに見出す。


「お前は違うと言うのか。戦争を起こしたいわけではないと」


 ネージェはそれには答えず、一度ふふ、と笑ったあと、


「貴女も大変ね。カレゼア様や民だけではなく、姓無しにもいい顔をしなければならないんだもの」

「なに?」


 反射的にキリヤは声を上げていた。


「友人は大切にしなければいけないものね」


 臆面もなく他人の柔らかい部分に触るネージェに、キリヤの心がちりちりと熱を帯び始めた。


「でもわかるわ。あの子、素晴らしいもの」


 キリヤはそれを聞いてイヴェールで眠る友を思い出し、


「会ったことが、あるのか。……彼女がああなる前に」


 と確認をとると、再び可笑しそうに口元を歪めた。


「糸の切れた人形に興味はないわ。私が言っているのはもう一人のほう。貴女とヴァスト様に膝をつかせた素敵な姓無しさんよ」


 シュウのことではなく、再会して、一つの出来事があった黒髪の青年のことだった。どこまで知っているのかキリヤは心の動きを悟られぬように思考する。


「少し調べさせたけど、あの子本当にいいわ。————私がもらってもいいかしら?」


 どうとでもとれる含みのある言い方に虚を突かれたキリヤは、ネージェに気づかれないように小さく息を漏らしてから、努めて冷静に答えた。


「……あいつは、私の持ち物ではない」

「そうね。今はクラウス様のものだもの」


 完全に予測の埒外の返答に、キリヤは思わず聞き返す。


「……どういう意味だ」


 その反応を愉快げに見つめながら、ネージェはもったいつけるようにたっぷり間を取ってから返答する。


「この戦に加わっていたのよ。クラウス様に率いられて」


 キリヤの思考は一度完全に停止する。そしてその直後、止まった時間を取り戻すように思考が早回しになって、背筋が粟立った。


(————シャニール人征伐に? あいつが?)


 生まれた内心を力一杯否定するように、


「馬鹿な!!」


 とうとうキリヤは声を荒らげた。


「そんな、そんなはずは……」


 キリヤの戸惑いと葛藤に、ネージェは目を細めた。


「そうね。貴女にはわからないでしょう。でも、私には手に取るようにわかるの」


 ネージェは鋭い剣の切っ先を突きつけるようにキリヤへ語りかけた。


「綺麗な道しか進んでいない貴女はとても高潔よ。人々から褒めそやされるのも道理よね」


 なにかを揶揄しているわけではなく、純粋な評価を述べていく。そして、


「だから貴女は気づけない。素敵な姓無しさんが、今貴女の隣にいない理由も。————彼が同胞を排除しようとした理由も」


 歌うようにネージェは続ける。


「貴女、眩しすぎるのよ。人は家を立てて、陰をつくってまでリリスの恵みから遠ざかるのに」


 白氷姫の口から出る一つ一つの言葉に、キリヤは手が白くなるくらい両の手を強く握りしめていた。


「……お前に私のなにがわかる」


 私がどれほど、とキリヤは沸々とこみ上げる怒りを必死に押し殺し、ネージェの長広舌に声をくぐもらせ答えた。

 自身の汚いところを痛いほど知っているキリヤは、その評価に我慢ならなかった。人は見たいものを見たいように見る。そんなものは演出された虚構だ、欺瞞だと。


「いいえ、貴女よりも貴女のことを知っているわ」


 キリヤの怒りを真っ正面から見据えながら、ネージェはさらに続ける。


「だから素敵な姓無しさんに興味を持ったんですもの。……でもそうね、これ以上怒らせるのはやめておくわ。——貴女といがみ合いにきたわけではないの」

「……なに?」


 単純にキリヤをからかうためだけに顔を出すほど暇ではないとは思いつつ、この女ならそれもやりそうだとキリヤは半信半疑だったが、後者を否定する言葉に、立ち込めていた怒りが霧散する。

 そして次の言葉を待つと、まさしくキリヤの冷静さを消しとばすネージェの声が待っていた。


「私たち、こっそり協力しましょ? キリヤ」


 考えもつかなかった提案に、キリヤの頭の中は一度真っ白になる。


「なにを馬鹿なことを!」


 気づくと、否定の声をあげていた。


「大きな声をださないで」


 反応を予測していたのか、ネージェは自身の流れるような髪を撫で付けながらキリヤを単調にたしなめる。その落ち着き払った様子にキリヤは弾かれたように辺りを見渡した。誰かに聞かれでもしたらと大げさにすぎるほど警戒を強める。


「大丈夫。人払いはしてあるわ」


 心と思考を落ち着かせたあと、キリヤはネージェに直截的に訊ねていた。


「————なにを企んでいる」


 人払いときいて次に思い浮かべたのは両者の側近たちだったが、今キリヤが引き連れているのは、信を置く精鋭のみで固められていた。これが偶然だとも思えない。

 ネージェは薄く微笑んで、口を開いた。


「私は貴女の望むものをあげるわ。貴女は貴女の信念にしたがって行動してくれればいい。それだけよ」


 一つ風が吹き抜けるくらいの間があいたのち、


「断る」


 キリヤは提案を斬って捨てた。間髪いれずに、


「こちらの不利益が計り知れん。お前の手の内が知れんうちはな」


 鋭く睨んでキリヤが答えると、ネージェはそれを事前に予測していたように素早く返す。


「なにかを変えたいのなら、貴女がまずその仕組みから抜け出さないと、結局は同じことの繰り返しよ」

「それは今ではない」


 時期尚早だと即断するキリヤに、


「いいえ。今よ」


 大貴族の末裔二人は真っ向から睨み合う。長い時間だった。そして、ネージェは空を見上げて目を細めた。


「……貴女と私の思う未来は違うかもしれないけれど、私も変えたいの。それならまずは、お父様にどいてもらわないと」


 キリヤは目を見開いて、ようやくかすれるように答えた。


「——笑えん冗談だ」

「そういう冗談が許される立場じゃないのは、貴女も知っているところでしょう」


 間髪入れない返答に、キリヤはようやくネージェの語ったことが本気だと悟った。しかし、また別の疑問が浮かんできてそれは自然と声に漏れる。


「お前は、父君や、兄君、家を————」

「愛しているわ。それは嘘ではない」


 キリヤが二の句を継ぐ前に白氷姫は瞳を閉じて、静かに答えた。

 偽りのない言葉だろうとキリヤは思った。しかしなぜその結論に至ったのかは、知りようがなかった。もとよりこの女はキリヤが推し量れる精神構造をしてはいない。

 だからキリヤは少しでも情報を引き出せるように務めた。


「お前の望みにステイレル家が必要なのか」

「貴女が必要なのよ。キリヤ」


 その返答に、キリヤは疲れたようにため息交じりに答えた。


「安い口説き文句だ」

「事実よ。カレゼア様ではダメなの」


 それはそうだろう、とキリヤの頭のほんの片隅にある、ずっと凍りついている部分が囁いた。ランウェイルを第一に考え、制度を遵守することを徹底してきたステイレル家の当主は、変革を望んではいない。また、聞く耳も持ち合わせていない。キリヤはその母のことがずっと————


 小さく頭を振って幻影をかき消し、キリヤは考える。質問への返答と、その先に向けた次の手を。

 ネージェの言葉から香る甘さが、未知の大陸で開拓者が発見した極上の果実なのか、蟲どもを引き寄せる毒なのかキリヤには判別できなかった。

 しかしおそらく、キリヤの望むものは母が舗装した道の先にはないとキリヤは気づいていた。

 だから。


「——ならば最初に一つ欲しい情報がある」


 キリヤはそう言って左手で合図を送った。そのほうに居た騎士は一瞬だけキリヤを見つめてから礼を取り、ネージェの元へ歩み寄ってから跪いた。


「クラウス・ファインの思惑が知りたい。そいつは好きに使ってくれて構わない」

「あら」


 自分に仕える騎士を渡すということは、すなわちそれがどう言う意味を持つのかあえて言葉にする必要はなかった。少なくともこの二人の間では。

 しかし、ネージェは頷きつつもあえて念を押すようにキリヤへと訊ねた。


「わかったわ。そのように取りはからいましょう。……では、同盟成立ということでいいかしら」

「——ああ」


 キリヤは静かに、そして強く肯定した。


「でも意外ね。あなたは一度持ち帰ると思ったけれど」

「嘘だな」


 覚悟を決めた結果、キリヤは冷静さを取り戻していた。ネージェがここにいる理由も、キリヤはおよそ正確に見抜いた。それを言葉に乗せてネージェへとぶつける。


「お前にはわかっていたんだ、私がこの話に乗ると。あの時もそうだった。私は細工された木剣に気づかず勝負にのり、お前に負けた。——お前は勝利を確信していなければ行動を起こさない」


 そこではじめて、白氷姫の口元から笑みが消えた。


「……やっぱり貴女とは、仲良くできそうにないわね」

「お互い様だろう」

「そうね」


 不穏なやりとりののち、白氷姫は合図をしてから身を翻した。一拍置いて、足並み揃えて従者がいちどきに足を鳴らす。

「ああ、別れる前に一つ言っておくわ」


 ネージェは肩越しに振り返り、


「貴女のように舗装された綺麗な道しか選ばないより、悪路も受け入れて、影も光も肯定するほうが真に高潔だと思わない?」


 では御機嫌よう、と再び挑戦的に口角を上げて言い残してから、従者を引き連れ去っていった。


 その背を見据えながら、ただの言葉遊びだとキリヤは内心で断じた。道徳に反する行いを為政者が認めれば、それはたちまち伝播し人々の営みは乱れるだろうと。平気でこういうことを言うネージェが、キリヤは本当に嫌いだった。

 考えているよりも気を張っていたのか、ネージェの姿が消えたころ、ふ、と息が漏れた。一拍置いてから、キリヤは右に残ったもう片方の騎士に向かって告げた。


「ユラジェリーを調べろ。徹底的にな」

「よろしいのですか」

「構わん」


 キリヤはあえて家名で命令した。ネージェだけの情報だとおそらく足りない。彼の家のものたちが各々なにを考え、どこが食い違っているのか構造的に確認し把握する必要があるからだ。

 足元を掬われないように細心の注意を払いつつ、それによって得られる利益は最大限に享受する。他でもない母から教わったことのうちの一つだった。


「お前たちには苦労をかけることになる」

「私たちの剣はあの日からずっと、キリヤ様のものです」

「……ありがとう」


 双子の騎士の片割れが逡巡なく、そして恭しく言った力強い言葉に、キリヤもまた奮い立つ。

 これがうまくいけば、キリヤの地盤は強固になり、次に進む上での足がかりになる。

 しかし、キリヤにとっても賭けだった。対立関係にある家の者との密約は、露呈すればキリヤは全てを失うことにもなりかねない。だが、白氷姫の性格からすれば、どこまで見通しているかはともかく少なくともネージェの目的が達成されるまではキリヤの安全もまた保証されているようなものだった。


 一度捨てかけた理想を今度こそ正しく追いかけるために、キリヤは動き出す。

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