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本当に悪いのは

 ――王都ヴァルディオ。


 馬車に乗ってそこに到着した俺たちは、ひとまず酒屋で身体を休めることにした。


 ユメルは「昼間からお酒はよくない!」と喚いていたが、そんなことは知ったことではない。彼女が勝手についてきているだけだからな。


「ねえ、あの人って……」

「本当に悪そうな顔しちゃってぇ……」

「昔はあんなんじゃなかったのに、ベルヘルド様は前から見抜いていたのかしら」


 通りすがりの人々が、俺を見てはヒソヒソ話を繰り広げている。


 これもまた――いつも通りの光景だ。


 ベルフレドはとにかく俺を悪者にしたかったようだからな。各方面に俺の悪評を広めまくっていたので、あれから二年も経った今となれば、もはや王国中が俺のことを知っていてもおかしくない。王都の人間ともなればなおさらだ。


「目もなんか怖くなっちゃってるわよねぇ……」

「そうそう……! 昔はまだ可愛らしかったんだけどねぇ」


 明らかに汚物を見るような態度だが、もはや知ったことではない。


 昔の俺と違って、他人からの評価なんぞもはやゴミクズ同然。誰かにお伺いを立てながら生きるなんて、そのほうが息苦しいんじゃないかと思う。


「アデオル……」


 隣を歩くユメルが悲しそうに呟いてくるが、いまの俺は文字通り心が枯れてしまった。


 こんなふうにわかりやすく迫害されていたとしても、もうなんとも思わない。


「どけ」


「あ……はいっ、すみませんねぇホホホ……」


 先ほどまで陰口を叩いていたババアどもをどかし、俺はひたすら前に進んでいく。


 自分は安全圏から悪口を吐きまくって。

 その醜さが悟られないように、外には良い顔を振りまいていて。


 果たして本当に《悪い》のは、どっちなんだろうな。


「大丈夫よ、アデオル」

 ひたすら後ろをついてくるユメルが、また小声で呟いてきた。

「私にはわかってる。あのときミスリアを助けてくれたあなたが……悪い人なわけがないって」


「ふん、馬鹿馬鹿しい」


 俺はため息をつきつつ、歩を進め続ける。


 やがて目当ての酒屋が見えてきた。

 大通りから離れ、薄暗い路地裏の一角に存在する居酒屋。


 なかには昼間から一杯ひっかけていたり、バカ騒ぎしている男たちがいたりなど、俺のような社会不適合者が沢山集まっている。一言でいえばワケあり連中の巣窟になっているので、俺でも問題なく入ることのできる数少ない飲食店だった。


「わぁ……!」


 まだうら若いユメルにとっては、この場所は間違いなく苦手だろう。


 当初こそ居酒屋に入る際は苦い顔をしていたが、いまでは諦めているのか、少しだけ嫌な表情を浮かべるにとどまっている。


「エールひとつ」


 座席についた俺は、ひとまず店員にいつものエールを注文。


「あ……えっと、オレンジジュースひとつ!」


 そしてユメルが注文する飲み物も、二年前からまるで変わっていなかった。


「まいど」


 店員は俺たちを見ても顔色ひとつ変えることなく、厨房に消えていく。


 他の客たちも俺の来訪をなんとも思っていないようだし、やっぱりこの居酒屋こそが、俺にとっての安息の地だった。


 ……まあ、かといって仲良くすることもないけどな。


「エールとオレンジジュース、お待ち」


 湿っぽい香りの漂うこの居酒屋で、ひとつ3ギルという明らかに怪しい酒を嗜むこと。それだけで、俺たちの間には妙な連帯感が生まれていた。


 が――

 残念なことに、今日はちょっとばかし事情が変わってくるらしい。




「おぉぉおおいアデオル! アデオルはいるかぁ⁉」




 ふいに聞こえてきたその声に、俺は思わず顔をしかめる。


 この憎たらしい男の声。

 忘れるはずもなかった。


「おいおい、おまえ本当にこんなとこまで足を運ぶようになっちまったのかよ⁉ すっかり落ちぶれちまったなぁ⁉」


 ――ベルフレド・ガーランド。

 二年前、俺を何度も陥れてきたランク冒険者が、目の前に現れたからだ。


「…………!」

「……あいつは」


 異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。


 この場には明らかに似つかわしくない闖入者に、おっさんたちが身を固めるのが窺えた。


「……ベルフレドか。醜いつら下げて、いったいなにしにきたんだ」


「あん……?」

 俺になじられたことが予想外だったのか、ベルフレドがわずかに顔をしかめる。

「なんだおまえ。随分言うようになったじゃねえか」


「そうだな。誰かさんに陥れられたもんでね」


「……ふん、なんのことだかわからんな」


 これ以上に話を深堀されたら不味いと思ったのだろう。

 ベルフレドは目を横に逸らすと、見覚えのある醜悪な笑みを浮かべて言った。


「最近、おまえの良くない噂がたちまくっててね。さっきも堂々と街中を歩いて、住民たちを不安にさせてたみてえじゃねえか」


「……はあ? 俺はなにもしてねぇだろうが」


「それが駄目なんだよ。わかりゅ? おまえは落ちこぼれのクズ野郎で、いまではこんな怪しい店なんかに通うようになっちまった。普通に出歩くだけでも、住民を不安にさせんだよ。そんなこともわかんないとは、困ったちゃんだなぁ」


「ちょっと……!」


 さすがにおかしいと思ったのか、ユメルが席から立ち上がる。


 そんな彼女を、俺は右手をあげて制した。

 この居酒屋は俺にとっての安息地だ。ドンパチでもされたら敵わない。


「ユメルさん……。まだそんな男と一緒にいるのですか」


 同じSランク冒険者になったからだろう。

 ベルフレドもまた、彼女に対して少しだけ邪険な態度を取るようになっていた。


「あなたもわかってないわけではないでしょう。その男といることで、あなた自身の評判も落ちていることが」


「…………」


「まあ、無理には止めませんけどね。こいつは曲がりなりにも俺と同じパーティーメンバーだった男です。余計なことをしないよう、目を光らせてもらえると助かります」


 そう言って踵を返すベルフレド。

 あれから二年経ったことで、その横柄な態度を隠さなくなってきたな。


 と。


「ああ、ベルフレド様! ここにいたんですか……⁉」


 またもこの安息の居酒屋に、見慣れぬ者が立ち入ってきた。

 見たところによると、若手の冒険者っぽいな。ベルフレドを様付けしていることからも、こんな奴を尊敬しているんだろう。


「緊急の依頼が入ってます‼ ユーラス町の近辺に大量の魔物を確認! 一斉に襲ってくる可能性があるため、向かってほしいとのことです‼」


「了解、すぐ行くぜ!」


 そう言って両の拳を打ち付けるベルフレド。

 なぜか醜悪な笑みを浮かべているが……さすがに気のせいだろうか。


「そういうわけだ、アデオル。俺とおまえじゃ、もう天と地の差がある。こうして俺様と話せたというだけでも光栄に思うんだな! ひゃひゃひゃひゃ!」


 そう言い残して、ダッシュで居酒屋を後にした。


 昔は自分を《俺様》とは呼んでいなかったのに、本当に変わってしまったな。……いや、それでいうなら俺もか。


 トン、と。

 いつもこの居酒屋で飲んでいる名前も知らないおっさんが、俺に肩を乗せてくるや――気にするなとでも言いたげに、親指を突き出した右拳を掲げてきた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お前、すっかり変わっちまったな…… まあ、アイツ等の復讐が終わったら、別に死のうが止めはしない ……お前に生きる希望がねえんじゃ、尚更だ
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