103話 ドラゴンの成れの果て
「……なんだアレは?」
ソファに腰かけテーブルの上で木材を削っていた。
時間があって木材があるならば、木を削るのは男性にとってそうおかしな行動でもない――今回作っていたのは『ばんぺーくん』という『王都の城門を守る衛兵の霊』という設定を持つキャラクターであった。
『親しみやすい丸みのあるフォルム。でもホントは強い!? 血染めのハルバード。ピカピカ輝くフルプレイトメイルの中には、王城を守っていた偉人たちの魂が閉じ込められているから、怒らせちゃダメだぞ?』
そんなキャッチコピーのついた、三頭身の、いわゆる『ゆるキャラ』であった。
なぜこんなものを木彫りで作ろうと思ったのか、男性はそのきっかけを思い出せない。
けれどまあ、きっと、ヒマな時にたまたま目について、頭に残ったからだろう。
ようするに大した理由はない。
だから作業を中断されることを嫌う男性も、アッサリと『ばんぺーくん』を彫る作業を中断し、新たに発見した興味の対象へ視線を移すことができた。
男性の視線は、ゴシックな調度品のそろえられた部屋の、端っこに注がれている。
その赤い双眸が捉えるのは、どう表現したものだろうか――
赤い。
男性の瞳のように赤い、窓から差しこむ夕刻の光を受けて微妙に輝く、ペラペラの物体だ。
ソレは濃いワインレッドの絨毯の上に同化するように落ちていた。
布か、紙か――硬い素材の貼り付いた薄っぺらで柔らかそうなソレは、長々見ていてもいまいち正体がつかめないのだが……
「……!?」
男性は、思い当たってしまった。
なんというか、あの赤く薄っぺらい、硬い素材の貼り付いた布のようなものは――
「ドラゴンの皮……?」
そうとしか、思えない。
そう思ってみれば、目とおぼしき穴とか、きちんと広げればあの見慣れた手足の短く首と尻尾の長いシルエットになりそうな形状とか、いかにもドラゴン的に見える。
「…………」
男性はゴクリと生唾を飲み込んだ。
かつてなく緊張している。
なぜ自分の部屋にドラゴンの皮があるのか。誰がドラゴンの皮をはいだのか。眷属か。そうか眷属がついにやってしまったのか。だったらなぜその皮を自分の部屋に放置したのか。他のところに置けば犯行は発覚しなかったかもしれないのに――
色々な想像が頭の中を駆け巡る。
男性は今後の対応を決めかねる。
そして『見間違え』として処理しようと決定する、まさにその瞬間!
「吸血鬼よ! 我の皮を知らんか!?」
部屋入口下部に設置されたペット用ドアから入って来たその者は――
真っ白く柔らかそうな、透き通った体表を持つ、子犬よりも小柄な、四足歩行の――
「――君、ドラゴンかね?」
「そうだが?」
ドラゴンであった。
男性は不可解な事象が連続して起こったせいで、頭が混乱している。
自分が『ばんぺーくん』のウッドフィギュアを作製しているあいだに世界はどうなってしまったのか。
状況に取り残される男性のそばに、真っ白く透き通った体となったドラゴンが寄ってくる。
「ふむ、なるほど、そうか。貴様はドラゴンの脱皮を見るのは初めてか」
「……ああ、脱皮か! 私はてっきり、ついに君が眷属に処されたのかと……」
「我を処すことは貴様が禁止していよう」
「まあ、そうだけれどね」
殺すのも追い出すのも、嫌がらせもダメだと言ってある。
ただし、『皮をはぐのはダメ』とまでの、具体的な手段を禁止してはいない。
そのあたりが陥穽と言えば陥穽だが――
まあ、眷属がわざわざ男性の命令の陥穽を突くようなことはしないだろう。
きっと。
「それにしてもドラゴン、君、ずいぶん白くなったものだねえ」
「脱皮したてゆえにな。一晩も経てば元の赤さにもどっていよう。それよりもどうだ吸血鬼よ、脱皮により進歩を遂げた我を見て、危機感を覚えぬか?」
「危機感? ……ああ、君がまた強くなった時、我らは元の敵同士に戻るのだったね」
「そうではない。我はまたカワイくなるのだ」
「……?」
「カワイイ子犬に興味がないおっさんといえど、思わず魅了されてしまうカワイさに、一歩一歩近付いている――どうだ感性の死んだおっさん吸血鬼よ。危機感を覚えぬか?」
「いや……別に……」
「見ろ! 我の腕を! 少しほっそりしたであろう? そして体もやや小さくなったぞ。通常、脱皮をすれば大きくなるはずのこの我が! 『もっとカワイくなりたい』と日々願い、そして努力を続けた結果、脱皮をしたことで小さくなったのだ!」
ドラゴンはフンスフンスと鼻息を荒くして語った。
男性は心因性の頭痛を覚える。
「君は……ドラゴンよ、君は、それでいいのかね? 小さくなると、弱くなるのではないか? かつての山のような巨体に戻るために、私の庇護下で時を過ごしていたのではなかったのかね?」
「吸血鬼よ、貴様の考えはいつも古い」
「と、言うと?」
「今時、『山のような巨体』がなんの役に立つ?」
「……いや、その……大きければ、強いだろう? 単純に……その、質量とか……」
「いいか、吸血鬼よ――その強さは、今の時代、もう『強さ』ではない」
「……?」
「強さとは、数だ。多くを味方につけた者こそが、勝者だ。行動一つの人数的影響力の強さが、そのまま強さとなる。つまり――強さとは世論だ」
「すまない、意味が……」
「たとえば街を歩いていて、吸血鬼と、山のように巨大なドラゴンが戦っているシーンを目撃したとしよう」
「……まあ、なかなか見かける光景ではなかろうが……それで?」
「その戦いを目撃した者は、どう思う? 『化け物同士が戦っている』と思うであろう?」
「うむ、そうだろうねえ」
「と、なるとだ。目撃者は、吸血鬼も、ドラゴンも、どちらも倒そうと行動を開始しかねん。そうなるともう三つどもえだな。ドラゴンが勝つか、吸血鬼が勝つか、それとも目撃した側が――人類が勝つか。他陣営が滅ぶまで戦いが終わらぬであろう」
「そうかもしれないね」
「ところが、吸血鬼と妖精が戦っているシーンを目撃したら、どう思う?」
「目撃者が出るほど長引かないと思うが……」
「長引いたとしてだ。目撃者は、吸血鬼を『悪』と断じ、妖精の味方をするとは思わんか?」
「まあ、しそうな気はするねえ」
「それよ」
「どれだね」
「つまり――体の小さな者は、世論を味方につけやすいのだ」
「…………」
「貴様はどうにも我が『カワイイ』を目指すのを、『体が大きくなるまでの一時的な方針』と思っている様子だが――実際には違う。我は脱皮を繰り返しどんどんカワイくなっていくぞ」
「いや……」
「なにも我が質量を取り戻す必要はないのだ。強大な敵に立ち向かうのに、個人の強さのみを求める時代は終わった……いや、とうに終わっていたのだ。ドラゴンが絶滅した時代には、すでにニンゲンは『協力プレイ』を覚えていたのだ」
「……」
「ならば知恵ある我は、さらに先へ行こうと思う。そのためにカワイさは必要な『力』なのだ」
「『協力プレイ』のさらに先とは?」
「『姫プレイ』に決まっていよう」
「………………理解が及ばない」
「ただ、そこにいるだけでかわいがられ、尽くされる。自身ではなにもせずとも、『好き』だの『嫌い』だのいう意思を示すだけで、『好き』なものは献上され、『嫌い』なものは排除されるという――最強の戦術なのだ」
「う、うーん……」
「そしてこの戦術を行使するためには、『カワイイ』ことが絶対の第一条件……ゆえに我は脱皮のたびにカワイくなるのだ。数百年ではない。数千年、数万年……世界が終わるその時まで、我はカワイくなり続ける……そう、すべては『姫プレイ』のために……!」
ちなみにさっきから『姫プレイ』を連呼するドラゴンの声が、太くて低く、しゃべられるたびに耳がざわざわするレベルの低音しわがれ声だという事実は特別に強調しなければならないだろう。
これほど『姫』という印象からかけ離れた声もそうそうないのではなかろうか――男性はそのように感じる。
「しかし今回、我の脱皮によるカワイさの上昇っぷりはすさまじいな……」
「玄人でなければ違いがわからないと思うのだけれど……まあ、色は白いが、明日には赤く戻るのだろう?」
「色は関係ない。見ろ、このほっそりと引き締まった脚を……! くびれのあるスリムな胴体を!」
「うーん……私はマニアではないのでよくわからないが……」
「このペースでカワイくなり続ければ、来年あたりには美少女になっていような」
「そうかね。がんばりなさい。……それで、君は、自分の脱いだ皮を探していたのだろう?」
「おお、そうであったな。なぜこのような場所に……ああ、そうか。たしかムズッとしたからこのへんで脱いだのだったか」
「次回からは私の部屋で脱皮をしないでおくれよ」
「脱皮は生理現象ゆえにな……確約はできんが配慮しよう」
「……それで、その皮はどうするのだね?」
「食べるが?」
「…………そうか」
「うむ。ではな。体が白いうちはあちこち柔らかくて敏感なので、今日は部屋に引きこもる」
「そうか」
皮を回収したドラゴンは、ヌタッヌタッと足音を立てて去って行った。
一人残された男性は、『ばんぺーくん』を彫る作業に戻る。
しばし彫刻刀でテーブルの上に広げた布の上に木くずを落としていたが――
「……食べるのか、皮」
ぼそり、と感情のない声でつぶやき、また無言で作業に戻った。
食べるのか、皮。




