第八十八話 |命の樹《レーラルヴュ-エ》
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時はユァリーカがヨルクと共に《悪食竜》と戦い始めた頃までさかのぼる。
「っ!」
ルツカは叫び出したくなるのを必死に堪える。ロビンにより映し出された光景はそれほどまでにルツカの思いをかきたてるものだった。
「《悪食竜》、マナを食らう力か。攻守が同時に出来るのが厄介だな」
ロビンが作り出したディスプレイのようなものでは会話の内容まで聞き取ることは出来ない。だが、視覚情報だけでも戦況については充分に分かる。そして、ルツカはユァーリカの顔を見れば、彼の思いを理解できた。
(私のためだけじゃない。ハンスはみんなの為にここで《悪食竜》を倒すつもりなんだ)
追われているとはいえ、憎しみのままに勇者と戦っていた頃の姿はもうそこにはない。自分に与えられた力と向き合い、なすべきことのために命をかける男の姿がそこにはあった。
(ハンスっ!)
【紫炎鳥】のマントを何度も再生させながら、切りかかるユァーリカは息が乱れ、額には脂汗が滲んでいる。それでも、彼は立ち止まらない。渾身の力で剣を振り、精霊を創って身に纏い、再び斬りかかる。
(私、ハンスに何もしてあげられないの?)
ユァーリカは初めて自らの使命に向き合っている。しかも、自らの命をかけて。
なのに、何も出来ない。
大切な人が命を賭けている時にただ見ているしか出来ないのなら、自分は彼に必要な存在だと言えるのだろうか。
(私、いつも彼に守られていた)
ヴァーリア砦で、勇者との戦いで。ルツカはユァーリカの傍にいることしか出来なかった。出来ることはしたつもりだったが、大したことは出来ていない。
(私じゃハンスの力にはなれないの? 彼が本当に助けを必要としているときに何も出来ないままなの?)
そんな自分がこれからも彼と一緒に歩むことが出来るのだろうか。いや──
(そんなのは嫌! 私はハンスの力になりたい。彼を支えられる存在になりたいっ!)
高鳴る想い。自分自身よりも大切な人を見出したルツカの心は彼女の体を駆け巡り、マナの流れを改変する。
(何? これは……呪文……?)
聞いたことがない言葉。しかし、力ある言葉。胸の奥から生じたその言葉をルツカは迷わず口にした。
「“現世と幽余の狭間にそびえ、両者を隔てる始原の大樹よ、我が呼びかけに応え、繁茂せよ!、《命の樹》”」
その瞬間、周囲に命が溢れ出した!
※※
「これは、自然魔法か?」
《悪食竜》を串刺しにした枝を見て、ヨルクはそう思ったのだが、彼はすぐに首を振った。
「いや、自然魔法にこんな威力が出せるなんて聞いたことがない。だが、これは一体……」
ヨルクが呆気にとられている間にも戦いは続いている。突然の攻撃に《悪食竜》は一瞬怯んだものの、その巨体を振わせて枝を折り、自由を取り戻す。そして、再びマナを吸おうと口を開けた。
「させるかっ!」
ユァーリカは渾身の力で飛び上がると、《悪食竜》の顔目がけて、自分の剣を投げつけた。ユァーリカの剣は風車のように回りながら飛び、《悪食竜》の顔に傷をつける。《悪食竜》は痛みのあまり、気味の悪い叫び声を上げた。
「食らえっ!」
ユァーリカは落下しながら、剣を再び創り出し、それを《悪食竜》の体に突き立てながら、地面へ落ちる。再び出来た大きな傷に《悪食竜》の悲鳴がさらに大きくなった。
「次で止めだ!」
ユァーリカは止めの一撃を放つ為に精神を集中させる。その時間はほんの数秒なのだが、《悪食竜》からすれば隙だ。
《悪食竜》は敵が見せた隙にマナを吸おうと口を開けようとする。が、まるでそれを予期していたかのように枝が伸び、再び《悪食竜》の体を穿った。
(やっぱり、この力、ルツカだ!)
合理的な理由があったわけではない。だが、ユァーリカは最初からこの謎の魔法にルツカの意志を感じていた。だからこそ、隙を作るような行動が取れたのだ。
「出でよ、【超越者】」
枝が伸び、《悪食竜》がマナを吸うのを妨げているうちに冥属性の上級精霊である【超越者】が姿を現す。
(この竜を一撃で叩きのめす力がいる。それには──)
今まで考えもしなかった技だ。だが、ユァーリカは必ず成功すると確信していた。何せ、この精霊は自分自身なのだから。
「いくぞ、【紫炎霊装】!」
言うが早いか、【超越者】が紫炎となって、ユァーリカの体に纏わり付き、鎧のような形になる。不完全ながらも思惑通りに行ったことに満足しながら、ユァーリカは剣を《悪食竜》に向かって振った。
その瞬間、轟音がした。だが、それが辺りに響いたのは、斬撃が巨体を捉えた後だ。ユァーリカの攻撃は大気を切り裂き、音を置き去りにしていたのだ。
(まだまだ、荒いか)
《悪食竜》の体が攻撃した軌跡に沿って少しずつずれていくのを見ながら、ユァーリカはそう思う。
だが、結果は充分だ。《悪食竜》の巨体が真っ二つに割れるとゆっくりと光へと変わっていく。その光が四散していく中、ユァーリカの目には遠くから先からルツカが駆けてくるのが映った。
(ルツカっ!)
気がつけば、ユァーリカは走りだしていた。
※※
(まさか、こんなことが!)
駆け出すルツカの背を見ながら、ロビンは驚愕した。《悪食竜》はロビンでさえ、手をこまねくような固有技能だ。従って、懐柔するにしろ、倒すにしろ、時期を見ないといけないと思っていた相手だった。
(それをこれほどまでに容易く倒すのか! ユァーリカは!)
ロビンは感動した。そして、歓喜した。魅力的な物語には強い主人公が必要だ。そして、ユァーリカは自らその資質があることを示してくれたのだ。
(キミならきっと魅力的な主人公になれる。そうだ。ユァーリカこそ、オレが求めた主人公だ!)
弱い心に与えられたチートスキル。だが、そのスキルのせいで悲劇が起こる。その喪失感に押しつぶされそうになりながらも、仲間の力で何とか踏みとどまり、成長する。そして、今、彼は真の救世主の道を歩きつつある。
(最高だ。最高だよ、ユァーリカ! キミはオレの想定を常に越えていく。キミこそ、オレの物語の主人公に相応しい!)
長らく見出せなかったキャラクターを目の当たりにし、ロビンは興奮する。ロビンが想像出来なかったのは、理不尽をはね除け、己の道を見出すような主人公だ。何故ならロビンにとって、現実とは常に人の心を潰し、それを糧として進んで行く悪魔のようなものだったから。
(あれ? だけど、ルツカがユァーリカの元に返れば、エンディングになってしまうんじゃないか?)
今までの興奮が冷め、全身に怖気が走る。それは見出した希望が突然、目の前で消えたような思いをロビンに抱かせた。
(ダメだ、それはダメだ! オレはもっとユァーリカの活躍を見たい。ここで物語を終わらせたくない!)
ロビンにしてみれば、ユァーリカは今まで待ち望んだ主人公なのだ。必死で追いかけ、手が届かなかった主人公。それが目の前にあるのに、諦めるなんてことは彼には出来ない。
そう、そんなことは絶対に出来ない!
ロビンの目に妄執の炎が宿る。その視線は遠く離れたルツカの背を捉えていた。
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