第9話:試される忠誠と、二人の選択
朝、屋敷に届いた一通の封書。
それは、王宮からの公式な“招待状”だった。
『王宮主催・春季外交晩餐会――
各国の大使と貴族たちを迎え、宮廷外交の中心を担う場』
「……ついに来たか」
クレイグ様が手紙を読み終え、低く呟いた。
「“外交晩餐会”って、そんなに重要な場なのですか?」
「貴族の中でも“政治に関わる者”のみが出席を許される。
表向きは親善行事だが、実際は“誰が、誰を伴って出席するか”で、その立場が測られる場だ」
私は思わず、息を呑んだ。
(つまり、私を同伴するか否かで――“公爵様の意志”が問われるということ)
「……今のうちに言っておきます。もし“形式の妻”では不都合なら、無理に連れていかなくても――」
「馬鹿を言うな」
クレイグ様の言葉が、鋭く、けれど優しかった。
「何があっても、お前を“私の隣”に立たせる。それが私の選択だ」
「……」
その言葉が、胸の奥深くまで響いた。
晩餐会当日。王宮の大広間は、宝石のように煌びやかだった。
各国の使節、名門貴族、そして王族までもが一堂に会する、まさに“帝都の中心”。
私は、深い紺青のドレスをまとい、公爵様の腕にしっかりと手を添えていた。
「……少し緊張しています」
「堂々としろ。お前は、“私の妻”だ」
(……ええ、そうでした)
二人で大広間に入場すると、ざわ……と静かな波紋が広がった。
「シュトラウス公爵……奥方をお連れとは」
「噂では“形式上”の結婚だったはず……?」
「それが、この場に連れてくるということは……」
周囲の視線が突き刺さる。
けれど私は――一歩も退かなかった。
私はもう、“傍観者”ではない。
自分の意志でここに立っているのだ。
その夜、事件は起きた。
乾杯のあと、各国の大使たちとの歓談が始まった時――
一人の使節が、あえて挑発するような声を上げた。
「それにしても、公爵殿。“元婚約破棄令嬢”を夫人にされるとは、随分と寛容で」
明らかに嘲笑を含んだ口調。
周囲も静まり返る。
だが、そのとき。
「――その通りです」
私が、一歩前に出た。
「私は、過去に婚約を破棄され、誤解を受け、社交界の底に落ちました。
けれどそれは、私が至らなかったからではない。――真実を語らず、噂を喜ぶ者たちがいたからです」
場が凍りついた。
それでも私は、真っ直ぐに続ける。
「ですが、今私はここに立っています。
それは、誰かの慈悲ではなく、私自身が歩んできた道と、隣にいてくれる人の“信頼”のおかげです」
クレイグ様が、私の手をそっと取った。
「彼女を侮辱する言葉は、私への侮辱と同じだ。以後、慎むように」
使節はさすがに押し黙った。
そして――王族の一人が、ふっと笑って拍手を送った。
「見事な答弁だ、公爵夫人。
民草の信頼を得るとは、こういうことだな」
やがて、他の者たちも静かに頷き始めた。
私は小さく深呼吸した。
怖くなかったと言えば、嘘になる。
けれど、“真っ直ぐに見てくれる誰か”がいる限り、私は立ち続けられる。
帰りの馬車の中。
窓から月明かりが差し込む中で、クレイグ様がぽつりと呟いた。
「今夜、改めて思い知った。……君は、堂々と“私の妻”だ」
「私も……そう思いました。
もう、“形式”なんて言葉に、縛られたくない」
二人の手が、静かに重なる。
それは、“選択”の積み重ねの先に生まれた――確かな絆だった。
──試された忠誠は、何よりも強く、確かなものだった。




