第八十七話 分岐点
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「行くぞ、ティーゼ!」
スコットがそう言うとティーゼは何も言わずに従う。ヨルクはそんなティーゼを“いい女だな”と思いながら、踵を返し、ユァーリカの元へと向かう。だが、その足取りの力強さに反して、彼の心は千々に乱れていた。
(まだ死ねわけにはいかない。俺にはレオルに命を返すという使命がある)
(俺を庇って死ぬなんて間違っている。その誤りを正すために生き恥をさらして生きてきたというのに)
(なのに、俺は一体何を?)
そこまで考え、ヨルクはハッとした。彼は自分が切り札を持っていることを思い出したのだ。
(いや、俺は死なない。いざとなればこれがある)
ヨルクは肌身離さず身に付けていた魔道具の感触を確かめた。
それは、緊急脱出という魔道具だ。
短剣くらいの長さの鉄の棒にしか見えないその魔道具は、出会った時にクロエから渡されたものだった。
(これを使えば俺とユァーリカはムサシまで帰ることが出来る。どんな窮地でも逃げられる)
ヨルクがそれを思い出すと共に、冷静さも戻ってくる。
(そうだ。あいつが死んだら、ロビンとの約束が反故になりかねない。だから、助けに行くんだ。他に理由があるはずがない!)
衝動的な自分の動きにそう言い訳をしながら走っていると、ヨルクの視界に満身創痍なユァーリカが現れた。既に【超越者】は消え、彼自身も膝をついていたが、まだ目は死んでいない。
「ユァーリカ、一時撤退だ!」
「いや、駄目だ。こいつはここで倒す」
ユァーリカの言葉にヨルクは唖然とするが、次の瞬間、掴みがかるような勢いでユァーリカに詰めよった。
「無茶言うな! もうボロボロじゃないか」
「この先にルツカがいる。なら、後ろに引くなんてあり得ない」
「冷静になれ! 死んだら、元も子もないだろ!」
ヨルクは自分が普段被っている仮面のことも忘れて声を荒げる。
「このままじゃ、ルツカも危ない。それに例え、この場を離れてもこいつが俺達を追ってきたら同じことだ」
「!!!」
ヨルクは自分が思った以上に、ユァーリカが冷静なことに驚いた。ユァーリカの顔には焦りや怒りはない。
あるのは覚悟。この敵を倒し、前へ進むという確固たる思いだ。ヨルクがその眼差しの強さに息を飲んでいると、再び【悪食竜】がユァーリカの方を向いて口を開けた。
「二度も食らうか!」
ユァーリカはヨルクの襟首を掴みながら【悪食竜】に向かって走り出す。【悪食竜】は走るユァーリカを追うように首を動かすが、その動きはある時を境に止まる。ヨルクはその理由がすぐには分かった。
「近づけばあの息吹は使えない、か。自分に当たるもんな」
息吹を受けない近距離からの攻撃。ユァーリカは巨体に剣を突き刺す。だが、まるでそれに反応したかのように【悪食竜】は周囲のあらゆる物からマナを吸い取り始めた。
「やばい!」
ユァーリカはマナサイトにより【悪食竜】の行動に気づき、素早く後退する。だが、【悪食竜】の近くにいるとより多くのマナを吸われてしまうらしく、後退する途中で足がもつれて転んでしまう。ヨルクはそんなユァーリカに肩を貸し、【悪食竜】から充分な距離をとった。
「ユァーリカ、大丈夫か!」
「ありがとう、ヨルク」
ユァーリカはヨルクに礼を言って立ち上がる。再び剣を構えると、自分の思考をなぞるように独り言を言い始めた。
「創った精霊は食われるし、植物系の魔物の毒を使いたくても図体がでかすぎて効果が出るまでに時間がかかりすぎる。近接攻撃は効果があるが、マナを吸われすぎるから耐えられないか」
ユァーリカは敢えて選択肢にあげなかったが、死霊の力をエネルギーに変えて打ち出す技である『獄閃』ならば【悪食竜】を打ち倒すことが出来る。だが、ユァーリカはまだ迷える魂の力を削ってまで闘おうという決心はついていない。
「なら、こうするしかない! 【紫炎鳥】!」
ユァーリカのマナをで創られた精霊は姿を現すと同時に彼の体を覆うマントになった。
「おい、ユァーリカ。精霊は食われるって言ってなかったか?」
「言った」
「じゃあ、何で!?」
「食われたらまた創る。【悪食竜】が精霊を食っている間は俺のマナが食われないから、精霊を作り続ければ耐えられるはずだ」
かつてシイ村を襲った勇者と戦った時にやったことと同じだが、今度は時間と回数が違う。いくらユァーリカと言えど、あの巨体を切り裂くまでにはかなり時間がかかる。しかも、問題はまだある。
「傷を負えば、【悪食竜】はマナを吸う。一体何体の精霊を創るつもりなんだ?」
「奴を倒すまでやる。何十本でも何百体でも作って見せる」
「そんなことしてただで済むわけがないだろ。一体、なんで命をかけるようなことをするんだ。ルツカを助けるだけなら、もっとやりようがあるはずだ」
詰め寄るヨルクにユァーリカは地面を指さした。
「ヨルク、こいつの固有技能は人だけじゃなく草木、いや水や土といったあらゆるものから見境なしにマナを奪う」
ユァーリカの指さした辺りの地面は枯れた草とまるで数週間日照りが続いたかのようにひび割れている。よく見ると、【悪食竜】の周りにそうした死んだ土が広がっているのだが、恐ろしいことにその範囲は少しずつ広がっている。
「だからって」
「俺の姉さんは俺を庇って死んだんだ」
ヨルクは驚いた。ユァーリカにそのような過去があったことに対してではない。驚いたのは、ユァーリカが自分と同じような体験をしていたことだ。
「なのに、俺はずっとそのことを認められなかった。自分が弱かったせいで姉さんが死んだってことを」
「ユァーリカ、お前……」
「だから、俺、誰かを守れる男になりたいんだ。俺にはこれまでに会ってきた人から託された力がある。今度こそこの力をルツカやヨルク、俺を助けてくれるみんなを守るために使いたいんだ」
力はあったのに守れなかった姉やシイ村の人々。彼らはもう帰ってはこない。だが、今、自分の目の前にいる人は違う。ユァーリカが守れるはずの人々なのだ。何故なら、ユァーリカにはそのための力があるのだから。
「だから、こいつはここで倒さないといけない。この固有技能はあらゆる命を食う力だ。野放しには出来ない!」
そう言うとユァーリカは駆けだした。リウルの力で身体能力を上げたユァーリカは先程とは比べ物にならないくらい速く、ヨルクはあっという間に彼の背中しか見えなくなった。
「確かにお前は救世主だよ、ユァーリカ」
かつて出来なかったことをやり遂げる。それがユァーリカなりに出した過去とのけじめのつけ方なのだろう。そう考えた時、ヨルクは何故か胸が痛むのを感じた。が、その種の痛みに慣れきっていたヨルクはそれよりも目の前の死闘に意識を向けていた。
「今度こそ上手くいくさ、ユァーリカ」
ヨルクの目に映るユァーリカは【悪食竜】がマナを吸う度に精霊を生み出し続ける。その数は既に二十を優に越えており、ユァーリカにとっても限界に近い域に達している。
苦しいはずだ。休みたいはずだ。
だが、ユァーリカは止まらない。知らず知らずの内に彼はもう自分の進むべき道を見いだしつつあるのだから。
「お前は誰かの為に戦う。だから、お前に助けが必要な時は誰かが助ける。そうだろ?」
ヨルクがそう呟いた時、突然、【悪食竜】に何かが突き刺さった!
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