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無能者、感謝される

 戦いは無事に終わった。

 周囲の気配を探ってみても、別の刺客がやってくる様子はない。


 まあ、しょせん僕はレベル1の無能者だからな。これ以上の刺客を送り込むのは、さすがにベルフレドとしても過剰だと判断したのだろう。


 そして。


「ありがとう、アデオルくん。あなたのおかげで助かった」


 彼女も少しだけ心を許してくれたのか、僕に対する接し方も柔らかくなっていた。


 ……そういえば僕も、彼女からため口で話してほしいと頼まれているんだったか。


 いまだに慣れないけれど、ユメル自身の頼みだ。わざわざこっちから距離を作るものでもないだろう。


「ううん、とんでもないさ。僕のほうこそ、余計な戦いに付き合わせてしまってごめん……」


「いいの。私たちはトモダチ、でしょ」


 そう言って、ユメルは小さく微笑む。

 超絶塩対応として知られる彼女の、初めて知る一面だった。


「アデオルくんの過去は、私にはまだわからない。だけど迷宮でトラップ魔法が発動したのも――きっとベルフレドたちの仕業ね?」


「…………」


「急成長中のAランク冒険者パーティー……。すごい評判は良いみたいだけど、とんだクズの集まりみたいね」


 ユメルは剣を鞘におさめると、そっと僕の肩に触れながら言った。


「あんなクズに粘着されてたなんて……本当に大変だったと思う。ミスリアのこと、本当に気にしないでいいから」


「……ありがとう、本当に」


 その深い優しさに、僕の頬に一粒の雫が流れていくのだった。




 その後は魔物や刺客に襲われることもなく、無事に病院へ戻ることができた。


 病院を出てから約九時間後。

 いろいろあったものの、「半日以内」というタイムリミットは余裕をもって達成することができた。


「なんと、本当に間に合うとは……!」


 病院に到着したとき、医者もかなり驚いていたものだ。


《ピムラ草》はなかなか仕入れられないそうだから、いくらユメルといえども不可能に近いと思っていたそうだな。


 もちろん医者はただ驚いているだけじゃなく、ちゃんとすぐに治療に取りかかってくれた。


 そして。


「……無事、成功です。ミスリアさんの毒は、無事に取り払うことができましたよ」


 治療室から出てきた医者が、優しげな笑顔とともにそう教えてくれた。


「や、やった……!」


 

 それから一時間後。


「う……」


 病室で安静にしていたミスリア・ユーフェは、小さな声とともに目を開いた。


 手術前は苦しそうな表情を浮かべていた彼女だったが、術後はまるで別人になったように落ち着いた表情へ。そして手術を終えてから一時間――彼女はようやく意識を取り戻した。


「あ、あれ? 私はたしか、爆発に巻き込まれて……」


「ミスリア! ミスリア……‼」


 耐えきれなくなったか、ユメルが彼女の胸に頭を埋める。これもまた、《超絶塩対応》として名が高い彼女の、知られざる一面だった。


「ユ、ユメルちゃん。それにあなたは……?」


 最初ミスリアは飛び込んできたユメルに驚きつつ、次いで僕にも驚きの視線を向けた。


「はは、ごめんなさい。実はこれには訳がありまして……」


 僕は苦笑いしつつ、これまでの経緯を簡単に説明する。


 あの罠はベルヘルド一行が仕掛けたものだということ。

 罠に仕込まれていた毒に蝕まられて、ミスリアは重篤の状態になっていたこと。

 僕がベルフレドたちに因縁をつけられていたことから、今回のトラブルが起きたこと。


 それらの事実すべてを、僕は包み隠さず説明した。


「なるほど。そうでしたか……」


 そして話を終えたとき、ミスリアは神妙な表情でこくりと頷いた。


「まずはアデオルさん……でしたね。私を助けていただいて、本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です」


「いえいえ、元は僕が撒いた種ですから……」


「そんなことないですよ。お話を聞いた限りだと、なにやらベルフレドがすべての元凶っていう感じですし。それに……」


 ミスリアはその視線を、親友だというユメルに移す。


「珍しいわね。あなたがまさか、男の人と一緒に行動するなんて……」


「うん。アデオルくんは真っ先に、ミスリアを助けようとしてくれたから。デビルキメラとの戦いで……彼だって辛かったはずなのに」


「そっか。いままでの男とは違ったわけね」


「うん。これでミスリアを入れて、私のトモダチ二人目ね……!」


「いやいや、友達っていうか、むしろあんた……」

 そこまで言いかけて、ミスリアははっと僕に視線を向けた。

「ごめんなさい。完全に置いてけぼりにしてしまいましたね。お許しください」


「はは、大丈夫ですよ。お二人の仲が良いってことは、僕も知っていますから」


 聞いた話によると、ユメルはSランク冒険者であり、ミスリアはAランク冒険者。


 冒険者としての実力はユメルのほうが上なんだが、二人の立場はあくまで対等のようだな。それどころかミスリアのほうが「お姉さん」っぽい立ち位置に思える。


《地下迷宮グレンドリオ》でも、先に僕を助けることを決めてくれたのはミスリアのほうだった。ユメルはそれに戸惑いつつも、彼女の言うことに従っていた形だな。


 今日は《超絶塩対応》として有名な彼女の、知られざる一面を沢山知ることができた。


 ……まあそんなこと知ったところで、正直なんの意味もないんだけれど。彼女と僕とでは、文字通り住む世界が違いすぎるからな。


 その後少しだけ談笑に花を咲かせたあと、僕とユメルは病院を離れることになった。


 ミスリアはほぼ完治したとはいえ、いったん経過を診る必要があるようで――。

 彼女を病院に残す形になった感じだな。


「またお会いしましょう、アデオルさん! 絶対ですよ!」


 別れ際、やけに強くミスリアに言われたのが記憶に残っている。


 それ自体は嬉しいんだが、まあ社交辞令に過ぎないだろう。彼女を危険な目に遭わせてしまった僕が、また再び彼女に会う資格はない。




 ミスリアの無事を見届けることができれば、僕の責任も一応は果たせたことになる。


 本音を言えば、もちろん名残惜しくはあるが……。

 もうこれ以上、ユメルやミスリアと接触する理由はいっさいない。

 だから明日からは、まったく新しい日々をスタートさせようと思っていた。


 ――住まいがある王都に戻る、その瞬間までは。

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