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三日後。依頼の最終日。ヨクリらは四人連れ立ってレンワイス西一番拠点まで足を運んだ。今回は拠点で依頼があるので、長距離列車を使って瞬く間に到着する。
駅へ降り立つと、もう落日で、夜を感じさせた。時刻は九刻に差しかかっている。キリヤから送られた依頼書に、軍と共同で九刻半から依頼を開始する、とあった。業者として、時間指定の依頼においての遅刻は許されない。
空は今朝から曇天で、ここ半月のうち、一、二を争うほど寒い。重厚な雨雲が空を覆い、星の一つも見えなかった。一応荷に入れておいた雨具が無用の長物になることを祈りつつ、ヨクリは拠点の中で最も高い建物に近寄った。
(確か離棟、だったっけ)
管理塔から離れた棟、という意味合いだったはずだ。管理塔と関連づけられていることからわかるように、ここは軍の人間以外は立ち入れず、管理塔よりは規模や力が小さいが、魔獣を避ける波動情報が断続的に発せられている。そんな教養科目で教わった事項を思い出しつつ入り口まで歩くと、五人の軍人が姿勢良く佇立していた。治安維持隊のそれよりも深い、緑がかった黒の軍服。
「業者か」
「はい」
固く問う男に、ヨクリは依頼書を掲示しつつ返事をした。寒さを感じさせないほどぴしりとした佇まいだったが、口からは白い吐息が漏れる。
他の四人を含む班を纏めている立場と思われる男は若かった。ヨクリとそうかわらない年齢に見える。男の部下も個人差はあるが、新人特有の初々しさが抜けていない。しかしその体勢は隙がなく、ヨクリは感心した。それもそのはず、軍に駒を進める人間は、戦闘に関しては玄人と呼べるからだ。基礎校でも中位以上の成績を納めていなければ試験を通れず、もしくは上等校へ進学し、士官課程を終えた者に限られる。つまり、最低でも基礎校で真面目に訓練していた人間が軍に従属できるのだ。
男はヨクリらを素早く見渡したのちフィリルに目を留め、
「その娘は優秀生か」
「はい」
「教育担当は」
「俺です」
答えたヨクリを一瞥した男は、気に食わなそうに鼻をならした。ヨクリは一度目を閉じて受けた悪意を自分のうちで殺し、
「詳細は」
訊ねると、男はその問いには返さずに、
「後ろの二人は」
「同行者です」
「認められん」
すげなく答えた男に、ヨクリは反論する。
「何故です。管理所は問題なく受理しましたが、不都合でもあるのですか」
男を見据えつつ、四人分の受注書を取り出す。男はそれを検分すると、
「手違いだろう。この依頼は軍が発行したもので、今日の予定はほとんど下見だ」
「下見?」
「この近辺——レリの森で魔獣が巣を作っているらしい。倉庫へ物資を運搬する際に作業員と見張りが数名被害を受けている。貴殿には巣があるかどうか調べてもらう、という話だ」
「巣? 依頼内容は、魔獣の討伐とありましたが」
疑問を重ねるヨクリに、男は手早く答える。
「それも手違いだ。繰り返すが、同行者は認められない」
事務的な返答に、ヨクリは違和感を覚えずにはいられなかった。
まるでヨクリの反応を予期していたかのようなその場の応対。いくら班を束ねる立場とはいえ、眼前のこの男にそこまでの権限が与えられているとは思えない。普通ならもっと上の立場の人間に伺いを立てるはずだ。そしてなにより、キリヤがこういう間違いや確認の忘れを、するはずがない。キリヤはまず確実に依頼書に目を通している。あの旧友の真面目さ、几帳面さを知っているヨクリは、不信感めいた妙な感覚が膨らんでいくのを感じた。
「おいヨクリ、どうすんだ」
そんなヨクリに耳打ちするアーシス。ヨクリは一歩さがってアーシスらと話し合う。
「おかしい」
「おかしいのはわかっている。問題はこの状況だ」
マルスもとうてい納得できなかったらしいが、確かに金髪の青年の言う通り、その点を追求しても男の判断は覆らないだろう。
「……俺一人でやるしかないか」
ヨクリはちらりとフィリルに目線を送ってから、無駄足を踏ませてしまった二人に謝罪する。
「二人とも、ごめん」
「お前のせいじゃねーよ。謝んな」
「……そうだな、アーシスが正しい。……しかし」
「うん?」
マルスは言いにくそうに、
「その、どうにかならないのか?」
「……どうしようもない」
道理が通っていないのは明白だったが、前の軍人は少なくともヨクリらよりは無理をねじ曲げるだけの立場に居る。
「今から管理所に掛け合ってみる、などはどうだろう」
「もう時間がないよ」
じきに依頼の時間だ。半刻で往復するのは可能だったが、手続きがある。到底間に合わない。
「……どうしたの? マルスらしくないじゃない」
「ああ、いや……」
口ごもったマルスに追求しようとするが、青年はかぶりを振って、
「すまない。我が侭を言ってしまったな」
「それはいいんだけれど……」
「ヨクリ一人で行くしかない、か」
マルスの悔しげな物言いにヨクリは訝って、
「なにか、あるの?」
「……このまま待つのも退屈だからな」
自身を落ち着かせるようなマルスの明快な返しに、
「別に、終わるの待っていなくてもいいって」
「いや、待たせてもらうさ。拠点の設備でも見て回るよ」
マルスの様子が普段と違っていたが、ヨクリは一旦忘れて茶髪の男にも聞いてみる。
「アーシスはどうする?」
「ん、ああそれじゃオレも待ってるわ」
駅の近くには拠点に従事する人間が利用する、飲食ができる店がいくつか開かれている。二刻はかからないだろうから、暇つぶしはできる。
マルスはなにか気がかりがありそうだったが、話す様子も聞いている暇もないので、詳細は依頼が終わってからのほうがよいだろう。ヨクリは決心して二人に、
「わかった。なるべくはやく済ませるよ」
「ま、無茶すんなよ」
「ああ」
アーシスの言葉に頷いて、軍人に向き直る。
「話は纏まったようだな。着いてこい」
歩き出す軍人の後を追う。動向を注視していたらしいフィリルも、ヨクリの隣に並ぶ。アーシスら二人は軽く少女に激励を送って、駅の方向へ消えていった。
■
ぱちぱちと、木っ端が爆ぜる音と、微かな木々のざわめき。雨雲に遮られた月明かりは届かない。森の中は、松明がなければヨクリらも闇に吸い込まれてしまいそうなほどどろどろと暗かった。
レンワイスは都市と都市の間を繋ぐ役割が大きいため、名産やレンワイス独自の特色という強みが薄い。このレリの森も、経済的、学術的資源には乏しいらしい。ヨクリも、ここ特有の動植物に関する知識は持ち合わせていなかった。
右手に抜き身の刀を、左手に松明を携えたヨクリの後ろを歩くフィリルはいつもに増して無口だった。無理もない、とヨクリは思う。いつ木陰から獣が飛び出してくるかわからないのだ。自身の仕事を重々承知しているので、ヨクリは”感知”の起動を忘れなかった。今のところ魔獣がでてくる気配は感じられない。
「無理しないで構わないよ」
「はい」
雨除けの外套の奥からのちいさな返答も、いささか固い。
今日の日程、ヨクリは自分ひとりで片付ける心持ちだった。フィリルの引具に搭載されている基本図術のみで戦うには条件が悪過ぎる。キリヤから持ちかけられたこの依頼も教育が目的なのだろうが、恐怖を煽る森の中を一刻歩くだけでも十分な経験になる。フィリルに戦闘の強要など絶対にできない。
(……さすがに、ほどがある)
注意に注意を重ねつつ、しかし頭の片隅でヨクリは考える。
なにもかもがずさんだった。突然の依頼内容の変更も、人数の制限も——こちらへの強要も。先ほど松明一本を渡され、レリの森の中心部へ向かえと簡単に指図されたときに、ヨクリは抵抗したのだ。自分ひとりだけならともかくとして、今はフィリルの身柄を預かっているから、わざわざ危険を犯すような真似はできないと。——だが。
『牢屋に戻りたいのか』
軍人にそう耳打ちされた瞬間、ヨクリの身は粟立った。ヨクリの状況が筒抜けだというのももちろんそうだったが、軍側が依頼の破棄を拒否している事態に、嫌な予感を抑えきれなかったからだ。
(——そういえば)
そう。先日依頼で拠点を訪れた際、積み荷を運んでいた男が、軍のお偉方が視察に来ると言っていたことを思い出す。なら、視察の前になんとしても巣を片付けておきたい、という目論みなのだろうか。だが、それにしたって軍内部で完結させられるはずだ。軍属の具者たちが魔獣の巣一つ始末できない無能の集まりだとは、ヨクリも思っていない。
刹那、ざらりとした異質な感覚とともに、”感知”がヨクリとフィリル以外の存在の接近を告げた。ヨクリは目を鋭く細めて、
「フィリル」
呼びかけ、返事を待たずに松明を手渡した。柄を両手に持ち直して、強化図術を起動させる。
こう遮蔽物が多いと、感知の精度は下がる。しかしヨクリはある程度見切りを付けていた。
ヨクリはフィリルの背後に回り、少女を庇うように刀を正眼に構える。
「下がって」
フィリルが距離を取ると、少女の挙動に呼応するようにがさりと草むらが揺れ、なにかが飛び出てきた。正体を確認せず、息つく間もなく距離を詰め、ヨクリはその影を斬り捨てる。左から右への一刀から、続けざまにその胴へ蹴りを叩き込み、死体を逸らした。
死骸はヨクリらの後方へ吹っ飛んで、樹木に激突し木の葉を激しく揺らす。フィリルが槍を握りしめながら死骸のほうへ松明を掲げると、姿が照らしだされる。
”狗”だ。顔面を真一文字に断ち割られている。ヨクリの付けた刀傷であった。
一旦ヨクリは強化図術を中断し、フィリルに声をかける。
「松明、きみが持っていてくれ」
「わかりました」
少女の手が塞がるのを懸念してヨクリが持っていたが、明かり——火を所持していたほうが狙われにくいのかもしれない。そう思案し、交代する。
再度の強襲もヨクリは防いだ。移動しようと踏み出した歩みをぴたりと止め、引具に集中、転身して干渉図術を起動し、右方に紋陣を展開、隙を窺っていると見えた獣を木々ごと空気の渦で粉砕する。めきめきと軋んだ音を立てながら、二、三本の枯れた広葉樹が倒壊した。
ヨクリの動きは冴えていた。エーテルの節約も、フィリルの教育も今は忘れ、眼前の依頼に全力だった。
強化図術を頻繁に切り替える手間もヨクリは惜しまなかった。雨が降りそうだから、という理由も僅かばかりある。雨粒程度の質量なら速度が増しても身体の強化が上回るため、ほとんど無視できるが、視界は悪くなるし、ぬかるんだ地面は転倒のおそれがある。不慣れなフィリルにさせるべきではない。
そして一番の懸念は、唯一と言っていい光源の消失だ。強化図術を使いながらの松明の運用は、火が不安定になり、鎮火してしまうかもしれない。
「急ごう」
フィリルがこくりと頷いたのを確認してから、早足で森の奥へ進む。
■
その後も二度魔獣に襲われが、ヨクリは無傷で全て撃退してみせた。暇を与えずに先制攻撃を刀で、あるいは干渉図術で行い、一撃でその命を奪った。
原生の間隔が広い、開けた場所へ到着したのは依頼開始から四半刻ほどたったころだった。未だ雨雲が空を覆っており、普段よりは空気に若干の湿気を感じるが、むき出しの土は乾いている。ぱきりと、ヨクリの靴の下で枯れ枝が折れた。
指示された中央部とはこの辺りだろう。ヨクリはフィリルに注意を言付けて、手早くシリンダーを交換し、再び”感知”を起動した。
やはり、多過ぎる。ヨクリは経験と比較して、そう推定せざるを得なかった。十は倒していないが、両手の指を使うほどの数の獣と遭遇する事態は過去にそうなかったからだ。
ただそう思う一方で、何匹こようとヨクリは構わなかった。油断はしないと心に決めたのだ。今日はもう出てこないだろう、という慢心は、捨て去っていた。
「巣があるって言っていたけれど……」
呟きながらきょろきょろと見回すが、それらしきものは発見できない。フィリルを促して、松明を頼りにしばらく探ってみる。
「……」
「どうしたの? なにか、みつけた?」
急に立ち止まったフィリルに問うが、反応がない。ヨクリは体調でも悪いのかと考え、配慮の声をかけようとし、しかし止めた。
”感知”の情報をヨクリが正しく把握できていたとするなら、四匹。ヨクリらを囲むように接近してくる。
ヨクリの判断は素早かった。即座に強化図術を起動、支配領域を現出させ、展開紋陣を形成する。たちまち、ヨクリらの正面の一匹を干渉図術で仕留めた。次に左の一匹に向かって疾走、呼吸を合わせて飛びかかる獣の首に刃を放り込む。返す刀で背に追撃を浴びせ、死体に目もくれずに残る二匹とフィリルを結ぶ直線を塞ぐ。
微かに切れた息を整え、じりじりと慎重に間合いを詰めてゆく。
右側の一匹が足に力を込めたのを見たヨクリは、展開紋陣を左に形成する。右の突進に合わせて、前方を扇状に薙ぎ払うと、硝子片のごとく砕ける紋陣と血飛沫。干渉図術を射出しつつ、もう一匹の迎撃を同時に行ったヨクリは止まらずに身を反転させた。
”感知”に漏れがあったらしく、更に一匹、フィリルの背後に迫る影があったのだ。だがヨクリは慌てなかった。この距離なら、いささかの余裕がある。
気合いを溜めて、疾駆する。フィリルを追い抜いたのと、鈍い音がして視界が若干暗くなったのは、同時だった。
(……?)
ヨクリはかかとを立てて足を止め、刀の切っ先を獣に据えてフィリルのほうを盗み見た。
松明が地面に落ちている。フィリルは無表情で槍を構え——展開紋陣を形成していた。
その姿に、ヨクリの目は釘付けになる。
(——あのときも、森のなかだった。たくさん獣がでて、俺とあいつは必死に戦ったけれど——)
ヨクリの頭に流れるのは、追憶。風でぱらぱらと捲れる本をぼうっと眺めているかのように、光景が次々に引き出されてゆく。
ヨクリのこめかみから顎先にかけて、つぅっと汗がひとしずく這って、滑り落ちる。
「駄目だ……」
意図せずに、声が漏れた。
(なにがいけないんだ)
自身の言葉を打ち消す思考は、あとからやってきた。確かに少女が図術を使わずとも、ヨクリは十分間に合った。しかしそれがフィリルの図術を止める理由にはならないはずだ。
「やめろ」
再び、短い音がヨクリの口から発せられる。
(——俺は、これからなにが起こるのか知っている)
もうごまかせなかった。駆け巡る悪寒は、予感だ。剣先が小刻みに震えている。しかし腕だけでなく、震えているのはヨクリの全身だった。ヨクリは刀を下げ、弾かれたようにフィリルへ体を向ける。
その少女の一挙手一投足を、ヨクリははっきりと捕らえていた。
展開紋陣を一瞥したフィリルは、槍を振りかぶる。頭をすっぽりと覆っていた外套がふわりと捲れ上がり、刹那現れる、悲しそうに揺れた瞳には、見覚えがあった。
「駄目だ、フィリル!! やめろぉぉ!!」
空を斬り裂く風切り音は、ヨクリの絶叫にかき消された。
刃の軌跡が失せ、紋陣に亀裂が走る。一度眩く光り、砂塵のごとく瓦解すると、中心から氷の礫が五つ打ち放たれた。
めちゃくちゃな軌道だった。目標はヨクリの奥に潜む獣なのに、礫の範囲はばらばらで、樹木とヨクリの足下に、氷の鋲が穿たれる。そのうちの二つがヨクリの顔の横を凄まじい勢いで通り過ぎ、啼き声が遠くのほうから聞こえた。
フィリルの全身を覆う中和領域は消滅するどころか、森を埋め尽くす闇を切り刻んでいく。
帯状にフィリルの体を包み込む緑の濁流は、際限なくその輝きを増大していった。少女を中心にし、それは拡散していく。眩さを堪えきれなくなったヨクリは、開いていた左腕で目を庇った。
「ああああああああああああああ」
聞いたことはないが、記憶に焼き付いた衝撃を想起させる悲鳴だった。抑揚がなく、しかしそれでいて耳を塞ぎたくなる音量で発せられる叫び声は、光の渦の方向からヨクリの耳にぶつけられる。
焼けるほど強い光を耐え、ヨクリは右の瞼を開きながら、
「フィリル!! 引具から手を離すんだ!! 今すぐに!!」
なおも異質な叫喚を続ける少女に、必死の懇願は届かない。ヨクリは唇を強く噛んで、少女へ向かう。
近づくにつれ、光の暴力は苛烈になっていくが、ヨクリは一歩、また一歩とゆっくりにじり寄る。
ついに色さえ識別できなくなった。思考を放棄し、顔を背けて左腕を伸ばす。何度か空を掴み、ようやく握ったなにかから伝わったのは、かつてない強烈な痛みだった。
「ぅぐ、ああ……!」
声が漏れるのを抑えきれなかった。
握った感触から、少女の引具だと推察されるが、痛みで触覚が機能していない。
激痛をかみ殺し、力一杯左腕を引き寄せるが、びくともしなかった。少女が手を離そうとしないのか、ヨクリの補助が足りないのか判別できない。感覚が反転して、もう少女の引具を握れているのかどうかも奔流に流されてわからなくなる。
「フィリル、手を、離すんだ……!」
喘ぎ混じりでかけた声にも、少女は反応しなかった。
意識の全てが消えてゆく。
(逃げろよ、あのときみたいに)
「うるさい……」
(もう十分だろ? お前はよくやったよ)
「黙れ……黙れ黙れ……」
(無理だよ、お前には)
「嫌だ……」
(助けられたって、あいつは戻ってこないんだ。意味なんてない)
「違う!!」
転瞬、小さな破裂音がやけに鮮明に鼓膜を叩いた。
突如光は霧散し、次に重く鈍い音が二つ聞こえた。ヨクリは地に落ちた引具と、その持ち主である少女が倒れるのを呆然と見ていた。
喪神しかけていたヨクリを引き戻したのは、左手を襲う激痛だった。たまらずうずくまり、手首を返して左のてのひらを確認する。
鈍く反射するいくつもの光。左手がどくんどくんと疼いて、ヨクリの心臓からなにかを求めている。なぜこうなったのかヨクリには理解できなかった。ヨクリはやおら顔を上げ、いつの間にか切れていた”感知”を再び起動させる。
範囲内にヨクリらの他に二つ、生き物の気配。刀を杖にして立ち上がろうとした瞬間、大きな爆発音が耳を叩いた。
ほとんど反射的に、爆風に吹き飛ばされそうになりながらも少女の体に覆いかぶさり、降り掛かる火の粉と木片から庇う。ヨクリの肘までの長さの外套が、ばたばたとせわしくはためく。
気配の方角からめらめらと炎が立ち上っていた。自然現象では断じてない。何者か——具者の手によるものだ。
その正体は、時を移さず判明する。
その炎の中から人影が二つ、近づいてくる。ヨクリはフィリルから体をどけると、再び顔を上げた。
現れたのは照らし出された長身の男と——
「キリ、ヤ……?」
赤毛をたなびかせ、ヨクリを見下ろす双眸の持ち主は、間違えようもない。ヨクリの旧友——キリヤ・K・ステイレルだった。
「……」
キリヤは目を細めたあと、無言でヨクリへ近づく。
ヨクリは痛みと、疑念と——後悔で感情がいっぱいになり、立ち上がることすらできなかった。
ふと、ヨクリの鼻先を冷たいものが掠める。ぽつぽつと音が聞こえ、だんだんその間隔は狭まっていき、雑音めいた色にかわっていく。
雨が、降り出してきた。




