第2話:審問の間
王宮の東翼、玉座の間とは別の、格式をもって静寂が支配する空間――“審問の間”。
ここでは、貴族たちの不祥事や、王族に関わる内密な問題が取り扱われる。
招かれる者は少なく、そこに立つこと自体が“名誉”か“断罪”か、いずれかを意味する場所だ。
「公爵夫人アリシア・ローゼンベルク。ご入室を」
案内の声に、私は扉をくぐった。
堂々と、背筋を伸ばして。
奥の玉座には、王妃陛下が静かに座しておられた。
その隣には、王室法務官。
そして、椅子に控えるのは、王宮女官長、騎士団副長、学術局長――
全員が、この件に深く関わる立場の重鎮たち。
「お呼びに応じ、参上いたしました」
私はひざをついて丁重に頭を下げ、すぐに立ち上がる。
公爵夫人の名に恥じぬ所作を、丁寧に。
王妃陛下は、ゆっくりと視線を上げた。
「……久しいわね、アリシア。よく参られました」
「光栄に存じます」
王妃の目は、微笑んでいたが――奥に潜む感情は、明らかに怒りだった。
「リサ・アードレイン。王宮付き女官の立場を利用し、かつて公爵夫人へ冤罪の証言を行った疑い」
「エドワルド第二王子殿下。貴族社会の秩序を無視した交際、王命を盾にした圧力、舞踏会での不敬――この二名について、証言を求めます」
私は一礼し、迷いなく答えた。
「はい。公爵家として、個人として、私は彼らの行動を見過ごすことはできません」
空気が張り詰める。
私は一歩進み出て、しっかりと視線を前に向けた。
「かつて私は、婚約破棄と共に、王宮から静かに退くよう指示されました。その際、内部調査では“私の不品行”が原因と記録されておりましたが、事実は異なります」
「証拠として、リサ・アードレインによる“証言の書”と、当時の通信記録――公爵家の調査により収集したこれらを、提出いたします」
王妃の眉が、わずかに動いた。
その瞬間、隣の法務官が前に出て、証拠品を受け取る。
「公爵家が独自に調査を?」
「はい。夫であるクレイグ=シュトラウス公爵の命により、第三者機関を通じて調査いたしました。妄言は、もう通りません」
「……そう。では、内容を確認のうえ、王命による正式な聴取と処分の手配を行いましょう」
王妃の言葉に、室内の空気が大きく動いた。
そのとき――
「――ちょっと、お待ちくださいませ!!」
唐突に割って入る女の声。
開いた扉の奥から、身なりを整えた若い女が駆け込んできた。
「リサ・アードレインと申します! わ、私はそんなつもりじゃ……ただ、ちょっとした嫉妬で……!」
その背後には、青ざめた第二王子エドワルドの姿もある。
「公爵夫人の名誉を傷つけるつもりなど……」
だが――その言葉を、冷たい声がさえぎった。
「その言葉を、“宮廷舞踏会の壇上”で口にすべきだったな」
クレイグ様。
いつの間にか背後の控えの間から現れたその姿に、空気が一変する。
冷徹な双眸が、リサとエドワルド第二王子を斬るように見据える。
「公爵家への侮辱、王宮秩序の破壊、そして――“貴族社会における礼節の否定”。その責は、重い」
「公爵として、我が妻に対する一切の侮辱を、正式に追及する。……それが、俺たちの選択だ」
リサは膝から崩れ落ち、エドワルド第二王子は顔を引きつらせて何も言えなかった。
王妃は深く息を吐き、短く告げた。
「……審問は、これにて終了とします。追って、王命により正式な裁定を下しますことする」
「リサ・アードレインには、虚偽の証言および職権乱用の疑いにより拘束命令を。
エドワルド第二王子には、一時的に王位継承権の“停止”と、行動制限を命じます」
審問の間が、静かに震えた。
誰もが、これがただの“おふざけ”では済まない、王宮の決断であることを理解したからだ。
私はクレイグ様の隣に並び、小さく囁いた。
「……ありがとうございます。あなたがいてくれるから、私は怖くありませんでした」
「当然だ。君を傷つける者すべてが敵だ。……それだけだ」
私は、わずかに微笑む。
正義は、今、動き始めたばかりだ。
そして――これは、ほんの序章にすぎない。




