136話 ドラゴンは美少女に戻る方法を見つける
「吸血鬼よ……ついに時代が来たのだ」
ドラゴンが目の前で意味ありげにホバリングしているのだが机の上に乗せていたアレコレがすごい勢いで飛んでいってすごく邪魔。
男性は紳士である。
紳士という言葉の定義は時代によって様々に変化をするものらしいのだけれど、男性にとっての『紳士』とは、『穏やかで余裕があり、常に公正な視点からの意見を心がける者』であった。
なので、目の前で嫌がらせのように突風を起こす怪生物にも、穏やかな対応を心がけたいと男性は常々思っている。
たとえ来客用ローテーブルの上に落としていた木くずが吹雪のように舞い散らされても、その木くずふぶきを顔面で受け止める羽目になっても、男性は穏やかな態度を崩さない。
紳士たれ。
あまり己にルールを課さないよう心がけている男性ではあるが、『紳士たれ』というルールだけは常に課してきたし、これを常に守って生きてきたつもりだ。
なので男性は、手にしていた彫刻刀をドラゴンに向けて投擲したい衝動をこらえた。
ローテーブルの上に凶器を置き、「ふう」と短く呼吸をし、微笑んだ。
それから、テーブルの上に置いてあった、短い円筒形の物体――『ファミレスのアレ』を押した。
城内に響き渡る電子的な音声。
ほどなくして部屋の扉を開けて現れる、片目を黒髪で隠した、メイド服姿の幼い少女――眷族。
男性は眷属に命じた。
「眷族よ、ドラゴンをしばらく強炭酸水に漬けておきなさい」
「待て! なんだそのリアルに痛い感じのは!?」
ドラゴンがさすがに慌てたようだが、待てと言われて待つ眷族ではない。
もはや熟達の域に達したドラゴン専用捕縛術で、四つ脚で翼の生えた怪生物はあっという間に亀甲縛りになる。
「待て吸血鬼! 貴様に話があるのだ! 話だけでも聞け!」
「……仕方ない。眷族よ、強炭酸水と容れ物を持ってきなさい」
「炭酸漬けにして話させる気か!?」
「最近学んだのだが、君はどうにも、リアルに痛い目に遭わないと、自分の行為によって他者が迷惑していると感じ取れないようだ。たしかに私も最近甘かった……どこかで君が自省することに期待して、あまりひどいことをするとかわいそうだと思い、自制しているところがあった。だが、思い出したのだ……」
「なにをだ」
「君はドラゴンだ」
ドラゴンはドラゴンである。
世間的には『幻想種』――『お伽噺の中にしか登場しない』と言われる怪生物だ。
現代人には小型犬に見えるらしい。
現代人の目は節穴だ。
だが、ドラゴンなのである。
長い時の中で巨体は失われ小型犬サイズとなり、一吹きで街をまるごと焼き尽くすブレスもなく、一瞬で千里を駆けると言われる飛行能力も消え去った。
それでも、金属より丈夫なウロコに覆われた、頑強なる幻想生物――ドラゴンなのである。
だから、
「多少強めのおしおきでも、君は死なない」
「貴様と我とのあいだには『ドラゴン』という存在に対する認識に大いなる差異があるようだ」
「眷族が強炭酸水とタライを持って戻ってきた」
「我に五分だけ時間をください」
「ふむ」
男性は着ていたオーバーオールの腹ポケットから、金属製の懐中時計を取り出す。
そして、コトン、とローテーブルの上に置いた。
「なんだね?」
「まず、ドラゴンとは、美少女なのである」
「五分もいらないようだ」
「まあ聞け。認めよう。我の見た目はたしかに美少女ではない……これは事実だ」
「……ふむ」
「いくら我の正体が美少女で、呪いを解かれれば真の姿を表すとはいえ、今の状態はたしかに四足歩行の哺乳類……カワイさの方向性が美少女とは違うことは認めざるを得ない」
一つのセリフで突っこみどころが三個を超えると、『まあいいか』という気持ちになることを男性は発見した。
ドラゴンの正体は美少女ではない。
ドラゴンは呪われていない。
ドラゴンは哺乳類ではない。
そして、ドラゴンはかわいくない。
「……それで?」
「長年、我は我にかけられた呪いを解く方法を探していた……それを最近、発見したのだ」
「…………」
「興味を失うのをやめんか」
呪われてないのに呪いを解く方法を発見したとか言われても、どう反応したものかわからない。
「……まあ、時間いっぱいは付き合おうか。それで?」
「バーチャル動画配信者というのを知っているか?」
「以前に君が言っていたね。その姿で、声を出して自分がドラゴンであることを動画で発表したら、バーチャル動画配信者呼ばわりされたとか……」
「そう、それをきっかけに調べてみたのだが……バーチャル動画配信者とはな、誰でも簡単に美少女になれるサービスなのだ」
「……なんだそれは」
「頭の古い貴様には理解しがたかろう……頭で受け入れようとするな。心で感じろ。……よいか吸血鬼よ、世の中には様々な者がいるであろう。おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさん、おにいさん、おねえさん……年齢、性別、容姿、すべてが様々だ」
「まあそうだね」
「しかし、それだけ多種多様な人類は、ある一つの共通した願いを抱いている」
「『世界平和』などかね?」
「『美少女になりたい』だ」
「…………いや、そうでもないのではないか? 少なくとも、私の知る者たちは……」
「吸血鬼よ、貴様の接している相手は、最初から美少女だ。世界で唯一美少女になりたがらないニンゲンは、美少女だけなのだ。つまり、貴様の接するすべてのニンゲンは例外に属する」
「いや、少年もいるだろう」
「美少年は、美少女だ」
「……いやいやいや」
「美少年は、美少女なのだ」
「しかし……」
「いいか吸血鬼よ。――美少年は、美少女だ」
なんだかよくわからないがすさまじい重圧を感じる。
狂信とさえ言えるほどの確信がドラゴンの中にはあるようだった。
「……まあ、そうかもしれないね。それで?」
「なぜ人類がみな美少女になりたがるか、貴様は考えたことがあるか?」
「人類がみな美少女になりたがっているという概念を先ほど知ったばかりなので、考えたこともないね」
「なぜならば――人類はみな、美少女だからだ」
「……?」
「人類はみな、美少女――あああああパチパチパチチチパチチチチチチチ!?」
眷族がおもむろにドラゴンの強炭酸水漬けを始めた。
五分――経ってない気がする。
「吸血鬼ぃ! 人類は美少女なのだ! 心がッ! パチチチチチチ!? パチィ!? 美少女……! 真の姿は美少女! だから、みな美少女に戻りたがっている!」
炭酸水を背中からそそがれながらも叫び続けるドラゴンには、わけのわからない迫力があった。
男性は察する――ドラゴンが語ろうとしているのは、たとえどのような拷問を受けようとも枉げることの決してない、彼の信念そのものなのだと!
注意深く傾聴せねばならない。
男性は姿勢を前のめりにして、強炭酸水に脚の付け根まで浸かったドラゴンに顔を寄せる。
「吸血鬼よ! ヒトはみな美少女に戻りたがり! バーチャルな空間で美少女となる術が開発された! わかるか!? 今、世に生じた『バーチャル美少女化』の技術は、現代に誕生した『解呪方法』なのだ! あわあわパチチチ! そッ、その方法によって! 我の身にかけられた『四足歩行哺乳類の呪い』も解け、我は美少女の姿を取り戻すことがボゴボゴボゴボゴッ!」
ドラゴンが強炭酸水の中でもがいている。
男性は片手をあげて、眷族にドラゴンの頭を炭酸水に押しつけるのをやめさせる。
「ドラゴンよ……君の話は徹頭徹尾意味がわからん」
「貴様ではそうだろうな」
依然首の付け根まで強炭酸水に漬けこまれているのだけれど、まったく堪えた様子がない。
硫酸でも耐えそうな心強さがある。
「だが……君が『とにかく美少女になりたい』と思っていることは伝わった」
「そうではない」
「違うのか」
「『美少女になりたい』ではなく、『美少女に戻りたい』だ。そこを間違えては設定が変わってしまう。以降、言葉遣いに気を付けよ」
「……眷属」
「気を付けてください。我も気を付けます」
「……なんでもない。……まあ訴えはわからんが、熱い気持ちはわかったよ。話は以上かね?」
「いや、ここからが本題よ。我は――我にかけられた呪いを解きたい。しかし、そのためには必要なものがあるのだ」
「なんだね?」
「設備」
「…………」
「より具体的には、設備投資費だ。動画撮影のための……」
「ケイタイ伝話があるではないか。今までも動画撮影はそれで行ってきたはずだろう?」
「回線細すぎスペック低すぎ、スタンドさえないこんな代物では限界がある。よりなめらかに美少女になるには――もっと大型の機材が必要なのだ」
「……それで?」
「我に投資せよ。美少女3Dモデルを有名イラストレーターに作製させるにも、ゲーム実況するにも、とにかく設備が必要なのだ」
「私はドラゴンに貢ぐ趣味がないのだが」
「バーチャル動画配信者で一山当てて必ず返す」
「……その『一山当てる』確率はいかほどかね?」
「えー……全体で三千人ほどいて……その数は増加の一途をたどっており……」
「頭を冷やした方がよさそうだ。眷族よ、半日ほど漬けておきなさい」
男性が命じると、眷族はドラゴン入りのタライを持って、一礼して部屋の出入り口を目指す。
「吸血鬼! 我はあきらめんぞ! 我は必ず呪いを解く! 貴様に出資させて!」
「自分で稼ぎたまえよ」
「あきらめん――」
捨て台詞は、眷族がタライにフタをかぶせることで消えた。
うるさい生き物が部屋を出て行き、男性は深くため息をつく。
「今回の話題も早々に忘れてくれるといいのだが……」
ドラゴンの主張は爬虫類が脱皮するように定期的に『するり』と変わる。
けれど、なぜだろう――
今回はきっと、しつこい。
そんな気がしてならなかった。




