第8話:公爵夫人、政を問う
王宮の会議室。
円卓を囲むのは、王国の旧来を支える貴族たち――「名門派」と呼ばれる重鎮たちだった。
伯爵、侯爵、公爵。その肩書を持つ者たちが一堂に会すのは、年に数度あるかないか。
だが今回は、王妃陛下の強い要請により、「王宮改革提言会議」と銘打たれての開催となった。
「まったくもって、理解しがたい」
「公爵夫人が政治に口を出すなど、どこの未開の国かと……」
会議開始早々、揶揄と嘲笑が飛び交う。
その中央――私は、公爵夫人アリシア・アルディネとして、席に着いていた。
王妃陛下の名代として、王室改革案の草案説明を担う。それが、今日の私の役割だ。
だが。
(予想通り、まともに聞くつもりなど……)
ここにいる誰一人、私の提案に耳を傾ける気配はない。
それでも、私は顔色ひとつ変えず、手元の資料を整えた。
「――本日、王妃陛下のご意向を受け、以下三点の改革案を提示させていただきます」
一、貴族階級における財政開示制度の見直し。
二、貴族子弟の教育課程に“公共奉仕”の義務付け。
三、貴族女官制度の再編、および官位昇進における能力主義導入。
読み上げた瞬間、ざわめきが起きる。
「女官制度の再編だと?」
「能力主義? 貴族の血統を軽視する気か!」
「公爵夫人、貴女は……誰の指図でこのような草案を?」
私は、はっきりと答えた。
「王妃陛下のご信任を受けて、ここに立っています。すべての提案は、陛下との協議の上で取りまとめたものです」
「……王妃陛下が、そこまで?」
言葉を詰まらせる貴族たち。
そのとき、会議室の扉が静かに開いた。
「――私が、指示したのです」
入ってきたのは、王妃陛下ご本人だった。
場が静まり返る。
「彼女の語る案は、いずれも“王国の未来”に必要なもの。
名門であろうと新興であろうと、貴族である前に、この国の民を守るべき立場であることに変わりはありません」
王妃陛下は、ゆっくりと私の隣に歩み寄り、並んで立った。
「そして、この場には“もう一人”、名門貴族としての意見を表明できる者がいるはずです」
その瞬間、後方の扉が再び開く。
「――冷徹公爵、クレイグ・シュトラウス。招かれて参上した」
クレイグ様が、悠然と歩を進め、私の隣に座る。
「……君の提案、私はすでに目を通している。そして同意する」
「な……っ」
驚愕が広がる。
「この改革案に反対する理由があるなら、正当に議論すればよい。
だが、“女性だから”“若いから”などという理由で封じようとするなら、私は――すべての名門家を敵に回してでも、彼女の側に立つ」
威圧のような静寂が走る。
だが同時に、それはひとつの「均衡の破壊」だった。
名門たちは、その場で即答を避け、会議は一時解散となった。
会議後、私は控室でひとり書類を整理していた。
そこに、そっとクレイグ様が近づく。
「お疲れだったな。顔が強張っていた」
「……当然です。胃が、きしみそうでした」
思わず苦笑する私に、クレイグ様が静かに告げた。
「だが、君はちゃんと言うべきことを言った。“公爵夫人”として、堂々とな」
「……ありがとうございます」
彼は一拍の沈黙のあと、言葉を継ぐ。
「覚えておけ。言葉は剣だ。鈍く使えば嘲られ、鋭く使えば敵を作る」
「でも、それでも使わなければ、誰にも届かない」
私がそう言うと、クレイグ様はわずかに目を細めた。
「……その通りだ。だからこそ、私は君を妻にした」
私は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
──改革の火は、小さくとも確かに灯った。
けれど、それを吹き消そうとする影は、まだ王都に渦巻いている。
だが私は、もう怯えない。
クレイグ様と並んで歩む“本物の人生”を、今この手に握っているのだから。




