第二十一章 企画
図書館の前で出会った創と逢坂薺。
二人は夕暮れ時、近くにあったベンチに向かい、薺は先に座る。
「どうぞ」
創が隣の自販機で買ったジュースを差し出す。
薺は小さく笑みを浮かべ礼を言い受け取る。
創は薺の隣に腰を降ろし会話を始めた。
「すみません、時間を取らせてしまって」
「ううん。大丈夫だよ。それで、話って?」
薺は一口ジュースを含み待つ。
創は一瞬だけ瞳の色を変え、すぐにいつもの穏やかな笑みを見せ問いかける。
できるだけ、自然にさり気無く聞き出し、こちらの心中を探れないようにしなければ……。
「そうですね。実は……ちょっと深刻な悩みでして……」
「……え?」
「こんなこと話せる友達、まだそこまでいなくて……」
本当に創は深刻な表情で、うつむきながら悲しげな眼をしながら言葉を濁す。
「え? で、でも、その、あ、あのね、そ、相談相手が、私なんかで……いいのかな?」
薺は戸惑い慌てふためく。
「薺さんだからこそ話せます。僕の友人の中で、真剣に受け止め考えてくれる人は薺さんしかいないと思って」
「そ、そこまで評価してくれてたなんて……。よし! 何でも聞いてよ。私がその悩みをずばり解決させちゃいます!」
薺が無い胸を張って調子に乗ったかのように自信満々に言い放つ。
「本当ですか? ありがとうございます」
創は嬉しそうに笑顔を見せるが、内心嘲笑っていた。
信用はできるが、能天気でお子ちゃまな考えしかないから利用しやすいだけで選んだだけだ。
こうやってちょっと頼られるだけでその気になるとすぐにわかっていた。
ほんとにバカだな……。
「それで、その悩みってなに?」
「はい。実はですね……僕と翔くんのことなんです」
「え? 瀬川くん?」
「はい。僕は翔くんともっと仲良くなりたいと思ってます。しかし、どう話したらいいのかも、趣味もわかりませんので、友達になる方法が、その……よくわからなくて」
「そっか。うん。秋元くん、ずっと入院してたし、友達の作り方とかわからないよね。すぐに夏休み入ったから、まだクラスと馴染めてないみたいだし」
「はい。だから、まずは翔くんと仲良くなりたいと」
「うん。でも、なんで瀬川くんなの? 他にもいるけど」
創はちょっとだけ迷ったが答えた。
「実は、翔くんは河守総合病院で何度か見かけたことがありまして。だから唯一顔は覚えているのです。なので選んだのですが」
「そっか。瀬川くん良く病院にいるよね」
「はい。だから、薺さんが知っている翔くんのことを、教えていただけないかと」
「う~ん。そうだね。私が知ってる瀬川くんは……」
そこで薺の顔がだんだんと赤面していく。そしてボンッと音がしそうなほど真っ赤になってしまった。
「……どうしました?」
「う、ううん。な、なんでも、ないよ……」
創は小さくばれないように息を吐く。
わかりやすい人だ。
「え、えと、瀬川くんのことだよね。私は瀬川くんとは中学から一緒の学校で、何度か同じクラスにもなったんだ。瀬川くんはいつもクラスのみんなと一緒にいて、中心人物っていっても過言じゃないくらい人望はあったよ。でもね、放課後や休みの日は絶対といっていいほど寄り道したり遊びにいったりしないんだ。多分だけど、病院に行ってるんだろうね」
「なるほど。そうなのですか」
「うん。それでね、将来は医者になりたいようだよ」
「……医者、ですか?」
「うん。そこが秋元くんと一緒だよね。進路希望で医学部志望って書いてたんだ。だから、さっきも図書館で病気の本を読んでたよ」
その言葉に創は小さく冷笑を浮かべて食いついてきた。
「病気の本ですか……。それはどんな本ですか?」
「けっこう難しそうな本だったよ。専門用語ばかり並んでて、まったくわからなかった」
そこで創は深く考え込む。
医学部志望だからと、いきなりそんな専門書を読んでも医者になれるわけではない。
彼でもそれくらい知っているはず。ならば、考えられるのは巴さんに関すること。
この前はあんな姿を目の当たりにして何とも思わないわけがない。
となれば、考えられるのは、巴さんの病気を調べ、少しでも完治できるようにと対処法を調べていたのだろう。
創はうっすらと口元の端を上げる。
そんなことしなくても、それに詳しい先生が傍にいるではないか……。
そろそろ、あの秘密をばらすか……。
「逢坂さん」
「ん?」
「……あなたには教えます。翔くんの秘密。今日いろいろ相談に乗ってくれたお礼です」
創はそっと薺に耳打ちする。
全ての言葉を聞いた薺は「え?」と小さな声を上げてその場に固まる。
創はすっくと立ち上がると薄ら笑いを浮かべその場から去って行った。
瀬川翔……。
君にはもっと絶望を知ってもらう。
巴さんを守るのは……この僕だ。
その頃、翔は今日一日何も収穫がなかったことに落ち込んでいた。
やはり巴の病気は珍しくすぐに見つかるものではない。
「仕方ない。明日も探すか」
巴のためなら何でもする。
それもそのはず、この夏休みで巴とはお別れなんだから……。
そう思うと、翔はその場に立ち止まってしまった。
行き交う人たちが何度か翔を見て去っていくが、翔は気づかず、そして涙が溢れていた。
やはり怖い。
もうすぐ巴と別れるなんて考えたくない。
今まで自分はずっと巴のために動き、働き、接してきた。
なのに、たった十七年で生涯を終えてしまうなんて……。
……嫌だ。
いや、巴の生涯が終わることより、自分は永遠に別れてしまうことが嫌なのだ。
今まで居た人が、突然目の前に消えてしまう
死別とは別れの中でも最も悲しい別れ方だ。
二度と、再び会えることはないのだから。
翔は歩き出すと、夕方近くなった刻でも、ある場所へと向かった。




