これくらい普通です
黒マントたちへ奇襲を仕掛ける前に、俺は補助魔法の一つをユメルにかけることにした。
その名も《敏捷度向上》。
字面の通り対象者の敏捷度が跳ね上がる補助魔法で、簡単に言えば、走るスピードが二倍になる。本当はもっと上げることができるんだが、急にあげても本人が驚いてしまうだろうしな。ここは常識の範囲内に収めることにした。
「わわっ……!」
自身の変化に気づいたか、ユメルが小さく驚きの声をあげる。
「なにこれ……? アデオル、なにかした?」
「おまえの敏捷度を強化した。よくある補助魔法だろ?」
「う、うん……。そうなんだけど、なんだか普通じゃないような……」
なぜか不思議そうに首を傾げるユメル。
そういえばこの二年間、彼女に補助魔法をかけたことはなかったな。
剣の腕を磨き続ける俺に対し、ユメルは勝手にその場についてきただけ。本格的に連携して戦うというのは、何気に二年前の――あのハゲを倒したとき以来かもしれない。
「そこまで敏捷度は上げてないが、おまえなら元より速いから問題ないだろ。俺が連中の注意を惹きつけるから、おまえはその隙に攻撃しててくれ」
「わ、わかった……!」
こくりと頷くユメルを確認したあと、俺はポーチに入れていた石ころを手に取る。
直接的な攻撃手段を持たない俺にとって、まず大事なのは相手の隙を作りだすこと。そしてその隙を作りだすためには、この石ころがかなり汎用性の高い道具だった。
「いくぞ。ほれ」
小さなかけ声とともに、俺は遠方へ石を投げつける。
コトッ、コロコロコロ……。
地下通路内に響きわたる乾いた落下音に、黒マントたちが一瞬だけ同じ方向に視線を向けた。
「はぁっ……!」
そしてその隙を、Sランク冒険者たるユメルが見逃すはずもなく。
俺のかけた《敏捷度向上》という補助魔法も相俟って、文字通り一瞬で男たちとの距離を詰めていった。
――が。
「えっ⁉」
まさか自分自身の速度に驚いたのか、ユメルがぎょっとしたような声を発する。
「嘘っ! はやっ‼」
こちらが驚くほどの大声をあげていたが、そこはさすがのSランク冒険者。
すぐに落ち着きを取り戻し、冷静に黒マントたちを処理していく。もちろん殺してしまっては事情聴取ができないので、前回と同じく足を狙っている形だな。
「な……馬鹿な……!」
「なんだこのスピードは……!」
対する黒マントたちも、ユメルのスピードがまったく理解できなかったらしく。
抵抗らしい抵抗も見せぬまま、呆気なく地面に這いつくばる結果となった。
「なんだこのスピードは、ねぇ……」
そんな黒マントを見下ろしながら、ユメルは剣を鞘に収める。
「さすがに同情するわ。いまの速度は、さすがにおかしいもの」
「片付いたか、ユメル」
そう言いつつ、俺は彼女の元に歩み寄っていく。
周辺の気配を探ってみても、他に不審な気配は感じられない。
事件そのものはまだ解決していないが、すくなくとも一段落はついたとみていいだろう。
「どうした。なんでそんな不思議そうな顔をしている」
「そりゃ驚くでしょ。いまの《敏捷度向上》……明らかに普通じゃなかったわ」
「なにを言ってるんだ。たかが二倍上げただけだろうが」
「た、たかが二倍⁉」
そこで再びぎょっとした表情を浮かべるユメル。
「な、なに言ってんのよアデオル! ギルドにいる凄腕のサポーターさんも、敏捷度を1.5倍にするくらいが精一杯なのに……」
「はぁ? なんだそのザコサポーターは。とっとと降りたほうがいいんじゃねえのか」
「いやいやアデオルがおかしいのよ! その人、王国の教科書に載ってるレベルで有名人なのよ?」
「そうか。それが本当なら、俺は伝説のサポーターだな」
ユメルのクソつまらん冗談を軽く流し、俺は改めて黒マントの男たちを見下ろす。
しっかり手加減してくれたおかげで、三人のうち誰も気を失ってはいなかった。もちろん足を攻撃した手前、これ以上暴れることもできまい。
「ほれよ」
俺は念のため懐から腕輪を取り出し、それを三人の両腕に嵌める。
魔力の流れを制御するための道具なので、これを嵌められている間中は魔法を扱うことができない。こいつらは剣士というよりは魔術師タイプっぽい連中なので、念には念を……といった形である。
俺は片膝をつき、改めて男たちの顔を見渡してから、意識して低い声を低くして言った。
「さあ……答えてもらおうか。おまえたち、こんなところでなにをしていた」
「くっ……」
「なんという威圧……」
「俺たちより悪役っぽいぞ……!」
情けない悲鳴をあげる男たちに、俺は思わずイラっとする。
せっかくベルフレド失脚に繋がる情報を得られるかもしれないんだ。しょうもないやり取りはしたくない。
「がはっ……‼」
だから俺はうち一人の首を掴み上げ、より声を低くして恫喝した。
「死にたくなかったら答えろ。あと二人もいるんだ。容赦しねぇぞ?」
「ぐ……ごごごごご……」
男が苦しそうに鈍い悲鳴をあげる。
「た、頼まれたんだ。あの人に……!」
「頼まれた? 誰に、なにをだ」
「そ、それは……」
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