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俺は救世主なんかじゃない!~転生勇者に最愛の姉を殺されたシスコン救世主の復讐劇~  作者: 赤羽ロビン
第一章 復讐者ハンス

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第八話 炎

おはようございます。興味を持って下さりありがとうございます

 勇者の居場所はすぐに見つかった。


 勇者が消えた方向に向かって歩いて行くと、ハンスは一際大きな兵士のキャンプを見つけたのだ。それは、シイ村の隣村であるワカ村を接収して作られており、かつて村人がいた建物は今や兵士で溢れている。


 その中で、ハンスは勇者が兵士にあれこれと指示を出しているのを見つけたのだった。 


(アイツ、あれだけの傷を負って平気な顔をしてやがる!?)


 フルフェイスの兜を被った勇者の顔がハンスに見えた訳では無い。ハンスがマナを見る目──ハンスはこれをマナサイトと名づけた──で様子を伺った際、その両腕のマナの流れに異常が見られなかったためだ。


(何らかの魔法で回復した? いや、あり得ない)


 魔法とはマナの流れを操り、望む結果を得るものだ。そして、魔法には、どのマナをどの程度どう用いるかでいくつか種類がある。したがって、精霊魔法で出来ることが他の魔法では出来るということはあるし、当然その逆もある。


 物理法則を超える魔法という技術によって引き起こされる事象の全てを知ることは困難で、対人戦においては自分が知らない魔法を相手が繰り出してくることはよくあることだ。


 しかし、魔法にも限界というものがある。少なくとも、ハンスはあの傷を一晩、二晩で回復する手段は知らなかった。


(想像もつかない力を持ってる相手と戦うのは危険だって父さんが言ってたな)


 相手の手の内を全て知った上で戦うことなど有り得ない。それでも、自分の常識では計り知れない力を持つ相手と戦うことは得策ではない。


 だが──


(そんなの関係ないぞ、ハンス!ヤツは姉さんのかたき、大事なのはそれだけだろっ!)


 ハンスは自分に活を入れる。そうこうしている間に、勇者が僅かな供を連れ、移動しはじめた。


(チャンスだ。周りを巻き込まずにヤツと戦える!)


 ハンスは先ほど父の教訓を思い出したことはすっかり忘れ、勇者を尾行し始めた。


 うっそうと森が茂る山にあるシイ村やワカ村へと続く道は山道だ。従って、身軽な格好でないと移動どころか、場所によっては滑落かつらくの危険さえある。


 その中で、身動きのしにくい板金鎧プレートメイルで姿勢を崩すことなく移動する勇者は明らかに異常だ。しかし、ハンスの胸を占めたのは別のことだった。


(鎧が目立つから、尾行は楽だな)


 視線を遮る木々がある中、距離をあければ見失う恐れがあるが、勇者が身につけている白銀の鎧は非常に目立つ。相手に見つかりにくく、こちらは見つけやすいという今の環境はハンスにとって、非常に有利なものだった。


 やがて、一行は足を止めると荷をほどき始めた。すでに太陽は高く上っているため、休憩するつもりかも知れない。兵士がアレコレと動いている間に勇者はふらりとその場を離れて歩き出した。


 期待していた展開にハンスが胸を躍らせながら眺める中、勇者は兵士達から二~三キロ離れると急に足を止め、何気なく呟いた。


「【真理の炎(ヴェルファイア)】」


 途端に炎が渦を巻き、まるで嵐のように勇者の周りの木々を燃やし、炭にする。理不尽なまでに暴力的な炎はハンスが身を隠す木々を焼き、彼の姿を露わにした。


(属性魔法! 詠唱を破棄してこの威力か!)


 属性魔法とは自分の体にある五種のマナのうちの一つを操り、望む効果を得る魔法だ。帝国では系統だった研究と訓練が行われているため、比較的習得しやすい上、攻撃力が高い魔法だ。


「ようやく姿を現したな」


 勇者はハンスの姿を見ると、そういった。


「逃げずにいてくれたのは都合がいい」


 勇者の力を見て頭が冷えかけたハンスだったが、その一言で頭に血が上った。


「なめてるのか、この野郎っ!」


 高まる気持ちを乗せるように、ハンスは【紅炎鳥フェーベ】を呼ぶ。都合よく、火のマナを帯びて炭となった木々があったことについては何も疑問に思わなかった。


 灰が集まってできた卵から孵化するように【紅炎鳥フェーベ】が生まれる。それを見て、勇者は愉快そうに笑った。


「モブではないな。NPCとはいえ、さすが救世主!」


「俺は救世主なんかじゃないっ!」


 ハンスは世を救うなんて大それたことは考えていない。ただ、姉のかたきが取りたいだけなのだ!


 ハンスの叫びとともに【紅炎鳥フェーベ】が剣へと姿を変え、彼はそのまま勇者へと切りかかる。だが、勇者は腕を振り上げて、その攻撃を受け止めた。


「!!!」


 何もないはずの空間に自分の攻撃を受けとめられた驚くハンスと同様に勇者も驚きの声を挙げた。


「ほう……これは私の固有技能ユニークスキルのはずだが。単純な力押しでは倒せないということか。」


 ハンスが慌ててマナサイトを開くとそこには確かに剣の形をしたマナがある。想像したこともない相手の技に驚愕しながらも、ハンスは叫び、相手の剣をいなして距離を取る。


「訳の分からないことをっ!」


 勇者はハンスの斬撃に逆らわずに刀を退け、あっさりとハンスを逃がす。だが、その目は決してハンスを離さない。


(なんだ、コイツ。シイ村を襲った時と違わないか?)


 シイ村を襲った時の勇者はただただ下劣な存在だった。罪悪感なく村に火をかけ、村人を殺した上、死したリンダを冒涜する絵に描いたような悪人だったはずだ。しかし、今、目の前にいる勇者は少し雰囲気が違う。


(冷静になったといえば、そうかも知れないけど、なんか……)


 ハンスが己の中にある違和感に戸惑っていたのはたった一瞬だ。だが、その僅かな時間で勇者はハンスの前から姿を消した。


(なっ!)


 ハンスは慌てるが、【紅炎鳥フェーベ】は勇者の動きを見落としていなかった。ハンスは【紅炎鳥フェーベ】が導くままに自分の背後に斬撃を放つ。その一撃は再び勇者の見えない剣に受け止められた。


「流石だな! これも防ぐか」

「うるさいっ!」


 ハンスは一瞬腕の力を抜く。それに伴い、勇者の上半身のバランスが崩れ、前のめりになりかける。彼はその隙に勇者の心臓を蹴破る勢いで、その胸板に蹴りを放った。


 不十分な姿勢では衝撃に耐えられなかったのだろう。勇者は押し出されるように地面に轍をつくりながら、一メートルほど後ろに下がった。


 ハンスは勇者を蹴った直後に二、三メートルほど後退する。だが、それは決して勇者に臆した訳では無く、次の攻撃に必要な間合いを取るためだった。


(こいつが何であろうと構うものか。こいつは姉さんのかたきだっ!)


 ハンスは手にした【紅炎鳥フェーベ】を自分の頭くらいの高さに上げ、そこで横向きにするという独特の構えを取る。そして、目の前の勇者に叩きつけるように詠唱した。


「【陽炎波ヘイズウェーブ】」


 剣の形を模した【紅炎鳥フェーベ】から、勇者へ紅い炎が伸びる。それは波のように何もかも飲み込みそうな炎。しかも、それは一つではなく、何層にも渡って次々と押し寄せていく。


(くらえっ!)


 【紅炎鳥フェーベ】が生み出した炎は圧倒的な熱量を携え

勇者に迫る。しかし、波が勇者に押し寄せるよりも早く、勇者はその姿を消した。


(見えたっ!)


 おぼろげながらではあるが、ハンスは今度こそその姿を捉えることに成功する。それは、【紅炎鳥フェーベ】の攻撃を紙一重で躱し、ハンスの喉元に迫ってくる。勇者の鋭い刺突がハンスの急所に伸びる瞬間、ハンスは勝ちを確信した。


(思った通りだ!)


 突如勇者が横から襲う炎に押されてよろめく。実は【陽炎波ヘイズウェーブ】は相手に真っ直ぐ飛ぶ炎ではなく、半円状に広がる炎なのだ。故に、ギリギリで躱そうとした勇者はハンスに攻撃する前に、広がる炎に襲われたのだ。


 ただ、敵も然る者。


 勇者は一瞬体勢を崩したものの、よろめくことなく踏みとどまル。しかし、転倒しようなしまいが、ハンスの攻撃からは逃れられない。勇者の体に【紅炎鳥フェーベ】の炎が次々と襲いかかる。


(もう逃げ場はない!俺の勝──)


 ハンスがそう思った時、突如彼の胸に何かが突き刺さった。マナサイトには剣のように映るそれは、先ほど勇者がふるっていたものに酷似している。だが、勇者は炎の中だ。剣だけがハンスの胸に刺さっているのは何故なのか。


(剣を俺に向かって投げたのか?だが、おかしい…)


 ハンスが感じるおかしさ、それは彼には痛みが無いことだった。


「痛くないだろう?」


 炎の中から突如としてかけられた声にハンスは硬直する。すると、まるでそれが合図だったかのように炎が剣に吸い込まれていく。吸い込まれていく炎から現れたものを目の当たりにして、ハンスは息をのんだ。


 炎の中から現れたのは、傷一つない鎧を身につけた勇者だったのだ。


(そんな! 姉さんの精霊魔法が効かないなんて)


 絶対の力だと信じていた姉の魔法が通じていないという事実にショックを受けるハンス。そんな彼を尻目に勇者はゆっくりとハンスに近づき、彼の胸に刺さった剣の柄を握る。ハンスはただただそれを見ていることしか出来なかった。


「こいつは、私の固有技能ユニークスキル、《霊剣アンドゥリル》。霊的な存在に干渉する剣だ。だから、精霊の炎を吸収したり、相手の霊魂を引き裂いたりすることが出来る。ほら、こんなふうに!」


 言うが早いか、勇者はハンスの胸に突き立てた霊刀を肩口に向かって切り上げた。


 その瞬間、体の奥底がら痛みが走る。


 外からではなく、内側から裂かれる痛み。体の半身を裂くような痛みに耐えられず、ハンスは思わず膝をつく。勇者は愉快げに笑いながら、彼を見下ろした。


「まだだ。ここからが良いところなのだぞ!」


 勇者はハンスの顎に手をかけ、彼の視線を無理やり霊剣の切っ先に向けさせる。未経験の痛みにあえぐ彼には抵抗することさえできない。


「見えるか、これが?」


 ハンスの目に何かあたたかな光の集まりが映る。こんなに美しく優しいものをハンスは見たことがなかった。


「これが何か分かるか、救世主?」


 答えられるはずがない問い。しかし、ハンスにはそれが何なのかが分かった。


「それは姉──」


「そうだ、お前の精霊魔法の力。正確には、精霊を創り、使役する力といったところだ」


「返せっ!」


 ハンスは痛みも忘れて立ち上がり、自分から切り取られた姉の霊魂へと手を伸ばす。しかし、勇者はハンスの手を容易くかわし、その体をしたたかに打ち付けた。


「がっ!」


 声にならない叫びを上げ、再び地に伏すハンス。しかし、今度は自ら肘を立て、上体を起こす。何故なら、今、目の前に彼の最も大切なものがあるのだ。


「お前の救世主としての力、どうすると思う?」


 嬲るような勇者の声でハンスの背筋に寒けが走る。


「まさか、お前。姉さんを──」


 勇者はハンスの声を遮り、叫ぶ。


「こうするのだ!」

「あああっ!」


 ハンスの悲鳴と共に、【紅炎鳥フェーベ】の炎のようにリンダの霊魂が霊剣に吸い込まれていく。彼はその絶望的な光景を見ていることしか出来なかった。


「お前の力は頂いた」


 勇者の声はハンスに届かない。だが、勇者は気にした様子もなかった。


「ただ、頂くだけなのも何だ。君には礼をしよう」


 勇者が名を呼ぶと、その頭上に炎で出来た美しい鳥が現れる。姉の忠実な僕、【紅炎鳥フェーベ】。


(【紅炎鳥フェーベ】と向き合うなんて始めてかも)


 ハンスはボンヤリとそんなことを考えた。そして、次に起こったこともただ見ているだけだった。


「やれ、【紅炎鳥フェーベ】!」


 【紅炎鳥フェーベ】がハンスに向かって突進する。我が身を焼いているはずの炎は不思議と熱くはなかった。

ちょっと長くてすみません。次話は12時に投稿します。


注(読まなくても問題ありません)

属性魔法


 誰にでも使える魔法を目指し、単純かつ系統だった魔法を目指して開発された魔法。もともとは、魔法についてレクチャーを受けていたある勇者が、「魔法だろ?何でそんなにややこしいんだ。ファイヤーとか、サンダーとかはないのか!」などと言い出したことが発端とされている。


 誰にでも発動出来ることを目指したため、自分の中にある一つの属性に対する干渉が目指されており、その感覚を掴むためのノウハウも豊富。これにより、それまでにあった精霊魔法や自然魔法に比べて、習得が容易になっている。とはいえ、威力や使い勝手などは相変わらず本人の力量や向き不向きに左右されるため、実用レベルに達するものは決して多くはない。


 また、最初に習得した属性以外のものは難度が増すという欠点もある。これは、五種のマナがそれぞれ全くの別物で、一つに特化すると他のマナへの感受性が乏しくなってしまうことが原因らしい。


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