第10話:王都の危機と決断
王都広場。
三日後、昼下がり――。
噴水を囲むように人々が集まり、中央には臨時設営された演壇がそびえていた。
私、アリシア・アルディネは、その上に立っていた。
背筋を伸ばし、周囲の視線を真正面から受け止める。
(私の言葉が、誰かの希望になるのなら……)
マイク越しに、心を込めて語り始める。
「私は公爵夫人として――いいえ、ひとりの人間として、この改革に命を懸けています」
「貴族社会の閉鎖性、階級の固定、そして“平民が貴族に意見を言うことすら許されない”空気……それらを、ほんの少しでも変えたいのです」
一瞬、ざわめきが走った。
「かつての私も、平民同然に扱われ、嘘の罪で社会から追放されかけました。
でも――今ここに立てているのは、過去を知ってくれた人が、手を取ってくれたからです」
(クレイグ様……あなたが信じてくれたから)
その時だった。
「――だまされるな!」
会場の端から怒声が飛んだ。
「その女は、仮面舞踏会で別の男と密会していた不貞の女だ! 記事を見たぞ!」
どよめきが広がる。
数人の男たちが紙束を振り回していた。
そこには――私とよく似た姿の女が仮面の男と踊る“写真”と、捏造された記事の文字。
『公爵夫人、王宮仮面舞踏会で密会スキャンダル!』
「証拠なら、こちらにあります」
私の声は、静かに、しかし確信に満ちていた。
演壇の脇から、王宮衛兵が記録文書と映像録を携え登場する。
「この映像は、王宮直属の監視記録です。仮面の下の身元は、当夜の入場時に確認されております」
大きなスクリーンに映し出される、当夜の舞踏会の映像。
私が踊っている相手は、明らかに――クレイグ様。
「捏造記事をばらまいたのは、商会の一部と結託した旧貴族派の者たちです」
私は観衆の目をしっかりと見つめた。
「真実は、こうして記録に残るものです。ですが“噂”は、記録では消せません」
「だからこそ、私は今日ここに立ち、皆さんの前で“本当の声”を届けたい」
少しの沈黙のあと、年配の婦人が、ぽつりと呟いた。
「……私は信じますよ、公爵夫人」
次いで、若い母親が小さく拍手をした。
それはやがて波となり、王都広場を包む温かな音へと変わった。
(ありがとう……)
だがその裏で。
――同時刻、旧貴族派の密会所では。
「チッ、映像が出たか……王妃も動かんとは、甘く見たな」
「だが次がある。次は“会計記録”だ。あの女が、改革の名の下に金を動かしていた証拠を捏造する」
「王妃が止められないなら、こちらで“公爵家”を崩せばいい」
「改革など、我らが塵にしてやる」
闇の中で、確かに第二の矢が番えられていた。
夜。公爵邸。
「あなたに、また迷惑をかけてしまいました……」
そう呟くと、クレイグ様は穏やかに私の頭を撫でた。
「俺は怒ってなどいない。むしろ、誇らしい」
「……え?」
「敵がどれだけ汚く動こうと、君は正面からそれを超えていく。
君は――この国の未来に、必要な人間だ」
「……ありがとうございます」
私は静かに、彼の胸元に身を預けた。
その腕の中で、決意はさらに強く、確かなものになっていく。




