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途上のシャムロック  作者: 納戸
箱庭の黄昏
49/96

   2

(……あいつら、正規の教会兵じゃないな)


 未だ引き攣るような背中の痛みを無視し、ヨクリは森を疾駆しつつ、敵の特徴について分析していた。

 まず、教会兵はいついかなる時も教会紋の入った衣服の着用が義務付けられているが、あの具者たちは衣服を裾の長い外套で隠していた。そして、その得物。教会兵の得意とする三又槍や棒ではなく、湾刀。

 薄い論拠ではあるが、ヨクリの直感が告げている。


(……ジェール家お抱えの戦闘奴隷か)


 ランウェイルには奴隷制度がある。貴族は、命じた平民以下の人間の身元を引き取り、その指針を決定できる権利があった。ただこの制度は貴族が絶対有利になるものではなく、命じられた者の意思も重視される。つまり、双方が納得できる条件のもと国に申請しないとこの関係は成立しない。


 平民の子供ががなんらかの不幸で親を失った場合など、善良な貴族はその両親の過去を精査し奴隷に任命したり、奴隷商が一旦身元を引き受け、奴隷を欲する貴族に紹介したりする。

 特別な技能を持つ——戦闘に秀でていたり、育児教育や調理の技能があったりする奴隷は大変重用され、平民となんら変わりない権利やあるいはそれ以上の待遇を受けられ、互いの信頼関係はとても深い。

 当然というべきか、悪質な貴族や奴隷商も存在するが——。


(やはり、教会兵を出せるほどの名分がまだないということなのか。それとも……)


 そうやって敵の正体にある程度見切りをつけたとき、ヨクリの耳に金属同士を打ち合わせた音が届く。遠くない距離だった。

 その方向へ進み、ややもせず人影を見つける。相手はヨクリの姿を認識すると大げさに飛びすさって剣を構え、二呼吸ほどでようやく味方であることに気づく。


「タルシン、無事だったか」

「ヨクリさん……」


 額に玉の汗を浮かべ、肩で息をするほど、タルシンは疲弊していた。周囲に人の気配はなく、未だ剣戟音は断続的に響いている。


「状況は?」

「俺とウェルさん、アイビスさんとカルの旦那で二手に別れたんすけど、敵がこっちに一人来て」


 タルシンは唇を震わせながら説明する。


「向こうに二人行ってるから、俺はそっちへ援護に回れって、ウェルさんが」


 青年は言葉を切って、そこで弾かれたように顔を上げた。ヨクリはそこで男の様子がおかしいことに気づく。


「み、見捨てたわけじゃないっす、俺は」

「……うん、そっちはアーシスが向かっている。ウェルさんのところへ案内してくれ」

「ヨクリさん、左腕、ああ、俺があのとき逃げたから」

「タルシン、落ち着いて」


 その様相は明らかに正常ではなかった。ヨクリは正気に戻そうと声をかけるが、


「も、ものすごく強かったんです。ウェルさんが押し負けそうで、南側の二人はもっと」


 話を聞かず、目もうつろで焦点が定まっていない。恐慌状態へ移行する前の兆候である。ヨクリは一度大きく息を吸い込み、


「タルシン!」


 大声で名を呼ぶと背中に激痛が走るが、なんとか押し隠す。タルシンは大袈裟ともとれるほどびくりと体を震わせたあと、再会してから初めてヨクリとはっきり目を合わせた。


「いいかい、しんがりを引き受けた俺が今ここにいてウェルさんが交戦しているってことは、南側もおそらく同じ状況のはずだ。今から駆けつけても間に合わない。こうなった以上、向こうはアーシスにまかせて、俺たちはウェルさんに助太刀するべきだ。違うかい?」


 ヨクリが努めて冷静に筋道立てて話すと、タルシンはいくばくかの正気を取り戻したようで、ようやくヨクリに応答した。


「は、はい」


 目配せすると、タルシンが先導して森の中を駆けていく。ヨクリは後を追い、しばらくすると剣戟がはっきりと聞こえてくる。視界の緑をかき分けていくと、木々がわずかに開けたところでウェルは敵の具者と引具を交えていた。

 両者の技量は拮抗しているらしく、長時間に及んでいると思われる戦闘の最中でも互いに傷を負わせるに至らないようだった。


「ウェルさん!」

「てめえタルシン! なんで戻ってきやがった!」


 タルシンの声に肩越しに振り返って返答するウェル。相手の剣に邪魔され、一瞥するような仕草になる。一も二もなくヨクリが加勢しようとしたとき、


「くそ、てめえはくるんじゃねえよ姓無し‼︎」


 割って入ろうとしたヨクリが立ち止まったのは、ウェルの罵声のせいではなかった。直感的に、来た道の方角へくるりと体を反転させ、引具に集中する。


(なにかが”引っかかった”。自然の風じゃない)


 張り巡らせていた”感知”の、頭の中を走る特有のざらつきがそうさせたのだ。ヨクリはタルシンへ立ち止まるように手で合図を送り、思考をまとめる。


(これは……)


 多人数戦闘下の、支配領域の干渉が増大したような感覚。それは正しくもあり、錯覚でもあった。ヨクリはその情報を正確に把握し、一度軽く後方へ跳躍、その勢いを利用してさらに大きく後退した。

 直後、頭上を覆い陽光を遮る枝葉ごと、先ほどヨクリの立っていた地点が”なにか”に押しつぶされる。さらに上を見ると、輝くのはエーテルの緑と薄く散りかけている展開紋陣。


(”空槌”)


 攻撃対象の上に展開される紋陣の範囲を空気で圧潰する干渉図術の一種である。基礎校で教練を受ける干渉図術の基本のうちの一つとされているが、扱いやすい水平方向への射出ではなく、垂直方向、つまり上下の制御が必要であるため、好んで用いる者は少ない。


 ヨクリが術者を探そうと”感知”に神経を巡らせたその瞬間、影が背の高い草を飛び越して迫り来る。


(くっ……!)


 短剣を両の手に携えた小柄な兵が一人、短兵急に突っ込んでくる。着地から一歩目でおそらく、すでに最高速。不慣れな者が使用する強化図術に見られる”淀み”がない、手練の具者の動き。

 続けざまに、再びあの重くのしかかる空気。これ以上後方へ躱すとウェルの戦線に干渉してしまうと考え、右前方で呆然と立ち尽くすタルシンの逆、左側へ回避する。遅れて、空間を押しつぶす圧壊音。


 弾丸のように駆ける兵。干渉図術はもとより牽制だったのか、至近距離より手前からしゃらりと二振りの短剣を抜き放ち、腕を振り上げた。その速度と挙動から、ヨクリの間合いで余裕を持って対の短剣を弾き返すのは不可能だととっさに判断する。


 先制を決断したヨクリは前方を薙ぎ払う。相手が急停止して躱したのを見届けぬまま、続けて体を低く沈め、大きく踏み込みつつ足元に斬りかかると、後方へ宙返りして避けられる。


 その動きで相手の外套がはだけて隠されていた素顔が露わになった。ヨクリが動きを止めてしまったのは相手の性別が女だったからではない。後ろに括られた長い髪の色が黒かったからだ。


(シャニール人……!)


 隙を見せてしまうと、迷わず異国の女は一足飛びで距離を詰め、ヨクリの間合いのさらに奥へ侵入してきた。今度は迎撃が間に合わないことを悟ったヨクリは防御体制に移る。


(右は首、左は上腕の筋)


 見切った刹那、ヨクリは柄から左手を離し、左右から繰り出された刃を、右は刀で押しとどめ、左は相手の手首を掴んで防御した。一瞬の硬直を好機とみて、ヨクリはつま先であいてのみぞおちを蹴り上げる。ぎゃり、と刀と短剣が擦れ合い剣筋がずれると、その勢いを利用して短剣の刀身に刃を滑らせ腕を後方に受け流し、右半身を懐深くへ潜り込ませる。刀の鍔で顎先を殴りつけ、続けざまに掴んでいる相手の右手を引っ張りつつ腹に膝蹴り。完全の相手の体から力が抜けたのを悟ったのち、半身を右に構えて体当たり気味に突き飛ばし間合いを強引に開かせ、三たびの蹴りを叩き込む。しかし同時に後ろへ跳躍していた相手は、衝撃をうまく殺していた。


(これでも倒れないのか!)


 とはいえ、顎先の血を拭いながらこちらを睨む短剣使いの足下はふらついていて体幹が安定していない。追撃しようとヨクリは前進するが、相手の小柄な体は更に後方へ跳躍した。


 大きく開いた両者の距離に、敵の様子を窺おうと身構えたヨクリだったが、その直後状況が一変する。

 ヨクリの対峙していた敵の更に奥から、もう一つの人影が姿を現したのだ。そいつはヨクリらをぐるりと眺めたあと、口元をいびつに歪めた。


 血に染まった衣服。目深にかぶった外套からのぞく、不気味な笑み。右手の曲剣。


 左手に携えたのは——僚友の、紅に染まったカルの首だった。


「カル……!!」


 ヨクリが反射的に叫ぶと、背後に乱暴な足音が耳に入る。ウェルが、なにが起こっているのか確認するために強引に位置を入れ替えたのだろう。

 そして、ほんの少し間が開いたあと、唸り声に似たウェルの声が聞こえてくる。


「タルシン、抜け……」


 そこで剣戟が鳴り響き、ウェルの声が一度途切れたが、今度はほとんど怒号のような声がタルシンへ向けられた。


「そいつはカルの仇だ‼︎ 殺せ!! タルシーンッ‼︎」


 ウェルの絶叫にも、タルシンは動かなかった。


 この状況はよくない。ヨクリはそう直感し、正面の敵と首を携えた敵に注意を払いつつ考えた。


 危機に相対したとき、種々の思考が駆け巡りその場で棒立ちになってしまう人間。”獣”に喉笛を噛みつかれる者、野盗に斬り殺される者。都市外の依頼で、そんな光景を幾度となく目撃したヨクリは熟知していた。


「走れ‼︎」


 ヨクリは叫んだ。


「南へ走れ‼︎ 考えるな、タルシン‼︎」


 なるべく簡潔に指示を出すと、タルシンは血の気の引いた顔のまま、しかしなりふり構わず駆け出した。首を持った具者はヨクリやウェルよりも組し易しとみたのか、タルシンの後を追う。

 二人が戦闘になった場合、結果は目に見えていた。ヨクリは首を持った具者が追いつくより早く、タルシンとアーシスが合流できればと願う。


 一刻も早くこいつを片付けて、タルシンのあとを追う。ヨクリはそう腹をくくり、構え直して攻撃を加えようとしたそのとき。


 正面の具者は構えていた短剣を下げ、ヨクリらが来た道のほうへ首を向けた。


(なんだ?)


 すぐにヨクリもなにかを察知する。ざわざわと、風に揺れた枝葉のこすれ合う音。先ほどとなにも変化していない森だが、周囲を満たす空気の質が違う。

 例えるなら、快晴だった天候が一気に崩れて土砂降りへと変わるその直前の感覚。だが、それは湿度の落差ではないのだ。


(この感じ。どこかで……)


 思考に耽りそうになったとき、ヨクリの正面の具者と、ウェルが相手をしていた具者が一斉に跳び退り、全速力で首を向けていたほうへ駆け出した。

 その状況を見る限りではヨクリらから逃走したようにも思えたが、具者たちは対峙するヨクリらよりも別のことを気にしている風にもとれた。


「……なんだ?」


 呆気にとられたウェルの呟きが耳に入った。ヨクリは相手の行動理由を考えるよりも前に、背筋を走ったなにかをそのまま声に出していた。


「嫌な感じがする」

「あ? なんだよその嫌な感じってのは」


 明らかに苛立ちを隠そうとしないウェルだったが、ヨクリはそれに気づかなかった。というより、そのことを気にかけている余裕がなかった。


「うまく説明できない」

「それじゃわかんねーよクソ野郎」


 ヨクリの覚えた感覚は、次第に膨れ上がって焦燥へとすり替わる。普段ならある程度会話の流れを予想してから提案を行うが、今のヨクリから、保険や建前は頭の中から抜け落ちていた。


「とにかく、ここを離れよう」

「だから、意味わかんねーから説明しろっつってんだ」

「すぐに離れないとまずいことになる気がするんだ!!」


 先ほどのタルシンのときとは逆に、ヨクリのほうが半ば恐慌状態に陥っていた。口早に、叫ぶようになったヨクリに対し、ウェルの目がすっと細まった。


「殺すぞ」


 一言低い声で呟いて、


「なんで俺がてめぇみてぇなクソの言うこと聞かなきゃいけねぇんだ?」


 その言葉がヨクリの耳に入った直後、問答がウェルの怒りで揉め事に変質しようとしたとき、それを遮るものがあった。

 ヨクリとウェルはほとんど同時に、背中合わせに周囲を警戒した。


「ちっ……」


 森の中で、どう猛な唸り声が幾重にも響いた。

 ”獣”の群がヨクリらを囲んでいたのだ。なんの前触れもなく、突然そこに湧いたように。”長耳”と”狗”の混成の集団。その二種は生態的に極めて似ているので、こうして共に狩りをすることがある。


(なぜ”獣”が突然……あいつらはこれを察して逃げたのか?)


 刀を構えながら思案しつつ、”感知”を走らせた。目に見えている前方の三匹、死角の木陰に二匹。ウェルのほうに四匹。


「数が多い」

「足引っ張んじゃねえぞ、姓無し」


 ヨクリはそれには答えず前方の”獣”に一息で詰め寄り斬りかかると、ウェルもまた獣に迎撃を行った。

 干渉図術を駆使し、間合いを取りながら獣たちの攻撃をさばいていると、背後から小さな声が聞こえてくる。


「……くそ」


 悪態は徐々に大きくなっていって、


「くそ、くそ、ふざけんじゃねえ!」


 その声色は悲痛で、まさしくウェルの素顔だった。


「カルが死にやがった、ふざっけんな、くそ!!」


 ヨクリは目の前の”狗”の首を撥ねた。ぶしゅ、と血が吹き出し、ヨクリの頬を赤く染める。


「なんで姓無しがピンピンしてて、カルが死ななきゃならねえんだ!!」


 左右からヨクリを挟み撃ちするように詰め寄ってきた二匹の長耳。右の爪を捌いて右足を軸に回転、深く沈みこんで左の腹をかっさばく。


 ウェルの言葉通り、ふざけるな、とヨクリは思った。なぜ待ち伏せされ、なぜカルが死んだのか。全くの無益な考えだが、止めることはできなかった。

 戦いながら、そんなことを思った。そして、その虚無感は静かな怒りに変わっていく。


 そうやってヨクリが五匹目を仕留めた時点で、辺りから獣の気配はなくなっていた。切れた息を整え、ヨクリはウェルを見遣った。


「てめえらさえいなけりゃ、こんなことにはならなかった……」

「……なにが」


 戦いの余韻が、感情に火をつける。両者にらみ合うように向かい合っていた。


「なにがだと……? クソ姓無し、全部てめえらが」

「……じゃない」


 そこで、今まで耐えてきたヨクリの限界が唐突にやってきた。ウェルの言葉を遮って小さく呟いて、


「俺の名前は、姓無しじゃない!」


 そう叫ぶように怒鳴りつける。


「お前にそんな風に悪し様に言われる筋合いはない! 全ての因果が俺たちに繋がっているとでもいうつもりなのか!」


 こんなことをしている場合ではないとわかっていても、一度タガが外れればもう止まらなかった。感情を叩きつける。


「そんな風にシャニール人を嫌うなら、さぞ大きな理由があるんだろうな? ……聞かせろよ」


 眉宇をきつくしながら問う。


「……ああ、聞かせてやるよ、俺はな!」


 しかし、二人のやりとりはそこで中断された。

 唐突に、なんの前触れもなく、白く染め上げる光が暴力的に降り注いだからだ。


「なっ……!」


 明け方の曙光に照らされた深い木々や、足元に生い茂る植物を染め上げるのは、さらに激しい青白い光。薄眼を保つのがやっとなほど強烈な勢いを持っており、その強さは平野の方角から発せられている。

 全てを無に返すかのような世界の色を、ヨクリは知っていた。


(エーテル光……!)


 その場に居たもう一人に首を向けると、ウェルは顔を腕で庇い、様子を窺おうとしているが、光の強さに、それもままならないようだった。幾度か経験していたヨクリを襲ったのは未知への戸惑いよりも本能的な恐怖感だった。


「ウェル!」


 左に立っているウェルの右腕を無理やり掴んでこの場を離れようとした瞬間——


 ——音もなく、二人は光に包まれた。







 細く縮まった世界が、引き伸ばされてゆく。

 きらきらと光るように駆け抜けていく無数の像。


 礫。砂埃。冷たい匂い。最初に感じ入ったのはそれらだった。

 どうやらここは緩やかな丘を舐める森林のようで、気付いた時にはすでに木々をかき分け走っていた。すれ違うほとんどの樹木が禿げかかっている光景から、周囲の薄暗さは生い茂る葉によるものではなく、浅い青空と合わせて今が明け方であること、そして、今が植物の死ぬ冬期であることを悟らせる。


 遮二無二駆ける視界にちらちらと映り込むのは小さな手足で、その衣服はランウェイルのそれよりも裾が広がっている。ゆったりとした上衣は煤と泥に塗れていた。時折、地面に埋まった岩石や太い木の根に足を取られ、つまずきそうになるが、それでも速度を緩めることはなかった。


 歩幅と速度から、成人を迎えていない子供であることがわかった。ばさばさと瞼の前を行ったり来たりするのは黒い前髪。腰元を伝う感触は、短刀と長刀の合いの子ほどの剣を吊り下げていることを表している。


 およそ踏みしめる自然に太刀打ちできそうにない、足の甲がむき出しの履物の底はほとんど擦り切れ、両手も無数の切り傷と擦過にもはや感覚がない。

 呼吸するたびに口元で浅く散る白。悴む体の末端とは裏腹に、芯は燃えるように熱かった。

 

 周囲の状況や五感を明確に認識できるのに、それら全てを俯瞰で見下ろしているように感じられた。自分の意思で必死に駆けているのはずなのに、まるで感情が伴わない。


 足場の悪い森中に加え、緩やかとはいえ確かに勾配があり、脈がばくばくと激しく体を打つ。

 後ろのほうから様々な音が聞き分けられた。車輪の音、怒声、絶叫、破壊音。硝子を割ったような破砕音。


 止まない鳴動に急き立てられるように、もつれる足に鞭打って突き進んだ。息をつく暇もなく、森の中を駆け抜ける。

 斜面は徐々に平坦になり、前を遮る木々が少なくなっていく。ようやく開けた景色の先には、まばゆい光が待っていた。


 眼下には森が広がっており、その先に街が見えた。しかし、目を奪われたのはその街のちょうど中心くらいにたゆたっている、青いともし火のような輪郭の、強烈な輝度をもった光だった。


 初めは小さな光で、それがなんなのかわからなかった。落ち着いてゆく鼓動に同調するように、ゆっくりとそのほうへ足を運んだ。一歩、二歩と進んでいくと、その先は切り立った崖になっておりそれ以上は進めない。足を止め、目を細めて注視していると、徐々にその光が膨らんでいって、とうとう周囲の建物を飲み込んだ。


 細めた瞼をはっきり開いた。その青が、瞬く間に大きくなっていくさまが刻み込まれていく。


 小高い丘の上、見下ろす。目を瞑り顔を手で影をつくらなければならないほどの眩い光の中、出来損ないの人形のように開ききった瞳孔でそれを見る。


 薄闇を切り裂き、音もなく広がっていく、とてつもなく巨大な青白い光。それがもたらしたのは、空へと導かれるように崩壊していく、浮遊感を伴った破壊だった。固めた朝の空をそっくり落としたように町を飲み込む半球。街と街を繋ぐ道を走っていた幾両かの図術列車と、必死にしがみつく無数の人々が、徐々に膨らむ破壊の空に飲み込まれていく様子が、遠くからはっきりと見えた。


 周囲の木々の擦れ合う音、風の音、その向こうで発せられているさまざまな争いの音が、壮大な演奏の終わりのようにゆっくりと聞こえなくなる。


 破壊の光景が両のまなこを通して、体の奥底へと染み渡り、心を埋めていく。じりじりと焼けるような、あるいは一息で消し飛ばされるような相反する喪失を、わずかに残った断片で感じ取っていた。


 それでも、ただ魅入られたように眺めていた。




 ——大切なものの壊れる音を知りながらも、ずっと、眺めていた。


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