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途上のシャムロック  作者: 納戸
贄のこども
19/96

   4

「いてて……」


 目が覚めたのは、だいたい丸一日経過した時間。光を入れる窓の方向をみやる。くっきりと落ちるへりの影は、日が傾いて夕方になったことを知らせている。掛け布を剥ぎ取って、全然軋まない夜具からもそりと起き上がる。


「うあ、もう時間か」


 重い瞼をこすってがしがしと頭を掻いた。十分すぎるほど眠ったのだが、宿の質を下げたので前ほど寝た気がしない。


 都市に着いたヨクリは約束を皆と取り付けてから別れ、施療院できちんとした治療を受けた。アーシスの施してくれた治療は多少雑でも要点を押さえていてヨクリに不満はなかったが、やはり飽くまでも応急処置にとどまる。体を資本としているヨクリら業者は、怪我をしたら施療院へ赴く。それは義務と言っていい。そうして包帯でぐるぐる巻きになったヨクリの胴体だったが、一日休んだ今日はもう大分具合が良い。痛み止めの薬も強い物を処方してもらい、動くのに支障はなさそうだった。


 すっくと立ち上がり、靴を履いて手早く身支度を整えはじめた。ヨクリの服は修繕中だったから、別のものに着替える。


(慣れないなぁ)


 簡素な姿鏡に映る自分を見て、率直にそう思った。あのヨクリの防具兼衣服は長い間用いており、愛着もあったからだ。ぼさぼさの髪の毛を手櫛で直し、首巻きと革帯、刀を装着して、表へでる。


 外へでたあと駅へ赴き、都市内列車に揺られて四半刻。基礎校の門をくぐり抜け、フィリルの寮へ迎えに行く。少女の部屋の扉をたたくと、


「はい」

「お待たせ」


 例の如く「少し待っていて下さい」と置き去りにされ、本当にちょっとだけ待って、合流する。


「どちらへ?」

「依頼が終わったら、報酬を受け取らないとね」


 ヨクリの傷が浅くなかったので、即日で依頼管理所へは行かなかった。今日集まってもらうのは、報告をして、金を貰うためである。ここまでやって初めて、依頼完了だ。

 少女はこくりと頷いたあと、


「具合は、どうですか」

「だいぶ楽になったよ。ありがとう」


 昨日といい、どういう風の吹き回しだろうか。ヨクリは内心で訝りつつも素直に礼を言って、問い返した。


「エイルーンこそ、体、痛んだりしていない?」

「はい」

「そっか、よかった」


 少女はわずかにヨクリの右脇腹——傷のある箇所を見やったのち、ふい、と顔を正面に戻す。唐突に会話が途切れるのはもう慣れっこだった。


 そのあとは互いに口を開くことなく、管理所に到着する。ざらりとした石造りの壁面。入り口の隅でアーシスとマルスは話し込んでいた。ヨクリは手を掲げて、


「やあ」

「よう、怪我どうだ」

「平気平気。また俺が最後かぁ」

「いや、僕らも今来たばかりだ」

「ならよかったよ」


 全員で挨拶をする。アーシスの持つ大きな荷袋には、獣の切れ端が入っている。


「ありがとね」

「いや、この時期は寒ぃから腐らねえし、気にすんな」


 結構な重量だろうが、軽々と運ぶアーシス。ヨクリを先頭に、中へ入る。時間も時間なので、そこそこに混雑していた。腰や背に得物を帯びた物騒な連中の、今日の戦果などの話題で歓談する声。横目で見られているのは気のせいではないだろう。目立つ要因がありすぎるからだ。普段なら運が悪いと絡まれるが、基礎校に近いこの管理所は他ほど荒れてはおらず、誰何を問われたり、言いがかりをつけられたりすることもなかった。報告口の列に並んで、しばし待機。順番がやってくると、台の上に受注所、依頼証明品、それからアーシスの荷袋を置いて受付嬢に言付ける。


「検めを」

「畏まりました。こちらにご記入下さい」


 ヨクリらに待合室を勧めたのち、受付嬢は四枚の紙にさらさらと文字を書き、判を押し、それをヨクリに手渡した。そして机上のものをさっと奥へ持って行った。言う通りに待合室の四人がけの机にそれぞれつき、署名する。全員終わったら長椅子の一脚を占拠し、適当に談話していると、声がかかる。受取口に赴いて、別の受付嬢の前に立つ。人数分の用紙を差し出しながら、


「確認下さい」


 受付嬢はざっと流し読みし、


「こちらが報酬になります。均等分配の厳守を」


 業者全員に言っているであろう定型文とともに、どさりと麻袋を置いた。ヨクリはそれを受け取って、皆を促す。列を外れて階上に向かいつつ、


「エイルーンのぶんは、基礎校に送られちゃうんだよ」

「そうなのか?」


 基礎校の仕組みを知らないアーシスが反応する。


「うん。でも確か、学生時に達成した依頼は講座扱いなんだけれど、お金はきちんと管理されて卒業後に貰えるはずだよ。優秀な学生なんかは、そのお金だけで新しい引具を買えちゃうんだ。だから高学年になると、先を見越して今苦労しとけーって、先生が口を酸っぱくして依頼受けろって勧めるよ。ほとんどは新しい引具の試運転とか、軍施設の設備点検だとかっていう安全な依頼だから危険も少ないんだ」


 今回みたいなやばいのは、さすがにないよ、と付け加えてフィリルに語る。


「……ピンハネされたりしてねえだろうな」

「……まさか」


 ヨクリはアーシスに否定しながら苦笑いする。……でも、金額って、あとで調べられたっけ? という微かな疑念がうまれたが、再度まさかな、と打ち消した。


 二階は左右にわかれており、左が業者達が管理所に申し付けて借り受ける部屋、右側が報酬の分配のためにある部屋だ。金を配るだけなら、左の部屋を自由に使える。幸い一部屋開いており、中に入って席に着く。

袋を開けて中身を見ると、結構な額の金貨と銀貨。覗き込んだアーシスも、愉快そうな表情を浮かべている。


「それじゃ、配るね」


 ヨクリが口火を切ると、分配がはじまった。フィリルの取り分を除いて三分割する。滞りなく進み、再度階下へ降りて、出口へ。


 木製の扉を開け、大通りへ出る。日は落ちて、夜天には星が瞬いていた。街明かりと図術灯が闇を払い、歩くには支障がなかった。ヨクリは立ち止まってくるりと振り返って、フィリルに言った。


「これで、依頼完了だ」

「はい」


 つまらなそうに頷いたフィリルに、自分のぶんを貰えなかったから拗ねているのかなという、そのあり得ない考えにちょっと笑いながら、


「時間は大丈夫?」

「寮の門限なら、まだです」

「二人も予定がないなら、なにか食べに行かない?」


 問うと、アーシス達からも口々に同意を得る。


「案内するよ。いい店があるんだ」


 言いながら、案内しつつ通りを歩く。管理所の付近は飲み食い所が多く、人によると目移りしてしまうかもしれない。業者達の利用を見越しての立地なのだろう。


 ヨクリは誰かと食事などをする際、店の選択を率先してきた。なぜなら”シャニール人お断り”の店があるからだ。さすがに看板を掲げているところは滅多にないが、店に入ってやんわりと言われることも多々あった。自分だけが嫌な思いをするのは構わないが、連れに迷惑をかけるのはヨクリの本意ではなかった。新しい都市へ移るときにこういう困りごとは良く起こるのだが、ツェリッシュ家の系列や、管理所にいるシャニール人にそれとなく聞いておけば探すのは難しくない。ヨクリはそうやって三年余りを過ごしてきた。


 てくてく歩いてたどり着いた目的の店は、表通りだが存在感の薄い、そんな店だった(ちなみに、裏路地の店は法外な料金を取る阿漕なところが多いため、ヨクリは滅多に足を運ばない)。晩餐時ゆえ、なかなかに賑わいを見せており、八割程度埋まっていた。ヨクリらを見留めた給仕に四人がけの席をすすめられ、着席する。いくつか申し付けると、給仕は引っ込んで行った。しばし待って、飲み物が運ばれてくる。ヨクリは成人男性組に麦酒を、フィリルには甘みの強い果汁、牛の乳、糖蜜を混ぜた、結構値の張る飲み物を渡した。


「それじゃ、エイルーンの初依頼達成のお祝い」


 ヨクリは水飲みをフィリルのほうへ掲げ、


「おめでとう、エイルーン」


 きょとんとしていた少女に同じ所作を促すと、おずおずと上げる。フィリルの水飲みと自分のとをこつりとぶつけあった。アーシスとマルスも同じように軽く打ち合わせ「おめでとう」「お疲れさん」を投げかけた。フィリルはゆるくまばたきして、僅かに俯いた。


「……」

「どうしたの?」


 そんな少女にヨクリが訊くと、


「……なぜ、褒めるのですか」

「なぜって」


 予想もつかない返しに、ヨクリは戸惑ってアーシスらをみやった。アーシスは肩をすくめて、マルスは首を振って、それぞれお前の務めだ、と言わんばかりに無関心を装う。


「あなたは、わたしがなにかをすると、言葉だったり、態度だったり、……こういう席を設けたりして、わたしをねぎらう」


 フィリルは珍しい長広舌ののち、


「どうしてですか」


 ヨクリをじっと見て、問う。含みのない表情だった。本当に、ただ疑問に思っているらしかった。


 ヨクリは返答を探そうと考える。確かに、そう言われるとそうだ。深く干渉しないと出会った当日に決めたはずなのに、こうやってしなくてもいいようなことをヨクリはしている。言葉や態度だけならまだわかる。優れた行いをして、それに対して反応するのは単にヨクリが居心地が悪いからで、それ以外の理由は——まあないだろうが、フィリルが不機嫌になって自分の言いつけを聞かなくなってしまうと依頼がやり辛くなるから。


 だから、こんな祝いの席を作る必要は、ヨクリにはないはずだった。でも、さっきまでヨクリは疑問に思わずに店に入って、フィリルに良いものを頼んで、祝った。


(……なんでだ?)

「ヨクリ?」


 深い思考の海に飲まれる寸前、マルスの声がする。ヨクリははっと引き戻され、結局口をついて出たのは、反射的な台詞だった。


「……お祝いされたら、嬉しいかなと思って」

「……うれしい?」

「う、うん」

「わたしを喜ばせて、あなたはどうするんですか」

「どうって……」


 ヨクリは内心で面倒くさいなあと思わざるを得なかった。先日から、妙な間で突っかかってきているような気がする。ほんのちょっと前までは無関心を貫いていたこの少女に、どんな心境の変化があったというのだろうか。先の失態を責めるならばまだ対応のしようもあるのだが——この年頃の女子の思考はさっぱりわからない。ヨクリは考えるのを止めて、額面通りに、フィリルが喜ぶさまを想像してみる。だが、少女が笑みを浮かべたところを見たことがないヨクリには、精密な像が浮かばなかった。


「きみが喜んだら、そうだな……俺もうれしい、かな?」


 その自分の返しは、どうも腑に落ちなかった。ヨクリはだんだんもやもやしてきて、「ごめん、よくわからないや」と会話を打ち切った。


「まあ、いいんじゃないか」

「んだな、腹減ったし、なんか食おうぜ」


 そうやって場を流したのはマルスとアーシスだった。ヨクリは乗っかって、


「そうだね。なんでも頼んでよ、ここは俺が奢るからさ」

「おお、いいのか!?」

「昨日はホントに助かったからさ。お金もたくさん入ったし」


 狗十一と、中級の大獣一、計十二匹の追加報酬は決して少なくなかった。ちょっとした臨時収入だったので、アーシスたちのお金を持つのはヨクリもやぶさかではなかった。


「悪いな、じゃあ君の言葉に甘えるとしよう」


 品書きを見て、給仕に色々注文する二人。ちらりと少女を見ると、こくりと白い喉を動かして、飲み物を飲んでいるところだった。ヨクリも喉が渇いたので、水飲みを呷る。


「くあー! ……沁みるぜぇ」


 おおげさに吐き出したのはアーシスだった。ヨクリも酒は久方ぶりで、気持ちよくなってくる。次々に頼んだ品がヨクリらの卓上に置かれ、それをつまみはじめた。フィリルにも薦めて、皆で食事を楽しむ。今日の主役はフィリルだ。その少女について、ヨクリはふと思ったことを口にする。


「珍しいよね」

「なにがだ?」


 マルスが反応する。


「エイルーン。普通、女性は近接手になりたがらないものじゃない?」

「そう、なんですか?」


 少女が小さく首を傾げる。


「俺のときでもそうだったはずだよ。二割もいかないくらいだった」


 戦いに関しては、男性のほうが体格も優れ、女性は不利だ。それは間違いない。だから、基礎校に通っている女学生の割合としては、遠射手が圧倒的に多かった。


「戦いには向いていないと思うけれどなぁ」


 ぽそりと言うと、マルスは眼鏡を上げながら、


「ふむ」

「どうしたの?」

「前から思っていたんだが、ヨクリは少し、変わっているな」

「えっと、話が読めないんだけれど」


 苦笑いしつつ、マルスは説明する。


「……女性だから、という口上はランウェイルでは広く厭われている。なぜかというと、まぁ、リリス教があるから、なんだがな。図術が発見される前からリリス教は人々に親しまれていて、女神、ということだから本来女性は尊ばれる」

「そのくだりは知っているよ。でも尊ばれるなら、守られるべきじゃないの?」

「聖樹書の一節に、……大分ぼかすが、リリスの意思を尊べとあるのさ。父神メイギスの圧迫を一身に受けていたリリスを人々は悲しんだから、という見解がある」


 へえ、とヨクリは感心した。神学の成績も悪くなかったが、試験用に取り繕った知識なのですっかり忘れていた。


「だからまぁ、宗教に明るい貴族などは女性の社会進出にどうこう口を挟んだりしないのさ。……いろいろと面倒なことになるからな」


 まるでそういう下手をやってしまったみたいな、実感のこもったマルスの進言。確かに、貴族同士の付き合いで宗教の話題が出てしまうのは厄介だろう。

 そうでなくとも、今は国内のタカ派とハト派の折衝が、政治に鈍感なヨクリにもわかるほど目に見えて活発になってきている。両方の深い情勢に通じているリリス教会については、話の端にあがるだけでも不要な不興を生みかねないとは容易に想像がついた。


「……覚えておくよ」


 忠告に頷いた。すると、後方から大きな笑い声が響く。一瞬身構えたが、ヨクリに向けられたものではなかった。気分良さそうに酒をかっくらう輩を暗に指して、


「業者だろうなぁ」


 アーシスが串焼きにかぶりつきながら言う。ヨクリは向こうの卓の上に乗る酒をひとしきり眺めたあと、給仕を呼んで、


「あちらの席にこれを」


 注文するとマルスが、


「どういうつもりだ?」

「ちょっとね」


 給仕が向こうに酒瓶をまるまる一本持って行くのを見つつ、ヨクリは水飲みを一口なめた。しばらくすると、どかどかと近づく足音。


「よう、兄ちゃんかい?」


 大柄な男だった。たっぷりとしたあごひげを蓄えた、不惑に届くか届かないか、という年齢の、おそらく派閥の頭目。しかしヨクリはその顔に覚えがないので、小規模から中規模の派閥だろう。外見にそぐわない落ち着いた声音でヨクリらを見渡して訊ねてくる。


「お気に召しませんでしたか」


 ヨクリが真っ向から答えると、男はにやりと笑って、


「上等な酒だ。妙な態度は止めにしねぇ、異国の小僧。酒一本分なら聞いてやるぜ」


 敬語と前口上を止めろと言外にほのめかす男に「すまない」とヨクリは笑い返して、


「少し離れるよ」


 アーシスらに告げる。男はまた「良い度胸だ」と破顔する。男に着いて行き、向こうの卓に寄った。卓には八人ほどの荒くれ者が座しており、ヨクリをじろりと睨むだけにとどまった。ひとまず頭目の行動をうかがっているのだろう。男がどかりと椅子に座ったのを確認してから自己紹介する。


「ヨクリだ」

「俺ぁガダだ。ガダ・ガエン」


 握手を交わしてから、本題に入る。


「この辺りは結構?」

「半月ぐれえだなぁ。ぼちぼち、やってるぜ」

「最近、獣におかしなところとかなかったかい?」


「ん〜」ガダは唸ってから、


「いや、いつも通りって感じだったかぁ?」ガダは仲間に聞くと、そのうちの一人が頷きかえす。ガダは再びヨクリを見て、


「痛いめ見たってか」


 にやりと口角を上げながら送る視線の先はヨクリの脇腹だった。派閥をまとめあげているからには、さすがに鋭い男らしい。ヨクリはおどけながら、


「まあね。ちょっと、昨日いつもより多かったから」

「ほう」

「”大物”も混じってた。明日どうなるかはわからないけれど、一応伝えておくよ」


 ヨクリの忠言にガダは頷いたのち、


「向こうのはツレか」


 アーシスらに顎をやる。ヨクリは首を振って否定する。


「彼らは友人だけれど、一緒の派閥ってわけじゃない。シャニール人はなじまないからね」

「あの嬢ちゃんは」


 隠し立てすることでもないため、素直に話す。


「護衛対象だ」


「は」ガダは鼻を鳴らす。「つーこたおめえさん、上卒か」


「いや、知り合いから頼まれてね」


 否認すると、ガダはヨクリの振る舞った酒を注いだ。とくとく、と小気味いい音を立てる。


「ありがとう。それじゃ、俺はこれで」


 期待した情報は得られなかった。ヨクリが切り上げて背を向けようとすると、ガダから声がかかる。


「ちと待ちな」


 ガダは隣の部下に命じて紙と筆を用意させる。背もたれによりかかったままのふてぶてしい体勢で、何かを書き込んでヨクリに手渡した。


「俺の者番だ。なんかあったら呼べや」


 ヨクリも同様に自分の業者番号を伝えると、ガダは部下にそれを写させた。


「大物やったってこたあ腕っ節強えだろうし、なによりおめえさん、若ぇのにわかってるからよ」

「昔聞いたんだ。”まずは酒”ってね」


 悪戯っぽく笑うヨクリに、ガダは愉快そうに返す。


「ははは、ちげえねえわな。俺ぁこれがねえと生きていけねえ」


 ひょい、と酒瓶を掲げながらにやつくガダ。なかなかどうして人好きのする笑顔で、ヨクリは好ましく感じた。


「それじゃ、また」

「おう」


 別れを告げて席へ戻ると、マルスがぽかんとした顔でヨクリの顔を見る。ヨクリは気にとめずに椅子に座って酒を飲んで、


「異常に湧いているだとか、そういうのはないみたい」

「……すごいな」


 マルスはヨクリを凝視した。マルスからは、荒くれ者から穏便に情報収集をして、更に連絡先を交換し合うということが離れ業のように映ったらしい。

 シャニール人であるヨクリは、確かに他者よりも粗暴な連中に絡まれやすい。が、この場所で喫飯する人間は、ある程度の安全をヨクリに保証してくれている。

 なぜならば、ここは”シャニール人も入れる店”だからだ。いちゃもんをつけてくる輩は往々にしてシャニール人が立ち入れない酒場に行く傾向があるのは当然で、だからヨクリは連れ合いへの気遣いとは別の理由でも、初めて訪れる都市での飲食店の調査には心を砕いている。


「いや、もう長いからね」


 情報は大きな武器で、手法の違いはあれど、ヨクリはよくやっていることだった。アーシスはしたり顔で、


「覚えとけよー?」


 とフィリルにうそぶいていた。おそらくフィリルがこのままの成績で基礎校を卒業すれば、上等校に進学できるだけの知識と実力を身につけられるだろう。こういう技術はあまり必要にならないかもしれない。


「単に運が悪かっただけか……」


 それならそれでいいのだが、どうにも釈然としないヨクリだった。


「……」

「どうかした?」


 様子がおかしいマルスに訊くと、「ああいや」と首を振ってから、


「僕のほうでも、知人にあたってみるよ。なにか分かったら連絡する」


 ヨクリはちょっと引っかかったが、「ありがとう」と返答した。炒った木の実を口に放って、違和感ごと飲み込む。別の話題に移行して、食事が終わるころにはすっかりと頭の中から消え去っていた。

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