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129話 おっさん吸血鬼と歴史

『フハハハハハハ! 迷い! 悩み! 嘆き! なんとも脆弱なヒトらしい感傷よな! だが、尊重はしよう。ヒトよ、弱くあれ。強さはすべて、この俺に――闇の竜王に任せておくがいい!』



「……っていうキャラクターが今、神の子院の子たちのあいだで流行していまして」



 明朝であった。

 男性はベッドに腰かけ、ある動画を見せられている。


 それは、よく笑う骨がなんやかんやでヒトの悩みを解決したり、なんやかんやで悪者をこらしめたり、なんやかんやで笑うアニメーション作品であった。



「ふーむ……それで――聖女ちゃん」



 男性は正面に立つ桃色髪の少女へ視線を移した。

 そして、問いかける。



「おもむろにこのような動画を見せて、私にいったいどうしろと言うのかね?」

「実はですね……わたしから、おじさんに、お仕事を依頼したいのです」

「外には出ないが」

「いいんです。そこは、じっくりとやっていきます」



 やっていかなくてもいいのだが、そのあたり語り始めると水掛け論にしかならない。

 男性は吸血鬼であり紳士である。


 現在、どうやら吸血鬼のみならず、紳士も『幻想上の存在』とされているようだが――

 男性はその幻想をあらゆる意味で体現する存在たらんと日々己を律しているのだ。

 よって、相手の語りたい主旨を尊重し、可能な限り横道に話題を逸らさないよう今も努力中なのである(努力しないとガンガン話が逸れる)。



「……それで、『仕事』とは?」

「はい、実は……近々、後輩の……えっと、神の子院の後輩の一人が、お誕生日なのです」



 神の子院――ようは、孤児院、児童養護施設のことだ。

 世間では倫理的に『孤児』という言葉を使ってはならないので、神の子という言葉でふんわり濁しているらしい。



「あ、えっと……おじさんにいちおう、説明しますと、『誕生日』っていうのはようするに、『神殿の入口で生まれた日』なのですが」

「……説明の中に説明が必要な言い回しを混ぜられてもね。まあ、意味はわかるよ」



 拾われた日、ということだろう。

 聖女のこういう世間に対する気遣いを見ていると、男性はガンガン社会に出る意思が減じていく。



「おじさんにお願いしたいのは、今さっき見せたキャラクターの、ぬいぐるみ作製なのです」

「……なんと言ったかな。それは――『公式』では発売していないのかね?」

「していないんです。深夜枠で放送しているものの中には、『ヌイグルミになってもよさそうなのに、ヌイグルミ化しないもの』も多いのです」

「ふむ。……しかし、仕事、仕事ねえ。聖女ちゃん、『仕事』という響きを私はあまり好まない。その言い回しには、自然、脅迫的な響きが伴う。それに君と私の仲だ。仕事などという壁一枚挟んだことを言わずとも、君のためならぬいぐるみの一つぐらい、こしらえてあげるが」

「いえ、これはあくまでも、お仕事として、わたしが、おじさんに依頼するのです。もちろん金銭の授受も発生します」

「君が『仕事』にこだわるのは、なぜかね?」

「おじさんは、自分の技能の価値を知るべきだと考えているからです」

「技能の価値?」

「はい。おじさんは、絵画を描きます。裁縫をします。木工をします。そして、それらの技能は高いものとわたしは思うのです」

「研鑽の時間はいくらでもあったからね。それこそ、君たちヒトが及びもつかないほどの時間が」



 男性は吸血鬼である。

 すでに六百年を生き(うち五百年ヒキコモリ)、まだまだ寿命に『果て』は見えない。



「ですが、おじさんは、己の技能による創作物を、あまりにも気軽に無料で他者に提供したり、死蔵したりしすぎると思うのです」

「私が好むのは制作過程であり、完成品にさほど関心はないからね」

「それはよくないことです」

「……私の制作したものを、私がどう扱おうと、『よくない』と言われる筋合いはないと思うのだが」

「おじさんのおっしゃっていることも、わかります。しかし、一方で、少しだけ世間に目を向けてわたしの考えにも理解を示していただきたいのです」

「と、言うと?」

「世間には、おじさん以下の技能の方もたくさんいらっしゃいます。……努力に貴賤はなくとも、結果に貴賤が出てしまうのは、どうしようもないことなのです」

「ふむ。たしかに」

「なので、おじさんには、自分の創作、制作したものについて、『主観的な価値』だけでなく、『世間的な価値』も考慮していただきたいなとわたしは考えているのです。そして『世間的な価値』をもっとも端的に示すものは、『金額』です」

「……」

「このあいだ、オークションアプリでおじさんの制作物を出品したのも、そういった意図があってのことだったのですが……やはりネット上での数字のやりとりより、こうした人の手を介してのやりとりのほうがわかりやすいかなと思い、今回、おじさんのぬいぐるみの価値を、わたしが示したいと考えた所存です」

「ふむ」

「……まあ、それに、後輩の子にお誕生日プレゼントとして『骨のぬいぐるみ』をあげたいのも事実で、それを作ってくれそうな方がおじさんだけだったというのも、事実なのです」

「ぬいぐるみぐらい、君も作れそうなものだが」

「ただ作るだけならば可能かもしれません。けれど、用意できる範囲で一番いい物を渡そうとしたら、それをなし得るのはわたしではないのです」

「……」



 男性はここで『わたしは忙しくてぬいぐるみを作っている時間がないので』という返答を想定していた。

 しかし、聖女は『忙しさ』を持ち出さなかった――このへん、非常にコミュ力高い感じだなと男性は思った。


 忙しさをアピールすることは、他者に『暇だろ?』と言うのも同然で、通常、それは失礼なことにあたるからだ。

 まあ、男性は実際暇なので、そう言われても気にならないが……



「なので、せっかくですから、プレゼントを作っていただけて、おじさんに、世間がおじさんの技能をどう見るか――少なくともわたしがどう見ているかを、『世間的な価値』で示せたらなと考えたというわけです」

「まあしかしね、君はそう言うが、私は『主観的に』大したことはしていないので、金銭を受け取るというのも申し訳ない気持ちがあるのだがね」

「おじさん、『ぬいぐるみを買う』というからわかりにくいのかもしれません。ですので、このようにお考えください」

「ふむ?」

「『あなたの六百年モノの技術を売ってください』」

「……」

「お酒などは、年代が古いものほど価値が上がりますよね? ……わたしはお酒をたしなまないので詳しくはわかりませんが、それは、熟成……醸成? がすすんで、味が円熟するからなのだと思います。そして、その円熟には、時間がどうしても必要です」

「そうだね」

「技術も同様だと思います。才能というものは、もちろんありますが……それでも、『一つの製品にこめられた研鑽の歴史』には、適切な値段をつけるべきだと、わたしは思うのです」

「なるほど。そう言われると、私の趣味にも一定の価値が見出せそうな気がするから不思議だ」

「歴史には価値があります。それは、歴史ある神を奉る歴史ある神殿でつとめていれば、否応なく感じることです」

「……まあ、歴史以外に価値がないものも、世の中にはあるがね」

「歴史以外に価値がないものは、歴史がなければただの『価値がないもの』です。そう考えれば、やはり歴史というもののもたらす付加価値は、素晴らしいものだと思います」

「なるほど、そうも言える」

「……もちろん、わたしのお財布には限界がありますので、おじさんにお支払いするお金は主観的なものにならざるを得ません。ようするに『わたしにとっての価値あるものに支払えるギリギリの高値』という意味です。それでご満足いただけなければ、あきらめるより他にないですが……」

「ふうむ」



 男性は考える。

 聖女はよく考慮して今の話を持ち出しているようだ。

 ここで『無料でいいよ』と言うのも、逆に失礼にあたるだろう。



「わかった。では、こういう形式にしよう。君は制作期間を決め、材料費を出したまえ。それだけでいい」

「……しかし」

「そして、君が私の技術に支払うのは、金銭でなくていい」

「では、なにを?」

「時間だ」

「……時間?」

「そうだ。君が私のもとに通い、私と会話をしてきた時間――すでに支払われている『それ』を、私は技術の対価として受け取ろう」

「無料っていうことじゃないですか」

「歴史には価値があるのだろう? ならば、君が私のために費やした時間にも価値はあるはずだ」

「……」

「君は神殿からお給金を受け取っているのかもしれないが、それはそれ。私が個人的に支払いたい。しかし通いで来てくれる若い女の子に『一緒に過ごしてくれてありがとう』とお金を渡すのも、なにか、いかがわしい」

「まあ、その、それは……はい」

「そこで、私の技術を、すでに受け取っている君の時間から支払ってもらおう。ようするに、君が私にしてきたことの価値を、私は、ぬいぐるみの完成度で視覚化するのだ」

「……」

「私の仕事に君が価値をつけるのではない。君の仕事に、私が、ぬいぐるみを通して価値をつけるのだ。……そういうことで、どうかね?」

「……むー……なにか言いくるめられている気がしますが」

「ははは。私を思いやるなら、ここは言いくるめられておいてくれたまえよ」

「……わかりました。そういうことで、お願いします。材料費についてはそちらで見積もりしていただけますよね?」

「サイズにもよる。これから話して決めようではないか」

「わかりました。……ありがとうございます」

「なに、こちらこそ。……ああ、お茶を出させよう。久々に有意義な時間を過ごせそうだ」



 男性はテーブルまで移動して『ファミレスのアレ』を押し、眷族を呼び出す。


 そうしてお茶を飲みながら、昼まで穏やかな時間を過ごした。

 妙に久方ぶりの、心地よく、ゆったりとした気持ちだった。

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