第九十五話 落とし前
興味を持って下さりありがとうございます!
この第九十五話は好きな話だったりします……
流石のユァーリカも連戦は堪えたらしく、彼が目覚めたのは三日後だった。
「おはよう、疲れはとれた?」
意識を取り戻してすぐにルツカの姿を見つけ、ユァーリカは安堵した。安堵するだけでルツカを抱きしめなかったのは、マナサイトのおかげで部屋に彼女以外にも人がいることが分かったからだ。
「分かってる。早く出て行くとも。だが、一言だけ聞いてくれ。今は昼過ぎだ。少し遅いが、昼食を取った後に皆のところに来てくれ。今後のことを話したい」
そう言うと、クロエはユァーリカの返事を待たずに部屋を出た。人の心の機微には疎い彼女だったが、流石に今の二人の望みくらいは理解できる。
「ハンス、無事で良かった!」
ドアが閉まる音を聞いた後、最初に動いたのはルツカだった。まるでユァーリカの存在を確かめるように抱きしめるルツカを前に、ユァーリカは彼女の背を優しく撫でることくらいしか出来なかった。
「私、あなたのことが心配で心配で」
「俺も君のことが心配だったよ」
ルツカはユァーリカの言葉に微笑んだ。
「でも、ハンスは強くなったね。凄く強くなった」
「ルツカこそ。あの魔法、凄かった。あれがなかったからあの竜には勝てなかったかも知れない」
「私には何が起こったのか、よく分からないんだけど……」
ユァーリカを助けた魔法について、ルツカはよく分かっていなかった。実のところ、ルツカは本当に自分の力なのかを怪しんでいたくらいである。だが、今はそんなことよりも大切なことがある。ルツカはユァーリカから体を離し、彼と向き合った。
「食べながらでいいから何があったのかを教えて。それと、これからどうしたいのかを」
「分かった」
ユァーリカはゆっくりとルツカと別れてから何があったのかを話し始めた。
※※
「待たせてごめん!」
そう言ってユァーリカがクロエに指定された部屋にやってきたのは昼下がりの午後だ。早いとは言えないが、今までの経過を考えれば、十分許容範囲だろう。それに、議論はユァーリカ抜きで出来るところは既にやり尽くしたところだったので、いいタイミングだったとも言えた。
「ごめんね、忙しなくて」
ティーゼはルツカにそう声をかける。ティーゼは共に作業をした中でルツカのことがすっかり気に入っていた。
そんなティーゼに軽く手を振って応えるルツカを背にユァーリカは書き込みだらけの地図を見ながらクロエに話しかけた。
「大体のところはルツカから聞きました。捕虜の中には俺達と共に行きたがっている者が多数いること、ムサシは帝都に向かっていること、それから……ヨルクは行方不明なこと」
「そうだ。ヨルクに渡していた緊急脱出という魔道具は対象とした一~二名を任意の場所へ飛ばす力がある。本来なら自分達が拠点に買えるための魔道具だが、ロビンを対象にしたのなら、恐らく我々がいる場所の近くにはいないだろう」
「クロエさんにもヨルクの居場所は分からないんですか?」
「分からない」
「そうですか……」
ユァーリカはクロエの言葉を聞いて押し黙る。
「ユァーリカはこれからどうするつもりなんだ? ルツカは取り戻したんだから、もう……」
「帝都に向かう。もし、ロビンがヨルクを捕らえているなら俺を帝都に向かわせようとするだろうし」
スコットは少し嬉しそうに口元に笑みを浮かべたが、それとは対照的に険しい顔をしたのがクロエだ。
「ユァーリカ、ヨルクを助けに行くというのか? あいつは多分……」
「本人から聞きました。裏切りものだったって。詳しくはわかりませんが……」
「……」
「でも今は違います。ヨルクは身を挺して俺を助けてくれた仲間です。だから、取り返します。それにどの道、ロビンとは決着をつけなければいけないと思います。だから、俺は帝都へ向かいます」
「そうか。しかし、私は……」
クロエの心は内心複雑だった。クロエ自身はヨルクを完全に信じていた訳では無い。彼女が信じていたのは《未来予想図》の見せた未来だ。だから、ヨルクが裏切り者だったにせよ、別に不満に思う理由はない……ないはずなのだ。
(だが何だ? 何かすっきりしない……)
クロエが何かもやもやとした感情──はっきり言えば、怒りやら苛立ち──を持っていたのは、ヨルクが隠し事をしていたという点だった。だが、だからといって、ヨルクを嫌悪したり、憎んだりといった感情はない。
(何故ならユァーリカがヨルクを見捨てたなかったこと、仲間だと言ったことに私は深い感謝と安心感を持った……)
そんな風に心が千々に乱れているクロエにルツカが声をかけた。
「クロエさん、それはヨルクの顔を見てから決めたらいいんじゃないですか?」
「なっ……何?」
まるで自分の心中を見抜いたかのようなルツカの発言にクロエは思わずどきりとした。
「私もヨルクは怪しいと思っていました。でも、心の何処かでは信じていました。それは少ないながらもヨルクと本音で話したと感じる時間があったからです」
「……」
「正直、やっぱりスパイだったと言う事実はショックです。でも、最後にヨルクが私達を助けたのも確かです。多分、彼にも何か事情があったんだろうと思います」
「だから、許すということか? 改心したから過去は水に流すと? 確かにそうでなくてはいけないのかもしれないが……」
クロエにしては歯切れの悪い言葉だった。クロエはよく言えば合理的な性格だ。手を組んだ方が利益があると思えば、嫌いな人間の手を取ることもいとわない。だから、いつものクロエなら、ヨルクがこちらについたと分かれば、むしろ自分から周りを説得しに行くはずなのだ。
「いえ、全く!」
「へ?」
「とにかく一発殴りましょう!」
「何ぃ?」
「事情を聞いたところでただで済ませられるはずがありません。まずはグーで殴りましょう。それでも許せなければもう一発! とにかく、ヨルクには落とし前をつけてもらいましょう。そのためにも奴を取り戻さないと。このまま逃げ得なんて許せません!」
「……そうだな、確かに。落とし前か、なるほど」
何やら納得していくクロエの影でスコットは“結局許すんだな”などと小声で呟き、ティーゼに睨まれた。彼らはヨルクの処遇についてはユァーリカ達に任せようと考えていたため、直接何かを挟むことはない。何せよ、一番付き合いが長いのはユァーリカ達なのだから。
「ヨルクの居場所は分からないが、とりあえず帝都ネブカドネザルに行くか……」
“そうしてくれると私も嬉しい!”
ユァーリカ達の頭に突然、人の声が響いた。
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