アフタヌーンティーはいかが
*ここから番外編エピソードです*
――守りたい者がいるから、戦場に立つ。待つ者がいなくなったときこそ、戦場に立つ。そうやって、自分の命を使い切ることだけを考えてきた俺の魂はもう、あの日の戦場に縛られて、いまの時代には生きていない。
過去を振り返りながら、余生の手慰みにと始めた手記は、この書き出しより先へ進まないままだ。
* * *
「とても良い季節になってきたので、お庭でアフタヌーンティーをしましょう!」
朝食の席でチェリーがそう切り出すと、キャロライナはすぐに「素敵! 絶対やってみたい!」と飛びついた。二人が楽しそうにしている気配に敏感なノエルも一緒になって騒ぎ、ヘンリエットはいまにも「食事中ですよ」と小言を口にしそうな顔で騒ぐ面々を見つめて、目を細めていた。
さりげなく、バーナードがティーポットに手を伸ばして言った。
「母上さま、お茶をもう一杯いかがですか」
「いただきましょう」
ポットを手にして立ち上がったバーナードは、厳しい表情のヘンリエットの元まで歩み寄り、お茶を注ぐ。視界の隅にそれをみとめたチェリーが「あっ」と声を上げた。
「あの、私がっ」
当主であるバーナードは、何事も自分でやる戦場での暮らしが染み付いているということで、家の中で気づいたことがあれば、自分でさっさとやってしまう。チェリーが焦っても、気にしないでとばかりに笑みを向けてくるのだ。
「大丈夫。そっちはそっちで、その楽しそうな話を進めておいて。良いね、アフタヌーンティー。何か必要なものがあれば、街へ出たときにでも買ってくるよ」
本来ならここは「母上さまのカップが空だよ」とチェリーにひとこと言って済ませる場面なのではないかとチェリーは思うのだが、これまで彼からそのような態度を取られたことはない。
(バーナードさんは戦後の復興を担う貴族として、若くても威厳が必要なはずなのだけど……、外でのお仕事以外にも、家庭菜園も大工仕事も全部こなしてしまって。しかもこういった場面でも、ご自分で動いてしまうから)
チェリーにとっては実にありがたく、暮らしやすい環境なのだが、貴族の奥様として自分はこのままで大丈夫なのかな? と常々危ぶんでいる。もしかして世間的には「悪妻」なのではないかと気にしているのだが、ヘンリエットに小言を言われたこともなく、キャロライナに「このままで大丈夫でしょうか?」と相談しても「なにが? どうして? なんの話?」とまったくぴんとこない様子だったので、深く考えるのはやめようと思った。
その代わりと言うわけではないが、バーナードには日々感謝の気持ちを伝えようと心がけている。
「いつもお気遣いいただき、ありがとうございます。必要なものは、考えてみます。でも、贅沢な会をしたいというわけではないので、お屋敷にあるもので十分だと思います」
「そう?」とバーナードに聞かれて、チェリーは「はい!」と元気に返事をする。
チェリーとしては、庭にテーブルを出して、風に吹かれながら家族でお茶をしたいと思っただけなのだ。
そのすぐそばで、キャロライナとノエルが「招待状を書いてみる?」「うん!」と言い合っている。誰に出すつもりだろう、ヘンリエット宛に書くのかな? と微笑まえしい気持ちでチェリーは聞き流していたが、バーナードが「それなら」と口を挟んだ。
「どうせなら、コンラッド宛に招待状を書いてくれるか? 明日会う用事があるから、渡してくる」
しん……と食堂が沈黙に包まれた。
「あれ?」
自分のカップにも茶を注いで飲んでいたバーナードが、不思議そうに首を傾げる。なんだこの静けさは、と言わんばかりのその顔に向かって、キャロライナが叫んだ。
「公爵閣下に招待状だなんて……、そんなすぐに書けるわけないでしょう、お兄様ってば! 便箋も封筒も、いまこの家にあるようなものでお出しできるわけがないわ」
「いや、コンラッドだぞ? ノートの切れ端のメモ書きで十分だ。あいつそんなにこだわりがないから」
「お兄様がこだわってくださいませ!? いくら我が家が貴族の社交に疎いからって、公爵閣下にそんな恐れ多いことして良いはずがありません!」
「たしかにあいつは公爵なんだが、コンラッドだぞ?」
傍で兄妹の会話を聞いていたチェリーは、自分が「私は貴族の奥様として大丈夫でしょうか」と相談したときのキャロライナの「なにが? どうして? なんの話?」という態度を思い出しつつ、深く納得していた。
(兄妹ですねえ……)
喉が渇いてきたから、自分もお茶をもう一杯飲もうかな、と椅子から立ち上がったところで、ヘンリエットに声をかけられた。
「屋根裏部屋の木箱に、白磁に青い模様の入った茶器が一揃えあります。私が嫁いできたときに持ってきたものです。カップが一客欠けてしまいこんでいたものだけど、お客様が来ても人数分ありますから、大丈夫です」
「助かります!」
思いがけない話にチェリーが食いつくと、ヘンリエットは目を合わせないままそっけなく言った。
「戦時中に売っても、たいした値段はつかなかったでしょうが、ものは悪くないんです。ああ、でも古いものですから、もしノエルが壊してしまっても気にする必要はないですよ。陶器というのは、壊れるようにできているのです」
貧困にあえいでいたときに出してこなかった理由と、茶会時のアクシデントに関する心構えまで、さりげなく伝えてくれる。
いつもながらのその心配りに感謝しつつ、チェリーは明るく「ありがとうございます!」と感謝の言葉を口にした。
* * *
「おー、ノエル、この間見たときよりでかくなってるんじゃないか? こどもは成長はやいね~。この手紙、ありがとうな。おじさんもちゃんと読める字だったぞ」
当初、家族でささやかに庭でお茶会をしたい……というチェリーの提案から始まったアフタヌーンティーの日。
少しだけ客も呼ぼうと話がまとまったことで、招待状を一通だけ出すことになった。
その客も、時間に合わせてアストン邸を訪れていた。
コンラッド・アーシュラ公爵閣下と、そのご友人。という触れ込みで、いかにもお忍びで現れた二人組。
すでにアストン家に何度か来たことがあるコンラッドは、気さくな調子で自分が受け取った招待状を手に、ノエルに話しかけている。その横には黒髪の青年。「コンラッドっておじさんなんだ?」と混ぜっ返すように絡んでいて、コンラッドに「うるせぇな」と言い返されている。
「どう見てもヒューゴー殿下です。王子様です、王子様もご一緒ですよ……!?」
エプロン姿で、キッチンからお盆を運んできたチェリーは、顔をこわばらせて横に立ったバーナードに小声で話しかけた。
にこにこと来客の姿を見ていたバーナードは「気のせいじゃないか?」と空恐ろしいまでに白々しいことを言った。
「コンラッドのあの態度、王子様に対してのものじゃない。きっと他人の空似だ」
「……他人……空似……」
チェリーが、どうにかその線で納得しようと自分に言い聞かせていたところで、バーナードがしれっと付け加えた。
「と、思っておけば緊張しないだろ?」
「わー、やっぱり王子様じゃないですかー!!」
なんでそんなことになるんですかー!!と叫ぶチェリーをよそに、キャロライナはほとんど無の表情で準備を進めていた。
ひとりで仕事をさせるわけにはいかないとチェリーも駆け寄り、お盆をテーブルに置いて、運んできた料理を並べ始める。
すると、キャロライナが青ざめた表情でチェリーの袖口を掴み、小声で言った。
「公爵閣下にお茶……公爵閣下にお茶……。ああ、大丈夫かしら。いつも最高級品を口にしているのよね?」
おそらく前夜からよく眠れなかったのだろう、不安そうにしている様子があまりにも不憫で、チェリーは安心させなければと思いながら力強く答える。
「大丈夫ですよ。この間ご用事でいらしたときには『小腹が空いたから良い?』って言いながら、庭でご自分できゅうりをもいで食べていました。細かいことを気になさる方ではありません!」
キャロライナは、すっと目を細めると、微笑を浮かべて言った。
「なんだかチェリーさん、お兄様に似てきたような気がします。夫婦って、似るんですね」
その後、アフタヌーンティーの時間は、とても和気あいあいとして和やかに過ぎた。
* * *
「自動車は便利だが、すぐにエンジンが不調で動かなくなるし、道が悪いからシートがガタガタ揺れるんだよな~。落ち着いてられないかもしれないけど、寝てていいぞ」
アストン邸からの帰り道、コンラッドは運転席から隣に座ったヒューゴーに声をかける。
予定を聞かれて「その日は友だちの家のホームパーティーに招かれている」とコンラッドが口をすべらせたところ、自分も行くと言い張って、ついてきたのだ。
もちろん、かたや公爵、かたや王子なのでお忍びで出かけると言っても、事前調整は書類仕事も含めて非常に煩雑で「余計な仕事を増やした」件について、コンラッドはおおいに後悔をしていた。
一方で、ヒューゴーが城の中にいるときよりも、ずいぶん楽しそうに笑っているのを見ることができたので、自分の中で面倒と相殺して一応は納得していた。むしろ「お釣りが来た」くらいの感覚でいる。この王子様を一人前にするのが、いまの自分の役目だ、とコンラッドは考えているのだ。
アフタヌーンティーの席では、いったい誰と話すつもりかと見ていたら、まずは毅然としたヘンリエットに興味がひかれたようで、アストン家の家系図や屋敷について尋ねていた。詳しい説明を得られたようで、いたく感心していた。
それから、仲の良いアストン家の夫妻をまぶしそうに眺め、年下のキャロライナには親切に接し、元気いっぱいのノエルにはおっかなびっくり近づいていた。子どもと触れ合う機会があまりないので、新鮮だったようだ。
「……うん。疲れたみたいだ。眠い」
ヒューゴーは、満ち足りた様子で目を閉ざし、すぐに寝息を立て始める。
その様子をちらりと横目で確認してから、コンラッドは前を向いて運転を続けた。
“自分の命を使い切ることだけを考えてきた俺の魂はもう、あの日の戦場に縛られて、いまの時代には生きていない。”
これから先は余生だと決め込んで書き出した手記は、結局続きが書けないまま、段々と積み重なる書類や雑多な荷物に押し込まれて、どんどん引き出しの奥に沈んでいっている。このまま、二度と取り出すことなく忘れてしまうのでは、という気がしなくもない。
「余生にしちゃ、忙しすぎるんだよな」
ガタガタと揺れる車内で、コンラッドはひとり呟き、帰る場所を目指して走り続けた。
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