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婚約破棄された令嬢ですが、冷徹公爵様に拾われました。─えっ、溺愛ってこういう意味ですか?  作者: 雨野しずく
第三部:王宮の罪と罰――公爵夫人に牙を剥いた者たちの結末
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第5話:貴族議会と新時代の扉

王都上層、議事庁舎。


社交界と政界を繋ぐ中枢――王都貴族議会の門をくぐるのは、これが初めてだった。

古びた大理石の柱。漆黒の床には、歴史ある紋章が刻まれている。


私は、正装したドレスの裾を静かに揺らしながら、その扉の前に立った。


(……私が、この扉を開ける日が来るなんて)


「公爵夫人、どうぞ」


案内役の若い騎士が頭を下げ、重々しい扉を開く。


中へ入った瞬間、ざわめきが走った。


「……彼女が?」「あの、シュトラウス公爵の……」


「王妃陛下の命で、臨時議席に立つらしいですわ」


「とはいえ、元は“平民崩れ”じゃないのかしら?」


聞こえる声は、歓迎とは程遠い。

けれど、私は足を止めなかった。


まっすぐ、用意された席へと向かう。


その途中――ふと、最奥に座る年配の令嬢と目が合う。

公爵家筆頭の名門、マルグレーテ公爵夫人。

無表情のまま、じっと私を見ていた。


「アリシア・アルディネ公爵夫人、本議会へ臨時登壇を許可します」


議長代理が声を発した瞬間、議場の空気が張りつめる。


(ここからが、本当の戦場)


ゆっくりと席に着いた私は、丁寧にお辞儀をした。


「皆さま、はじめまして。公爵夫人としてこの場に立つことを許されたこと、心より光栄に存じます」


「ふん、礼儀だけは一人前ですわね」


吐き捨てるような声に、一部の貴族令嬢たちが笑いを漏らす。

だが私は、表情を崩さなかった。


「本日は、“礼儀”と“品位”の本質について、少しだけ話をさせてください」


議場がざわめく。


「私のように、“一度地に落ちた者”がこの場に立っている――それを不快に思われる方も、少なくないでしょう」


「……」


「ですが、落ちた者こそ、立ち上がり、秩序を守る覚悟を知ります。

公爵家の名に恥じぬよう、私はいかなる不敬も、不正も、決して見逃さない覚悟でここにおります」


まっすぐな言葉と、確かな視線。


それは、誰の威光でもなく――“アリシア”という一人の人間としての声だった。


やがて、会場の空気が変わり始める。


「……意外だな。見下すつもりでいたが、骨がありますね」


「噂とは違うな。“仮面”だけの方ではなかったようですわ」


低く交わされる声の中、マルグレーテ公爵夫人がようやく口を開いた。


「――アリシア様一つ、問わせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、マルグレーテ様」


「貴女が語る“礼儀”と“品位”は、過去に貴女を嘲笑した者にも通ずるものですか?」


問いは鋭く、冷たい。だが私は、静かに頷いた。


「はい。品位とは、過去を許すことでもあります。

ですが――同じ過ちを繰り返す者には、相応の罰を下します。それが、私の信念です」


沈黙。


しかし次の瞬間――


「……面白い方ですね」


マルグレーテ公爵夫人が、わずかに笑みを浮かべた。


「議会の腐りかけた空気を、少しは変えてくれるかもしれません」


それは、認められた証だった。


そして、アリシアという名が、公爵家の妻としてだけでなく――

“新時代の貴族”として受け入れられた瞬間だった。

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