第7話:粛清の余波と、芽吹くもの
断罪の審問から数日が過ぎた。
リサ・アードレインは、すでに王都を離れ、王都東部にある重労働収容区へと移送された。
第二王子エドワルド殿下もまた、身分を伏せたまま北方騎士団へ向かったと聞く。
(……やっと、終わった)
公爵邸の書斎で、私はようやく一息ついた。
だが、その安堵も束の間だった。
「公爵夫人。急報です」
執事が顔を青ざめさせて駆け込んできた。
「中央商会連合からの抗議書簡が届いております。“今回の処分が政治的報復に見える”と……」
「……なるほど」
私は苦く笑った。
当然だ。リサの後ろには、一部の旧貴族系商会が支援としてついていた。
その繋がりが断たれた今、報復と取られる動きが出てもおかしくない。
だが、もう私は逃げない。
「問題ありません。すぐに返答書簡をまとめましょう。
“法に則り断罪されたものであり、私情は一切介入しておりません”と――毅然とした文言で」
「……承知しました」
執事が頭を下げて出て行ったあと、扉の奥から、静かな足音が響いた。
「背中で語るには、まだ早いな」
「――公爵様」
クレイグ様は、窓際に立ち、外を見ていた。
「綺麗だな。春の終わりの庭が」
「……はい」
「だが、油断するな。リサも、エドワルドも“駒”に過ぎなかった可能性がある。
その背後を嗅ぎ取られたと知れば、次はもっと深く潜るだろう」
私は背筋を正した。
「わかっています。けれど――もう、私は後ろを振り返りません」
クレイグ様が、静かに笑う。
「いい目だ。“弱さを知った強さ”は、偽りの誇りよりはるかに強い」
その言葉は、まるで告白のように、胸にしみた。
「……ありがとうございます。あなたの隣に立てることが、私の誇りです」
「それでこそ、我が妻だ」
クレイグ様はそう言って、私の手をとった。
その夜。王妃陛下から、私宛に新たな書簡が届けられた。
『公爵夫人。
王都の空気が、ほんの少し変わりました。
この先は、貴女のような“新たな品位”が、必要とされることでしょう。
どうか、引き続き、共に進んでくださいますように』
筆跡は変わらず優美で、けれどその芯は、確かな信頼に満ちていた。
私はそっとペンを取り、返書を綴った。
『恐れながら――この身が朽ちても、正義と誇りを捨てることはございません。
新たな時代の門出、共に立たせていただければ光栄に存じます』
封をしながら、私は思う。
過去に怯え、形式に縋っていた私は、もういない。
“公爵夫人”アリシア・アルディネとして――
いや、“一人の女性”として、誇りを持ってこの時代を生きていく。
そして、次に待ち受ける戦いは――
名門派閥との、本格的な政治闘争だった。




