第九十八話 ロビンとの対話 後編
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「民衆が統治者を選ぶ……? まさか、誰が貴族になるかを俺達が選ぶってことか!」
信じられないといった顔でスコットが叫ぶ。が、ロビンは微かに首を振った。
「ちょっと違う。貴族はいないし、王もいないのだが……まあ、貴族や王を誰がやるかを民衆が決める、という言い方の方が分かりやすいかもしれないな」
「そんな馬鹿なことが出来るのか?」
言葉とは裏腹にスコットの顔は輝いている。そんな彼にロビンは一言つけ加えた。
「勿論、民衆自らが王になったり、貴族になったりしてもいい。皆の賛同を得られたものが政治をする。それがオレの目指す民衆主義国家だ」
そう言うと、ロビンは自分達が元々いた世界でも似たようなことがあって王政は廃止されていたと話した。そして、民衆が自由を得た結果、世界が飛躍的に発展したことも。
「だが、これだけのことを為すにはリーダーがいる。それをユァーリカにやって貰いたいのだ」
「ロビン殿がやればいいんじゃないか? 言い出しっぺに任せるっていうのが俺のポリシーなんだが」
混ぜっ返すようにヨルクはそう言った。もはや、演技をする必要はないはずだが、おそらく元々こういう言い方をする性格なのだろう。
「オレでは駄目だ。精々功労者の一人って程度だろう。帝国の犬が帝国を滅ぼしても、それはただの反逆だ。皆がついてくる、いや、ついていきたくなるなるような筋書きでなければ皆の心は掴めない」
「救世主が悪い帝国を倒して新しい国を作る、か。確かにいい筋書きね」
ティーゼは口ではロビンの発言を肯定するが、その実あまり納得していない様子だ。
「勿論、ユァーリカだけに全てを押し付けるつもりはない。オレも出来ることをするつもりだ」
「なるほど。確かに辻褄はあっているけど……ロビン、あなたは何故そこまでこの世界に肩入れするのかしら?」
「悪を挫きたいと思うのは自然なことではないかな。特にオレみたいに力があれば」
ティーゼの追求にロビンは肩を竦めてみせるが、彼女は誤魔化されなかった。
「帝国を倒せばあなたは今の地位、財産を失う可能性が高い。貴族の存在を認めないあなたが特権を維持したままなのは矛盾するから。今あるものを失った代わりにあなたは一体何を得るの?」
「まったく、ユァーリカの周りには才女だらけだな……」
ロビンはそう小声で呟くが、次の瞬間、腹を割る覚悟をしたように真面目な顔をした。
「オレは物語を書きたいんだ。ユァーリカによる世界救済という物語を」
「物語を書く? それがあなたの望みなの?」
流石のティーゼも理解が出来ずに言葉を失う。そんな彼女の様子を見て、ロビンは苦笑いをした。
「まあ、理解して貰えるとは思わない。が、世界が救われた後、それについての物語が書ければオレは満足なんだ」
「……そう。それがあなたの目的なのね」
ティーゼは辛うじてそう口にしたが、内心やや混乱していた。言葉の真偽を疑っているわけでなく、ただただロビンという人間が理解出来ないのだ。
「で、どうだろう? 協力して貰えないか、ユァーリカ?」
「……」
ユァーリカは言葉に詰まった。
実は、この場でロビンの考えを一番理解できているのはユァーリカだ。彼は、ロビンの言う“民衆主義”というものが何をもたらすのかを知ることが出来たし、それによりエルやエメリーが今と比べ物にならないくらいの自由を得られることも理解できた。
(だけど、ロビンは本当に信頼できるのか? ルツカをさらい、ヨルクを傷つけた奴なのに……)
ロビンの言っていることには賛成出来るかもしれない。だが、それとロビン自身と肩を並べられるかはまた別の話だ。
「正直、分からない。あんたのいうことは分かる。というより、解決策としては正しいような気もする。だが、俺はまだあんたを信用することは出来ない」
ユァーリカの飾り気のない本音にヨルクやスコットは頷き、ティーゼは息を飲んだ。交渉事で本音を語るなど愚策中の愚策。ましてや、相手を信用出来ないなんてことは思っていても口にしてはいけないことだからだ。
ティーゼは話し合いの決裂を覚悟した。が、ロビンは何を思ったか、突然手を叩き始めた。
「素晴らしい! それでこそ主人公だ! ユァーリカ!」
「はぁ?」
想定外の反応に思わず声を上げるティーゼ。そして、何を思ったか、ロビンはそんな彼女に自分の心情を語り出した。
「分からないか? 普通この場でオレのことを信じられないだなんて言わないだろう? 嘘でも何でもいいから、“信用する”とか言って後で騙し討ちするなり、手を切るなりすればいいんだ」
「ま、まあ、そうね」
ロビンのよく分からないテンションの上がり方に戸惑いながら、ティーゼは同意する。
「キミはまさしく主人公だ! オレは絶対にキミが世界を救うところを見たい。そのためにはキミの信用を得なければならないが……そうだな、オレの固有技能、《オデッセイ》をコピーするとかはどうだ?」
「へ?」「は?」
妙な声を出したのはヨルクとスコットだ。
「ユァーリカが何らかの方法で勇者の固有技能を自分の力に出来るのは知っている。だったら、オレの《オデッセイ》もコピーできるはずだ」
「それは……そうだけど、あなた一体何を考えてるの? 固有技能はあなたの切り札でしょう?」
ティーゼがそう言うと、ロビンは若干芝居がかかった様子で首を傾げて見せた。
「ユァーリカがパワーアップすれば、帝国との戦いは楽になるし、物語も面白くなる。強い主人公はみんな大好きだからな」
「そのために、自分が不利になる選択をしようと言うの?」
ティーゼが信じられないといった顔でそう言うと、エメリーはエルそっくりの整った顔を少し紅潮させた。
「ロビンはユァーリカと戦う気はない。だから、別に不利にはならない」
一般的に見れば、穏やかと言える口調だが、彼女達にとってはそれは怒声に近い。エルとの付き合いもそこそこ長くなっているユァーリカ達はそれを知っていた。
「ごめん、エメリー。ただ、ティーゼにしろ、俺にしろただびっくりしただけなんだ」
「……ならいい。ロビンはユァーリカの敵じゃない」
一見怒りを収めたように見えるが、エメリーはまだ許していない。ユァーリカ達はエメリーの言葉より、彼女がロビンの為に本気で怒っていることに驚きを隠せなかった。
(あの時だって、エルはここまで怒ったりはしなかったぞ)
そうユァーリカが思いだすのはルツカを取り戻す前にあった出来事だ。その頃、ユァーリカはスコットに頼まれて彼らの武具に魔法を付与したり、訓練をする仲間を激励したりと忙しかった。そんな時、ユァーリカは間違えてエルが入浴している時に脱衣所に入ってしまったのだ。
“ユァーリカがのぞきをするとは思ってはいないから、別にいい”
土下座をするユァーリカに対し、エルはそう言ったが、その後しばらくユァーリカとは視線さえ合わそうとはしなかった。
尚、その後すぐにユァーリカが男女それぞれに浴室を作ったのは言うまでもない。
(マナの流れも似通っているし、性格もかなり似ているはず。だとすると、今はあの時以上に怒っているってことか)
つまり、それほどまでにロビンとの間に固い絆があるということだ。
「ロビン、あんたの考えは分かった。俺はあんたを信用する。だが、協力するとか、帝国を倒すとかは皆と相談しないと決められない」
「勿論だ。良かったら、これを参考までに持って行ってくれ」
そう言うと、ロビンは紐でまとめた羊皮紙をユァーリカに手渡した。
「今回のミリオンメサイヤ召喚後に世界で起きている異常気象などについての情報だ。オレが集めたわけじゃなくて元々神聖エージェス教国の調べだから安心してくれ」
「神聖エージェス教国が?」
ロビンは、何故異常気象の話で神聖エージェス教国が出てくるのかが分からないという顔をしているユァーリカを見て、意外そうな顔をした。
「神聖エージェス教国の教皇が使う神聖魔法は別名天候魔法と呼ばれているのは知らなかったかな? 神聖エージェス教国の国土は元々痩せた土地がほとんどだ。それを教皇の魔法で天候を整えることで何とか必要な収穫を得ているんだ。それだけに彼らは天候などに神経質なくらい詳しいってことさ」
「知らなかったな。ありがとう、ロビン。見させて貰うよ」
ユァーリカはそう言って、ロビンから羊皮紙を受け取った。救世主として何をすべきなのか、それを再び考える時が来たのかもしれないと考えながら。
「さて、今回はそろそろお開きにしようか。長居をすると誰かに見つかるかも知れないしな」
ロビンがそう口にしたその時、辺りに轟音が轟いた。
「何だ?」「これは?」
皆が戸惑う中、ティーゼは体の芯を揺さぶるようなその音に尋常ではない事態が起こったのを感じ、素早く指示を出した。
「とりあえず戻るわよ。ロビン、帝都に何かあったのかも知れないわ。何か分かったら教えて頂戴」
ティーゼは辺りを見回すユァリーカとロビンにそう声をかけると、二人をせき立てて走り出した。
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