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途上のシャムロック  作者: 納戸
章間話
37/96

   2

 ファイン邸の大広間は、普段ヨクリが踏み入ることのない部屋だった。中央には左右に七人ずつが座れる長方形の卓があり、客人を招く際に使われるのだろう。下座側の壁には大きな絵画が飾られている。見覚えがあるとヨクリが思ったのは当然で、幾何学的なその画題はおそらく展開紋陣だ。図術を尊ぶファイン家には相応しい。そして入り口から真っ正面、食事が運ばれてくる小さな勝手口が卓を挟んだ奥にある。


 フラウと話をしたあとヨクリは管理所を通してマルスに応接の約束をとりつけていた。迅速に返答がありその翌々日の今日、ヨクリはフィリルを連れてマルスの居るファイン邸に足を運んだ。


 時刻は七刻半ほどだろうか。この季節なら、ここを出る時間には昼が終わり、夕日が差し込んでくる。

 室内の空気は張りつめていた。なぜならファイン家で最も有名な人物——クラウス・ファインがヨクリらをこの部屋に招いたからだ。

 マルスの叔父である金髪の壮年に話を聞かなければならない事態はヨクリとて想定していた。だが、まさか今日面会するとは予想していなかった。


 クラウスは上座の中央に腰掛け、卓に肘を着き手を組みながらヨクリらを見上げていた。後ろに流された長髪はおざなりに紐で括られ、肩の余った白衣に影を落とす。銀縁眼鏡の奥に納まった理知的な碧眼はファイン家の血筋を思わせた。


「かけてくれたまえ」


 静かな声音でそう促され、ヨクリは左右にマルス、フィリルを座らせ、自身は下座の中央——クラウスの真正面に着席した。


 どう切り出したものか、全くといっていいほど思いつかなかった。ヨクリは圧倒的に意思疎通の経験値が足りていない。派閥などには関わってこず、その場しのぎのふれあいしかしてこなかったのだ。ゆえにこの状況は不利過ぎる。相手はヨクリが想像もつかない水際の駆け引きを数多こなしてきているはずだった。


「怖い顔をせんでくれよ。私はもうエイルーン嬢になにかする気はないし、ステイレルの庇護がある今、そうしたくてもできないのは君もよく知っているだろう?」

「信じられません」


 ヨクリは目をとがらせ、海千山千の図術士の言い分を否定する。マルスが揚々と語った叔父の印象はもはやヨクリのうちからは消え失せていた。

 隣の少女は怯えている。顔を伏せ、膝上の小さな手のひらをぎゅっと握りしめて。連れてこなければよかった。マルスからの返事にはクラウスの在宅の旨は記されていなかったから、ヨクリは油断していたのだ。

 だからヨクリは毅然とした態度でのぞまなければならない。フィリルに関してだけは一歩も引くわけにはいかない。


「ならばどうする。君の目的はおおかた予想がついているよ、ヨクリ君。それは私でなければ解消できない類のものだ。違うかい?」

「知識を提供しなければ、彼女がされたことを公表します」 


「君の言葉を誰が信じる?」クラウスは即座に返し、続けて、「そもそもそれをすれば君の身は破滅だ。六大貴族が黙っていると思うかね」


 徹底して正論だった。切り札をあっさりと封殺され、ヨクリは言葉に詰まる。反論しようと口を開いた瞬間、


「叔父上!」


 声を荒げたのはマルスだった。しかしクラウスは冷静に斬り捨てる。


「君は黙っていなさいマルス。私は彼と話をしているんだよ」


 マルスは肩を震わせながら、痛切に問う。


「……僕にだってあなたに訊きたいことがある。どうして実験などに手を染めたのですか……これが誉れあるファイン家の当主がすることなのですか……!」

「それは君が知る必要はない」

「叔父上……」


 マルスの瞳から色が消えた。ヨクリのよく知る表情——失望の顔だった。クラウスはマルスから目線を逸らし、ヨクリのほうへ向ける。


「君の感情も理解はできる。だが、だ。相手が誰であれ、君はものを頼む立場にいる。どうすればいいのか、子どもでもわかることではないかな」


 ヨクリは俯いて下唇を噛んだ。そして、


「さっきの話は脅しじゃない。キリヤやマルスに人でなしだと誹られようと、俺の今後がどうなろうと、そうする用意がある」


 本当は少女の前でしたくはなかった。自尊心を傷つけられるからではない。ヨクリが屈服することは、フィリルに対して行われた実験を肯定する意味にもとれるからだ。それがフィリルの心を傷つけると知っていた。

 ヨクリは天秤にかけ——決断する。


「……それでも、それで知識をくれるというのならば、俺はそうします」


 ヨクリは立ち上がり、革帯から刀を外して左手に携えた。そして卓をぐるりと回り、クラウスの前に立つ。

その場で左膝をついて顔を伏せ、鞘を右に、柄のほうを左手に持ち直して、クラウスへ掲げた。


「……俺にできることはこれだけです。……お願いします」


 二つの息を飲む音がヨクリの耳に入り、その後は誰も声を発さなかった。時が止まったように静寂に包まれる。

 貴族に対する忠誠の姿勢だった。剣を預ける姿は生殺与奪——ひいては、その者の今後を全て預ける、という意味に他ならない。

 ヨクリがその姿勢をとるに相応しい人間であるのか、自身でも疑問に思わずにはいられなかった。しかしヨクリはそれ以外にこの貴族に真摯さを伝える手段を知らなかった。

 どれほど経ったのかヨクリにはわからなかったが、椅子を引く音が聞こえ、頭上から声がかかる。


「付いてきなさい」


 ヨクリが面を上げると、クラウスの背は入り口の扉に向かっていた。マルスがそのあとを追い、フィリルは壁に立てかけられたヨクリの剣を取り、ヨクリのそばまで寄ってくる。

 ヨクリは体を起こしながら、


「……ごめんね」


 フィリルに謝った。それを受けた少女は僅かに目を見開いて、


「どうして、あなたが謝るのですか」


 その問いにヨクリは眉を寄せ、苦笑いだけで答えた。そして「行こう」とフィリルの肩を右手でそっと叩いた。

 懇願が通じたのかどうかはこれからわかるはずだ。


 大広間を出て四人で屋敷を移動し、到着する。クラウスの呼んだ場所は、いつも集まる作業室だった。よくよく観察すると、叔父の来訪に備えてマルスが片付けたのか、普段よりもこざっぱりとしていて椅子が三脚置かれている。

 クラウスはおもむろに奥の机にあった長大なものを運んできて、ヨクリらに見せた。視認した少女が声を上げる。


「わたしの槍」


 それはヨクリが買い与えたフィリルの槍斧だった。だが、斧頭の部分に細工が施されている。なにかの部品のようだったが、ヨクリには詳細がわからない。

 クラウスは訝る三人を見回したのち、


「君の体はエーテルを蓄積し、それが臨界状態に達すると引具の暴走を誘発させてしまう」


 唐突に語り始める。説明に慣れた滑らかな音はヨクリの耳にすんなりと染み渡り、男の優秀さをうかがわせた。


「ならば、定期的に体のエーテルを拡散させればいい。その役目を果たすのがこの改良した引具だ。私はこれを”光利刃”と名付けた」

「”光利刃”?」


 ヨクリがそのまま問い返すと、


「空中に拡散させたエーテルを高濃度を維持したまま刃に固定する仕組みだよ。使い手の不在ゆえ理論だけで放っておいたものだが、おそらく威力は絶大だ。生半可な硬度の物体ならばいとも容易く切り裂ける」

「つまり、その光利刃を使えばエーテルの蓄積を未然に防げて、かつそれを実戦において攻撃に転じられる、と」


 マルスが要約する。クラウスは頷きながら更に解説を続けた。その姿はやはり、マルスの得意げに図術を語る顔を彷彿とさせている。


「定期的に——そうだな、半月に一度くらい”光利刃”を起動すれば、それで十分だろう。ただ」


 クラウスは言葉を切って、


「起動には、ある図術技法が必要だ」

「”拡散”……」


 ヨクリがすぐに思い当たり、口にする。


 ”拡散”。この技法の習得如何で一流の近接手かそうでないかが決まる。それほどに難度の高い技術が要される。図術を使いはじめたばかりの学生が一朝一夕で覚えられるものではない。しかし。


(フィリルは俺のような凡人とは比べ物にならないくらいの——紛れもない天才だ)


 この少女は初蝕を一発で終えるほどの逸材なのだ。ヨクリが拡散を習熟するまで六年かかったが、フィリルならばあるいは。


「修練の場と、エイルーン嬢の体調管理は私が手配しよう」


 クラウスの申し出はヨクリにとっては喉から手が出るほど欲するものであった。だがこの男を信頼していいのか、ヨクリは逡巡する。


「……時間がないのだろう?」


 うちに生まれた迷いを見透かしたようなクラウスの言い回しに、ヨクリはほぞを固めた。


「……俺も立ち会えるのなら」

「それはもちろんだ」


 妥協案を快諾されたヨクリは、フィリルに向き直る。


「フィリル。きみはなんとか半月のうちに”拡散”を覚えなきゃならない。そうじゃないと、きみは機会を逸してしまう。……”拡散”なら俺も使えるから、教えることもできるかもしれない。だから、これからしばらく付き合ってくれないか」

「はい」


 フィリルはヨクリの提案に、即座に頷いた。


 どうにかなるかもしれない。ヨクリは細い線ながらも可能性の目が出てきたことに、僅かばかりの安堵を覚える。

 そして、クラウスに再び頭を下げた。


「ありがとうございました」

「金は要らんよ。目の届かない所で暴走されたら私も困るしな」


 壮年の男は飄々と言ってのけた。続けて、


「呼びつけておいてなんだが、私はそろそろ失礼するよ。しばらく家にいるから、好きな時間に来なさい」

 金髪の壮年は言葉をのこしたあと、白衣を靡かせながら部屋を出ようとする。ヨクリは咄嗟に声をあげていた。

「待ってください」

「なにかな?」


 返答しつつ、男は足を止めた。

 様々な事柄が頭を凄まじい勢いで駆け巡る。フィリルへの謝罪もまだだったが、実験の目的や、実の娘を使うゲルミスの目的。この男は全てを知っているような気がした。

 しかし、ヨクリは二の句を継げなかった。


「……では」


 男はちらりとヨクリの顔を肩越しに見て、部屋を出て行った。

 マルスは沈痛な面持ちを隠そうともしていなかった。フィリルはヨクリのほうを向いたまま、動かない。


(……だめだな、俺は)


 舌戦に無様に負け、言いたいことも言えず、訊きたいことも訊けない。こんなとき、きっとキリヤなら真っ向から全てを求めるはずだ。

 それでも、目的は達せた。ヨクリはそうやって見切りをつけ、


「……フラウさんに会いにいこう」フィリルに提案してから、金髪の青年へも礼を言う。「マルス、ありがとう」

「……僕はなにもできなかった」

「それを言うなら、俺もだよ」


 マルスは表情を思案げなそれに変えて、


「なにかが起きようとしている」

「なにかって、なんだい?」

「……僕にもまだわからない。でも、六大貴族のうち二家が動いていて、それに叔父——国の図術士が絡んでいるんだ。それも秘密裏に」


 マルスはそう憂慮した。


 確かにそうだ。中心にいたのはこの眼前の少女。エーテル親和症を抱える六大貴族の末裔。

 エーテルを蓄積させ、暴走を引き起こすその体質には大きな秘密があるのかもしれない。そこまではヨクリにも推察できた。


「しばらくいろいろと調べてみようと思う。……叔父はどこかおかしい」


 マルスの話してくれたクラウスの影は、少なくとも先ほどは見当たらなかった。家と叔父、どちらもマルスは心配しているのだ。

 マルスは切り替えるように一つ頷いたあと、


「ヨクリ。遅れたが、無事でよかった。……エイルーン嬢も」

「心配かけてごめん」

「一番いい目が出たんだ。それでいいじゃないか」

「そう、だね」


 マルスの言う通りだった。結果的には少女の実験は中断されたし、ヨクリもきっと、これからきちんと過去に向き合える。キリヤに再会して、依頼を請けてフィリルと出会って未熟さ、無力さを痛感した。それでも、基礎校を卒業してから誰かを中心として自分が動くなんて考えもしなかったのだ。だからきっと、ヨクリ自身にもいい変化を与えたのではないかと、そんなふうにヨクリは思った。


「二人とも、もう一踏ん張りだな」

「うん。時間も惜しいし、この足で基礎校へ報告に行くよ」

「ああ。また会おう」

 


 ファイン邸のある北部から列車に揺られ、フィリルの通っていた基礎校の近辺。レンワイス東部、飲食店で賑わう通りで、隣を歩くフィリルの足が止まった。知識欲や好奇心をくすぐられているのだ。ヨクリは口角をあげてフィリルの視線の先に顔を向けた。


「いい匂いがするね」

「あれは?」


 硝子の向こうに飾られている鮮やかなきらめき。宝石のようにも見えるが、爽やかな香料と、少し熱を帯びた甘い香りがヨクリらの周囲に漂っている。


「飴細工だよ」


 フィリルがこうやって訊ね、ヨクリが返すやりとりはここ数日の間で以前よりも頻繁に行われた。今のような食べ物に限らず、訓練で見せるヨクリが習得したシャニールの剣術形一つ一つの意味や、あるいは武器や防具、または日用品の形状がどうしてその形をしているのか、という理由や、果ては空を横切る鳥の名前まで、疑問に思ったことはなんでも訊いているようなふしがあった。


 ヨクリはどんな小さな質問にも丁寧に返答した。門外漢な分野や哲学的な問いに対しては、正解は知らないと明言しつつも、ヨクリの思考を丁寧に伝え、更に考えは人それぞれであり、正しいと思うことを自身で見つけるのが肝要、と念入りに付け加えるのも忘れなかった。

 というのは、もうヨクリはフィリルに対しておざなりに接せない感情が芽生えているのもその理由に含まれるが、それよりも、その少女の姿勢に心を痛めたからだ。——まるで、今までの分を取り返すかのような必死さが端々から伝わっていた。


 いろいろなことがわからない。だから知るために、強くなりたい。少女はそう言っていた。誰に教えられるでもなく、自身でそう悟ったのだ。それほど聡い少女の前に手を引いて先導する人が一人として現れなかったことが、ヨクリは悲しかった。

 ヨクリだって正常に常識的に自己を形成できたわけではない。むしろこの国では正しい基準から大きく外れて育ったと知悉している。だからこそ、ヨクリは自分のような価値観を少女に抱いてほしくなかった。ようやく自分をしっかりと高められる——自我を確立できる時間が少女に訪れたのだ。ヨクリはその大切な機会をないがしろにするつもりはなかった。


 ヨクリは応答しつつ、硝子越しに店内を観察する。よく熟れた果物のような光沢をたたえる飴細工からは意識を外し、客や売り子の性質を探った。


(大丈夫そうだな)


 空間に見栄や優越の気配はない。皆柔らかな笑顔を浮かべている。女性が多いのも、ヨクリにそう判断させる理由の一つになった。

 ヨクリは場にある気質に敏感だった。立場上、面倒事を避けるために半ば自然と身についた感覚である。負の気質——敵対心や不信感などに満ちる場所へ近づけばヨクリは否応無しに目立ってしまう。だから、立ち寄る場の空気を感じ取るのは重要だった。 


 ヨクリがそうしている間も、フィリルの興味をずっと引いていたようで、未だ少女の目は飴細工に釘付けだった。

 ヨクリは笑みを深くして、


「入ってみようか」


 と提案すると、少女は弾かれたようにヨクリへ顔を向けた。


「いえ」


 普段よりも機敏に首を横に振る。ヨクリは言い回しを変えて、フィリルを促そうと試みた。


「俺がちょっと甘いもの食べたくなっちゃったんだ。付き合ってくれるかい?」


 すると、フィリルは戸惑ったように目線を少しだけ揺らせたあと、小さく頷いた。

 店内で品物を選んでいるあいだ多少の視線は感じたが、それは忌避感というよりは好奇が大きかった。鮮やかな髪色をしている——貴族のフィリルと、シャニール人のヨクリの取り合わせが珍しかったのだろう。なにごともなく買い物を終え、再び基礎校への道のりを歩く。

 ヨクリはがさがさと先ほど購入したものが入っている紙袋を二つ取り出し、片方をフィリルに手渡した。


「キリヤには内緒だよ」

「ないしょ、ですか?」

「作法にうるさいから、多分怒られる」


 冗談っぽく言いつつ、袋に手を突っ込む。

 昔は食事時にやれ手を拭えだの零すなだのと口やかましかった。あげく貴族の作法まで教え込もうとしてきたから、ヨクリにとっては勘弁してほしかった。仮とはいえフィリルの身分を預かっているのだから、そんなキリヤに買い食いや立ち食いをさせたことが知れたら、と考えるとあまり楽観できない。


 一粒含むと口の中で打ち粉が溶け、甘みと清涼感のある爽やかな香りが広がる。少しだけ、辛味に似た刺激。頭が冴えるような味だった。

 小分けされた飴である。味の違う二つを買ったので、少女のものもヨクリは少し気になった。


「どう?」

「甘い、です」


 もごもごさせながらフィリルは答え、


「そちらはどうですか」

「なんかすっとするよ。これはこれでおいしい」


 などと会話をしつつ、ゆっくりと時間が過ぎる。飴が全部溶けたころには人通りが少なくなり、辺りが静かになっていた。ファイン邸の一件から考えていたことを今言うべきだとヨクリは思った。


 例えどんなに不格好で体裁が整わずとも、本音を伝えなければ人は簡単にすれ違う。


(……いや、あれはすれ違いにすらなっていない)

 昔基礎校で見た、そして管理塔で見た友の涙はヨクリを大きく動揺させた。あんな風に泣かせるべきじゃなかったと、強い後悔を抱かせた。

 キリヤのような想いをもう誰にも味わわせてはいけない。——特別、この少女にだけは。


 ヨクリは静かに口を開いた。


「……今日、まさか鉢合わせするとは思わなかったんだ」


 フィリルはその声に、ヨクリの顔を見る。


「恩着せがましく聞こえるかもしれない。……でも、あのとき頭を下げたのは、あの男を肯定したわけじゃないんだ。きみが強くなりたいと言って、俺はそれを叶えたいと思った。……だから、その」


 ヨクリはがしがしと頭を掻いた。言いたいことがうまくまとまらない。


「俺の力が足りなくて、きみにつらい想いをさせてしまった。……幻滅してくれてかまわない」


 結局内罰的な言い回しになってしまう。こんなとき、アーシスやマルスならもっと適切で優しい言葉をかけてあげられるだろう。ヨクリはまた、少しだけ気落ちする。

 しかし、フィリルはヨクリの目をひたと見据えて、首を振る。


「いいえ」


 少女は消え入るような声音で、再びいいえ、と繰り返した。


「……変な話をしてごめん。行こうか」


 促すと、少女はこくりと首を縦に振ってヨクリの隣に並び、歩みを再開する。年下の少女に許しを乞う姿は客観視したくもなかったが、でもこれで正しいような気がヨクリはした。少なくとも、ヨクリが今できる精一杯の行動だった。


 その姿勢が功を奏したとヨクリが感じるのは、ほとんど直後のことである。


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