第6話:仮面の裏、貴族の裏側
貴族議会での“試金石”を乗り越えた数日後。
私は、正式に王妃陛下より「社交界顧問」の任を受けた。
それは名誉であると同時に、鋭い刃を握るに等しい役目でもあった。
「公爵夫人が、王妃直属で“社交界改革”を……?」
「あの方、どこまで登るつもりかしら」
陰で囁かれる声は止まない。だが、今さら怯む理由もない。
その日、私のもとに一通の匿名書簡が届いた。
『あなたを支持する者たちがいる一方、
公爵家の名を“便利な道具”としか思っていない者たちもいる。
今夜、南貴族区・カリダの館にて“選別の宴”が開かれる。
本当の敵は、そこにいる。』
(……招待状ではなく、警告?)
差出人は記されていなかったが、文字の癖から、おそらく――貴族階級の中でも高い教育を受けた人物。
つまり、この情報は“内部”からだ。
私は迷わなかった。
「クレイグ様。今夜、出かけてもいいでしょうか?」
「……その書簡、見せろ」
彼は一読した後、即座に部下に目配せを送る。
「お前の判断に委ねる。ただし、警護を二重につける」
「はい。ありがとうございます」
夜。
カリダの館。王都でも古参貴族の一族が代々使用してきた、由緒ある建物だ。
だがその奥、仮面舞踏会の形式を取った“非公式な宴”では、全く別の顔が見えた。
「ふん、公爵夫人が本当に来るとは……」
「王妃の傀儡として踊らされる方が、我々の会話に何を期待して?」
仮面の下から放たれる、あからさまな敵意。
――そう、これが“裏の社交界”。
選ばれた貴族だけが集い、情報と利益を交換し、時に他者を陥れる。
その中心にいたのは――
「マルグレーテ公爵夫人……!」
「驚きまして?」
優雅に笑ったその顔は、議会で私を一度認めた、あの女性。
「議会と表向きの顔は“演技”。本当の支配は、ここで行われてきたの」
「では……あの発言も、“試した”だけだったのですか?」
「そう。だが――本当に試されたのは、あなたではありません」
マルグレーテ夫人が手を上げると、数人の仮面の男女が席を外し、広間に静けさが訪れる。
「王妃は、古き体制を壊す気です。ですが私は、“変革”そのものを拒むつもりはありません」
「……?」
「必要なのは、“操れる改革者”か、“自ら改革を制御できる者”か。その答えを、私は見ていたんです」
彼女の視線が私を射抜く。
「あなたは後者です、アリシアさま。私は、協力しようと思います」
――瞬間、空気が変わった。
まるで、暗闇の中に一本の光が差し込んだような感覚。
「条件があります」
「言ってください」
「この場にいる“身分と才覚を偽った貴族”を、明らかにしてください。それが、改革の第一歩です」
沈黙。
数秒後、マルグレーテ公爵夫人は、ふっと笑った。
「面白いですね。ならば――その賭け、受け立つとしましょう」
その夜、公爵邸へ帰った私は、クレイグの前で全てを報告した。
「君は、“獣の檻”に入ったのだ。だが……見事に咬み返したな」
「ええ。でも、まだ始まったばかりです」
私は手にした仮面を、机の上に置いた。
「今度は、“仮面”をかぶっていた者たちを、すべて炙り出します」
クレイグは、静かに笑った。
「君が俺の妻で良かった」
そして、夜は深く――
改革という名の戦が、静かに幕を開けた。




