第10話(最終話):契約の終わり、そして本当の求婚
春の夜、王宮の舞踏会から数日が経った頃。
私は一通の手紙を手にして、屋敷の中庭にいた。
それは――「契約解除の覚書」。
(この日が、来るのね)
当初の約束通り、一定期間を経たら“契約結婚”は解消する。
形式上の妻としての役割は終わり、私は“自由”になる。
「……本当に、それで良いのか?」
背後からかけられた声。
振り返れば、クレイグ様が静かに立っていた。
「契約は契約です。お互いに必要だった時期を支え合い、約束通り終える。それが一番理に適ってますから」
「――嘘だな」
「……っ」
彼はゆっくりと歩み寄ってくる。
その表情は、いつになく真剣だった。
「お前は、自分を抑えすぎる。言葉より先に、“正しさ”を優先する」
「でも、私は……」
「もう、契約など要らない」
その言葉に、私は思わず目を見開く。
「形式も、義務も、責任も超えて。
私は――君を、妻にしたい。今度こそ、本当に」
「……それって」
「“求婚”だ。やり直すのではなく、やっと始めるんだ。
本当の意味で、俺の隣に来てほしい」
言葉が出なかった。
何かを必死に押さえ込んでいた心が、ほどけていく。
「……私も……私も、そう思ってました。
ずっと、形式なんかじゃなかった。あなたと過ごす日々が、本当に幸せで――ずっと、一緒にいたいと思っていたんです」
クレイグ様が、そっと私の手を取る。
「では、改めて。――アリシア・アルディネ。
私、クレイグ・シュトラウスは、貴女を“本物の妻”として、生涯を共にしたいと願います」
「……はい。喜んで、お受けします」
微笑み合ったその瞬間、二人の間に“形式”の仮面はもう、どこにもなかった。
それは、契約の終わりであり――
真実の愛の始まりだった。
後日。
屋敷の食堂で、小さな祝宴が開かれた。
使用人たちが揃って祝福の言葉をかけてくれる。
執事長は珍しく涙ぐみ、メイドたちは手を取り合って小躍りし、料理長は三倍の豪華さで祝膳を用意してくれた。
(私、こんなふうに祝福される未来が来るなんて――思ってなかった)
ふと、クレイグ様と視線が合う。
「泣いているのか?」
「泣いてません」
「照れているだけか」
「それも違います」
「……なら、ただの“惚れ直し”か?」
「……はい、たぶん、それです」
そう答えて、私は声をあげて笑った。
──“形式”だったふたりが、“真実”の愛に辿りついた、その物語。
けれど――これは、まだ始まりに過ぎない。
この先には、もっといろんな日々が待っている。
喜びも、すれ違いも、笑顔も、涙も――
すべてふたりで、手を取り合って、乗り越えていく。
「君との婚約は、破棄させてもらう」
――そう告げられたあの日から、想像もできなかった未来が、今ここにある。
私は、彼と共に歩いていく。
この先、ずっと。
――完。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。
『婚約破棄された令嬢ですが、冷徹公爵様に拾われました。─えっ、溺愛ってこういう意味ですか?』第二部、これにて完結となります。
今作は“形式的な結婚”から始まり、誤解・陰謀・成長・信頼を経て、
真実の愛に辿り着くまでを描いてきました。
「愛されたいけれど信じられない令嬢」と
「不器用だけど真っ直ぐな公爵」の関係性が、少しずつ変わっていく様子を楽しんでいただけていれば幸いです。
続編も気になる、という読者の方がいらっしゃれば
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