第9話:貴族連合、動く
王宮の空は、いつもより低く感じられた。
朝靄の残る中、私は書簡の束を抱え、執務室へと急いでいた。
その大半は――反発の声だった。
「公爵夫人の改革案には、我が家としては断固反対である」
「貴族としての伝統と矜持を踏みにじる内容には到底賛同しかねる」
「これ以上の強行があれば、貴族議会として抗議を提出する用意がある」
(予想していた……でも、ここまで早く団結するとは)
書簡の差出人たち――それは、いずれも旧名門家の当主。
しかも、貴族議会の実権を握る面々ばかりだった。
私は書簡をそっと机に置き、深く息をついた。
すると、執務室の扉が静かに開く。
「……情勢は悪化しているな」
クレイグ様だった。
「貴族連合が、動き出しました。名目は“伝統保全”ですが、実態は――私の排除です」
「君を排除するためなら、王妃すら巻き込むだろう。油断はするな」
「はい……」
ほんの少し、弱音が漏れそうになる。
だが、今さら退く気などなかった。
その時、控えの侍女が慌ただしく飛び込んでくる。
「公爵様、公爵夫人様! 大変です――王都中央商会が、本日より“貴族改革反対”を掲げて活動を開始したと……!」
「……商会まで連動したか」
クレイグ様が静かに呟いた。
王都中央商会――商業貴族の集まりであり、王都経済を握る組織。
彼らが名門派と連携を取れば、王宮の流通すら止めかねない。
「これは“政治の戦”ではありません。生活そのものを、人質に取るつもりだわ」
私は拳を握りしめた。
「王妃陛下に、すぐ報告を」
「いや、陛下は動かない」
クレイグ様が制した。
「今は“王妃が改革を扇動している”と思わせておくべきだ。敵が本性を現すまで、君が矢面に立て」
「……それは、私に“囮”をやれという意味ですか?」
「いいや、“盾”だ」
クレイグ様の目が、真っ直ぐに私を見据えた。
「王宮にとって、君は希望でもあるが――最も狙われる的でもある。だが、逃げれば民は失望し、王妃の信頼も揺らぐ」
「……分かっています」
「君には、その覚悟があると――信じている」
私は一つだけ頷いた。
その日、私は王宮広報室を通じて、改革案への“市民向け説明会”の開催を発表した。
貴族ではなく、民へ向けて直接、意義を語る。
王都広場にて、三日後。
民の前で、私は“言葉”で、未来を示すと決めた。
夜。
私室にて、クレイグ様と紅茶を囲んでいたときだった。
「……本当にやるつもりか」
「はい。背中を押してくれたのは、公爵様ですから」
「……そうか」
彼は少しだけ目を伏せ、静かに紅茶を口にした。
「君は、あの“契約解除の覚書”を手にした日よりも――今のほうがずっと強いな」
私は微笑んで答えた。
「あなたの隣で生きることを選んだからです。
もう、“形式”ではなく、“真実”を語れる私でいたいんです」
「ならば、必ず勝て」
その一言が、何よりも温かく、そして強い支えだった。
まだ執筆が終わっていないので、後は明日以降更新します。




