第八十六話 悪食竜(ウロボロス)
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「凄いじゃないか、ユァーリカは!」
ロスリック平原の端にある林で様子を見ていたロビンは思わずそう言って手を叩く。これは皮肉でも何でもなく、心からの賞賛だった。
「でも、相手の方がまだまだ多い。最初の戦力差をひっくり返せてはいないわ」
ルツカが厳しい目で見つめているのは、ユァーリカ達の戦いの様子が映しだされたディスプレイのようなもの。それらはロビンの魔法か固有技能で作り出されたものらしいが、そんなことは今のルツカにはどうでもいいことだ。
「手厳しいな。だが、まさかオレの助けなしにアイツを引きずり出せるとは思っていなかったよ」
「アイツ?」
そう問うルツカの目の前にあるディスプレイに信じられないものが映る。その異様な姿にルツカは全身が総毛立つのを感じた。
「これは……何なの!?」
「勇者だ。固有技能、【悪食竜】。今からこいつを倒す策を考える」
ルツカは既にロビンの話を聞いていなかった。彼女はひたすら小山ほどある巨体を持つ竜の前に立つユァーリカを見つめ、その身を案じていたのだ。
(ああ! 何か私に出来ることはないの!)
無意識の内に爪が皮膚を突き破りそうになるくらい強く握りしめるルツカ。だが、彼女は自身の中で何かが目覚めつつあることに気づいていなかった。
※※
「大丈夫かなあ」
ロスリック平原より遥か離れたリーモ村では、ルツカの幼なじみのユーリが仕事をさぼりながらそう呟いていた。
「随分と長い休憩なのね、ユーリ」
「げっ!」
そんなユーリに突如背後からルツカの姉、セレーナが声をかけた。
「いや、ふとルツカのことを思い出したら仕事が手に着かなくてさ」
「ふうん」
頭をかきながらそう言うユーリにセレーナは意味ありげな微笑を浮かべる。それはとても美しいのに、心を見透かされているような怖さがある。
「まあ、そう言うことにしといてあげる」
「参ったな……前から何でもお見通しだったのに、目が見えるようになったら最早千里眼じゃないか」
ユーリが大げさなな様子で手を挙げると、セレーナは可笑しそうに笑った。
ユーリが口にした通り、セレーナの視力はユァリーカの治療の後、目覚ましい回復を見せ、今ではほぼ正常な視力にまで戻っていた。
「ちなみにルツカなら大丈夫よ。だから、安心して仕事を続けてね」
「分かったよ。ありがとう」
言葉とは裏腹にユーリは肩を落として仕事場に戻っていくが、途中でふとその足を止めた。
「セレーナがそこまで言うなら何か根拠があるんだよな?」
「何でそう思うの?」
「だってルツカがついていったのは本物の救世主なんだろ? 危険なことがあるに決まってる。確かにルツカは頭が良いけど、魔物や帝国兵から身を守れる力があるわけじゃない」
ユーリはハンスの素性を知る数少ない一人だった。最もユーリが全てを知ったのはルツカが旅立った後だったのだが。
「そうね。まあ……」
セレーナは曖昧に微笑みながら、そこで一度言葉を切った。
「今はね」
「?」
顔に疑問符を浮かべるユーリにセレーナは今までと違う話を振った。
「そう言えば、ユーリは私達がどこの生まれか知っていたかしら」
「え? あ、いや聞いてないな。それが何か関係があるのか?」
「全然! でもそれと同じで自分の力って自分でも分かっていないことが多いんじゃないかしら」
「……? そうか」
首を傾げながら持ち場に戻るユーリの背を見ながら、セレーナは密かに古い記憶を思い出した。
(私達の一族の力に眠る力、あなたなら呼び起こせるわ)
ルツカやセレーナが生まれたのはリーモ村から遠く離れた土地、今は神聖エージェス教国の領土となっている村だ。村が神聖エージェス教国に征服された時、エージェス教への改宗を拒んで村を出た一族の最後の生き残りがルツカとセレーナだった。
(私達は代々森と共に暮らしていた。だから、私達には森の声が聞こえる)
皆にとって当たり前だったそれを余所では自然魔法と呼ぶと知ったのはセレーナが父母や乳飲み子のルツカと共に故郷を出てからだ。
だが、それはあまりにも過酷な旅だった。見慣れぬ土地や風土の中で、安住の地を求めてひたすら移動し続ける毎日は家族の体力と気力を削り続ける。加えて、彼らには追っ手がかかっていたのだ。
(一族に伝わる力には他の人が真似できない力が眠っている。それを狙っているんだって父さんは言ってたな)
自分とルツカを守るために兵士達と戦い、倒れる父母の姿は何年立ってもセレーナの記憶から消えてくれない。恐らくこれからもそうだろう。
(私達の力、それは命の木を生む力 あの時、母さんが最後に使った魔法……)
瀕死の重傷を負いながらもセレーナとルツカを庇おうとする父母が使った力こそ、一族に伝わる秘密の力だった。金色に輝く大木はセレーナとルツカを襲う兵士から命を吸い上げることで彼女達を守ったのだ。
(命の木を生むあの魔法は一族の力を持つ者が誰かを思うときに現れる……ルツカ、あなたなら)
※※
「な、なんだ? 魔物なのか!?」
混乱に乗じて負傷者を回収するためにユァーリカ達に合流したヨルクが目の前の巨大な竜を見ながらそう言った。ヨルクの言うとおり、竜とは魔物の一種だが、小山ほどある竜など話にも聞いたことがない。
「違う! こいつは勇者だ!」
ユァーリカのマナサイトには、竜の体にこの世界に在らざるマナがあるのが見えている。つまり、これは何らかの固有技能ということだ。
「クソっ! 勇者ってのは竜にまで化けるのかよ。正真正銘の化け物だな」
「馬鹿なこと言ってないで構えて! 来るわよ!」
ティーゼが言うが早いか、【悪食竜】は空を見上げて大きく口を開ける。すると、辺りの勇者のマナが竜に吸い取られていく。近くにいた勇者達はあっという間にマナを吸い尽くされ、光となって四散した。
「仲間のマナを食ったのか!」
ユァーリカが怒りを露わにしたその時、【悪食竜】はユァーリカ達に向けて青白い息吹を吐き出した。
「うわっ!」
ユァーリカは息吹を防ぐために防御系の固有技能を前面に展開する。だが、息吹は次々にユァーリカの防御を消し飛ばして彼の体を飲み、更にはユァリーカの背にいた仲間達にも襲いかかった!
「ユァーリカ!」「大丈夫か!」
木の葉のように吹き飛ばされ、地面を転がりながらもヨルクとスコットがユァーリカに声をかける。だが、彼ら以外の仲間のダメージは重く、すぐには立ち上がれそうにはない。
「ヨルク、スコット! 皆を連れて下がってくれ! こいつは俺が──」
そう叫ぶユァーリカに向け、【悪食竜】はまるで鞭のように尻尾をしならせ、叩きつける。大気を裂く音と、大地に響く轟音がユァーリカの声を遮った。
「「「ユァーリカっ!」」」
三人の声に合わせるようにムサシから砲弾が放たれる。それは【悪食竜】に命中し、その体に穴を開ける。が、【悪食竜】はすぐには周りにいる勇者やスコット達からマナを奪い、傷を癒した。
「早く乗れ!」
そう声をかけたのは急遽かけつけたヨルクだ。無論、徒歩で来たわけではなく、この戦いの前にユァリーカが用意した魔道具を使っている。
ちなみに、その魔道具とはクロエのアイディアを元にユァーリカが作り上げた“とらっく”とかいう代物だ。ただ、タイヤがないため、実際にはどちらかというとホバークラフトに近いのだが。
「クソっ! やばいな。ティーゼ、ヨルク、仲間を連れてあれで下がってくれ。俺はユァーリカを連れて戻る」
スコットは覚束ない足取りで立ち上がりながら、ヨルクがここまで乗ってきた魔道具を指さす。
「スコット、あなたはどうやって帰って来るのよ!」
「なあに、ユァーリカなら俺も一緒に連れ帰ってくれるさ」
薄く笑うスコットの顔を見て、ヨルクは直観した。スコットは死ぬ気だと。何故なら、ヨルクの弟、レオルが最後に見せた顔と同じだったからだ。
(勝手なことをっ!)
そう思った時、ヨルクは知らず知らずの内に自分でも予想外の言葉を口にしていた。
「いや、俺が行こう」
「だが」
びっくりしたような顔をするスコット。だが、ヨルクは彼におどけた調子で声をかけた。
「心配するな。俺は死なないさ。やばいときはユァーリカに泣きついてでも逃げるさ。そんなことが出来るのは俺だけだろ?」
「ヨルク……」
スコットがヨルクの顔に何を見たのかは分からない。だが、スコットはそれ以上何も言わず、拳をヨルクに向かって突き出した。
「サンキュ!」
ヨルクはスコットの拳に自分の拳を重ねる。冗談めかした態度ではあるが、スコットの思いはヨルクの心を打つ。
「行くぞ、ティーゼ!」
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