謎の博士
「――おっほっほ、怖いですねぇ。どっちが悪役かわかりませんよ」
男を尋問しようとした瞬間、聞き覚えのない声が周囲に響きわたり。
俺は咄嗟に男から手を離すや、ユメルとともに大きくバックダッシュを取った。
新たに現れた人物は、一言でいえば《胡散臭い博士》のような出で立ちをしていた。
異常に分厚い丸眼鏡に、やや寝癖の目立つ金髪のおかっぱ頭。かなり使い込まれている白衣を身にまとっており、右手には得体の知れない棒状の物体が握られている。
率直に言って、どこからどう見ても非戦闘員にしか見えないんだが――。
しかしこの男からは、底知れぬ不安感が伝わってくる。一瞬でも隙を見せてしまえば、あっという間に殺されてしまうような……。
そんな恐怖感が、この博士からひしひしと伝わってくるのだった。
「ふん……。おかしいな」
俺は油断を解かぬまま、おかっぱ頭に声を投げかける。
「さっきまで怪しい気配は微塵も感じなかった。おまえ……いったいどこから来た」
「おっほっほ。決まってるでしょう。転移したんですよ」
「転移だって? おまえ……その面で魔術師タイプなのかよ」
「違いますよ。これです」
そう言って、おかっぱ頭は右手に握っていたものを俺に差し出す。
「リモート・コントローラー。略してリモコン。これを用いて、転移魔法を科学的に再現したんです。……ふふ、外界の人間には訳わからないと思いますがね」
「リモコン……だって……?」
まったく聞き慣れない言葉が出てきたな。
要約すれば、転移魔法と同じような移動を、魔法を使わずに実現したということだろう。
やはり見立てていた通り、こいつはどこか得体が知れない。距離を取っておいて正解だった。
「フォ、フォレスト博士! 助けにきてくださったのすか……!」
「助かります……!」
地面に這いつくばる黒マントたちが、フォレストなる男に媚を売るような声を発する。
「おっほっほ。そんなまさか。あなたたちのような末端を、この私が助けるわけないでしょう」
フォレストは眼鏡の中央部分を抑えると、醜悪な笑みを浮かべて俺と向き合った。
「アデオル・ヴィレズン。私はあなたに興味が湧きました。私の作った試作品と……戦ってはくださいませんかね」
「試作品……だと……?」
「ええ。この末端たちはポンコツです。契約内容については口外できませんから、むしろ私のほうが、あなたが知りたがっていることを包み隠さずお伝えできるのですよ」
「な……!」
この言葉に驚いたのは黒マントたちのほうだった。
「なりませんフォレスト博士‼ 契約内容の漏洩は重大な違反です‼」
「おっほっほ。やはりそう言うと思いましたよ」
フォレストはリモコンにあるボタンを押すと、まるでチャックを閉めるときのように、男の口が右から左へと封じられていった。
「むがー! むがー!」
男は必死こいて大声を発しているが、まるで言葉になっていない。
フォレストのリモコンとやらを用いて、言葉を喋れないようにされたっぽいな。
「ひでえことするな。おまえ、本当にそいつらの味方なのかよ」
「おっほっほ。いやなに、あなたほどひどくはないですよ」
フォレストは他二人の口も同じように封じ込めると、再度俺を見て言った。
「で、どうでしょうかアデオルさん。この男たちは同様の洗脳を受けておりますから、口を閉ざさずとも、契約内容を喋ることはできません。あなたがもしベルフレド殿のことを知りたいのであれば……良い情報を提供できると思うんですがねぇ」
「…………」
「もちろん無理にとは言いません。あなたが拒否するのであれば、私はこの場から立ち去るだけですよ」
「……ふん、いいだろう」
俺は不敵な笑みを浮かべつつ言った。
「あんたは《勝負を引き受ければ情報を話す》と言った。つまり勝ち負けは関係ないってことだよな」
「おっほっほ。素晴らしく目ざといですねぇ。あなたのような人間……嫌いじゃありませんよ」
「ち、ちょっとアデオル……!」
なりゆきを見守っていたユメルが、心配そうに声をかけてくる。
「ほ、ほんとに大丈夫? 明らかに怪しいし、罠かもわからないよ?」
「ふん。罠だったら罠で構わんよ」
元より自分の命に執着はない。
ベルフレドに復讐せぬまま死ぬのは残念ではあるが、道半ばで命尽きるのであれば、それはそれでまったく構わない。
「ほう。あなたは……」
いま気づいたとでも言うように、フォレストはユメルに視線を向ける。
「まさかこんなところでお会いするとは。お久しぶりですねぇ、ユメルさん」
「え……?」
「おっほっほ。まあじきにわかるでしょう」
フォレストは怪しげに笑うと、再びリモコンなるものを片手に掲げた。
「ではいきますよ。さすがに勝つことはできないと思いますが、まあ、せいぜい足掻いてくださいな……‼」
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