第九十九話 最悪の切り札
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ユァリーカとロビンが出会う数時間前、帝都にいる皇帝に謁見を願い出た貴族が二人いた。
「楽にせよ」
皇帝はそう言うが、目の前の二人の男女が自分に敬意はおろか、なんの遠慮も払ってはいないだろうと思っていた。
「救世主が帝都に迫っております」
男がそう言うと、皇帝は物憂げにため息をついた。
「狙いはワシの首か」
「恐れながら相違ありません」
「まあ、当然よな。この首一つで帝国の罪を許して貰えるのなら喜んで差しだすのだが」
「なりません!」
皇帝の言葉に女が叱責するような声を出した。
「弱気になられてはなりません。こちらには帝都にいる二千五百のミリオンメサイヤとロビン殿がおります。さらには、キャラベルからこちらへ向かっている一軍もいるのです。負けようはずがありません」
「勝ち負けだけの話ではない。百年前にミリオンメサイヤの秘儀を行った時に召喚された勇者は三万、それに比べて今回はたったの一万弱。これが何を意味するかはそなたらもよくわかっておろう」
建国当初、帝国には異世界から英雄を召喚する術があった。それは偶然この世界に迷い込んだ最初の勇者であり、帝国の初代皇帝でもあるアルスの固有技能を付与された魔道具だ。
『救済の門』と呼ばれるそれは、アルスが自分の世界へ帰るために作ったもの。が、彼がいなくなった後、帝国は外国からの侵略などの危機が訪れる度にこれを用いて固有技能を持つ異世界人──後に勇者と呼ばれるようになる存在──を呼び出していた。
そして、この救済の門)とその力を増幅する魔道具を併用し、軍隊を作れるほどの人数を異世界より召喚するのがミリオンメサイヤの秘儀と呼ばれるものだ。
「ミリオンメサイヤの秘儀は世界に存在するマナを消費することで発動する。その効力が弱まったということはつまり、それほどまでに世界のマナが減ってしまったということだ。我らはこの罪を清算すべき時が来たのかも知れぬ」
「いけません!」
男は叫んだ。
「救世主は我々だけでなく、帝都に住む無辜の民まで断罪するでしょう。我々には彼らを守る義務があります。例え、どんな手を使っても!」
民のことを散々搾取しておいてどの口が……
と皇帝は叫びそうになるが、その衝動は一瞬で収まった。心の底で何を思おうと、自らも民を搾取する一味であることにかわりはないのだ。
「で、そちの言う手とやらは何だと言うのだ」
皇帝は疲れた声を上げた。何を言われても驚くことはないと思っていた皇帝だったが、彼の考えを聞いた途端、思わず息を飲んだ。
※※
轟音を聞いて急いでムサシへ帰ったユァーリカ達はそこで見たこともないものを目の当たりにした。
「あれは魔物か?」
艦橋の周りに設置されている大きな水晶にはムサシの進路を塞ぐものの姿が映し出されている。
「小さな山くらいの大きさがある……竜か?」
ヨルクがそう呟くと、その言葉にスコットが首を捻る。
「竜っていうと話にしか聞いたことがない魔物だが……あんな大きさの奴がいるとはな」
「違う……」
「ハンス?」
竜を食い入るように見つめていたユァーリカが呟いた言葉にルツカが反応する。すると、ユァーリカはルツカの方を向いて、はっきりとこう言った。
「あれは魔物じゃない。ザンデさんのマナを感じない」
「でも、じゃあ……」
ティーゼはユァーリカの言葉に戸惑う。魔物じゃなければ目の前の竜は何なのか。だが、幸いなことに答えはすぐに与えられた。
「分かってる。あいつは帝都最強の守護獣、エフレイアスだ」
「エフレイアス?」
「非常事態に外から来る者を阻む守護獣だ。守護獣といっても、実際には生物ではなく、古から伝わる魔道兵器だ。まさかこれを使ってくるとはな」
クロエの説明は具体的かつはっきりとしたものだった。にも関わらず、彼女は何かを迷っている。だが、それを誰かが問いただす前に戦闘は始まった。
竜が背にある翼を振るうと紫の煙が立ち上り、それと同時に刃のような風が起こる。その刃風は躊躇なくムサシの周囲を切り刻む。特に狙いをつけた攻撃ではないようだったが、ムサシが負ったダメージは軽くない。
「ちいっ、厄介な。主砲準備!」
ムサシに戻り、クロエから砲撃長に任命されたヨルクが指示を出すと、艦橋にいる連絡係が伝声管へと向かう。ちなみに彼の顔はクロエとルツカのせいでかなり腫れているが、彼女らにしてみればこれはまだ序の口らしい。
「待て、ヨルク。エフレイアスの力は超級の魔物以上だ。アレを使おう」
伝声管に取りついた連絡係の動きが止まる。クロエはムサシの船長、その言葉が最優先だ。
「アレ?」
「カウントダウン開始!」
連絡係の動きがにわかに慌ただしくなる。十から始まったカウントが一つ減る毎に、ムサシは振動しながら身震いするような轟音をたてる。これから何が起こるかを知らないヨルクは、その尋常ならざる様子に慌てふためいた。
「な、何だ!? 一体何が起こるんだ?」
「ヨルク、何かに掴まるんだ」
皆がヨルクに声をかける余裕もなく、忙しく動く中、ユァーリカだけは短くそう言った。それだけで事態が把握出来るはずもないが、ヨルクがとにかく掴まるものを探そうとした丁度その時、カウントがゼロになった。
「波動砲、発射っ!」
クロエがそう叫ぶと同時に、ダンジョンイーターが顔を出し、体に溜め込んでいた土砂を吐き出した! ただの土砂といえどそれを吐き出す風圧は尋常ではない。もはや局所的な嵐とも言えるその一撃は、圧倒的な威力で目の前のエフレイアスに襲いかかった。
「あつつ……」
結局何にも掴まれなかったヨルクは床を転がり、壁にぶつかったあげくにひっくり返った。ダンジョンイーターが地面に顔を上げると、その背びれにあるムサシは大きく傾くのだ。
「や、やったのか?」
艦橋には砂埃しか映っていないが、ヨルクは勝利を確信していた。もはや災害とも呼べるほどの攻撃を耐えられるものなどこの世にあるはずがない。
だが、現実は時に人の予測の上を行く。砂埃が晴れ、視界が戻るにつれ、巨大な翼が、胴体が、手足が健在であることが明らかになった。しかし、それでも、ムサシの攻撃が通じなかったわけではない。
「よし! 深手を与えたか!」
エフレイアスの顔面に空いた大穴を見て、ヨルクが喝采を送る。遠目に見てもはっきりと確認できるそれはエフレイアスの巨大を考えても決して小さくはない。確かに彼の言うとおり深手と言えるだろう。
「クロエ、もう一発だ! 奴が怯んでいるうちに早く!」
「駄目なんだ、ヨルク。波動砲は連射出来ない。一発打ったらしばらくダンジョンイーターを休ませないといけないんだ」
クロエの代わりにユァーリカがヨルクに答える。ヨルクは一瞬臍をかむが、すぐに思考を切り替えた。
「そうか。じゃあ、それまでは主砲で時間を稼ぐか」
そう言って、ヨルクが合図をしようとするが、彼の指示はまたもやクロエに制止された。
「駄目だ、ヨルク。ちょっと見ていてくれ」
「攻めるときは躊躇せずっていうのが俺のポリシーなんだか……」
ヨルクがそうぼやきながらも言われた通りにしていると、彼が思っても見なかったことが起こった。なんと、エフレイアスの全身から紫の煙が湧き出たかと思うと、その顔面に空いていた穴が見る見るうちに小さくなっていくのだ。
せっかく与えたダメージが子どもの落書きを消すかのような気安さで消えていくのを見て、ヨルクは思わずうなり声を上げた。
「再生するのか、こいつ!」
とヨルクが言うと、続いてスコットが呟いた。
「ダンジョンイーターで体当たり……いや、向こうの方が大きすぎるな。クソッ! どうしたら……」
「絶え間なく攻撃するしかないか。だが……」
「ああ、この回復力じゃ厳しそうだな……クソッ! 厄介だな」
ヨルクとスコットが揃って地団太を踏んでいると、クロエは静かに二人の前に立った。
「違う。厄介なのは回復することじゃない」
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