第九十二話 それぞれのその後
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ロビンとヨルクの戦いから数日後、帝都ではミリオンメサイアの敗北を聞いた貴族達が慌てふためいていた。
「どうする? このままでは帝都を救世主に焼かれてしまうぞ」
「ミリオンメサイアはまだ半分以上残ってる。大丈夫だ」
「だが、次も負ければ、いよいよ救世主がここに来るぞ!」
実は帝国にはユァーリカが何のために勇者と戦っているのかは伝わっていない。それはロビンが報告していないというのも理由の一つなのだが、それ以上に彼らは救世主は自分達を恨み、罰するだろうと思い込んでいたからだ。
圧政に加え、ミリオンメサイア召喚による世界のマナの浪費、更には救世主の故郷まで焼いているのだ。この世界の調整者としても、一人の人間としても救世主が帝国を滅ぼさない理由がないと帝国の上層部は考えていた。
「だが、果たしてそれで何とかなるのか? 今のうちに懐柔した方が……」
「馬鹿な! そんなことが出来るものか!」
「この失敗の責任は誰がとるんだ!」
会議を開いてもめいめいが好き勝手に喋るだけで議論にさえならない。総勢二千五百の勇者を退けた今代の救世主の力に帝国の上層部は恐怖していたのだ。
「静まれ!」
それでもロビンがそう叫ぶと一同は静まり返った。今やミリオンメサイアだけでなく、神聖エージェス教国さえ手中にあるロビンには皇帝以上の発言力があるのだ。
「貴兄らの動揺は分かるが、あえて言おう。予定通りだ!」
ロビンの一言に一同がどよめく。が、彼が片手を上げるとその場はすぐに静まり返った。
「ここにいる貴兄らは我が固有技能、《オデッセイ》の力は知っていると思う。そうだ、今や倒れた二千五百の勇者の力が私に加わったのだ!」
「まさか、お前……いや、あなたはそのためにミリオンメサイアを壊滅させたのか」
会議に出席していた貴族の一人が呻き声を上げる。ロビンはその貴族に向けて指を立てた。
「元々は救世主の力を図るのが目的だ。大体、先代の救世主と戦った前回のミリオンメサイアはたった一人しか残らなかったと聞いている。二千五百の軍勢では倒せるはずもないだろう?」
「た、確かにそうだが、なら何故一度にぶつけないのだ」
先ほどとは別の貴族がそう呟く。すると、ロビンは待ってましたと言わんばかりに指を鳴らした。
「いくら私でも千を超える力をものにするには時間がかかる。一度にぶつけたのでは私が救世主と全力で戦えないのだ。加えて、我々勇者はどうも組織戦が苦手ときている。集団の障害となる者には消えて私の力になって貰う必要があったのだ」
「つまり、今回の戦いは救世主の力を図ると共に、これからの戦いに邪魔なものを排除し、更には自らの力を増すためのものだったと?」
信じられないという顔で呟くのは、最初に声を出した貴族だ。
「まさしくその通りだ。理解が早くて助かるよ。流石、帝国の中枢を司る方々だ。頭の回転が早い!」
ロビンは感心したように手を打つ。実はこれは演技なのだが、この中にそれを見抜けたものはいない。
「ならば安心ではないか! 全く肝を冷やしたよ!」
「ロビン殿も人が悪い! 最初から言ってくれればいいものを!」
先ほどまでとは打って変わり、貴族達は機嫌よく今後の展望について語り始める。だが、それを見つめるロビンの目がまるで汚物を見るような冷ややかな光を帯びていたことに誰も気づかない。
(大した力もない癖に文句だけは一人前だな)
面従腹背は元社畜としてのロビンのスキル──というよりスタイルだった。ロビンは強い立場を持っているが、常に貴族達の顔を立てている。それは単にそうした方が話を進めやすいからであって、実際のところ、彼は帝国貴族達を軽蔑しきっていた。
(親から引き継いだ権力で、庶民の生き血を吸っていきるダニめ!)
肥え太った肉体を豪華な衣装で包む貴族ににこやかな顔を見せながらも内心では罵倒が止まることはない。
(着替えさえ一人では出来ないくせに自尊心だけは人一倍か。何処の世界でも特権階級という奴らは腐ってるな)
会議はそれから数時間続いたが、内容は自分達のメンツをどう保つかという一点だけ。救世主一行をどう迎え撃つかなどといった具体的な対策については下に丸投げだ。
(無駄な時間を過ごしたな)
退屈な会議から解放され、自室に戻ったロビンは無言でソファに体を投げ出した。
「ロビン、怒ってるの?」
物音でロビンが戻ったことに気づいたエメリーが部屋の奥から姿を見せた。本来ならキャラベルに置いてくるべきなのだが、彼女自身の強い希望で帝都へ連れてきているのだ。
「いや、疲れただけだ。済まない。不安にさせたか?」
ロビンの言葉には先ほどまでとは違う、心の底からの気遣いが込められている。
「あなたが心配になっただけ」
「大丈夫だ。転生前の生活と比べれば大したことはない」
エメリーは少し安堵したように微笑むと、ロビンの隣に座った。
「ユァーリカは強かった?」
「ああ、喜ばしいことだ」
「敵が強いとロビンは嬉しいの?」
エメリーは首を傾げてそういうので、ロビンは薄く笑った。
「オレはそんな戦闘凶じゃないさ。言ったと思うが、オレにとってユァーリカは敵という訳じゃない。ユァーリカはオレの物語の主人公だからな」
ロビンの目的──ユァーリカを主人公とした物語を書く──については、エメリーも聞かされている。そして、ユァーリカが帝都を滅ぼした後には、帝国と神聖エージェス教国を合わせて民主国家という新たな国家秩序を持った国を作ろうとしていることも。
統治者を民衆が選ぶという考えられないシステムを持つこの国では、エメリーもまた一人の少女として生きられるという。正直、エメリーには想像さえ出来ない話だったが、彼女はそれが必ず実現できると信じていた。何故なら、ロビンが本気でエメリーに自由を与えようとしていることを知っていたからだ。
「じゃあ、ロビンの計画通り?」
「いや、正直言うとルツカはまだ手放したくなかった。ユァーリカとの関係も良くない。本来ならルツカを確保したまま、ユァーリカと協力して《悪食竜》を倒すつもりだったからな」
ロビンはエメリーには嘘をつかない。本心を隠す癖がついている彼が何故エメリーだけには真実だけを口にするのか、その理由を彼自身は気づいていない。
「だが、まあ、《悪食竜》の力とアイツが手に入ったんだから、良しとしよう。たまには構想通りいかない方が魅力的な物語になるだろう」
「それなら良かった。……ちなみに、彼はだんまりのままだけどいいの?」
「構わないよ。いずれ向こうから口を開く」
「どうして?」
「ずっと喋らないなんてことは誰にも出来ないからな。そのうち必ず誰かと話したくなるからさ、人のままならな」
そう言うと、ロビンは自嘲するような笑みを浮かべた。エメリーは自分が世話をする囚人が喋るかどうかよりも、ロビンがそんな顔をするような理由の方が気になった。
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