第11話:正義と矜持の剣
王都・監査局の特別会議室――。
硬い空気が満ちる中、私は王妃陛下と並んでいた。
机上には一通の文書。それは、貴族連合が提出した“密告書”だった。
『公爵家が改革に名を借りて、王都予算の不正流用を行っている』
『公爵夫人が複数の商会と裏で金銭取引をしている』
『証拠として、会計記録が存在する』
――これは、明らかな捏造。
だが、それを「捏造」と証明するには、時間も、覚悟も必要だった。
「……我が家の名に懸けて、潔白を証明してみせます」
私が言い切ると、王妃陛下は静かに頷いた。
「アリシア。あなたが戦うのであれば、私は後ろ盾でありましょう」
「……ありがとうございます」
だが、その場にはもう一人――思いがけない人物が現れた。
「クレイグ・シュトラウス公爵、入室を許可します」
扉が開かれ、姿を現したのは、私の夫――クレイグ様。
しかしその背後には、厳しい眼差しの老紳士が一人。
白銀の髪に、重厚な軍礼服。彼は――
「父上……!」
「……冷徹公爵を育てた、本物の“鉄血公爵”だ」
王都軍総司令にして、かつて王政に反した諸侯を討伐した武の貴族。
クレイグ様の父、グラディウス・シュトラウス公爵。
「アリシア・アルディネ。そなたの噂は、耳にしておる。
王都に風を吹かせ、真っ直ぐ進む女だと――それが、真実かどうか、我が目で見に来た」
「……はい、偽りなく、真実です」
私がしっかりと頷くと、グラディウス公爵は小さく笑んだ。
「よい。“剣”を持つ者は、剣で真を示せ。ならば、おぬしの矜持、我ら旧き剣士が見届けよう」
彼が机に叩きつけたのは、一冊の黒革の帳簿だった。
「これは、王都監査局が五年前から記録してきた正規予算帳簿だ。捏造された帳簿と突き合わせてやる」
監査官たちが目を見張り、慌ただしく資料を開く。
やがて――
「……不一致を確認。捏造された会計記録の印章は“既に廃棄された旧式”のもので、日付も不自然です」
「この文書自体が“過去の処理帳簿”から引き写された改ざん書類です」
「つまり――公爵家の改革は清廉であると、公式に証明された」
静寂が広がり、やがて――王妃陛下が、席を立った。
「すべての疑いは晴れました。改革を妨げる虚偽と捏造は、“王命違反”と見なします」
「そして、これ以上公爵夫人を貶めようとするすべての動きに、王室が正式に対処します」
私の胸に、張り詰めていた緊張がゆっくりと溶けていく。
「……やったな、アリシア」
クレイグ様が、私の手をそっと取った。
その指先は、いつもより少しだけ力強かった。
そして、グラディウス公爵がひと言だけ、私に向かって言った。
「見事だったな、娘よ。――“シュトラウス家の妻”として、恥じぬ働きだった」
それは――何よりの勲章だった。




