第5話:正体暴露、そして“公爵夫人”の反撃
王宮主催の仮面舞踏会から数日後。
その余韻も冷めやらぬまま、私は屋敷の書斎で午後の書簡整理をしていた。
公爵夫人となった以上、社交界からの招待状や報告文も少なくない。
(舞踏会のあとは、やっぱり注目されてるのね……)
そんな中、一通の封書が目に留まった。
差出人は――リサ・アードレイン。
『ご主人様のいない間に、少しだけお時間をいただければ。
心から謝罪したいことがあるのです』
――王都、南庭園にてお待ちしています。』
「……謝罪?」
その言葉に、思わず眉をひそめる。
リサが、私に謝罪を?
あの舞踏会で顔を合わせたときは、明らかに敵意に満ちていたというのに?
(……これは、罠ね)
確信に近い直感があった。
だが同時に、それを受けて立つ決意もまた――私の中にあった。
午後の陽が傾く頃。
私は南庭園の噴水前に立っていた。
そして、現れたリサは以前と変わらぬ艶やかな微笑を浮かべていた。
「来てくださったんですね、公爵夫人様」
「用件を伺いましょうか。謝罪したいことがあると?」
「ええ。ですがその前に――あちらに、お客様を呼んでおりますの」
リサが手を振ると、現れたのは……記者だ。
それも、王都でも有名なスキャンダル記録専門の男。
「あなた……まさか」
「“貴女が本当は仮面舞踏会で、身分を偽って別の男性と踊っていた”――そう証言してくだされば、記者様も動いてくださいますわ」
「……」
リサの口元は歪んでいた。
「王都中に記事が出れば、公爵夫人としての立場は揺らぎます。
またしても“男遊びをする女”として、貴族の信用も失われるでしょうね?」
(……なるほど。そういうこと)
だが、私は静かに微笑んだ。
「それで、証拠は?」
「証言だけで十分よ。“あの夜にいた男が他にもいた”と囁くだけで、人は面白がって勝手に騒ぐものですもの」
「たしかにそうですね。でも――それは、こう返される覚悟があれば、の話です」
私は懐から一枚の紙を取り出して見せた。
「これは、仮面舞踏会当夜の監視記録。王宮直属の衛兵隊が記録しているものです。
出入りした者の名簿、滞在時間、会話記録も含まれます」
「……!」
「公爵様が“安全のために”全て保管していたんです。
あいにく、私が踊った相手は“公爵本人”と証明されています。仮面の下の身元も、衛兵が確認済みですから」
リサの顔から血の気が引いていく。
「あなたの虚偽証言が表に出れば、名誉毀損で裁かれるのはあなたのほうですよ?」
「……そんな……っ」
記者が目を見開き、そっとリサから距離を取った。
私は、最後に一言だけ付け加える。
「過去の私なら、泣いて逃げていたかもしれません。
でも今の私は、公爵夫人として――そして、私自身として、この場に立っている」
リサは何も言えず、その場をそそくさと立ち去った。
屋敷に戻った私を、クレイグが待っていた。
「……君の外出記録を見た。南庭園にいたな?」
「ええ、少しだけ。昔の“清算”をしてきたんです」
「危険な真似を」
「でも、大丈夫でした。私、もう何も恐れていませんから」
そう言って微笑むと、クレイグはゆっくりと歩み寄り、私の頭にそっと手を置いた。
「強くなったな」
「……公爵様のおかげです」
「……そろそろ、“形式上”という言葉、やめないか」
「えっ……?」
「君はもう、“私の半身”だ。言葉にするまでもない」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
公爵様が、私を選んでくれた。
過去に踏みつけられた私ではなく、“今の私”を――真っ直ぐに、認めてくれている。
私はそっと、彼の手を取り、微笑んだ。
「……はい。私も、そう思っていました」
──これはもう、形式なんかじゃない。
そう言い切れる“関係”が、確かにここにあるのだから。




