第八十四話 撹乱、そして……
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「ユァーリカ、右側から二人、抜けてくる!」
盾を持たないため、ユァーリカの補佐をしているティーゼがそう叫ぶ。最も、ユァーリカは既に気づいており、丁度攻撃をするところだった。
「くらえっ!」
ユァーリカは《死霊食い》で無数に生み出したハンマーを近づく勇者に叩きつける。この間キャラベルで行った公演でナイフを自由自在に操った時の経験が生きている。
「次は後ろ!」
言うが早いか、こっそりと迫っていた白銀の鎧が叩きのめされ、光になって四散する。
なお、ティーゼも薄々は自分よりも早くユァーリカが敵の動きを察知していることには気づいている。だが、注意の目は多い方が良いと思い、声かけを続けていた。
「ユァーリカ、そろそろクロエさんが言ってたみたいに奴らが戦略を変えてくるかも。気をつけて」
「分かった! 叩けるだけ叩いたら準備する」
戦いが始まる前、クロエはミリオンメサイアについて幾つか弱点を上げていた。その一つが協調性のなさである。だが、敵が手強いとなれば、馬鹿でも警戒する。それが正に今だった。
「防御系の固有技能を持つ奴らは前に出ろ!バータ、お前のことだ! 後、キース! 後衛に撃つなと連絡しろ!」
数人の勇者がバラバラと指示を出す。その間もユァーリカは攻撃を続けたが、陣形が整うとそれも次第に防がれるようになってくる。
「来るぞっ! 気合いを入れろよ!」
スコットは、精神集中に入ったユァーリカの代わりに周りの戦士達に注意を喚起する。今までは奇襲が功を奏していたが、ここからは違う。
「撃てっ!」「やれっ!」「今だっ!」
勇者達は、先ほどまでのユァーリカ達と同じように、防御系の固有技能の持ち主が前線を固め、遠距離攻撃が出来る者はその後ろから攻撃を加え始めた。
「クソっ! この数はっ」
こうなっては、こちらに飛んでくる攻撃の数が今までとは段違いだ。いくら【反射】の呪法が付与された盾があっても防ぎきれるのではない。バタバタと倒れていく仲間を庇いながら、スコットは叫ぶ。
「倒れた奴を庇いながら、密集しろ!」
少しでも時間を稼ごうと悪あがきをするが、焼け石に水だ。スコットの傍にいた仲間も倒れる中、ついに彼にも勇者の攻撃が直撃した。
「スコットっ!」
ティーゼは膝を折って倒れるスコットを受け止めるが、もはや彼女を守る者はいない。色とりどりの攻撃が自分達に降り注ごうとするのを見て、ティーゼは驚怖のあまり目をつぶる。しかし、その瞬間、彼女は自分達が待ち望んでいた時が来たことに気づいた。
「──今こそ集い、我が力となれ”、【超越者】」
(ユァーリカの詠唱が終わった!)
勇者の形をかたどった精霊が勇者の攻撃からティーゼを庇って爆ぜる。が、瞬時に再生する。そして、再生した直後に十二体に数を増やすと倒れたスコット達やティーゼを囲むように並んだ。
「相手が呆気にとられているうちに行くぞ!」
ユァーリカは【超越者】を二体連れて、虹色の盾を構える勇者へと切りかかる──と見せかけてその場に留まった。直後に二体【超越者】が次々とユァーリカの肩を踏み台にして飛び、盾の内側へと入り込む。
「あわわわっ!」
攻め手に回っていた反面、突然攻められる側になっただけで勇者達は慌て、統制が取れなくなった。その隙を突き、ユァーリカは二体の【超越者】と共に暴れ始めた。
(クロエさんが言ってた通り、こいつらは戦闘経験が乏しいな。ちょっとしたことで動きが乱れる)
そんなことを考えながら、ユァーリカは縦横無尽に暴れまわる。
「落ち着つけっ! 敵の数は少ない! 数人で囲んでかかる──」
ユァーリカは、何とか立て直そうと声を上げる勇者へ向けて《死霊食い》で作った雷を投げつけた。その勇者が感電して硬直している間に【超越者】がとどめを刺す。
とは言っても、指示を出せる者は一人や二人ではない。あちこちで上がる声を全て消すなどユァーリカと二体の【超越者】だけでは到底不可能だ。
(焦るな。俺は一人じゃない。仲間を信じるんだ!)
ユァーリカが自らを鼓舞しながら戦う。すると、突然、少しずつ立ち直る勇者を再び動揺させるような出来事が起こった!
「くらえっ!」
【超越者】が取り込んだ固有技能、《白炎》の力で癒されたスコット達が自らの装備に封じられていた力を解き放ち、ユァーリカを支援する。スコット達の放った魔法は不可思議なものばかりだ。氷で出来た竜、黒い雷、蒼い風、紅い閃光……
「こ、これは固有技能か!? 何で!」
自分達の専売特許だと思っていた固有技能を敵が使うという自体に勇者達は慌てる。これも勿論、ユァーリカによるものだ。
これはスコットからロマノフの装備と同じ物を作ってくれと言われた時に提案した代替案だったのだが、ユァーリカが思う以上に強力すぎる武器だ。
(全く、ユァーリカは物知らずというか何というか)
スコットは心の中でそう呟く。
凄い、いや凄いはずなのにどこかほっておけない。それもユァーリカの元に人が集まる理由なのかもしれない。
「後退っ! 後退だ!」
収拾がつかなくなったことで、リーダー格の勇者達は後退を指示するが、千を超える集団が後退するのは容易ではない。何故なら後ろが下がらないと前は引けないのだ。
しかし、そうこうしている内にユァーリカ達は次の作戦へと移る。
「何だっ!」
突然後方で鬨の声が響き騒動が起こる。リーダー格の勇者が周りにそう問うと、【遠視】という遠くを見るための生活魔法を使っていた者が慌てた様子で叫んだ。
「奇襲だ。後ろに敵が現れた!」
勇者達の混乱が一気に加速する。中には剣を取り落とし、右往左往しはじめる者まで現れた。
「連中、随分慌ててるな!」
スコットがそうユァーリカに叫ぶ。実は、勇者達は攻撃を受けたわけではない。クロエと下級の冒険者達が【拡声】という生活魔法や鳴り物をつかいながら、軍勢が襲って来たかのような雰囲気を作っているだけなのだ。
(平常心があれば流石に引っかからなかっただろうけどな)
ユァーリカはそんなことを考えながら、スコットに頷く。
「そろそろエルの出番かな?」
「だろうな。クソっ! 俺もあの役やりたかったんだけどな」
本気で悔しがるスコット。そうこうしている内に、空に赤い光が打ち上げられた。事前に取り決めてあったエルへの合図だ。
「合図よ! 下がって!」
仲間はティーゼの声を聞くと、敵を追うのを辞めて一斉に下がる。混乱しきっている勇者達はその動きを訝しむ余裕すらない。
「ユァーリカ、頼む!」
「よし!」
皆が集まったのを見て、ユァーリカも【超越者】と共に下がる。そして、十二体の【超越者】に先ほど奪った防御系の固有技能を使わせ、頭上を防御した。
風切り音が鳴り響いたのはその直後。エルの号令と共に再びムサシからの砲撃が始まった。
「胃に悪いな、この光景」
砲撃自体は【超越者】が創った虹色の盾や銀色のマントなどで防がれているが、地面をえぐる威力を持つ砲弾が降る中にいて気分がいいはずがない。
「まさか、勇者の集まりをここまで痛めつけるなんて」
次々と倒れ、光になって四散していく勇者を見て、ティーゼは譫言のようにそう呟く。勇者が二千人以上も集まり、襲ってくるというのはまるで悪夢のような話だが、それを次々と撃破していくというのもまた、信じられないような話ではある。
「このままやれるか……?」
想定以上に上手くいった作戦にユァーリカがそう思ったその時、彼の考えを否定するように辺りに轟音と土煙が舞い上がった!
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