最終話:愛と誓いの戴冠式
それは、春の終わりを告げる風が吹く朝のことだった。
王宮の大広間には、歴代の重臣と王族、そして各地から集まった貴族たちが整列していた。
舞踏会とは違う、厳粛な空気。
それは――“戴冠式”。
けれど今日、冠を授かるのは王ではない。
一人の女性。
すなわち――私、アリシア・アルディネだった。
(信じられない……)
あの日、泣きながら婚約破棄を受け入れた少女が、今は公爵夫人として王宮の中心に立っている。
「――アリシア・アルディネ。貴女のこれまでの功績と、その高潔なる品位を讃え」
王妃陛下が、声高らかに宣言する。
「王命により、ここに“王室相談役”、および“王都統治補佐官”の任を授けます」
「貴女は、王都と地方を結ぶ橋となり、新時代の象徴として、その名を記していくことでしょう」
広間がどよめく。
これは単なる“栄誉”ではない。
王妃の名代として、実質的に王都の運営に関わる要職。
公爵夫人でありながら、王政に名を連ねる女性は、史上初だった。
王妃がそっと、金の冠飾りを手に取り、私の額に触れる。
「これは、あなたが貫いた“声”への敬意。これからも、人々の導となってください」
「……はい。喜んで、お受けいたします」
その瞬間、会場中に拍手が広がる。
クレイグ様が、静かに私のもとへ歩み寄ってきた。
「……おめでとう、アリシア」
「ありがとう、クレイグ様。……いえ、あなたが、いてくれたから」
「私が君を導いたのではない。君が私を変えたんだ」
彼は、私の手を取る。
そして、静かにひざをついた。
「アリシア・アルディネ。改めて――私は、君と人生を共にしたい。名声も、責任もすべて分かち合っていこう」
「……はい。私も、あなたとなら、どこまでも行ける気がします」
その場に、花のような祝福の空気が咲いた。
まるでこの戴冠式は――“二人の結婚式”のようだった。
夕刻。
公爵邸のバルコニーにて。
私は、王都の光を見下ろしながら、そっと深呼吸する。
「……いろんなことがありましたね」
「これが、一区切りだと思うか?」
「いいえ。これは始まりです。私たちの、真の意味での“共同統治”の始まり」
「ならば、次の一歩も君と共に」
「ええ。堂々と、手を取り合って」
クレイグ様と私は、ゆっくりと指を重ねた。
風が、二人の髪をなびかせる。
それは、かつて“契約”から始まった関係。
けれど今――そのどこにも、仮面も形式もない。
ただ、愛と誓いに満ちた“本物の絆”だけが、そこにあった。
《第三部 完》
ここまで『王宮の罪と罰――侯爵夫人に牙を剥いた者たちの結末』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、“契約結婚”という形式の中で始まった二人が、互いの心に触れ、真実の絆を築いていく過程を描いたものです。
アリシアが過去の傷を乗り越え、自らの声で未来を切り開いていく姿を、少しでも読者の皆さまに届けばと願いながら執筆しました。
公爵夫人としての立場、そして一人の女性としての誇り。
たとえ陰口を叩かれ、理不尽に傷つけられたとしても、正しさと愛を信じ続けたアリシアの歩みは、決して一人では成し得なかったものです。
彼女を支えた人々。
時に厳しく、時に温かく見守ってきたクレイグ。
失敗を重ねながらも向き合おうとした者たち。
そして何より、どんなときも信じてくださった“あなた”の存在が、この物語を最後まで導いてくれました。
物語は完結しましたが、アリシアたちの人生はきっとこの先も続いていくでしょう。
晴れの日も、曇りの日も。
それでも、彼女は今日も胸を張って、堂々と生きていくはずです。
最後まで読んでくださったすべての方に、心からの感謝を込めて。
――ありがとうございました。
続編も気になる、という読者の方がいらっしゃれば
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