職業斡旋所へ
それからというもの、なんとか母を説得し、街の職業斡旋所に連れ出すことまで成功した。
シュヴァーベン公爵家に滞在する期間中に、職業体験をさせるという目論みだ。
自分の足で歩き回ることをしない母は、昼間の人の多さにうんざりしていたものの、なんとかついてきてくれた。
職業斡旋所は中央街の目立つ位置にあり、円柱が並んだ迫力ある白亜の建物は美しい。
「ここって、職業斡旋所だったのね。劇場か何かだと思っていたわ」
「もともとはそうだったみたいだけれど、三世紀くらい前から、職業斡旋所になったみたい」
「ふうん、そうなの」
中に入ると、職を求める人、職を提供する人、興味本位で見学する人と、さまざまな目的を持ってやってくる人達でごった返していた。
壁一面には小さな魔法陣が浮かんでいるのに気付く。
「お母様、すごいわ、これ、全部仕事ですって」
〝子猫探し〟、〝実家のドブ浚い〟、〝家庭教師求む〟――さまざまな求人があるようだ。
魔法陣に触れると詳細がわかるようだが、まずはギルド会員として登録しないと見ることができないらしい。
母は初めて目にする光景にうんざりしてしまったのか、即座に帰りたくなったようだが、腕を引いて登録を行う。
入会申し込みのテーブルにある魔法陣に手をかざし、個人情報を口にしたあと、血を一滴垂らして魔力を登録する。すると手の甲に職業斡旋所を象徴するグラジオラスに似た花の紋章が浮かび、すぐに消えていった。
ギルドの登録紋というらしく、これで求職や求人をしたり、仕事の成果を報告したりできる便利な機能のようだ。
会員登録が完了した途端、目の前に求人募集の魔法陣が浮かび上がり、母と一緒にギョッとする。
どうやら魔力からの情報を読み取り、母に向いている仕事を案内しているようだ。
「すごいわ。絵画のモデルに舞台女優、コンパニオン……」
どれもとっておきの美人にしか務まらない仕事の数々である。
ただどの仕事も母は興味がないようだ。
まずは話を聞きに行こう。
入ったばかりの会員に仕事を斡旋してくれる窓口に行くと、二十代半ばくらいの職員が対応してくれた。
「初めてのギルド会員様ですね。どういったお仕事をお求めですか?」
「本当は働きたくないんだけれど」
「はい?」
「あの! 代筆の仕事はありますか!」
「はい、ございますよ」
ここまで来て何を言っているのか、と思ったものの、母のやる気をこれ以上削がないように怒らないでおく。
職員は変わり者を相手にするのに慣れているのか、即座に切り替え、いくつかの仕事を紹介してくれた。
「恋文に、議事録の清書、写本……」
依頼主の代わりに文字を書くといっても、さまざまな種類の代筆があるようだ。
「どれがいいのかしら?」
「お母様、まずは恋文から挑戦してみたら?」
「そうね」
恋文の依頼の報酬は銀貨一枚。
まずまずの割のいい仕事だろう。
「では、ご案内しますね」
仕事の受注はすべてギルドの登録紋でやりとりするようだ。
「ギルドの登録紋を出していただき、求めるお仕事をおっしゃっていただけたら、いくつかピックアップされる仕組みでして」
母がギルドの登録紋に向かって、「代筆の仕事で、恋文の依頼を見せて」と言うと魔法陣が浮かび上がる。それを触れると、詳細を見ることができる。
期限は十日以内、秘密厳守とあった。
「いかがなさいますか?」
「やってみるわ」
「承知しました」
指先で弾くと、依頼を受ける形となるようだ。
指示されたとおりにやってみると、〝受注〟という文字が浮かんだあと、一通の手紙とレターセットが魔法陣から出てきた。
「この手紙を、清書すればいいってことね」
「はい」
「やってみるわ」
母は話を聞いているうちにやる気が出てきたようだ。
「他のお仕事も、ギルドの登録紋を通して請けることができますので、どうぞご利用くださいませ」
「ええ、わかったわ」
「ありがとう」
職員と別れ、帰宅する。
母は休むことなく部屋にこもり、せっせと作業をし始めた。
一時間後――。
「ヴィオラ、できたわ!」
母は嬉しそうな様子で報告してくる。
「このあとはどうするって言っていたかしら? また職業斡旋所に行くんだっけ?」
「いいえ、たしか魔法で提出できたはず」
ギルドの登録紋を通じて仕事の成果を報告できたはず。
母の手の甲に浮かんだ登録紋に手紙をかざすと、消えてなくなる。
依頼人が確認し、納得できる仕上がりであれば、仕事は完了となるようだ。
「納得しなかったらどうなるの?」
「書き直し、かしら?」
「そうなったら面倒ね」
待つこと一時間、ギルドの登録紋に〝依頼完了!〟の文字が浮かび上がった。
報酬である銀貨一枚は、銀行商でギルドの登録紋を照合させると引き出せるらしい。
「お母様、お金が入ってきたわ」
「え、ええ」
思いのほかあっさり収入を得ることができたからか、母は驚いている様子だった。
「こんなに簡単に、お金って手に入るのね」
「ええ、そうよ。でもこの仕事はきれいな文字を書く技能が必要になるから、誰にでも簡単にできる仕事ではないの」
「そうなのね」
この成功が、母のやる気に火を付けたようだ。
次から次へと代筆の仕事をこなしていった。
しだいに、母を指名する仕事も届くようになった。
たった数日で金貨十枚ほど稼いだ母に、独立心が芽生える。
「ヴィオラ、ここを出て、二人で暮らしましょう」
「いいの?」
「ええ」
願ってもない展開である。
その後、わたし達は中央街の端っこにアパートメントを借り、新生活の準備を始めた。
シュヴァーベン公爵邸から出て行く日を決めると、思いがけないお誘いの声がかかる。
なんと、シュヴァーベン公爵夫人が最後に、わたし達母子と食卓を囲みたいというのだ。
母はあからさまに嫌がる素振りを見せる。
「嫌だったら、断ってもいいと思うの」
「でも、最初で最後だろうし……」
母とシュヴァーベン公爵夫人が仲よく食事をする風景が想像できない。
険悪な雰囲気になることしか想像できなかった。
母はしばらく悩んでいたようだが、最終的には応じることにしたようだ。
◇◇◇
ここ最近、母との関係が良好になりつつある。
食事も一緒に食べることが多くなった。
そんな中で、母の祝福について知ることとなる。
「私の祝福は、〝美貌〟よ。発動させたら、一瞬だけ目が離せなくなるの。私自身が美しいから、あまり意味のない祝福よね」
人々の大半は、使いどころのない祝福を持っているという。
母もその一人のようだ。
「見てみたいわ」
「いいわよ、ほら」
母の顔が輝き、目にするだけで胸がときめく。
まるで恋をしたような状態になるようだ。
発動を止めると、その効果は一瞬で消える。
「ねえ、くだらない祝福でしょう?」
「そんなことないわ」
何か使いどころがありそうな祝福である。
「何かいい案があったら教えてちょうだい」
「もちろん!」
そんな会話で盛り上がった。




